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祝災の花  作者: 如月あい
一章 揺るがぬ立場
5/8

守りたいもの

「僕はグラジオラス・シュトレリッツと言います」

 思いもがけない名前にルフレはとっさに反応できなかった。

 シュトレリッツ王国において、その国の名を冠することのできる人間は王族のみ。

 つまり目の前にいる金髪碧眼の少年は、この国の王子であるということだ。

 思わずカンナの方を見れば、完全に他人事だとばかりに酒に口をつけていた。その動作がいちいち優雅なのだから、余計に腹が立つ。

「でもジオと呼んでください。そうやって登録されているので」

「登録? あなたは……いえ、ジオはやっぱり今年入隊したの?」

 ジオと呼べという言葉の意味をくみ取って、ルフレはあえて敬語を使わずに話した。隣にいるセレスは、どうやらジオの言葉で酔いが少し冷めたらしい。

 信じられないとばかりにぱんと頬を叩いた後、食い入るようにジオを見つめた。

「ええ。ツンベルギア養成学校を今年卒業したので」

「でも確か……あなたは今年十五歳よね? 三年かかったの?」

 トレリに二つしかない軍の養成学校は飛び級が可能なため、最短二年で卒業できる。ルフレやセレスもそうであるし、他にも二年で卒業した者は何十人かいる。そういう意味では非常に狭き門、というわけでもない。

 だからルフレは、トレリで最高レベルの教育を受けてきた王子が、ツンベルギアを三年かかって卒業するということに違和感があったのだ。

「三年かけたんです」

 にっこりと、しかしどこか含みのある笑みを浮かべてジオが言う。

「どうして……三年かけた、の?」

 先ほどよりもだいぶきれいに喋れるようになったセレスが会話に加わってきた。

「せっかくですから、市井の生活を長く体験したいと思いまして」

 ジオは至極当然だとばかりにそう口にして、近くのテーブルにあった果実に手を伸ばす。その仕草が本当に平民の新兵のようでルフレはあっけにとられた。そして思いついた疑問を口にする。

「ちなみに……平民として学校にでたの? それともどこかの貴族の名を使って?」

「メディウム侯爵家です」

「メディウム……!」

 メディウム侯爵家とは、現在の王妃の生家である。かなり格式の高い家だが、ルミエハ家ともオブスキィト家ともほどほどの関係を保っている、いわば中立の家だ。

「ということは、母君の血縁者はご存じなのね?」

 カンナに水を注いでもらったセレスは、それを一気に飲み干したあとにジオの方を向いた。カンナは空になったセレスのグラスを受け取ったあと、それをテーブルに置いた。そして自分のグラスに酒を注ぎ直して、再びそれを口にする。

「だいたいは……ですね。軍では元帥と僕がこれから配属される科の科長と副科長、そしてあなたたちお二方と言ったところでしょうか」

「待って。なんで私まで? どうせあなたルフレの隊なんでしょ? でも私は関係ないじゃない!」

 完全に酔いの冷めたセレスが、信じられないとばかりに叫んだ。

 トレリの軍は大きく三つの科に別れており、それら全ての頂点が元帥。そしてその一つの科を支えるのが科長と副科長。そんな軍の中でもトップクラスの人間しか知らないような事実を、直接ジオとはかかわりのないセレスに教えるというのは少し不自然である。セレスが抗議するのは最もなのだ。

