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第一章 第七項「サンロラル攻防戦-1-」

「……綺麗」


 ジゼルの形の良い唇が僅かに開いてそんな声が漏れた。僅かな音に気づいた神御が視線を移すと、外を凝視しているジゼルの姿があった。神御もつられてそちらに視線を向けるとまさに天と地の境目に線を引いたような風景がそこにあった。


 地平線の彼方から姿を現した太陽はその光を強めながら空を上っていく。夜の闇はまだ強いが、それを押しのけるほどの光が海に注ぎ、波風が立つたびにキラキラと輝いた。広大な海を眼下にし、勇気とジゼルを乗せたゼフトグライゼンはもう一つの海、雲海に飛び込もうとしている所だ。


 改造カタパルトから発射された直後に補助翼を展開し、メインスラスターを全開にして数秒程してゼフトグライゼンは雲のある高さにまで達していた。スラスラーノズルから吹き出るマナとゼフト粒子が交じり合った赤色の光子が、空へと橋を掻けるように煌いた。眼前へと迫った白い壁へと神御は躊躇う事なく突っ込んだ。


 雲海を突っ切ると真下にはトラロトリア大陸の全貌が見下ろせる。6を反対に向けたような形をしており、システムが感知して大陸南部に首都カーヴェントを、北西部にサンロラルの地名を表示した。二つの地名を繋ぐように連なる山脈にはメンルス山脈の名前がある。


「なぁ、今になって思ったんだけど、俺達が空に上がるのって向こうにバレてないの?」

 メインスラスターを全開にして昇った為、噴出した粒子はトラロトリア大陸内であれば目視で確認する事ができたはずだ。空に上ったと向こうにバレてしまっては奇襲作戦は意味をなさない。その事をすっかりと忘れていた神御は今更ながらに慌てた様子で言った。


 呆れの溜息を返されると思っていた神御だったが、ジゼルの反応は意外にもきょとんとしていた。直ぐに思い出したように小さく呟き、手元で何かを操作した。直ぐに神御の前に一つの画面が浮かび上がる。


「一度話したけど、MAVRSは召喚魔法でどこにでも呼び出せるって話をしたでしょう? それを防ぐ為に、拠点近くには召喚魔法を妨害する魔法を展開してるって話もしたと思うけど、それ以外にも色々な施設があるの。その中に、こことこととかに施設があったね、そこはまだ破壊されてなかったの」


 ピンっと音を立てて大陸の外周部に幾つかの光点が生まれる。


「これらを使って限定的に首都からその上空に向けて視界を遮る障壁を張ったのよ。大規模だから時間は短いし、直ぐに切らないと向こうにばれちゃうから今はもう展開してないけど、これのお陰で私達の姿は一応、バレてないはず」


 曖昧に答える理由は、結局の所運頼みでしかないからだ。それらの魔法障壁を突破するような特殊なカメラアイを積んだMAVRSが敵に居れば直ぐにバレるし、障壁が消えた後でも粒子の残滓は残る。それが見つかってしまっては結局の所警戒されてしまうのだ。


「今のところは敵側に動きがないから、バレてないって事だとは思うけど……」


 二人の視線を感知して望遠した映像が拡大表示される。サンロラルの白い外壁をもつ建物のが立ち並ぶ街並みの中に巨人が警戒しているようすで武器を構えていた。


「今確認できる敵のMAVRSは七機。残り三機居るはずだけど……」


 センサー類をフルに活用して索敵を行うが、残り三機は発見できない。地上だけではなく海上にも捜索範囲を広げるが、やはりその姿は見つからなかった。本隊に戻されたか、それともレゾナンス級の母艦の中に居るのかは不明だ。見つからない以上は最低限の警戒を心に留め、存在が判明している七機に意識を向ける。


「データと照合してみるわ。――サンロラル南門、ヴィルア平原側に居る三機は中距離型ね。先頭は重量タイプで火力よりも防御力重視。敵の攻撃を受け止める役ね。脇に居る二機は両手にマシンガンを装備した中距離型とランスと大型盾の近距離型。これがきっと先陣を切るチームね」


 そのデータが直ぐに神御の側にも表示される。防御型と言われた機体はまさにその通り、真横と背面に大きな盾を装備している。各パーツ非常に大きく、無骨という印象を受ける。身を縮込ませれば死角無しと言った所か。堅牢そうではあるが、その反面動きは鈍そうである。


