第一章 第七項「サンロラル攻防戦-3-」
最大加速で接近してきたゼフトグライゼンにランカードは一瞬戸惑いの色を見せる。振るわれた光刃を高周波ブレードでガードする。次いで放たれた突きを、ランカードは僅かに体を横にずらすことで回避する。その応酬にともう一本の高周波ブレードが横に払われた。ゼフトグライゼンは鍔迫り合いになっていた手に力を入れて強引にランカードから距離を取ると、それを回避する。
直後、着地したゼフトグライゼンに背後から迫ったドランディエロがハンドガンとショットガンの攻撃をお見舞いする。神御は舌打ちしつつ、建物を盾にしてそれを回避した、ように見えた。それは一瞬の事であったので、ドランディエロ、ランカード両機を操縦するパイロット二人に錯覚を見せた。
一歩後に移動して建物の影に隠れたかと思われたゼフトグライゼンだったが、直後各サブスラスターを使ってその場でバレエダンサーのように回転して見せると光刃を投擲した。
放たれた光刃は空中を滑るように飛翔し、ドランディエロの左腕の上腕部分に突き刺さった。貫かれた部分から稲妻が走り、爆発が起きた。動力パイプとその他の配線、サブジェネレーターが破損し、ドランディエロの左腕は電源を切ったように力なく垂れ下がった。
開いた手にバトルライフルを持たせると、神御は一気に機体を接近させ銃口をで斑模様の装甲を貫いた。そのままトリガーを引き絞ると、飛び出した特殊弾が機体内部で炸裂した。本来はある程度の距離が必要になるのだが、ダメージになるのならその効果は期待していない。
発射される度に瞬くマズルフラッシュと共にドランディエロの機体が踊る様に跳ね、その度に各所から稲妻と爆発がおき、装甲の隙間から火花が派手に飛び散った。そしてついに貫いた場所から反対側へと貫通すると、そこから大量の火花と大きな爆発が飛び出した。ゆっくりと引き抜くと、支えを失ったドランディエロは崩れ落ちるように地面に伏っした。
連鎖的に起きた爆発が動力用燃料に引火し、大爆発を起こした。切れ味の悪い歯で食い千切ったかのように大きく抉られたドランディエロを神御は一瞬だけ見下ろした。メインコクピットにマギリングジェネレーターも跡形もなく吹き飛んでいる。パイロットの生存は確認するまでもなかった。
戦う理由があり、敵を殺す動機もあった。しかし、やはり明確に誰かを殺したのだという事実が神御の心に小さな痛みを与えた。
干渉に浸る間もなく、敵接近のアラートが鳴り響く。神御は瞬時に意識を切り替え、スラスターを点火させて機体を後退させる。先ほどまで居た位置に高周波部レートの奇跡が線を描いた。
ドランディエロの下敷きになっている光刃の握り手に未練を残しつつも、回収は不可能だと諦めて更に距離を取る。しかし、ランカードは早々許してはくれなかった。
ガチンっと音を鳴らして胸部のパーツが展開すると、中から二砲門、左右合わせて計四砲門が顔を出す。銃身は短い為に距離の出る武器ではない。それは姿を現すと、直ぐに火を吹いた。真っ赤な炎が飛び出たかと思うと、無数の弾丸がゼフトグライゼンを襲う。装甲を叩く甲高い音と共に、機体が不可思議に揺れ、強制的に後へと押し出された。
直ぐ背後にあった建物へと叩きつけられるゼフトグライゼン。更に襲いかかるように、ランカードの背中に装備されていた二つの武器が競り上がって肩の上に固定された。大きく口を開けたかのような大口径。グレートキャノンよりもずっと大きな口径を持つそれからなにかが飛び出した。
なにか、というのは目に見えなかったからだ。ドンっと音が鳴って銃口付近の空間が歪んだかと思うと、激しい衝撃がゼフトグライゼンに襲い掛かる。まるで巨大なハンマーで叩かれたかのような衝撃が対衝撃に優れている筈のコクピット内を激しく揺さぶった。
「ぐ、あぁっ!」
「きゃあぁ!!」
ある程度は衝撃を防いでくれるとは言え、コクピット内で転倒する程の衝撃が貫通するという事態に二人は焦りを覚える。崩壊した建造物に手を付いて機体を立ち上がらせると、直ぐにランカードが高周波ブレードで襲いかかってくる。直ぐに回避行動に移ろうとした神御だったが、ガクっと機体の動きが急停止した。何事かと驚いて下を見ると、建物の一部、そこから突き出した鉄製のパーツが腰部の装甲に引っかかっていた。強引に引き千切ろうと力を入れると、そうはさせまいと高速で振動する剣が喰いついた。
ギリギリと装甲を削るような音と共に真っ赤な火花が飛び散る。衝撃に堪えつつも視線を向けると、白銀に輝いていた装甲が曇った色を見せていた。
「装甲を削られたっ!?」
