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ヴァルテンブルクの末裔  作者: 銀月
0.序
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2.そもそものはじまり

 その日は、生涯忘れられない日となった。




 7年も前に魔術師に弟子入りした姉から、ようやく一人前になれそうだという手紙が来たのは3カ月ほど前のことだった。手紙には、師匠にたまには実家に帰って顔を見せてきなさいと言われたとも書いてあり、久しぶりに家族が顔を合わせられると全員が喜んでいた。


 3年ぶりに上の姉が帰ってくるのだ。


 下の姉は昨年幼馴染と結婚し、つい先月最初の子供が生まれたばかりだった。上の姉が帰ってきたら、姉さんはもう伯母さんになったのよって報告しなくちゃ、と声を弾ませていた。

 父も母も、上の姉の帰宅をとても楽しみに、心待ちにしていた。

 町の衛兵の職に就いている自分も、その日は休暇をもらって実家に帰る予定だった。


 しかし、つまらないトラブルに巻き込まれたせいで、自分の帰宅は1日ずれることになってしまった。

 酒場で喧嘩などというごくごくありふれたトラブルなのに、片方が剣を抜いてしまったおかげで面倒くさいことになったのだ。

 本当なら、その日の夜には家族そろっての夕食を取るはずだったのに、後処理に時間を取られてしまったおかげで、帰宅は翌日に持ち越しとなってしまった。

 ひさしぶりに家族で顔を合わせるはずだったのに、いつもよりも豪華な夕食だったはずなのに、と残念だったが、姉は数日滞在するというし、自分ももう子供ではないのだから、これも仕事なのだからとあきらめて、翌朝夜が明けたらすぐに出発しようと決めた。

 ゆっくり歩いても半日かからない距離だ。夜明けに合わせて馬で出れば、朝食が終わったあとくらいには到着できるだろう。


 翌朝、日が昇るとともに出発し、パンをかじりながら馬の背にゆられて実家へと向かった。




 5つ離れた上の姉はとても頭が良かった。

 こんなに頭がいいのにもったいない、学問の神の教会へ通わせようかと両親が悩んでいたところに、たまに村へ来る魔術師が、見込みがあるので弟子に欲しいと言ってくるくらいだったのだ。

 姉はひそかに魔法にあこがれていたのか、それはそれは熱心に両親を口説き落として魔術師の弟子となった。

 正直、まだほんの10にしかならない子供だった自分は魔法のことなどさっぱりだというのに、魔法がどれだけ素晴らしいものなのかを長々と語って聞かせた姉は、よほど嬉しかったのだろう。将来は絶対ものすごい魔術師となって、世界中に名前をとどろかせてやるのだ、などと大言壮語を吐いていた。

 自分は、魔法はよくわからなくても、そんな姉が誇らしくて無邪気に喜んでいた。




 実家に着くと、ひとだかりができていた。いったい何があったのか、ただならない雰囲気に、息を呑む。

 馬を降りてゆっくり近づくにつれ、鼻につく臭い……錆びた鉄のような臭いが漂ってきた。


 知らず知らず、背に汗がつたう。

 なんだこれは。なぜ、自分の家から、そんな臭いがしてくるのか。


 この時間なら母は外に出ているはずだ。いつもなら、外の井戸で水を汲んでいるはずだ。姉がおしゃべりをしている声が、外まで聞こえてくるはずだ。下の姉の子がむずがって泣くのをあやす声がするはずだ。


 集まった人間は、皆一様に真っ青を通りこした真っ白な顔色で、口々に何か言っていた。


 何を言っている?

 気をしっかり持て?

 いったい何のことだ。


 離れてうずくまっている人もいた。

 皆が何を言っているのかうまく聞き取れない。


 なんなんだ。なんだって言うんだ。

 

 扉を開けると、中は真っ赤に染まっていた。うちに赤い調度なんてひとつもなかったはずだ。おかしい。どうして赤いんだ。

 そして、真っ赤に染まった中に散らばる、白い……。


「うわあああああ!」


 誰かが叫んでいる声が遠くで聞こえる。


 ああ、叫んでいるのは、自分だった。




 結局、何があったのか知っている者は、誰もいなかった。


 父と母と、下の姉夫婦と姉の子供。

 赤い色の中に散らばっていたのは、その5人だった。あったはずの叫び声など、聞いた者は誰もおらず、何があったのか……知っているはずのものは、すべて死んでいたのだ。


 上の姉だけがいなかった。


 自分のように、帰宅が遅れたおかげで助かったのだろうか?

 わからない。


 神に仕える司祭ならば、死後すぐであれば死者との会話ができると聞いて、必死で伝手をたどり有り金すべてを寄付金として支払った。魔法をかけられる時間ぎりぎりにどうにか間に合った。


 司祭によれば、死者にできる質問は5つまで。ただし、必ずしも正しい答えが得られるわけではないと。


 だが、手がかりが得られるならなんでもよかった。

 とにかく、なぜ家族が死ななければならなかったのか、いったい誰が手を下したというのか、知りたかった。


 そうして、得られたのは……。




 自分は衛兵を辞め、上の姉の行方を追った。


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