 その脇に控えるのはゼフトグライゼンと同じ中量型の見た目をしている。片方は背中や脚部に追加ブースターを付けており、両手にはマシンガンを装備している。同タイプの武器が背中にもあるので、弾切れを待つには時間が掛かりそうだ。最後の一体は見た目も装備も、まさに騎士と言った感じだ。ランスと盾を構える姿はなんともそれらしい。


 鉄壁の守りに無視できないダメージを与える弾幕、そして一瞬の隙を突いての一撃と、確かに理に叶っている。特にヴィルア平原という見晴らしも良く平坦な地形ならばその効果は高いと言える。


「――いたっ! ルシギ様が言った通り、スナイパータイプのMAVRSが山脈に隠れているわ!」


 ぴっと音がなって拡大された画面が出る。サンロラルの東、メンルス山脈に差し掛かる最初の山岳。鋭く尖った山頂部が幾つも存在する場所で、サンロラルの人々も含めてトラロトリア人が立ち入る事のない場所にMAVRSが一機隠れている。機体カラーは茶色ベースの斑仕様。更に範囲は狭いものの、センサー類を乱すジャミングを放っている。幾らジャミング範囲外からだと言っても、保護色となったその機体色では目視でも発見し辛い。


 ゼフトグライゼンの高性能なセンサーと対MAVRSに特化した索敵機能によって漸く発見できた。


 山脈に姿を隠すのは前後左右に二対八脚という多足型の脚部。先端は鋭く尖り、それを地面に突き刺している。突き刺した後に先端が楔形に折れ曲がる事で機体を地面に固定させるのだ。更にスナイパーライフルを支える手はサブアームを二本追加しており、腕を一体になるように固定されている。頭部は前後に長く、全体的に細長いイメージがある。先端に高性能なカメラアイを装備し、そこから首都カーヴェントの街を歩く人々すら一人一人認識出来るほどの倍率と精度を持つ。やろうと思えば、この機体は300キロ以上も離れたカーヴェントを狙撃する事もできる。その場合、狙撃というより、砲撃に近くなるが。


 次いで見つかったのは二機目のスナイパー機。場所は意外にも灯台下暗しと言うべきか、レゾナンス級母艦の甲板上に特殊アームを使って固定されていた。大型スナイパーライフルを装備し、後部は戦艦内に繋がっている。そこから銃弾を補給するのだから、弾切れを待つのは作戦としては間違いになるだろう。


 スナイパーライフルは大型ではあるが、山脈に構える機体とは違い、射程を捨てて連射性を取った武器だ。勿論普通の銃よりは射程があるので、戦場では後方から弾をばら撒く役割だ。一発避ければ次弾までのタイムラグを利用する事もできるが、このタイプの武器ではそれもやり辛い。


「厄介な配置だなぁ……。んで、後二機は?」

「街中。西と北に一機ずつ。これで七機。残りの三機は居るかどうかが分からないから、居るかもっていう警戒だけは頭の中に置いておくのよ?」

「了解。――そろそろ予定の高度か」


 幾らゼフトグライゼンが推進力に優れているとは言っても、やはりそれには限界がある。改造カタパルトと補助翼、それにタイミングを合わせてのフルブーストを加えた加速で雲の上までやって来たが、それもここまでだ。推進用エネルギーが続く限りはその高度を保っていられるが、それはイコールマナを消費し続けると言う事だ。それも機体の高度を保っておく為に相応の量を。


「高度6000。予定ポイントを通過。――さぁ、ここから一気に降りるわよっ!」

「おうっ!」


 空中で一端停止すると、ぐっと身を屈め、地面を蹴るようにして白銀の巨人が今度は下へと向けて飛び出した。上昇時と同じく、落下するタイミングに合わせて再びフルブースト。しかし、今度は最初の加速だけを行い、後は落下するのに身を任せる。


 落下にもブーストをフルで使えばそれだけ速度は上がり、気づかれても強引に奇襲を成功させる事はできる。しかし、ここまででジゼルのマナを四割程使用してしまっている。気だるさを押してサポートを続けるジゼルにこれ以上の無理をさせる事は作戦に支障をきたす。失われた分は落下の最中に回復するというのが作戦の一つだ。それでも回復できるのは一割か二割という程度だが、多少でも回復するに越したことはない。