驚嘆の声が漏れる。激しい銃弾の雨に晒されても傷一つ付かなかったゼフとグライゼンの装甲が初めて敗北の兆しを見せたのだ。絶対の防御力と信じていたそれに傷を付けた高周波ブレードの攻撃力は侮ることはできないと認識を改める。
「大丈夫、この程度なら何の問題もないわ。戦ってるんだから傷ぐらい付くわよ」
励ましと宥める言葉をかけるジゼルではあったが、やはり神御同様に驚きはあった。強固な防御力を前面に押し出した強引な力技での突破が可能だと思っていたからこその作戦に、ジゼルは脳内で修正を行う。
結果として高周波ブレードは装甲表面を荒削りする程度ではあったが、それは鎧の部分であったからだ。隙間を突いての中身への攻撃ならばどうなっていたか。それを考えるとジゼルは背筋が寒くなるのを感じた。
無茶無謀な作戦だとは分かっていても、それしかトラロトリアを救う方法がないのも事実。それが脅かされる事はなんとしてでも回避しなくてはならないのだ。高周波ブレードの脅威度をワンランク上げつつ、ジゼルは素早い手の動作で先ほどの攻撃について解析を始める。一瞬銃口回りの空間が歪んだ後の謎の衝撃についてだ。
斬撃を受けた衝撃で装甲に挟まっていた部品が外れた。機動に制限がなくなったのを確認し、神御はメインスラスターを持って機体を一気に持ち上げた。そのまま跳躍し、空中で一回転しランカードから距離を取って着地した。
「今残ってる武器は……光刃とバトルライフルだけか……」
サテライトマップには使用可能な武器としてグレートキャノンとバズーカの位置を黄色の光点で示しているが、僅かに距離が遠い。取りにいけなくはないが、ランカードがそれを許してくれるかどうかは微妙だ。
舌打ちし、神御は武器の回収を諦める。光刃を利き手の右手へと持ち替え、バトルライフルを左手に装備させた。それに呼応するように、ランカードは一端距離を離すように後方へと飛ぶ。
「何だ……? あの距離からでも攻撃ができるのか?」
「――違うわ。転移換装を行うつもりなんだわ……施設を破壊されたのが痛いわね」
MAVRSを直接呼び寄せる転移召喚と同じく、各国は拠点防衛施設の一つに転移換装を阻害する物を設置している。それは味方の転移換装は無視し、敵のは妨害するという少し面倒な動作を求められる為、おいそれと破壊されないように隠されているのが普通だ。トラロトリアもそれは同じで、港町サンロラルにも当然設置されている。街中が破壊されていないかった為、探しきれていないのだろうと踏んでいたのだが、それは外れてしまった。
ランカードの脚部に巨大な魔方陣が浮かび上がると、白い光に包まれる。光は一瞬で形を変え、砕けるように飛び散った。先ほどまでは二脚だった脚部が、転移換装によって六脚へと交換された。
「シンゴ、気をつけて、あの脚部、先端部分は高周波ブレードを内蔵したパーツよ!」
ジゼルはその脚部に見覚えがあった。トラロトリアが帝国に侵攻を受けた日、当然ながらトラロトリア軍は海岸線に防衛線を構築し、迎撃態勢に入ったのだがそこを強襲してきた一機が、六脚の脚部を持った近接型のMAVRSであった。匍匐飛行によって縦横無尽に駆け回り、爪先部分から展開したブレードで防衛線に付いていたトラロトリア軍のMAVRSを一方的に屠ったのだ。
要注意機であったのだが、脚部が二脚であった為にジゼルは予想もしていなかった。隠し玉というべき取って置きはここぞという時まで温存しておくからこそ意味がある訳で、的がそれに当たる強襲型の脚部をあえて別の脚部に変えている事は十分に想像できた事だ。それを怠っていた自分の不甲斐無さにジゼルは唇を噛み締めた。
「くっそ、卑怯だぞ! こっちには換装がないってぇのにっ! どうしろってんだよ!」
焦りに語意が強くなる。目の前の敵は難敵であるのに、それを早く撃破しないと残りの三機の行動を阻止できないのだ。狙撃機でないにしても、山なりに砲撃すれば何発かは届くかもしれない。そうなれば、シェスセリアだけではなく、一般市民にも被害が出る。それだけはどうにかしてでも避けなければならない事態。
苛立ち、奥歯を強く噛み締めるとギリっと削れるような音がした。全身に怒りによって生まれた熱が篭る。
その時だった。
ふと、神御は自分の胸が熱くなるのを感じた。開いた胸部を見れば、いつの間にか胸の模様が赤く染まっている。明滅するように中央部分が光っている。強張っていた全身を言い様もない不思議な感覚が支配した。訝しんだ神御だったが、前に一度それに似た感覚を味わったことがあるのを思い出した。それは真紅のMAVRSに機体を鉄屑にされ、ジゼルの入ったマギリングジェネレーターを奪われた時だ。
思い出すと、ふいに怒りが消えているのに気づいた。同時に、焦りも消えていた。一瞬呆気にとられたが、直ぐに気づいた。
「あぁ……今ならまた出来そうだ……」