「あなたがルフレさんと一番親しいと聞いていましたから。何かあった時に彼女をフォローできるように、ということですよ」

 涼しげな顔をしたジオは、ジュースの入ったグラスに手を伸ばす。

 何かあった時とは、当然ジオの秘密がばれかけたり、身の安全が確保できなくなったりする場合のことなのだろう。

 ただおそらくそれだけがすべてではない。ジオはルフレについて、客観的な意見も知りたいのだろう。そこで選ばれたのがルフレに近しいセレスなのだ。

「私の隊というのは確定なんですか?」

 セレスに事情を明かしたことが、ルミエハにある程度の警戒心を持っているからこその行動だとするならば、そもそもルフレの隊に来ることが間違っている。

「僕が希望しているので、間違いなくそうなるとは思います」

 しかしジオは至極当然のことのように言ってのけた。

「あなたが希望?」

 どうやらこの王子は相当な曲者らしい。まったくもってルフレに近づく目的が見えてこない。

「はい。よろしくお願いしますね。ルフレ隊長」

 金髪碧眼のどこにでもいそうな姿を持つ少年は、にっこりと笑ってそう言った。はたから見れば、ただの新兵が挨拶をしている光景に見えるだろう。

 しかしルフレには分かっていた。

 その少年の笑みが“嘘”だということが。

「こちらこそ」

 ルフレはそう短く答える。するとその返事に満足したのか、ジオはするりと人ごみにまぎれてルフレたちからは遠ざかって行った。

「ふふ。ルフレがそんな顔するなんて珍しいわね」

 真っ赤なドレスと同じくらい鮮やかな紅い酒を飲み干したカンナは、近くにあった小さな果実を一つ手に取った。

 彼女のきれいな赤色の唇が、まっすぐ左右対称に吊り上っている。

「あなたはあまり王族とは関わらないのかと思ってた」

 カンナは果実を口の中に入れようとして、ルフレの言葉にぴたりとその動きを止めた。

「ジオは特別。だってアンリにそっくりなんだもの」

「アンリってトレリ建国者の?」

 セレスの問いに頷いたカンナは、今度こそ果実を口に入れた。

 彼女が美味しそうに果実を食べる様子を見ながら、ルフレはふと考える。永遠を生きる彼女に食事は必要ないはずだが、どうして彼女は食べることにこんなに幸せそうな表情を見せるのだろうか。

「ええ。化けて出たのかって思うくらいには、そっくりなの。じゃ、私もそろそろ行くわ」

 近くにあったナプキンを手繰り寄せて、口元をぬぐう。ただそれだけの動作なのに、カンナがやると艶がある。

 そして彼女はジオと同じくふらりと人ごみにまぎれてしまった。

「はあ……せっかくいい感じに酔っ払ってたのに」

 まだまだ勢いを失わない会場で、ルフレとセレスはすっかり酔いも冷めてその場に佇んでいた。

「飲み直す気にもなれないわね……」

「ちょっとふらふらしてくるわ。ルフレはどうする?」

「私はもう部屋に戻ろうかな」

「だと思った。じゃあまたね」

「ええ、また」

 セレスに別れを告げて、ルフレは中庭の人ごみをかき分けて城内を目指す。城内には兵用の寄宿舎がある。普段はこのくらいの時間だとまだまだうるさい寄宿舎も、今日は誰もいなくて静かだろう。

 歓迎会の会場である中庭から寄宿舎に行くためには、一度城の建物の中に入り、もう一度違う出口から出る必要がある。

 時折、会場に向かって料理や飲み物を運ぶ使用人たちや、運悪く見回り当番になった兵士たちとすれ違いながら、城の広い廊下を早足で歩く。

 しばらく歩き続けてようやく寄宿舎の方につながる出口までたどり着いたルフレは、その扉の取っ手に手をかけた。

 するとルフレが押してもいないのに、勝手に扉が開いた。そのため体制が前に崩れて、扉の向こう側にいた人物にぶつかってしまう。

「すみません!」

「こちらこそすみません! ……って、し、ルフレ?」

 とっさに謝るが、聞き覚えのある声が聞こえて顔を上げる。

 赤銅色の瞳が思いのほか近いところに会って、ルフレはその中に自分の姿を見つけてしまった。

「あ……ろ、エリアス」

 さっと距離を置きつつも、ぶつかった相手がエリアスだったことに安心して小さく息を吐き出す。

「ルフレ、もう戻るの?」

 互いに動揺してミドルネームを呼びそうになったが、城内と他人がいるところではファーストネームで呼ぶというのが暗黙の了解になっていた。

「ええ。そっちは何か部屋に取りに戻ったの?」

 ルフレとエリアスは軍の中では家問題を持ち出さず、ただの同僚として振る舞っている。それは周りからはとても好ましく映るらしいのだが、あくまでも仕事上の関係しか築いていないのだと思われているため、二人が仕事以外で接触することのないように周りから非常に気を使われているのが分かる。 