 落下する事でゼフトグライゼンの速度はどんどんと上がっていく。機体に掛かる圧も同時に上昇し始め、各武装を繋げる保持アームが軋みの音を上げ始める。元々保持アームは戦闘中の高機動にも堪えられるように作られているので、これくらいの事では問題ではないが、そもそも本来MAVRS用の装備ではない補助翼はそうもいかない。保持アームは堪えられるとしても、補助翼本隊が耳障りな音を上げ始めた。それでも二人は速度を緩める事なく機体をレゾナンス級へと向けて落下させた。


 ◇


「各部最終チェック終了。問題なし。機関安定しています」


 オペレーターの報告を聞いて一番高い場所の椅子に座る男は溜息混じりの返答を返した。目深に被った帽子の奥から覗く目は怠惰な光を宿しており、厳つい顔つきには力がない。肩幅の広い体付きをしており、椅子が小さく見えた。彼が座る椅子は船長のもので、一番大きく、質の良い物となっているが、それでも彼の大きな体を収めるには些か心元ない。


「……ったく、総力戦だぁ? これだから戦場を知らんお偉いさんは分かってない。隊長を単機で倒したような相手と真正面からやりあえとは、こっちの事はお構いなしか……」

「一機でも多く群がり、確実に仕留める。つまりはそう言うことでしょうな。確かに、かの機体がどれだけの性能を持っていよう、こちらの戦力との差を比べれば、確かに倒せるのでしょうが……」

「被害は必ず出る、か。まったく……折角やってきた出世のチャンスだと思ったんだがなぁ。――いざという時は機関出力の不調と言う事にするか」


 面倒くさそうに船長は呟く。勝ち目がないとは思っていない。ただ、勝利した時のこちらが被った被害を想像すると、部隊の解体は間違いない。そもそもこの部隊はルカガルシャをトップにした部隊なのだから、彼が居なければ意味がない。意味がないから、玉砕覚悟でどうにかしろと、本隊に居る第四空挺団のボスであるアバンヴィアは彼らにそう告げた。


 軍人として死ぬ事は恐れることではない。むしろそれが帝国の為になるのなら喜んで特攻でもかけよう。しかし、それで本当に終わるのかどうかが彼らには分からない。アバンヴィアから降りてきた情報はトラロトリアが新規に開発した特殊なMAVRSが対象だと言う事だけだ。


「開発したという事は、何れは量産されるかもしれません。目標を叩き、その上で首都を押さえられればよいのですがね」


 長年付き添った関係だからだろうか。船長の横で後ろ手に組み少し胸を逸らしている特長的な起立をしている副長は船長の思ったことを代弁するように言った。まさにそれは的を得ていたのだが、何もかもが見透かされているような気がして船長は面白くなく思い、口を歪めて吐き捨てるように声を漏らすと頬を乗せて肘を突いた。


「まぁ何にせよ、MAVRS一機に対して向ける戦力としてはこれ以上のものはない。いざとなれば館内に待機させている三機も出撃させてでも破壊してやるだけだ。――もっとも、それをしなくちゃならんような敵ならば、否が応にでも首都を取るか、拠点だけでも破壊せんとな」


 やる気が無さそうに見えても、腐っても帝国軍人。帝国にとって脅威になるというのなら、どうにでもしてそれを防ぐつもりである。


「そうですな。しかし、向こうの戦力はかのMAVRS一機のみ。それを最大限に活用し、かつこちらを叩くには夜襲がもっともでしょうな。幾らこちらのMAVRSが数で勝っているとは言え、この戦艦を落とされては戦いも糞もない。どうにかして我らを優先的に叩こうとするはずです」

「そんな事はわかっとる。――周囲への警戒を保ちつつ、太陽が真上に来たのを合図に侵攻するぞ。わざわざ夜襲を待ってやるなんて思うなよ」


 今度は声を荒げた船長。肘掛を叩いて立ち上がるとオペレーターに指示を飛ばした。夜襲に備えるよりも、先手を打つ形で昼間に戦いを挑む。その考えも呼んでいた副長はふふんと鼻を鳴らすのだった。


 ◇


「――目標を目視で確認。シンゴ、いけるわね?」

「おう。さっき言われた事は一応頭に入ってるから大丈夫だ。――んじゃ、いくぜぇっ!!」


 それに呼応してゼフトグライゼンの両眼が光る。システムが感知して両手に持った武器を使用可能に切り替える。両手に持つのは大型弾頭を5発ずつ持つバズーカだ。初っ端からそれを使用する事はせず、前腕部に新しく取り付けられたサブアームがバズーカの持ち手と接続して左右へと移動させる。空き手となった中に前腕部の収納スペースから白い筒が飛び出し、それを握り取った。