体の奥底から湧き上がってくる正体不明の出来るという自信と確信。頬の筋肉は自然と緩み、笑みが浮かぶ。頭の中に浮かび上がってきた知識とイメージを持って、神御は前に手を突き出す。その手の平に敵を収め、羽虫を握りつぶすかの如く、躊躇う事なく拳を握り締めた。
「――換装。スマッシュギガースッ!!」
神御による詠唱が行われた。閃光がゼフトグライゼンの両手を包み込む。幾重にも複雑に重なり合い、絡み合い、立体型の魔方陣が浮かび上がる。光に包まれた腕は徐々に形を変え、形を成す。包み込んでいた光を砕いて新たな腕が姿を現した。
「な、なにっ!? 換装!? そんな、どうして……。スマッシュギガース……これ、神御が……?」
複雑な思いが絡み合った声を漏らす。本来既にある物と転移魔法によって瞬時に換装するのが転移換装なのであって、無い物を呼び寄せることはできない。にもかかわらず、神御はどこからともなくゼフトグライゼン用のパーツを呼び寄せて見せた。見れば神御の胸が赤く染まっているのにジゼルは気づいた。
ゼフトグライゼンはダークマターによって生み出されたゼフト粒子によって作られた機体。であるならば、この新しい腕もまた、ダークマターによって生み出されたものなのかと、そうとしか思えなかった。
ハッとして現状を思い出したジゼルは唇を真っ直ぐに閉じて思考を切り替える。何がどうして、どのようにして新しいパーツが生まれたのかは今気にする事ではない。今すべき事を思い出し、ジゼルは自分の仕事を再開させた。
「換装完了。各部接続異常なし。――動作確認。シンゴ、いけるわよっ!」
「おうっ! いくぜぇぇっ!」
甲高い音を響かせ、メインスラスターが激しい閃光を噴出す。残光さえ残す程の速度でゼフトグライゼンはランカードへと接敵する。敵は慌てる様子もなく迎え撃つ姿勢を見せた。前脚の二本が立ち上がると先端から音と経ててブレードが飛び出す。両手の高周波ブレードと合わせた四本をもって、ランカードもメインスラスターを吹かせて突っ込む。
二機のMAVRSが激突する。目を覆う程の閃光と大地を揺るがす衝撃音。地面が波打って石畳が宙を舞った。フルブーストによる突撃を二機は互いに組み合う事で相殺した。
『ぐ、おおぉぉっ!!』
外部スピーカーを使わずとも、ランカードのパイロットが苦悶の声を漏らしたのが分かった。対する神御は予想通りの結果に笑みを浮かべて返す。
激突を制したのはゼフトグライゼンだった。装甲の厚みを増し、重層歩兵のような一回り大きくなったような腕がランカードの高周波ブレードを受け止めたのだ。しかも、その刀身を直接握る止めるという手段で。
突き出された脚部のブレードは激突の衝撃で根元から拉げて破損している。残りの足にも同然ブレードは内蔵されているが、それを使うと言う事は支える足が無くなると言う事だ。加えて手も自由が利かない為、おいそれとブーストによる跳躍も出来ない。
身動きができなくなったランカードに対して神御は一切の躊躇もなく両手に力を篭める。僅かな抵抗の後、高周波ブレードは意図も容易く砕け散った。拘束が解除されて後に下がったランカードに神御は更に襲いかかった。
両手を掴み、まるで大地に生える草花を引き抜くかのような容易さでランカードの腕を引き千切った。更に脚部を掴むと力任せに握り締める。大小の爆発と稲妻が走り、自重を支えきれなくなったランカードは地に伏っした。神御はそのままランカードの胸部装甲を剥がし、コクピットブロックを引き抜く。そのまま握りつぶすかと思われたが、ゼフトグライゼンの動きはそこで止まった。
「……ジゼル、これってどうしたらいいんだろ? 握り潰すのって何か気が引けるんだけど……」
「そう、ね……。じゃあ軽く振ってからその辺に置いておけばいいわ。運があれば生きてるでしょ」
握り潰すのには抵抗はあれど、殺す事にはなんら躊躇いはない。機能を奪われたコクピットを軽くであっても振られれば、中のパイロットは無事では済まないだろう。もしそれでも生きているというのなら、しかるべき罰を受けさせるまで。ジゼルはそう告げると、神御は多少躊躇したものの、その言葉通り二、三度シェイクしてから地面の上に転がした。マギリングジェネレーターの方も同様の刑に処される。
「――よし! これで残りはあの三機だけだな!」
「えぇそうよ。今からフルブーストで移動すればまだ間に合うわ!」
「了解! 一気に行くぜぇっ!!」
ギュィンっと音を響かせてエネルギーが収束する。ゼフトグライゼンが一歩前に進むのと同時に、背面各スラスターと脚部底面スラスターが一斉に閃光を迸らせた。
サンロラルの街中を、南門を、そしてヴィルア平原を白銀の閃光が一本の線となって描かれた。