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ヴァルテンブルクの末裔  作者: 銀月
2.守護者の森

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13/27

「……花火だ」


 陰気な声で、たった今火球を放った魔術師が言う。人間ふぜいと行動をともにするのは気に食わない。しかし、これも“女王”の大司教である者からの命令だ、仕方ない。


 あの娘の手引きのおかげで、ここまでは予定通りだ。予定にない者が中に入っているらしいが、まあどうとでもなるだろう。

「我々は予定どおり行く。あとはお前らに任せる」

 グラーシャが部下たちに合図をしてさっさと歩き始ると、オークの長は、耳障りな雄たけびを上げ、武器を手に走り始めた。




「な……に……?」

 遠くに響く爆音と燃え上がる炎に、ミネルヴァが茫然と呟く。フィリもウォーカーも、厳しい顔でじっと北を見つめている。

 森に火の気はなかった。なのに、火が上がった。

「アレクサンドラが、今日、森と一族は消えると言っていた……彼女ひとりじゃないってこと?」

 ユーディットは彼女とのやりとりを思い出す。彼女に賛同する仲間がいたのか? それとも襲撃? 何の? アレクサンドラが引き込んだ?

「魔術師の使う火球の呪文かしら……ほかにも何かありそうだけど」

「行きますか」

 あれだけの音と火だから、と厳しい顔で、ジリオンとクロも呟く。

「いえ……私が見てきます。ミネルヴァさん、案内をお願いします」

 慌ててそこまで言って、クロが訝しむような顔していることに気づく。

「たぶん、賢者様は狙われていると思うんです。本当はミネルヴァさんを利用して殺そうとしていたんじゃないかと。だから、賢者様から離れるのはまずいと思うんです。

 だから、皆さんはここをお願いします」

 もう一度そこまで一息に言ってから、ユーディットはウォーカーを振り返った。

「何かあれば、アレフを戻らせますから、お願いします」




 危険を避けながら北へ進み、喧噪が近づくにつれて、逃げる者がだんだんと増えてきた。時折、倒れている人を助け起こし、励ましながら、ふたりは進んでいく。

 ミネルヴァが、まるで呪文のように、逃げる者たちに「大丈夫だから落ち着いて奥へ」と繰り返す。

「大丈夫……守護の長たちもいるし、守護の者だってたくさんいる。だから大丈夫」

 手は震え、時折、足をよろめかせながら、ミネルヴァは小さくうわごとのように繰り返す。どうしてこんなことになったの、と。

 だんだんと血臭と煙が濃くなり、倒れている者が増える。斬られた者、火に巻かれた者。

 ひと目見て助からないとわかる者や、手足を失ってうめく者もいた。ひどい火傷を負って、動けなくなっている者もだ。

 ──だめだ、とても全部なんて助けられない。

 ユーディットは唇を噛む。ミネルヴァの顔色はだんだんと悪くなっていき、言葉も少なくなっていく。

 そして……倒れているオークもいることに気づいた。

 襲撃はオークだったのか。アレクサンドラと関係あるのだろうか。ばりばりと木が燃える音に混じって、剣戟の音が聞こえる。

「……どうして、私たちがこんなに酷い目にあわなくちゃいけないの?」

 炎とオークを避けながら、呆然としたようにミネルヴァが呟いた。「そうですね」とユーディットは返す。

 ミネルヴァはぶつぶつと繰り返す。すべての生命は尊ばれるものだと、賢者は言った。なら、なぜこんなに死ななくてはいけないのか。炎が燃えて次々と人が死んでいく。こんなこと、聞いたことも見たこともない。


 もし、この森がなくなってしまったら、どうすればいいのだろう?

 そう考えて、ミネルヴァはふらふらとへたり込んでしまった。

 そこかしこで燃え上がる炎に、倒れている一族の誰か、それと同じくらい倒れているオークと、大きくなる剣戟の音……どう考えても、今更ふたりが行ったところでどうにかなるものでもないのに、なぜ自分が行かなくてはならないのか?


