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戦国乙女のReincarnation

作者: keisei1

 1583年、天正11年4月。羽柴秀吉と柴田勝家は、近江、賤ヶ岳で合戦に相望んでいた。佐久間盛政率いる軍は、柴田勢の柴田勝正軍とともに、羽柴秀吉率いる大群と相対する。

 双方戦力拮抗する中に、盛政軍一の剣の手練れ宗政と、女傭兵の鉄砲撃ちお琴がいた。宗政とお琴は抜群の相性を見せて、秀吉軍の兵を次々となぎ倒していく。宗政とお琴は背中を合わせ、秀吉軍に対峙する。

「宗政! ここから敵陣に切り込んで! 後ろから援護する!」

「抜かるなよ! お琴!」

「上等! そっちの方こそ怪我なんてしないでよね!」

「任せとけ! うおりゃああああぁ!」

 宗政はそう叫び声をあげて、大剣を振りかざし、周囲の敵を圧倒していく。その宗政に襲い掛かる敵兵にお琴は、狙いを定めて、銃を撃ち込んでいく。二人の連携はピッタリ。まるで産まれる前から互いを知っていたかのようだった。

 転じて2014年12月。デビューしたての女性シンガー相原琴音は、クリスマスライヴのバックバンドのオーディションに立ち合っていた。メンバーは、ベース、ドラム、キーボードと順調に決まっていったものの、ギタリスト選びが難航した。3人のギタリストの力が競り合っていたのだ。

 近藤智朗、勝木宗、瀬本英輔、この三人、ギタースタイルは違えど実力は伯仲し、審査員達を悩ませていた。ディレクターの一人が琴音に意見を訊く。

「琴音ちゃんはどう思う?」

「えっ? 私ですか。んーと」

 そう応えた琴音だが、実はそれどころではなかった。ここ数日、幻覚とも、幻視ともつかない映像、シーン、記憶が頭の中に掠めては、消え、浮かんでは、消えゆき、心身ともに衰弱していたのだ。

 琴音の見る幻視の中では、琴音は鉄砲撃ちの傭兵として戦に従軍している。琴音はその戦況がかなり切羽詰ったものであるのが分かったし、「戦の中」の自分がもう一人の男と奮闘しているのが分かった。琴音は、おぼろな意識でギタリスト選びに意見を出す。

「んー。みんないいですよね。素敵です。勝木宗君なんて特に」

 そう琴音が言いかけた時にまたも、あの「戦乱」の幻視が彼女を襲う。

「宗政!」

 「その場所」で琴音はたしかにこう叫ぶと、しばらくの間、琴音はまた幻視に引き込まれていった。

 前線で戦っている宗政とお琴のもとに、馬に乗った将軍、盛政が近づき、呼び掛ける。

「宗政! お琴! 前線での奮闘ご苦労! 戦況は優勢だ。このまま行けば秀吉の大軍と言えども陥落は必至!」

 大剣で敵兵をなぎ倒しながらも、宗政は応える。

「盛政殿、前線はこの宗政とお琴にお任せを! 鬼玄蕃とも呼ばれる盛政殿の出番はござりませぬ!」

 その宗政の言葉を聞いて、盛政は高らかに笑う。

「鬼玄蕃。よく言ったものよ! 我、後方に待機し、前田利家殿の合流を待つ。任せたぞ! 宗政! お琴!」

 お琴は近づいてきた敵兵を銃剣で突き刺すと応える。

「盛政殿は、悠然と勝利を待ちわびるがよろしかろうと!」

「まこと、頼もしいおなごじゃ! お琴。あとは託したぞ!」

 そうして馬を駆けて、盛政は最後尾へと一時引き下がる。その様子を見届けた宗政は、お琴に呼び掛ける。

「利家殿、本当に戦線に合流してくれるだろうか」

「何言ってるの! 宗政。利家殿は、勝家様の立派な家臣! 必ずこの戦線に加わるはず」

 そう言葉を交わしながらも、宗政とお琴は敵兵と相対しあう。宗政は口にする。

「利家殿は、秀吉とも友人の間柄だ。どう動くか分からない!」

「宗政! 心配はあとにして! 今は目の前の敵兵を凌ぐのが先!」

 そのお琴の言葉を聞いた宗政は、大剣を両手で振り回すと雄叫びをあげる。

「それもそうだ! お琴! おりゃあぁああああ!」

「上等!」

 そう合いの手を打ったところで琴音の幻視は終わった。ディレクターの呼びかける声が幾度も響く。

「琴音ちゃん? 琴音ちゃん? どうしたの? 話聞いてる?」

「あ、はい。聞いてます。ギタリスト選びですよね。そう。彼! 勝木宗君なんてギターも艶やかだし、パフォーマンスも結構派手で」

 その言葉を聞いたプロデューサーが右手を軽くあげて意見する。

「それなんだけどねぇ。彼、勝木君。その、巧すぎるだよね。なんて言うか、言いにくいんだけど、琴音ちゃんをステージで食っちゃう可能性があるんだよね。ルックスもいいし」