 空気を焼く音と共にゼフト粒子に指向性を持たせ収束させた光刃が形成される。それと同時にジゼルは補助翼の保持アームをパージさせた。発火ボルトに火が入って爆発する。連続して起きた火の玉が保持アームを爆裂させると、支えを失いついに耐久力に限界の来た補助翼が空中で分解した。帝国軍が二人に気づいたのはまさにその時だった。


「狙撃、来るわよっ!」


 ジゼルの甲高い声が響く。


 流石スナイパーのポジションを任せられるだけの事はある。甲板に固定されたMAVRSは素早く銃口を真上へと向けると躊躇う事なくトリガーを引いた。発射された赤い光弾は違う事なくゼフトグライゼンの肩部に直撃する。僅かな衝撃音と共に振動音がコクピット内に響いた。しかしゼフトグライゼンの姿勢は崩れることなく、次弾もあえて受け止めると落下の勢いを残したまま甲板のMAVRSへと激突した。


 金属同士が激しくぶつかり合い、拉げて砕け、誘爆して爆発する音全てが連動して大気を轟音が揺さぶった。光刃の一つはメインコクピットを真上から、もう片方は動力であるマギリングジェネレーターを貫く。MAVRSはツインコクピット制である為、どちらかが生きていれば機体は動かす事が出来るのだ。故に、仕留める時は両方を、というのがセオリーである。とは言え、致命的なダメージを与えれば後は勝手に爆散するのでそこまで気にする事ではないが。


 二つのコクピットを貫かれ、さらに動力部から漏れ出た燃料が大小起きている炎に引火して更に大きな焔へと進化した。


「爆発するわよ。周囲は私が見ておくから貴方は艦橋を狙って!」


 返事を返す間も惜しいと視線だけで答えると、神御は一端光刃を消滅させ、場靴寸前のMAVRSを蹴って後方へと飛び退る。振り返ってみれば敵が被った被害は神御の予想以上であった。


 空中で分離した補助翼はゼフトグライゼンを空中で安定させる為の物であったが、それとは別に、内部に大量の爆薬を詰め込んでおり、ある意味でゼフトグライゼンは爆弾を背負っていたことになる。それが真上から猛スピードで落下したのだから、被害の程は思わず目を覆いたくなる程だった。


 落下の速度が乗った補助翼は弾丸となって偶然にもレゾナンス級の後方、メインスラスターへと着弾していた。衝撃によって内部の火薬に引火し、大爆発を起こす。その爆発に誘われてメインスラスターから爆発が広がり、動力部にまで進んだ。神御が振り向くのと同時にレゾナンス級のメイン動力である大型のマギリングジェネレーターは五人のマギと共に大爆発を起こした。


 ドンっと空気が大きく揺れた。各所で火の手が上がり、絶え間なく爆発が起きる。巨大な戦艦が大きく傾いた。神御は慌ててたたらを踏んで機体の転倒を防ぐ。


「っとと、あっぶね。――あそこがコクピットだな」


 見れば丁度目の前に艦橋があった。サブアームからメインアームへとバズーカを移動させると、神御は素早く艦橋に向けて銃口を向けた。躊躇う事なくトリガーを引く。重低音と共に火薬の炎が銃口から噴出すると、巨大な砲弾が螺旋回転を描いて発射された。二つの砲弾は神御の狙い通り、艦橋へと吸い込まれていく。直後、艦橋が木っ端微塵に吹き飛ぶ。


 幾つ物火球が戦艦の装甲を吹き飛ばす。足元を失ったゼフトグライゼンが真下にあった格納庫へと落ち、更に下へと落下する。その途中、格納庫内の状況をジゼルは逃すことなくしっかりと確認した。


「私の思った通りね。残りの三機は格納庫に予備戦力として残されていたわ。もっとも、今の爆発に巻き込まれちゃったみたいだけど」


 ジゼルが見た光景はメイン動力が原因となった爆発に飲み込まれ大破した三機のMAVRSだった。パイロットとマギが搭乗していたのかは不明だが、機体がないのであれば気にする事はない。


