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ヴァルテンブルクの末裔  作者: 銀月
1.司祭と聖騎士
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後篇

 ……神託。


 あてがわれた部屋に落ち着いてから、クロは、突然戦神からそれがもたらされた時のことを思い出した。


 神託は、神が憂うほどの異変の予兆として下されるものだという。

 今回、大司教だけではなく、ほぼ全ての司祭に何かしらの神託が降りていた。もっとも、その大半はおぼろげな、はっきりとしないイメージのみで、すぐには神託であることがわからないものだった。クロ自身も、身が捻じれ井戸の底の暗闇に引きずりこまれるような底知れない恐怖と嫌悪感にいきなり襲われるというもので、混乱のあまり蹲ってしまうほどではあったが、それが神託によるものだと知ったのはしばらく後だった。

 意味がわかるほどにはっきりとした神託(ヴィジョン)を受けたのは、大司教のみだったのだ。


 そして、その神託が降りてすぐ、大司教により司教や聖騎士団長が集められ、その話し合いの場に呼ばれたジリオンとクロが、ヴァルテンブルクへの使いとその護衛に決定したと告げられて……。


「……英雄の剣、か」


 この国で“英雄”と言えば、荒廃と暗黒を呼び込む“悪魔”を討ち払ったという伝説の英雄ウィレムのことだ。当然ながら、“英雄の剣”といえば、ウィレムが悪魔を討つために神より授けられた聖剣のことを指す。


 クロが知る限り、過去1度だけあったという戦神からの神託は、その“悪魔”の出現を予見するものだったと伝わっている。その神託によって英雄ウィレムに戦神の聖女が付き従い、戦いを助けたのだと。

 さらにいえば、その聖女により建立されたのが湖の町に今ある戦神教会である。それゆえに、英雄の伝説については他のどの教会よりも詳しく伝えられているのだ。


 ……一般に知られている伝説では、“悪魔”を倒した後の英雄の行方は杳として知れないとされている。湖の町に聖女を残し、そのまま姿を消したと。もちろん聖剣の行方もわからない。


 が、今にして思えば、不自然なくらい英雄の子孫については忘れられていたと思う。ここに今もその末裔が暮らしているというのに。


 湖の町の教会で、古い記録を片っ端から調べて、ようやく英雄がこのヴァルテンブルクの領主として封じられたことが判明したのだと、クロは説明された。ここヴァルテンブルクには、英雄の子孫が住んでいるのだと。


 正直、半信半疑だ。

 まさかあの“英雄”の子孫が本当に存在するなんて、本当に?

 それに、英雄の剣を鍛えなおせというのは“悪魔”がまた現れるということなのか? 過去の神託がそうだったように、今回もまた“悪魔”のような恐ろしい災厄が現れることを予見して下されたものなのか?


 自分が神託により感じた、あの恐怖と嫌悪感は、これから現れる何に対するものなのか……。


 さすがに、今日は疲れた。考えてみたらほぼまる二日、休まず動き通しだったのだから、考えもうまくまとまらない。

 少し休もうと寝台にごろりと転がり、目を閉じてすぐ、クロは眠りに落ちた。




 あの日、教会で自分の見た幻影……それが神託であったとジリオンが知ったのは、大司教に遣いを命ぜられたときだった。

 ただ、何か悪い夢を見てしまっただけと思っていたのに。


 戦神が自分に見せた幻影に、いったいどんな意味があるのか。あれはこれから自分の身に起こることを暗示しているのではないか。だとすると、あの暗黒とは何を示しているのか。

