『偶像のレクイエム』
原題は「落ちぶれたスターへのレクイエム」だからほぼ原題どおりか。犯人はアン・バクスター演じる元大女優のノーラ・チャンドラーで、殺されるのはその秘書である。しかし、被害者が殺されたとき乗っていた車が、秘書の婚約者であるゴシップ・コラムニストのバークスのものだったので、本当に殺したかったのはバークスの方だったのかもしれない、というところから捜査が始まる。コロンボが登場したのは、被害者の雇い主がいまはテレビの端役に落ちぶれたとはいえかつての大スターだったからに違いない。コロンボは大物担当と言うことになっていると考えられる。別に最初から犯人が彼女であると分かっていたからではない。大物をあしらうことが出来るのはコロンボくらいだという評価が署内では出来上がっているに違いない。実際コロンボも、初めて会ったときに彼女が犯人と目串を立てたとは思えない。最初に彼女を警察の事故車保管パークに連れて行ったのは、彼女が犯人かどうかの感触を得るためだっただろうけれど、彼女の見事な演技に幻惑されてしまう。恐らくコロンボが彼女が犯人だと確信したのは、撮影中に滅多に飲まないアイスティーをがぶ飲みしたときだっただろう。表面はうまく演技が出来ても身体はついてきていないということだった。
もちろんあまりにも彼女がコロンボに優しく色仕掛け一歩手前まで来ているところも疑いを強めただろう。現に撮影所のオーナーは、すっかり彼女の色仕掛けにやられてしまっていて、数年前の横領のことは既に知っていて、そんなことはも早や問題ではないと言うのだった。つまり、最初はその横領をコラムニストにばらすと脅かされていたから殺そうとしてのではという疑いがあったのが、殺す理由がなくなってしまったのだ。そのためにこそ犯人は、人違い殺人を装っていたのだ。物的証拠からも人違い殺人ではないことが徐々に明らかになり、最初から秘書が狙われたのであり、最も怪しいのはその上司である元大女優である。けれど、それでも、動機も証拠も見当たらない。コロンボはメモを読み返した。最後には被害者の前でももう一度音読して見せるが、そこに疑惑がたくさん書かれていた。なぜ噴水の水が出ないのか。なぜ金に困っているのに家を売らないのか。庭の部分だけといわれても売らないのはなぜか。
この情報を手に入れたときのやり取りも面白かった。「ご親切にどうも。このことは所長さんによく言っておきますよ」「ぼくが所長だけどね」「いや、そうは見えなかったので失礼。お若いし」「まあお互い様。あんたも刑事には見えないよ」
実は噴水には彼女の失踪した夫が埋まっていたからだった。つまり、今回の殺人の証拠はないけれど、十年前の殺人の証拠はそこにあった。そしてそのことを知っていた秘書が、コラムニストと結婚すると知って殺したのだった。十年前の殺人が今回の殺人の証拠となる。ミステリのトリックとしてすばらしい。彼女の夫の背の高さが彼女とあまり変わらない事や、男装したかつての映画のテレビ再放送など、伏線もしっかり張られていてものすごくフェアでもある。最後のコロンボの引っ掛けも、引っかけと言うほどのものではなく、心証を明らかにするための心理的なものである。おかげで、大女優は堂々と自首をする。
珍しくコロンボが、犯人の相伴をして酒を飲む。コロンボも彼女を逮捕したくなかったのだ。