 落下したゼフトグライゼンはそのままサンロラルの中心部である噴水広場へと着地した。大質量の落下により地面は隆起し、外壁が砕け散った噴水から漏れ出た水が周囲を水浸しにした。


「着地成功。各部に異常なし。ホント、貴方と同じくらいに不思議な機体ね。――きゃあっ!?」

「うおぅ!? な、なんだ!?」


 着地姿勢から立ち上がると、直後飛来した光弾が右手のバズーカへと着弾し、砲弾に引火して爆散した。追加装備の補助アームは大破したがゼフトグライゼン自体はノーダメージだ。


 センサーが直ぐに攻撃された方角を察知し、おおよその場所を特定する。そこは最初にスナイパー機が居ると確認した山岳部だった。


 睨み付けるように振り向くと、直ぐに次弾が飛来した。予測弾道線がもう片方のバズーカを捉えるが、神御は咄嗟に体を半身に反らせて攻撃を回避した。


「やるわね。――このまま一端南東へ移動して。そっち側は建物が大きいから壁に出来るわ。そこから建物を足場にして射線を確保できれば、どうにか……」

「悩むより動けだ! いくぞっ!」


 グっと脚に力を込め、飛び出すのと同時にメインスラスターを点火。青白い光を流星が描く軌跡のように煌かせ、ゼフトグライゼンはサンロラルの街中を匍匐飛行で移動する。初弾から数えて計四発の弾丸がゼフトグライゼンに飛来したが、ヒットしたのは初弾のみ。以降は神御が巧みに避けたり建物に阻まれたりと防がれている。背の高い建物群に入った所で狙撃は止んだ。


「ここからは賭けよ。アイツが私達を狙い続けるか、それとも無視するか……」


 敵は今目の前に居る敵であるゼフトグライゼンに狙いを付けている。しかし、味方が素早く展開して包囲した事で優先度が変わったり、そっちのけにして首都カーヴェントを狙ったりされては不味い。その為には敵がこちらを狙い撃とうとする意識を持たせ続けるしかない。


 ジゼルは素早くサンロラルのマップを展開し、建物を遮蔽物にしつつ、しかし時折姿を現すことになるルートを選び出し、神御の方へと送信する。神御はそのルート通りにゼフトグライゼンを移動させた。すると二人の思いが叶ったのか、五発目の弾丸が飛来した。肩部に装備した追加装甲版が弾丸を受け止める。しかし、距離が近かったせいか、着弾の衝撃を殺しきれずに火花を散らせて爆散した。


「スモーク発生! この隙にあそこまで移動して!」


 追加装甲版が爆発した際に異常な程に白い煙が立ち込め始めた。これは装甲版に元々装備されていたスモークが爆発の火を受けて散布されたからだ。肩部に装備された装甲版は装甲の厚みを追加して防御力を上げるという類の物ではない。衝撃を受けると中の火薬が炸裂し、内側から外の衝撃を押し返すという仕組みになっている。その際にスモークを噴射し、敵の視界を遮って距離を取るという目的に使われる。


 今回の様にて敵の視界を遮って逃げるには有用となる装備だが、場合によってはそのスモークが邪魔になる場合もあり、扱いが難しい装備となっている。


 スモークと建物に紛れてゼフトグライゼンは匍匐飛行でもっとも大きな建物の影へと滑り込んだ。前方サブスラスターを点火させ更に脚部底面のアンカーを地面に付きたてて速度を一気に減速させた。


「っとと。よし、後はどうやってあのスナイパーを仕留めるか、か。――そうだ、他の敵は……」

「こっちに二機が急接近しているわ。こいつらが来る前に取敢えず一発やってみるわよ? 撃ち方は覚えてるわよね?」

「漠然と、だけどね。後は何とかしてみる」


 戦争ゲームではスナイパー系はあまり得意ではなかった神御は少し自信なさ気な声を出すが、気持ちを直ぐに切り替える。


 武装変換を行う。背中に装備された二つ折りの武器が展開される。砲身の長さはゼフトグライゼンより頭二つ程長い。それを開いた右手で持つ。システムが狙撃武器だという事を感知し、ターゲットサイトを表示させた。神御はサイドスラスターを使って素早く反転すると、今度は勢いをつけて飛び上がる。