「僕の隊のダグラスは分かる? あいつが酔いすぎたから酔い止めを取りに来た」

 エリアスは手に持っていた小瓶を顔の横で振って見せた。

「それはご苦労様」

 二人がこんな世間話をするだなんて、トレリの人間は誰も思わないのだろう。むしろ政治的な話題を二人がしていることのほうが少ないのだが。

 ルフレはちらりと周囲を見渡した。

 その視線の意味を理解したエリアスは、自分が一歩下がって扉を押えてくれる。ルフレは扉を潜り抜けて、寄宿舎につながる外廊下の方に出た。ルフレが潜り抜けると同時にエリアスが扉を離したため、扉はゆっくりとしまっていく。

 城内よりも寄宿舎に近いこちら側の方が人に会う確率は低い。

 建物の扉が完全に閉まると、外廊下の壁に備え付けられた朱い光がぼんやりとルフレとエリアスの顔を照らした。

「ケルドでの話聞いたわ。オブスキィトの名を使って人身売買をした他国の商人を捕まえたっていう騒動」

 取引にオブスキィトの名が使われたため、一時期トレリ全体がオブスキィトに疑いの目を向けた。しかしそれを裏返す証明が提出され、オブスキィトの潔白が明かされ、犯人捕縛に至ったのである。

 その話をあたかも他人事のように話して見せた。ルフレはある意味では深く事情を理解していたのだが、それを気取られないように極力自然にふるまって見せる。

「ああ……それは父さんが相当怒ってた。今オブスキィト家が処理中だよ」

「後始末はエリアスの隊に回ってくるの? 他国の商人の人身売買なら、あなたの隊の管轄よね?」

「そうだね。間違いない。でもそれより……僕は気になってることがあるんだけど」

「気になってること?」

「オブスキィト家の潔白を証明する証拠。それまではオブスキィト家に不利な情報ばっかりあふれていたのに、ある時突然、それらを全てひっくりかえすような証拠が提出された。それも監査委員に匿名で」

 エリアスの手にある小瓶のなかの酔い止め薬がぐらぐらと揺れた。そんなものを見つめていないと、ルフレは目のやりどころがないのだ。赤銅色の瞳を見てしまったら、きっと嘘をつけなくなる。

 ルフレは壁に背をもたれながら小さくため息をついた。

「どうしてオブスキィト家が自ら事件を追ってるかわかってるんだろ?」

「……ルミエハが糸をひいていると疑っているから。オブスキィト家の名を貶めるためにルミエハが仕掛けた罠だと」

 ルミエハ当主であるルイスの仕業だ。それをルフレは知っている。ルイスは人を動かすのが上手い。巧みな話術で人をその気にさせるのだ。

 ただしルイスと実行犯との間に何かあったことを証明できるものはいない。ルイスの夫ダンテが証拠隠滅のために策を巡らせているからだ。

 ルフレは両親がオブスキィト家を陥れるために暗躍していることを知っていながらも、彼らを突き出すには十分な証拠を掴めないでいる。

 それになにより彼らはルミエハという名に守られている。

 ルミエハ家の究極の使命は血を残すことにあるため、そのためであれば多少の悪事はみんな目をつぶってしまうのだ。オブスキィト家に手を出すのはかなりきわどいはずだが、証拠が出てくるわけではない。今回のケルドで起こった事件も、ただ他国の商人がオブスキィト家の名を使っただけという結論になるはずである。