「ガァッ!」


 突然、木々の間からオークが躍り出てきた。ユーディットはすぐに剣を抜いて応戦しつつ、返り血で真っ赤に染まったその姿に顔を顰める。

「ミネルヴァさん、立ってください」

 オークと斬り結びながら、ユーディットはミネルヴァを呼ぶ。

「早く、立って!」

 アレフが引きずり倒したオークに止めを刺して、もう一度ミネルヴァを呼ぶ。


 しかし、ミネルヴァは座り込んだまま、ただ呆然と動けずにいた。


 つかつかとミネルヴァに近寄り、ユーディットはその襟元を掴む。

「ミネルヴァさん、あなたは、賢者の後継なんでしょう? なら、あなたが立たないと、あなたの一族が死にます」

「でも、私なんて……何も……」

 涙を滲ませ、やっとそれだけを口にするミネルヴァを、ユーディットは押し殺した声で低く迫る。

「……できるとかできないとか関係ないのよ。賢者は一族を引っ張る立場なんでしょう? なら、あなたは立たなきゃいけない。それがあなたの義務だ。あなたが折れたら、あなたの一族は滅ぶんだから。

 どう考えてるかは知らないけど、一族があなたは賢者になると思ってるなら、絶対折れちゃいけないの。だから今すぐ立って。振りでいいから立って!」

 ミネルヴァは俯いて首を振る。

「無理」

「無理じゃない。あんたは、自分が“賢者の名代”だって名乗ったんでしょう? なら立て。とにかく立て。これ以上皆を死なせたいの? 死なせたくないなら今すぐこの場に立て!」

 ユーディットはミネルヴァの襟首を掴み、無理やり立たせた。そのまま引きずるように、連れていく。

「私じゃなくて、あんたが立たなきゃ意味ないのよ。戦いは私がやる。だからあんたは戦わなくていい。とにかくそのまま立っていて」

 よろよろと足を進めるミネルヴァを、支えるように引きずるように、ユーディットも歩いていく。


 再び歩きだしてそれほど経たないうちに、ふたりは開けた場所へ出た。もとは広場だったのだろうが、今は炎に照らされた戦場だった。幾人もの人間とオークが武器を交え、たくさんの屍が転がっている。

 その中で、ひときわ大きい、歪な姿のオークが巨大な斧を振り回していた。受けているのは……。

「北の守護の、長……」

 ミネルヴァが呟くと、ユーディットは頷いた。

「どう見ても、やつが頭だわ。私もあれをやる。あんたはここにいて、他の皆をまとめるの。長にその余裕がないんだから。

 それから、いい? もし私と長が倒れたら、皆を連れてここから撤退するのが、最終的にあんたの役目よ。そうして、最後まで生き残りなさい」

それから、ユーディットはぐるりと周囲を見渡す。

「できれば、怪我人を逃がしたり……」

 そこまで言いかけて舌打ちして、剣を抜く。

「ああ、もういいや。あんたに何ができるかわからないから、任せる。とにかくできることは全部やって。

 最低限、ちゃんと立っていてくれればいい。立って、なるべく笑ってて。大丈夫よって。カラ元気でいいから」

 そう、戦いの時は上の人間が立って笑ってれば、それだけで士気は上がる。父さまがそう言ってた。絶対に最初に逃げてはいけない。怖気付いてもいけない。そしたら、そこで戦いは終わる。

「アレフ、援護してね」

 ユーディットは剣を抜き、走りだした。


「ヴィルヘルム・ヴァルテンブルクの末裔、ユーディット・ヴァルテンブルク、助太刀する!」


 ミネルヴァは、走りだすユーディットをじっと見つめる。なんでもいいからできること。震えは止まらないけれど、ミネルヴァは大きく息を継いだ。そして、声を出す。一族に伝わる、戦いの歌を、歌い出す。


 聞け、我らが(いさおし)

 我ら聖域の守り手

 誓いと盟約の民なり


「……ミネルヴァ!」

 ユーディットは振り返り、微笑んだ。ミネルヴァの歌声で、剣を持つ手に力が篭る。心なしか、周囲で戦う者たちにも力が戻ったように見えた




 森が燃える。

 血と死の臭いが濃くなり、森が燃えあがる。


 どこか夢心地で現実感に乏しい中、アレクサはふわふわと歩いていた。

 これは私が望んだことだ。これで私は自由になる。私を縛るものはすべて無くなる……消えてなくなるのだ。

 もう、戻れないところまで来たけれど、そうだ、これが私の望みなんだ。

「……ふふっ」

 そこまで考えて、どうにも押え切れない笑いがアレクサにこみ上げてきた。横を進む漆黒の肌に白い髪の妖精──闇妖精がちらりと彼女を見る。

 そうだ、もう戻れないところまで来てしまったのだ、と改めてアレクサは考える。




 最初は、ただ外へ行ってみたいと思っていただけだった。


 一族の掟や森に縛られない生活とは、どんなものなんだろう。

 外にはいったい何があるのだろう。

 一人で森を出ることも考えてみたが、すぐに諦めた。この森がどこまで続いているのかすらも知らない自分に、本当にここを出ることができるのかわからなかったから。


 西の守護の長から後継候補として選ばれると、訓練と守護の任を兼ねて一族の住まう地域の端まで出ることが多くなった。しかし、一族の森の向こうにも、まだまだ続く森があった。重なりあう大きな木々だけが、延々と見えていた。