 時計塔であった建物の屋根を越えて視界が広がる。サンロラルの街並みを見下ろす程まで上昇すると、その先にメンルス山脈が視界に入った。直後、山岳の一部が光ったかと思うと、衝撃が走った。確認するまでもなく、山岳に隠れるスナイパーが狙撃してきたのだ。


 まさに正確無比、冷静沈着で虎視眈々と獲物を狙う姿勢はそのポジションを任せるのに相応しい。しかし、それは神御達も分かっている事。だからこそ、あえて狙い撃たせたのだ。ゼフトグライゼンの異常なまでの防御力を頼りにした強引な作戦であるが、同時に正面からの狙撃となればセンサーが直ぐに敵を捕らえる。


 着弾から一秒も経たない時間で敵の位置が割り出される。更に一秒後に全周囲モニターに敵を現す赤い光点が光った。その更に一秒後には望遠モードによって敵スナイパーの姿がはっきりと捉えられた。それと同時にターゲットサイトの上にロックオンの文字が表示された。


 ロックオンがされると自動的に武器が構えられ、弾道を予測して微調整が瞬時に行われる。神御はそれを信じて迷わずトリガーを引き絞った。バズーカ程ではないものの、鼓膜を揺さぶる轟音が響き渡る。真っ赤に熱せられた砲弾が砲身内で螺旋回転を描き火薬の勢いを持って発射された。


 ゆるやかな放物線を描き、一秒にも満たない速度で砲弾は目的地に着弾する。音は伝わらないものの、望遠された映像には爆発と同時に火の手が上がるのが見てとれる。


「着弾を確認。火薬に引火して爆発したみたいね。これで狙撃は――シンゴ、うしろよっ!」

「っ!? こなくそぉ!!」


 振り向くのと同時に長い砲身を後ろに叩きつけるようにして振り抜いた。麻色に濃緑の斑模様が入った装甲色を持った機体が二人の視界に入る。剣先の無い変わった形をした剣が迫る。神御その歪な剣に向かって砲身を叩きつける。熱せられたナイフがバターを裂くように、意図も容易く切断した。切断面が熱によって真っ赤に染まる。


 使用不可能になった武器を直ぐに思考から斬り捨てると、神御は光刃を取り出して応戦した。敵のMAVRSは手首を軸回転させると素早く逆袈裟懸けに歪な剣を振る。二つの武器が激突すると青白い閃光と共に真っ赤な火花が飛び散って互いの装甲の上を滑った。


「こいつ! この武器で斬れないのかよ!」


 悔しさを滲ませて神御は叫んだ。MAVRSの装甲を紙切れのように斬り裂いた光刃だったが、今回はその切れ味を見せることはなかった。歪な剣は、多少は刃を欠けさせはしたが、斬り裂かれたりはしなかった。ギリギリと音を立て火花を散らせ、互いの武器は均衡する。


 均衡を破ったのは敵の機体だった。もう片方に持った武器を神御達に向けたのだ。二つの砲身を寄り合せた特徴的な形。砲身の長さは短く、射程から考えて近接戦用に特化された射撃武器。視線がそれを捕らえた瞬間『ショットガン』の名称が浮かび上がる。


 ダンっとという炸裂音と共に小さな散弾が無数に飛び散ってゼフトグライゼンの装甲を叩く。ダメージはなくとも衝撃は十分にあり、機体が後へと押し出された。


「もう一機も接近! 背中の武器は両方共パージするから、バズーカも捨てて! 光刃とライフルだけで戦うしかないわ!」

「っそ! 了解っ!」


 ゼフトグライゼンの背面に装備されたのは右側がロングレンジスナイパーライフル。左側がグレートキャノンという大質量の強力な砲弾を発射する、まさに大砲というべき武器が装備されていた。それ故、片方を外せば機体バランスが崩れる為、仕方がなくパージという選択を選んだ。バズーカを捨てたのは単に近接戦では取り回しがし難く、先ほどと同じように武器を破壊されかねないからだ。使える状態ならば後でまた拾えばいい。


 補助アームのロックボルトが爆発してグレートキャノンがパージされる。残った固定パーツが落下の直前でスラスターが起動して衝撃を和らげた。手に持っていたバズーカはそうもいかず、衝撃音と共に落下した。


 距離を取るように着地する。背腰部に固定されたライフルを取ると、それを左手に装備させる。左手にライフルが装備された旨がアラートで表示されると、それを待っていたかのように斑模様の機体が襲いかかってきた。

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