「そこまで分かってるなら、何が言いたいか分かるよね?」

「なんのこと?」

 エリアスの言いたいことは十分に分かっているが、ルフレは知らぬふりをして見せた。

 酔い止め薬の次は何を見つめようか。そんなことを考えていると、ふいに視界が陰った。驚いて顔を上げると、エリアスの顔がすぐ近くにある。

 どうやらルフレの頭上にある壁にエリアスが腕を付いたらしい。ルフレは囲われてしまったようだった。

 お互いの目にお互いの姿が映るほどの距離。それを自覚してしまえば、どこか気恥ずかしくて心臓が高鳴るのがわかった。

「ちょ、離れて……」

「ごまかさないで。ルミエハの人間じゃなかったら、あんなきれいな証拠は出せない」

 苛立ちの混ざったエリアスの声に、ルフレはぎくりと身をすくませた。どうやらもうごまかすことはできないらしい。

「確かに、あの件には私も一枚かんだわ。でも、一番がんばってくれたのはレイラで……」

「だから何度いったら分かるんだよ!? ルフレがオブスキィトをかばう行動は一番危ないんだって!」

 もごもごと言い訳をするルフレにエリアスが声を荒げた。静かな外廊下に思いのほか声が反響して、二人で同時にあたりを見回す。

 エリアスはそれで少しだけ頭が冷えたようだった。すぐにルフレから離れて、一度大きく息をすってから吐き出す。

「怒鳴ってごめん」

 しょんぼりと頭を下げる様子が、出会ったころのエリアスと重なった。

 エリアス――ロイと。

「でも、心配だから言ってるんだ」

 そうやってまっすぐとこちらを見る彼がまぶしかった。今も昔もそれは変わらない。

 そしてルフレが守りたいと思う気持ちもそう。

「私は……正しく在りたいの」

「ルフレがルミエハだとは思ってないよ」

 ルフレの気持ちを正確にくみ取った彼は、まさにルフレが望んでいた言葉をくれた。

「ありがとう」

 その気持ちが嬉しくて自然と感謝の言葉が口からついて出た。

「でもね……ルミエハもまた、私とは違うの」

「それは――」

「――分かってない。ロイは分かってない」

 久しぶりに口にしたその名に、ロイの動きがぴたりと止まる。

 ルフレが軍人になると決めたあの日。ロイの暗殺計画を聞いたあの日から、ルフレはいつだって戦々恐々としていた。オブスキィト唯一の後継者であるロイをそう簡単に暗殺できるわけないと知っていながらも、心のどこかで不安を抱えていたのだ。

 時が立つにつれて本格化してくる計画に、本当に自分は間に合うのだろうかと思ったことさえあった。

 あの日よりも強くなった自分は、あの日以上にロイを守れる可能性が上がった。

 しかしロイに直接警告すれば、なおさらルフレを自分から遠ざけようとするであろう。

「これだけは譲れないの」

「それでシアに何かあったら――」

 なおも食い下がるロイは、途中まで言いかけて、そしてはっとしていきなり後ろを振り返った。

 そしてきょろきょろとあたりを見回し、視線を上にずらした。

 城と寄宿舎をつなぐ外廊下であるこの場所は、今日に限ってはかなり人気が少なく、また誰かに見られる可能性も低い。ただし、城の二階の廊下に人がいた場合はそこからこの場所が見えている可能性はある。

 すでに暗くはなっているが、二人がいるのは灯りの下だ。角度によっては誰か判別できる可能性もある。

「誰かいた?」

「目があったら去って行ったから……誰かはいたかも」

「まずいわね。私は寄宿舎に戻るから、エリアスも会場に戻って」

 エリアスはとても不満そうだった。

 しかしオブスキィト家とルミエハ家の関係が険悪な今、二人が必要以上に親密にしているのはあまりにも外部を刺激しすぎてしまう。

「……じゃあまた」

 それがわかっているからこそ、エリアスも最後には素直にうなずいた。

「ええ」

 ルフレも簡単に返事をして、足早に寄宿舎に戻る。

 寄宿舎に戻りながら、何故だかさきほど会ったばかりのジオの顔がふらりと頭をよぎった。その嫌な予感が当たらないことを祈りながら、ルフレは寄宿舎に足を踏み入れたのだった。


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