 いったいこの森はどこまで続いているのか。本当に、森の外はあるのか。


 考えて、想像すればするほど、「外の世界」に心惹かれていった。けれど、自分はここを離れられないのだという気持ちも強くなっていった。


 ある日、外の者に出会った。たまたま自分ひとりの時に。

 掟では、言葉など交わさず、すぐに追い返さねばならない──外の者と接触を持ってはならないという。

 だが、アレクサは外の者である彼に惹かれた。魔術師であるという彼は話がしたいと言い、アレクサに外のことを語って聞かせてくれた。森には終わりがあると、外には本当に広い世界があると、いろいろなことを語ってくれた。


 彼は別れ際に「あなたの願いが叶うように」と言って、黒いお守りをくれた。


 ……そのお守りの囁く声が、自分が外へ出られないのは、自由になれないのは、森と一族が自分を縛るからだと気づかせてくれたのだ。

 森と一族さえなくなれば、アレクサは自由に、広い世界へ出ることができると。


 そして魔術師は再びここを訪れ、アレクサの願いを叶える手伝いをしようと言った。

 とうとう自分を縛るものが消えてなくなる日が来ると、アレクサは胸を躍らせた。




「あそこよ。あれが“賢者”」

 アレクサが前方を指差す先には、彼女の言う“外の者”と半妖精の年寄がいた。

 おぞましい“女王”の象徴を模った鎧を身に着けた闇妖精は頷き、進み出る。

 外の者たちはすぐこちらに気づいたようだった。

「ほう、霧の森の灰妖精がここにいたか。これは珍しい」

「闇妖精……“女王”の司祭か」

 ウォーカーが眉を(ひそ)める。奈落の底に座す“女王”を信奉する黒い妖精が、何の目的でここへ来たのか。

 クロとジリオンが無言で武器を構えると、木々の陰から更なる闇妖精たちが姿を現した。

「おとなしくするなら、慈悲をもって苦しまずに死なせてやるのだが……そうもいかないだろうね」

 闇妖精はニヤリと笑みを浮かべた。


【猛き戦神よ、祈りに応え我らに加護を】


 ジリオンの祈りを皮切りに、戦いは始まった。




 そのオークはとても歪だった。

 他のものよりも一回りは大きな体躯。

 奇妙に長く丸太のように太い腕。

 醜く歪んだ頭。

 ……普通のオークの使うものよりも、遥かに重たい武器を軽々と振り回し、いくら斬られても倒れる気配がない。

 ユーディットはヴァルテンブルクで何度もオークと戦ったが、こんなに力があって気持ち悪いオークを見たのは初めてだった。

 こいつはいったいどこから来たのだろうか。大樹海の奥にいるオークはこんなやつばかりなのだろうか?

 北の守護の長は武器よりも魔法に長けているようだ。おそらく、森の祭司なのだろう。木々により足止めをし、うまく距離を作って対応している。

 だが、歪なオークはしぶとかった。


 北の長の魔法にユーディットとアレフが加わり、ミネルヴァの歌……呪歌(まがうた)の助けも受けて、ようやく互角以上に応戦できるようになった。

 何度もオークの武器が自分たちの身体を掠めて肝は冷えたが、それでもどうにか下すことができた。


 ……ようやく倒れて動かなくなったオークを見つめて、ユーディットは息を整える。


 この場の戦いは、オークたちの頭であるこの歪なオークが倒れたことで、ようやく終息を迎えたようだった。この場、だけではあったが。

 ユーディットは残っていた魔法の力で、自分とアレフの傷を癒す。もうこれで使える癒しの魔法もおしまいだ。もう魔法なんて絞り出したくても出てこないくらい、頭も身体も疲れきっている。

 けれど、まだすべてが終わったわけではない。あとは、武器だけでなんとかするしかない。


 賢者様は、大丈夫なんだろうか? ふと、自分が来た方向を振り返る。

 そうだ、アレクサンドラが手引きしているのだとしたら、いかに森の奥だといっても、守護の長に気づかれず、簡単にたどり着けてしまうのではないだろうか。

 北の守護の長は、何も言わずにユーディットとミネルヴァを見つめた。

「この場については、もう我らだけで問題はない。ミネルヴァ、お前は賢者様のもとへ。我らもできる限り早く向かう。

 ……外の者よ、今はお前に助力を感謝しよう」




 “悪魔”を奉じる輩だけだと思っていた。まさか闇妖精までが出張ってくるとは考えてもいなかった。しかも、あの人間の魔術師を対等に扱っている?

