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『殺人処方箋』

「刑事コロンボ」の邦題は、ダサかったりネタバレだったりしてあまりよくないと思えるものがあるけれど、この最初の事件簿は、うまく付けられている。犯人役はジーン・バリーで、高名な精神科医を演じている。資産家の妻を殺し、ラ・ポールで得た女性患者を替え玉に使ってアリバイ作りをする。ほとんど綻びのない完全犯罪である。しかし、コロンボは初登場したそののっけから、こいつが犯人だと看破している。それは、ジーン・バリーが、妻が待っているはずの我が家に帰ってきたときに黙って入ってきたからである。普通ならただいまなり何なり何か言いながら入ってくるはずだからだとコロンボは言う。

そして、夫である精神科医一本に絞って追求を続けた結果、精神科医が友人の検察官を通じて苦情を述べ、上からの圧力がかかる。「コロンボを外せ」と。しかしコロンボの上司は、それを聞いて「いい線を行っているからその線を追え」とコロンボに指示するのだった。コロンボの上司は、シリーズ中一度も出てこないが、コロンボに対する信頼の厚いことは、常にコロンボの捜査を支持するところに現れている。まあ、それはそうだろう。難事件の真犯人をことごとく、単独捜査で上げていくのだから。謂わば「ひとり特捜班」といったようなものなのだろう。

 この事件簿での名場面は、コロンボが犯人に精神鑑定を依頼して相談をするところだろう。「カウチはないんですね」から始まって、コロンボ自身の相談を持ちかけたはずが、いつの間にか「誰とは分からない人物についての精神鑑定はできるか?」と言う問いかけを通じて「犯人像」をあぶりだす。「完全犯罪をもくろむような人物は狂っているのか?」とコロンボは問い質す。しかし犯人でもある精神科医は「いやかれは正常だろう。それだけでなく優秀である。他に手段がないとすれば、殺人も厭わない強固な意志さえある」と言ってのける。コロンボはここで、犯人の「揺るぎない自信」を確信し、この完全犯罪を突き崩すのはこの「自信」を利用するしかないと考えたに違いない。

 犯人は妻を殺す前夜、妻から浮気を疑われる。夫は、友人の名前を挙げ、そこへ行っていたと言う。「友人だから口裏を合わせるに決まっているわ」「かれの妻は君の友人だろう? 彼女に電話して聞いてみればいい」妻は電話をかけようとする。夫は「降参したよ」と言って「本当は、明日の旅行のために、詳しい人に聞きに行ってたんだ」と述べる。それを隠していたのは、その旅行が、彼女へのサプライズ・プレゼントだったからだ。このエピソードも、実はすべて犯人の用意周到に考えられたシナリオどおりに進んでいることが分かる。はじめから本当の嘘をいうのではなく、はじめに嘘の嘘を言ってから、本当の嘘に辿り着く心理的トリックも、精神科医ならではのものと思わされる。本当のところは、実際に浮気をしていたのであり、その相手と殺人の相談をしていたのであり、翌日のサプライズ・プレゼント自体が、殺人の一環であるということを、毛ほども疑わせないやり口である。犯人は悪い奴であり、被害者は可哀そうである。しかし、このあと「本を読むよ」とひとりになろうとする夫を、妻は「来て」とベッドに誘う。犯人はここまでシナリオを書いていただろうか。犯人像を重層的にする、愛とは何かを考えさせられるエピソードである。

 共犯者である若い女性患者を締め上げて吐かせるというのが、表面的な捜査方針であったが、実はこれ自体がトリックである。コロンボは最初からそんなつもりはないのだ。締め上げるという設定を創りたかったのだ。そうするとどうなるか? 精神科医に罹るほど不安定な精神の持ち主に、強力な揺さぶりをかけるとどうなるか? 自白するだろうか? 愛している犯人を警察に売るだろうか? そんなことをするはずがない。彼女は、自殺するに違いないのだ。夜「今すぐ会いたい」と言う電話をかけてきた彼女に、犯人は「明日診療所で会おう」という。しかし翌朝、彼女は診療所に来ない。電話をかけても検死官とやらが出るばかりで話にならない。そこで、犯人は慌てて彼女の家へと赴く。そこにいたのは、沈鬱な表情をしたコロンボと、プールから担架で運ばれていく女性の身体であった。

 コロンボは言う「あなたの完全犯罪は全うされました。しかしこの後どうなさるおつもりですか。妻を殺してまで、一緒になろうとしていた愛する人を失って、どんな生きる甲斐がおありになると言うんですか」しかし、犯人は嘲笑う。自分の目的は彼女ではない。財産と自由だけだ。むしろ彼女が死んでせいせいしている、と、口には出さないが、連続殺人を犯してシッポをつかまれる心配がなくなったとでも思っているに違いない。そして、これがコロンボの仕掛けたトリックだった。揺るぎない自信を持った犯人であれば、当然言うであろう科白を言わせることが。「共犯者である彼女のことなど愛していない」と。彼女は死んでいなかった。すべてはコロンボ作のお芝居だったのだ。犯人の科白を聞いた、共犯者は、進んで自供をするだろう。愛してもいない男をかばう必要などないからだ。

 やっぱり、この事件簿のテーマは男女の愛だった。しかもそれをトリックに使う。コロンボの、作者の才気が、ここに最初の一花を咲かせたのである。

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