第一章 第四項「MAVRS」
「それで、結局貴方は何なの?」
品定めでもするかのような視線を下から上へと持ち上げるジゼル。何なのと問われても、明確な答えの出せない神御は返答に困った。
「なんなのって言われてもなぁ……俺は俺だし。他にどう説明しろと?」
「つまり、貴方はどこから現れて、どこに住んでいた人なの、って事。――肌は……どっちかっていうと東国の人っぽいけど……格好も違うし、角、ないわよね?」
そう言って行き成り近づいてきたジゼルはぐいっと顔を近づけるとおもむろに神御の前髪を掻き揚げた。当然そこに角の類などあろう筈はないのだが、神御にとってはそんな事よりも行き成り目の前に迫ってきたジゼルの顔に思考は焦りで埋め尽くされていた。
ライトの光りを受けてキラキラと輝く黄金の髪は絹のように柔らかそうで、風が抜けると舞うように靡く。長い睫は髪の毛と同じ黄金で瞳の色は空をそのまま取り込んだかのように澄んだ青色。日本人とは違う少し高めで筋の通った鼻の下には柔らかそうな唇が桜色に色付いている。近くに寄ってきた事で思わず心が安らぐような甘い香りが神御の鼻腔をくすぐった。
自分の考えが間違っていたのに少し不満なのか、その色を滲ませても、ジゼルの可憐さは一切失われない。むしろ、ころころと表情が変わる様は愛らしささえ覚える。柔らかそうな唇の皺の数さえ数えられそうな程にまで近づいてきたジゼルの顔に神御の思考はスパークしてショート寸前だ。少しでも顔を前に出そうものなら、その甘くてとろけそうな程に魅力的な唇に自分の唇がぶつかってしまいそうで、むしろ事故を装ってやってやろうか、等という本能が完全武装で頭の中に現れた程だ。
実際にそんな事をしてしまえば先ほどの二の舞で、思い出したら神御は頬がズキリと痛むのを感じた。沸騰しかけた頭に冷や水を掛けられたかのように落ち着きを取り戻し、戻ってきた理性が後ろから完全武装の本能を刺し殺した事で漸く思い止まれた。
だがしかし、神御は一瞬ではあったが、頭の中を完全武装の本能に占拠されていた。つまり、ほんの僅かではあるが、事故を装ってキスをしてしまおうと思った訳で、流石に自分の考えを確かめる事に夢中であったジゼルも、それには気づいた。ハッとなって神御がそれに気づいた時には既に遅かった。
「何してるのよ、エッチっ!!」
もしかしたらジゼルは潔癖症なのだろうかと、そんなどうでもいい思いを抱きつつ、神御は錐揉みしながら吹っ飛んだ。
「ったく、これだから男は……。まぁそれはいいとして、貴方、本当に何なの?」
「ダークマターの力は未知の世界から物質を呼び寄せる、とあるわ。もしかしたら、この人もダークマターによって呼び寄せられた、未知の世界の人なんじゃないかしら?」
若干砕けた口調のフィンが間に入った。神御の事は少し気の毒に思えたが、先ほどと違って今回は神御に非があるのであえて助ける事はしなかった。
「未知の世界……つまり、異世界?」
「いってて……ぁ~、多分それだと思うよ。俺の世界じゃ、月は赤くないしね」
最初に殴られた方とは逆を殴られ、痛む両頬を摩りながら神御は空に浮かぶ真っ赤な月を顎でしゃくった。
「赤い月ではない……。そう言えばシンゴさんはマナの事も知りませんでしたね。この場面嘘を付いても意味はありませんから、フィンの言う通り、シンゴさんはダークマターの力によってこの世界に呼ばれた、と考えるのが妥当かもしれません。最初の暴走、あれが原因と考えれば……」
第七倉庫を半壊させた起動の際にダークマターが異界より神御を呼び寄せたのだとすれば、行き成り現れたのも説明が付く。神御が赤い月やマナのない世界から来たと言っているのも、それを裏付ける。帝国や別の国のスパイという線も決して捨てる事はできないが、帝国ならば自国の兵士を倒す事はせず、機体ごと奪っていくはず。別の国であっても、今まさに滅亡の危機に瀕しているこの国にわざわざこの局面で現れることはしないはず。となれば、やはり別世界の人間であると考えた方がしっくりはきた。
「別の世界の人、ね……。どこの世界の男も、結局皆エッチなのは変わらないのが分かったのは残念というべきか、それとも幸運というべきかしらね……」
これで男は皆無条件で警戒すればいいんだし、と半目で睨むような視線を神御に送ったジゼル。それに対して、神御はどんと胸を叩いて反論した。
「エッチなのは否定しないけど、ロマンに生きてるって言って欲しいね」
「勝手に裸を見たり、行き成りキスしようとしたりするロマンなんて捨てちゃえばいいのよ」
