『死者の身代金』
今回の犯人はリー・グラントが演じる女性弁護士である。彼女は夫を殺害するが、誘拐事件をでっちあげて被害者を装う。これもまた綻びのほとんどない完全犯罪である。もう一歩のところで犯人は手痛いミスをする。コロンボと犯人の演技はすばらしく、印象に残るが、ミステリとしてはイマイチの感が残る。
まず、コロンボの登場が余り納得がいかない。被害者の車が見付かったことを知らせに来るという役回りだが、その程度のことで殺人課の名刑事の手が煩わされるだろうか。誘拐事件の担当はFBIである。そこへのこのこ現れるわけだから、そもそも何らかの不審な点をコロンボは見つけていて、やってきたと思えるのだけれど、その点に関する言及は本編中には存在しない。
しかし、その場面でいきなりコロンボは真犯人の感触を得る。誘拐犯からかかってきたとされる、実は録音タイマーによる電話に対するリー・グラントの受け答えがそれだ。夫からかかって来た誘拐犯の要求を伝える電話に対して、彼女は用件のみの応答に終始する。録音が相手だからと言うこともあろうが、コロンボからしてみれば、夫が誘拐されていて、当の夫から電話がかかってきているのだから「あなた大丈夫?」といった安否を気遣う科白が出てこなくてはおかしいと言うことになる。犯人だからこそ、そういった心情よりも、段取りを優先してしまったことによる露呈だった。その後、カバンのすり替えなど、状況証拠はいくつか分かってくるけれど、決定的な証拠はつかめない。
この回の名場面は、コロンボが犯人と一緒にセスナ機に登場するシーンだろう。犯人は毎週セスナ機を飛ばしてストレス発散を行なっているが、コロンボはそれに付き合わされて、途中で操縦桿まで握らされてしまう。女性が犯人の場合、フェミニズムが問題になることが多い。コロンボが、犯人の部下に「女性のボスではやりにくかろう」と問いかけるが、彼は「とんでもない」と一蹴するし、「飛行機を運転できる?」ときかれて「おかしくないでしょ」と答える。もしかしたら、被害者の方に非があるのではないかと思われる。その後出てきた被害者の娘によって、犯行の動機は、犯人が出世のために愛なき結婚をし、そのことを口にもするようになったから、離婚を迫られたからと言うことが明らかになる。出世のために結婚が必要であり、また、離婚によって金銭的に困ることのないように被害者側が配慮までしているにも関わらず離婚することがその後の仕事の不利になるとは、やはり、犯人ではなく社会が間違っているように思える。金だけを信じていることが犯人の弱点であると、最後にコロンボは指摘するが、そう仕向けたのは社会の方ではないかと思わされる。犯人は最後までもっと自信を持ってもよかったのではないか。
被害者の娘が、犯人に対して散々脅しをかける。一度は、証拠をでっち上げることまでするが、そのことはコロンボによって阻止される。証拠のでっち上げはコロンボの示唆によるものなのに、どうしてそんなことをしたのか。ひとつは「間違った証拠を用意しては笑われる」というコロンボの本音と犯人への挑戦状の意味合いだが、もう一つは何だったのだろう。娘を狼少年とみなしているという意思表示だったのだろうか。だからこそ犯人は金をやって、娘を厄介払いするのだろうか。別に決定的な証拠を握られているわけでもないのに、娘のゆすりに応じたわけは何だったのだろうか。他に解決策はなかったのだろうか。殺す、と言うのも選択肢の一つだっただろう。多くの犯人がその動機によって連続殺人を犯していく。しかし、コロンボから狼少年とみなされている娘を殺すまでもない、と思ったのかもしれない。ただそのままほっておいてもよかったのではないか。それが完全犯罪に一番近い方法だったように思える。しかし、金を渡すことで厄介払いができるならそれでいいのではないか、と犯人は考えてしまった。その金は銀行によって番号を控えられている札束なので、決定的証拠になってしまう。しかしも早や娘は狼少年であるし、金さえ渡せば満足するに違いないという、自分の価値観のみで動いてしまった。ここでも、コロンボのかけた二重三重のトリックに犯人はかかってしまっているのである。
ラストシーンも少々複雑だ。空港で娘を送り出した犯人は、コロンボを見つけて一杯奢るという。犯人はシェリーを頼み、コロンボはグレープジュースを頼む。頼んだ飲み物はすぐさま届けられるが、どちらの飲み物もグラスに並々と注がれていて、非常に美味そうである。洒落た店のように、ちょっとだけではないところに目が行ってしまう。そこへ、娘から札束の入ったトランクが届けられ、犯人はコロンボ以外の刑事によって連行される。コロンボは、飲み物の代金を支払う羽目になるが、目の前の大金を他所に、ポケットにある金では足りず、サインでツケ払いをする。なんとも間抜けなシーンに、笑いがこみ上げる。すべてにわたって微妙な事件だった。見終わったぼくたちは、はたして、シェリーを飲むのだろうか、グレープジュースを飲むのだろうか。