 「はぁ」と言って琴音は言葉を失うしかなかった。「食ってしまう」。つまり巧すぎてもバックバンドのメンバーは務まらないわけだ。バックメンバーは、適度に主役、シンガーを引き立てる役回りを演じないといけないらしい。

 そんなことを琴音がぼんやりと思っていると、またも例の幻視が琴音を襲う。「その場所」では、もののふ達の叫び声が響く。戦は佳境を迎えているようだ。琴音は「男」に呼び掛けている。

「宗政! ちょっと戦況が芳しくなくなってきたわよ! そろそろ利家殿の援軍が欲しいところ!」

 「ハッ!」と一度息を吐き出すと、宗政は声を荒げる。

「秀吉の大群に単身抗えるのは、ここまでか! 利家殿は!」

 すると次の瞬間、盛政の軍勢がにわかに騒めきだす。

「利家殿が!」

「利家殿の軍勢が!」

 その兵士達の言葉を聞いて、宗政が目を凝らすと、前田利家の軍勢が戦線を離れていくのが見える。宗政は驚き、叫ぶ。

「利家殿が戦線を離脱だと!?」

「まさか、そんな。裏切ったの!?」

 お琴の言葉を辛うじて宗政は、否定するしかない。

「いや! 裏切りなど。忠君を誓う利家殿に限ってあり得ぬ!」

「じゃあどうして!?」

 銃を発砲しつつ、敵兵に抗戦するお琴は叫ぶ。呻くように宗政は呟く。

「利家殿は、秀吉との友情を選んだのだろう。やむなしだ! この戦、敗色濃厚なりえども、抗うのみ!」

「そう。きっと生き延びて見せる! まだまだよ! 宗政!」

「おうよ!」

 そう宗政は応えると大剣を大きく構える。その光景を幻視の中で見た琴音は、なぜか「頑張って。宗政」と胸の内で叫んでいた。するとディレクターとプロデューサーの話し合う声が、琴音の耳に響いてくる。

「彼、勝木宗君は、もっと他のバンドを探してあげましょう。そのバンドの正式メンバーとしてやってもらうとか」

「そうですね。彼は作曲能力も高いみたいだし、ただのバックバンドでは勿体ない気がしますね」

 その話し合いを聞いた琴音は、無性に寂しく切なかった。勝木宗がバックバンドのオーディションに落ちる。自分の傍にいてもらえない。その事実、既視感にも似た事実がなぜか琴音に、辛い想いを抱かせていた。ディレクターが琴音に呼び掛ける。

「じゃあ、そういうことでいい? 琴音ちゃん。ギターは近藤智朗君ってことで」

「あ、はい。仕方ないです。『食っちゃうんじゃ』、仕方ないです」

 そう応えはしたものの、琴音は胸の内で誰かが、もう一人の自分が、「そうじゃない! 琴音! そうじゃない!」と叫んでいるのを聞いた気がした。すると再び幻視が琴音を襲う。「あ、まただ」そう胸の内で呟くと、琴音は「戦国の時代」へとまたトリップしていった。

 どうやら宗政とお琴は敗走を強いられているようだ。二人は十数名の小隊を組みつつ、山の中、密林へと逃亡している。宗政は叫ぶ。

「お琴、お前だけでも何とか逃げ切れ! 傭兵のお前が忠君を誓って、ここで討ち死にする必要もない! 自由になるんだ!」

「冗談! 私だって一度は関わった人間を見捨てたりはしないわ! 宗政、私はあなたを見捨てたりなんかしない」

 宗政の小隊は追手の襲撃を凌ぎながら、小高い岸壁にまでたどり着く。秀吉軍の大隊は、もうそこまで迫っている。宗政は、小隊を率いていた小田原健之助に声を掛ける。

「健之助殿! ここはどうかお琴達を連れて岸壁の上へとお逃げください! 敵はこの宗政を含む数名で食い止めて見せます!」

「宗政!」

 健之助がそう大声で応じると、宗政は今一度大きく叫ぶ。

「お願いします! 健之助殿。お琴だけは!」

 その言葉に言外の意味をくみ取った健之助は、崖に縄を掛けてお琴の手を引く。だがお琴はそれに抗う。

「待って! 宗政! 健之助殿! 私も戦います! 私もここで討ち死にする覚悟です!」

 その言葉を宗政は一蹴する。

「討ち死に!? 馬鹿なことを言うな! 女風情が何を言ってる! ここで英雄気取りか!? そんな場合じゃない! 早く、早く行け! お琴!」

「宗政」

 宗政の激情に触れたお琴は言葉を失い、歩みをしばしの間止める。そのお琴の腕を健之助が引っ張っていく。

「行くぞ! お琴! ここは我らだけでも逃れねば!」

 堪え切れずにお琴は宗政に手を差し伸ばす。

「宗政ー!」

 宗政もお琴に手を伸ばす。二人の指先が絡み合うように触れ合う。

「お琴、ありがとう。これまでずっと支えてくれて。ありがとう。大好きだよ」

 その言葉を聞いてお琴は涙ながらに零す。

「宗政、ゴメン。私もずっと、ずっと好きだった! 身勝手我が儘ばかりの女で、本当にゴメンね」

「……行け!」

 お琴の告白にしばらく声を失うも、宗政はお琴の手を振り切り、健之助とお琴達を逃亡させる。宗政のもとには追手の軍勢が今にも押し寄せてきていた。崖をよじ登り、林の中を駆け抜けていくお琴は、宗政に向かって叫んでいた。