 ここまでへの旅の間、考え続けたが答えは出なかった。いや、答えを知りたくなかっただけかもしれない。

 ただ不安と焦りに押され、ひたすら先を急いでここへ来てしまったが……神は、自分に何をさせたいのだろうか。

 神のなさることに意味のないことなどないと、大司教猊下は仰った。

 なら、自分に求められている役目はなんなのだろうと、ジリオンは考える。




 翌朝、再び一同が集められた。


「司祭殿、もう一度“神託”についてお伺いしてよろしいだろうか」

 レオンハルトに尋ねられ、ジリオンは頷く。

「今から三月ほど前になります。湖の町の教会で、司祭以上の者……具体的に言えば、神の奇跡を行えるもの全てに神託が降りました。もちろん、すべてがはっきり理解できるものではありません。下された神託から何か意味を引き出せたのは、大司教のみでした」

 ふう、とひとつ息を吐いて、ジリオンは続ける。

「大司教の受けた神託(ヴィジョン)で見えたものは2つです。

 ひとつめは、湧き上がる暗黒に捕らえられる白き神の使い。

 そしてふたつめは、闇を拓く光を放つ完全な剣。

 ……大司教は、神から見せられた暗黒から、すぐに、かの“悪魔”が思い出されたそうです。そして、暗黒が“悪魔”を指すなら、“完全なる剣”は、“英雄の聖剣”を指すのであろうと」

 ちらりとレオンハルトを伺うと、彼は何か考えに没頭しているようにも見えた。

「教会の古い記録には、英雄の“折れたる聖剣”がこちらにあると残されていました。戦神が示したのは、完全なる聖剣です。聖剣が折れているなら、それを完全なものに戻さねばなりません。

 ……戦神の神託がどれくらい先のことを示しているのかわかりませんが、それほど遠くはないだろうと考えられています」

 ジリオンは、ふと、あのおぞましい何かに足を捕らえられたときの感覚を思い出し、身震いする。

「……私自身、私に下された神託がそう遠くない未来に起こる災厄を示していると、感じています。

 いつなのかはわかりません。ですが、それまでに聖剣がなければ……」


 レオンハルトは、ふむ、と頷きながら腰の剣を抜いた。

「……ヴァルテンブルク家当主には、代々伝えられている話があるのだ」

 そして、テーブルに剣を置く。当主代々に伝えられるというヴァルテンブルクの宝剣だ。

「司祭殿の言う“英雄の剣”だが……確かに、当家にはこのヴァルテンブルクの始祖である、ヴィルヘルム・ヴァルテンブルクの“折れたる剣”が伝わっている」

「え……?」

 ユーディットが思わず声を上げた。

「でも、兄さま、宝剣は折れてないじゃない。それに、ご先祖のヴィルヘルムが英雄って……」

 驚くユーディットに、レオンハルトはふっと笑う。

「ユーディット、“ウィレム”は、“ヴィルヘルム”の愛称だよ。

 それに、私がいつも持ち歩いている“宝剣”は、オリジナルと同じようにミスリルを使っているが、ちょっと装飾がついて少しばかりの魔法がかかっているだけの、ただの剣だ」

 は? とまた変な声を上げてユーディットはぽかんとした。


 だって、父さまや兄さまは、今卓上に置いてるその宝剣に、当主以外は触れてはいけないといつも言っていたのに。私が触ろうとしたらものすごく怒られたのに。

 ……それに、ヴィルヘルムの愛称がウィレムって、確かにそうだけど、でも、ご先祖がかの“英雄ウィレム”なんて、自分は聞いてない。

 ユーディットはただ呆然と、兄の話を反芻する。


「そして、これが我が家に伝えられている、“折れたる剣”だ」


 レオンハルトは、細長い木箱を取り出してテーブルに置き蓋を開けた。中には、剣がひと振り……根元から先が無く、柄にわずかな刀身が残っているだけの剣が、ひと振り納めてあった。


