『権力の墓穴』
原題は「名実共に友」というような意味で交換殺人を連想させるものになっている。邦題は抽象的で面白みがない。厳密に言うと交換殺人ではなく、殺人自体は本人が行ない後始末を友だちが引き受ける。そうした場合犯人のミスによって余計に犯行がわかりにくくなるのが通例のように思えるけれどコロンボにはそれが大きなヒントになってしまう。
リチャード・カイリーが演じる犯人役は、何とコロンボの上司に当る警察本部次長である。本部長は恐らく政治家なので次長は事実上の現場のトップであると思われる。不思議なのはそのトップがコロンボを指名して捜査に当らせたことである。物盗りの犯行としかわかってなかった段階で殺人課の自分を指名したのは虫が知らせたんですかとコロンボは次長に言っているけれどそれだけではない。コロンボの上司であればコロンボの優秀さを知っているはずなのだ。そのことから次長は最近就任したばかりでコロンボのことはよく知らなかったのではないかと想像できる。つまりいままでずっと上司だった人物ではなく今回の事件の直前に上司になった人物なのだろう。事件への関与の仕方から見れば殺人課とは畑違いの窃盗が専門だったのかもしれない。それでコロンボのことをよく知らなかったのではないか。墓穴といえばコロンボを指名したこと自体が墓穴だったのだと思われる。
不完全な交換殺人という点も面白いし、他にも面白い点がいくつかある。コロンボが被害者と殺される前に会っていることもそのひとつだ。その段階ではまだ犯人が誰かは分かっていなかったのだろう。しかし事前に会っていたことが有利に働いて事件のおかしさに気がつくことができた。指紋の件も面白い。指紋があることがおかしいのではなく指紋がないことがおかしいというのは、いくつかのミステリ作品で踏襲されているすばらしい着眼点である。そして何といっても、最後にコロンボが犯人に仕掛けるトリックが振るっている。まるで「スティング」の詐欺のような手口で鮮やかに犯人を陥れる。それにしてもこの犯人は視野が狭く独善的である。刑事としてもあまり有能そうには思えない。あるいは妻の財産によって出世できたのかもしれない。その妻を財産目当てに殺すのだからひどいものだ。夫としてそれほどひどく扱われている様子もない。現にギャンブルで負けたときは妻が尻拭いをいつもしてくれているのだと思わせる会話もある。上司が犯人なのだから同情の余地がないようにしておかないと拙かったのかも知れない。
最初の殺人の被害者の愛人を訪ねるシーンが面白い。端っから彼が犯人とは思っていないけれどだからこそコロンボは彼に対して無愛想である。実のところコロンボはいつも犯人に対して最も愛想がよくなるのだった。アリバイを訊いたあと「裏づけはできるんだろうね」と凄んだくせにその裏づけ自体は行なわないところなんかがいい。また濡れ衣を着せられそうになったコソ泥に協力を頼むところで「犯人の目星はついてるんだけど証拠がなくってね」と言うコロンボに対してコソ泥が「あんた犯人誰か分かってんの?」と感心するところなんか小気味がいい。