「宗政ぁー!!!」

 そこで琴音の幻視はしばらく途絶えた。ふと気づくと琴音の瞳から涙が溢れている。プロデューサーが琴音を気遣う。

「大丈夫? 琴音ちゃん。じゃあギターは近藤智朗君だと、彼らに知らせてくるね」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 そう応える琴音はどこか上の空で、今見た幻視のせいなのか、なぜか無性に物悲しく、同時に勝木宗が自分のバックバンドに選ばれなかったのを切なくも思っていた。

 琴音を連れてプロデューサー達が控室に向かうと、結果をオーディションを受けた全員に知らせる。ガッツボーズをしたり、肩を落としたり、悲喜こもごもの参加者達。その間中、ずっと琴音の視線は、勝木宗の方を向いていた。勝木はオーディションの結果を知るとやさしく微笑んで、ギターケースにギターを仕舞い、その場を立ち去ろうとする。

 「待って」。琴音がそう勝木に呼びかけようとした時、またもあの幻視が琴音を襲う。お琴は、健之助に腕を引っ張られながらも、遠ざかっていく宗政の姿を、最後まで目に焼き付けていた。お琴は叫ぶ。

「宗政、きっと! また会えるよね! きっと、宗政。またいつかどこかで巡りあえる」

 足が躓いて転びそうになるお琴を健之助が支える。

「生きろ。前を見て、後ろを向くな。それが宗政のためでもある」

 その言葉に奮い立ったお琴は足取りを軽くすると、必死に、懸命になって林の中を逃げていった。もう宗政のいる方向をお琴は、二度と振り返らなかった。

「宗政。さようなら」

 そうお琴が呟いたところで、琴音は幻視から目覚める。見るとオーディション会場は散会しだしている。辺りを見回すと、あの勝木宗もいない。そのことに気づいた琴音は、ディレクターに訊く。

「あの、勝木さんは?」

「あぁ、勝木君ならもう帰ってしまったよ。彼は、後日別バンドのオーディションに呼び寄せるつもりだから」

 その瞬間、琴音はいてもたってもいられない様子で呟く。

「それじゃダメなの」

 そう言うと琴音は走り出して、レコード会社をあとにした勝木を追い掛ける。人混みを縫って、交差点の向こうに姿がかき消えそうな勝木に駆け寄っていく。胸の奥で琴音はこう叫んでいた。

「宗政、宗政、宗政!」

 琴音の高鳴る鼓動とともに、勝木と琴音の距離は近づいていく。まるで「戦乱の世」で、距離が離れて行った宗政とお琴の距離を縮めるように。やがて琴音は、勝木が交差点を渡り終えたところで、彼に追いついた。勝木の腕を握って呼び寄せる琴音に、勝木は不思議そうだ。琴音は息を切らしながら、勝木に呼び掛ける。

「勝木さん、あの」

 そう言って次の言葉を言えない琴音に、勝木は優しく伝える。

「オーディション。残念でした。ずっと前からファンだったんですよ。琴音さんの」

「勝木さん」

 名前を呼ぶ以外何も出来ない琴音に、勝木は手を差しだす。

「初めまして。琴音さん。僕、本当は勝木宗政って言います」

「勝木、宗政」

 勝木と握手を交わした琴音に、瞬間電気のようなものが走り抜け、遠のいていた宗政の姿が勝木の姿と重なり合う。勝木は優しく笑う。

「響きが戦国時代の武将みたいなんで、宗ってステージ名に変えてたんですよ。今回は残念だったけど、またどこかで会える機会もあるでしょう」 

 その瞬間、琴音は感極まって叫んでいた。

「宗政! あなたどうしていっつもそうなの!? 自分ばっかり犠牲にして、いい格好しい。やめなさいよ。今は戦乱の世じゃなくて、現代なんだから!」

 その言葉を聞いた勝木宗、いや宗政はきょとんとすると、こう口にした。

「じゃあ、もう一度次回のオーディションに来ます。その時は必ず!」

 そう爽やかに言ってのける宗政の手を琴音は、しっかりと握り締めると、自分を患わせていた幻視と幻覚が遠のいていくのを知った。消えゆく戦乱の世で、お琴と宗政はしっかりと手を握り合っていた。琴音は宗政に伝える。

「いつかきっと、また巡りあえると思ってた。宗政」

 その言葉に可愛らしい笑顔を見せて、宗政はこう応えるのだった。

「僕もそんな気がしてたよ。お琴」

 その言葉を最後に、静かに両手を握り合った二人の影は、交差点の終わりでいつまでも立ち尽くしていた。 


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