 基本的に、闇妖精は尊大な種族で、他の種族を見下している。他種族を奴隷として使うことはあっても、手を結ぶことは考えにくい。

 だが、それだけ“悪魔”の力が魅力的であるということなのか。それとも、奈落の“女王”と“悪魔”に何らかのかかわりがあるということなのか。


 ウォーカーは、闇妖精と斬り結びながら考える。今の状況は非常に悪い。最悪と言っていい。闇妖精の数は多く、しかも魔術師までもがいる。こっちはたったの4人だ。よく誰も倒れずにいるものだ。

 けれどすでに全員が何かしらの傷を追っている。幾人かの闇妖精を倒し、自分もまた立ってはいるが、正直を言えば戦いは非常に厳しい。このまま続けば、いつか力負けするだろう。


 【猛き戦神よ、力を!】


 クロが剣を振りかぶり、聖なる力を込めて“女王”の司祭に斬りかかったが、致命傷には程遠かった。ジリオンの使える癒しの奇跡も尽き掛けている。

 ウォーカーも魔術師に魔法を撃たせないよう牽制しつつ、闇妖精を相手にしているが、じわじわと限界は近づく。


 ──そして、こんな状況ですら、沈黙を守る霧の森。


 ウォーカーは、すぐそこにあるのに、と森の奥へちらりと目をやった。

 なぜ誰も来ない。たしかに、上の妖精は他の種族と比べてもかなり閉鎖的だと言われる。外へ出てくるような上の妖精は、自分が知っている限り数百年に1人いるかいないかだ。

 だが、この状況で、これはない。

 この守護の森に住まう人間たちは霧の森の隣人ではなかったのか。上の妖精はそこまで薄情な種族だったのか。たしかに、通常なら敢えて手助けをする必要はないと判断することもあるだろう。しかし、今はどう考えてもそんな状況じゃない。いったい何をやっているんだ。我々は盟約を守る種族ではなかったのか?


 どうにかして、フィリやこの人間たちをこの場から逃がせないだろうか。

 ウォーカーがそう考え始めたころ、いきなり目の前の闇妖精に矢が突き立ち、絶命した。


「久しぶり、家出小僧がずいぶんでっかくなったじゃないの」

「遅い!」

「……うちの種族の腰がものすごく重いのは、あんたも知ってるでしょ。これでも女王の許可吹っ飛ばして、最速で来れるやつだけで来たのよ。がんばったんだから、ほめてほしいくらいよ」

 思わず叫んだ後、弓を射ったばかりの妖精が不機嫌に言うのを聞いて、ウォーカーが驚いた顔になった。

「……アナリエル、あなたが来たんですか?」

「ヘルルイン、あんたはとっとと娘のそばに行ってあげなさい」

 アナリエルと呼ばれた金の髪の妖精は、賢者を指差すと魔術師を睨みつけた。

「……さて、そこの黒炎の魔術師。あんたの相手はあたしがするわ。あんたは許さない」




 もう少しなのに。

 そう考えながら、アレクサは、クロの剣に貫かれて倒れる闇妖精を呆然と見つめた。

 “賢者”を消して、森も消して、一族も消す。もう少しで私を縛る全部が消えるはずなのに。

「何故、自分の一族を殺そうとする。お前の血縁だぞ」

 クロが、剣についた闇妖精の血を振り払い、アレクサへと歩いてくる。

「何故だ。お前の願いはこれなのか?」

「……私を縛るものは許さない」

 暗い声に絶望を滲ませて、アレクサがかすかな声を漏らす。

「なに?」

「森と一族のせいで、私は外へ行けないんだ。西の守護しかできない。森と一族は私を縛る。消さなきゃいけない」

「お前、本当にそう思っているのか?」

 すっとクロの目が細まった。

「うるさい! お守りが私に教えてくれた、森さえなくなれば、私は自由だ!」


【雷鳴よ!】


 アレクサが魔法を放つと轟音が轟き、クロの全身を襲った。衝撃に弾き飛ばされそうになったが、辛うじて踏みとどまり、アレクサに向き直る。

「なるほど、ユーディット殿と話していたのはそれか……たしかに、わからんでもない。

 だが、だからといって責任転嫁の挙句、邪悪に身を堕とすとは!」

【我が剣に、猛き戦神の怒りを】

 クロが祈りを捧げると、振り被った剣に魔法の光が宿る。

【猛き戦神よ、力を!】

 さらに聖なる力を載せて、クロはアレクサに容赦のない一撃を浴びせた。


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