「見てのとおり、ここには柄元しか残っていない。いや、昔は折れた刀身も揃っていたのだが、どれほどか前に失われて久しい……と思われていた。

 司祭殿、昨日あなたが持ち帰ったその刀身は、この剣の刃だろう」

 そして、なぜかレオンハルトは自嘲するような笑みを浮かべる。

「ヴァルテンブルク家には、もし、この先、折れたる剣の破片が揃うことがあったなら、それを鍛えなおさねばならないとも伝えられている。

 ……まさか、今その刀身が出てくるとは、思いもしなかったが」

 ふ、とレオンハルトは溜息を吐いた。


「少し話はそれるが、これを」

 レオンハルトが小さな皮袋を取り出し、逆さにすると、コイン……いや、メダルがひとつ、テーブルの上に転がり出る。黒い石でできた小さなメダルだ。よく見ると、表面には炎を模した紋章のようなものが彫られている。

「昨日、廃教会でマルクスが見つけてきたものだ。オークが隠し持っていたらしい」

「何、これ?」

「触ってはだめ!」

 この奇妙なメダルが何だというのだろうか、そうユーディットが考えながら、もっとよく見てみようと手を伸ばすと、ジリオンにその手を掴まれた。驚いたユーディットが彼女を見ると、その顔色は真っ青だった。

「……これは、わたしが教会で見た記録に間違いなければ、かつて、かの“悪魔”を信望するものたちがその証として身に着けていたものです。

 邪悪なものに、直接触れてはいけません。よくない影響を受けます」

 ジリオンはかすかに震える声で、独りごちるように呟く。

「……まさか、まさか、本当に“悪魔”が復活すると……? 戻ってくると? あのオークたちが、“悪魔”を奉じる教団のものだと?」

「──さすがにそこまではわからない。だが、今回のことにオークがかかわっているのは間違いないだろう。ならば、ヴァルテンブルクは奴らへの対策を考えなければならない」

 兄さま、どういう……と尋ねようとして、ユーディットは口を噤む。兄は、なぜか自分をじっと見詰めていた。

「あの廃教会で剣の欠片を探していたというなら、それほど置かずにここへやってくるだろう。すぐに準備を始めなければ……そうだ、剣も鍛えなおさなければならないのだったな。その方法は、一応、我が家に伝わっている」

 レオンハルトは、ウォーカーをちらりと見やる。

「大樹海の奥深くに、“守護者の森”と呼ばれる地域があり、そこに剣の鍛え手がいるのだそうだ。その鍛え手でないと、剣を直すことはできないらしい。

 ……ユーディット、お前が行け」

「……へ?」

「情けない声を上げるな、ヴァルテンブルクの娘が」

「……だって、兄さま、なんで……?」

「剣を鍛えるためには、ヴァルテンブルクの者が行かなければならない。だが私は忙しい。オークが来るとわかっていて領地を空けるわけにはいかん。時間もない。だから、お前が行け。お前もヴァルテンブルクの直系だろうが」

「でも、兄さま……」

 頼りなく異議を唱えるユーディットを、仕方のないやつだとレオンハルトは笑う。

「でもじゃない。お前に領兵の指揮は取れないだろう? あたりまえだ、そんな訓練はしていないからな。なら、ここに居ても邪魔だ。

 それに、森歩きならお前のほうが慣れている。なんのために野伏の訓練をしてきたんだ?」

 それから、もう一度、レオンハルトはウォーカーに視線を移した、

「“守護者の森”ならウォーカー殿が知っておられるはずだ。仮にも長年大樹海を拠点としている妖精の野伏なのだから」

 にっこりと微笑んで、レオンハルトは続けた。

「……ウォーカー殿、急で申し訳ないのだが、この不肖の妹を“守護者の森”まで送っていただきたい。理由は今述べたとおりだ。“守護者の森”に住む者は非常に閉鎖的だという話だが、剣をそこで直せとわざわざ当家に伝えられている以上、無碍にされることはないだろう。すまないが、よろしく頼む」




 ……それから3日後、ユーディットとウォーカー、それにジリオンとクロの4人は、“守護者の森”を目指してヴァルテンブルクを出発したのだった。


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