夢も希望もない言葉を吐くジゼルに、神御はこれ以上ないくらいに絶望の表情を浮かべて項垂れた。
「あはは……。そ、それでは、シンゴさんも先ほどの戦いでお疲れでしょうから、ジゼル共々、少し休眠をなさってください。残された時間はあまり多くないでしょうから、長くは取れませんが、お二人には少しでも体調を整えてほしいですから」
苦笑いを浮かたシェスセリアはメイド達に手で合図する。フィンを残し、二人の内赤色の髪の毛をツインテールに結った小柄な少女が足早に去っていった。少し間を置き、翠色の髪の毛を腰ほどまで伸ばした、こちらも小柄なメイドは先導するように手で促した。
「それじゃあお言葉に甘えて休ませてもらいますか。頬も痛いし」
せめてもの仕返しだとこれ見よがしに頬を強調して言った神御だったが、ジゼルは冷ややかに「自業自得でしょ」ときっぱり答え、鼻を鳴らしてそっぽを向くと翠色のメイドの後に付いて先に行ってしまった。
どこか釈然としないものの、神御も後を追った。
◇
「MAVRSは頭部、胴体部、腕部、脚部の四つで構成されるわ。それぞれが人で言う骨格に当たる内部稼動骨格を持ち、それを守る外部装甲でワンセットなの。だから、こっちの内部骨格を使って、別の外部装甲を装備する、という事は、本来はしないわね。それは内部骨格の形や運用方法に合わせてから外部装甲を作るからよ」
ボディスーツの上に上着を纏った格好のジゼルが教鞭を振るっているのは、神御にMAVRSの基本知識を教える為だ。成り行きとは言え、トラロトリアのために戦う事になった神御だが、流石に何も知らぬまま戦わせるのは忍びないし、命運を預ける側としても些か不安がある。そこで今居る人材の中でもっとも適任であるジゼルが教鞭を振るう事になったのだ。
「MAVRSの動力はマギリングジェネレーターと呼ばれる物を使用するの。これは内部にマギを搭乗させ、マナを抽出し、エネルギーへと変換する装置なの。つまり、MAVRSは機体を操作するメインパイロットと、サポート兼動力のマギの二人で動かす事になるわね。中には一人で全部をやっちゃう人も居るみたいね。基本は二人で協力し合うものなのよ」
ジゼルが教える立場になった理由のもう一つがこれだ。機体の操作や武器の使用などはメインパイロットが主に操作するのだが、MAVRSは全周囲を見渡すことができ、また一度に入ってくる情報の量も多い。それら情報部分をマギが担当して処理し、パイロットをサポートする、というのがMAVRSの基本運用だ。その為、パイロットとマギは可能な限り信頼関係を気づいておくに越したことはない。加えて相手を良く知っておく事も、重要になってくる。
もちろん、ジゼルが言うように中には全てを一人で処理できてしまうような者も居るし、一方的な関係で搭乗している事もあるので、所詮は基本でしかない。基本でしかないが、神御は初心者で、かつ今のトラロトリアにとっては唯一の存在なので可能な限りジゼルと行動を共にして、信頼関係を築いて欲しいというシェスセリアの願いからジゼルが教鞭を取る役となったのだ。
「そのマギってのはなんなの? 何回か言葉だけは聞いたけど」
「マギというのはマナを生み出す人の事よ。厳密にはマギリングジェネレーターに始まるマナを動力とする動力部に入る人の事ね。――そうね、ついでだからマナの事も説明するわ」
ジゼルは黒板のような黒い板を上にスライドさせる。すると裏側にあったもう一つの黒い板が下に入れ替わるように前に移動した。
「マナは自然界にも存在しているエネルギーで、昔は魔法を使うためだけに使われていた力ね。今は魔法学という物があって、色んな物に転用されるようになったわ。で、このマナなんだけど、自然界以外では人間の、それも女性だけ限定で生成が可能なの。あぁ、正確には人型の生物の、女性ね」
わざわざ人型と言い直すのは、この世界では人間以外の知的生命体が存在するからだ。
「なんで女性だけ?」
神御がそう聞き返すのも当然だ。しかし、その問いに対してジゼルは首を振って返した。
「それは未だに分かってないわ。女性の体内にマナを生成する器官がある事が分かって、それは男性にはないって事しか分かってないわね。ちなみに、昔も今も、魔法使いと言えば女性限定の呼び名よ」
ふふん、と鼻を鳴らし、胸を張って誇らしげにするジゼル。魔法という万物の法則を無視した技を使えるのが女性だけとなれば、誇らしげに思うのも納得できる。ジゼルの態度に反して、折角魔法という物が存在するのに、使えないと知った神御の落胆は非常に大きかった。
「……それで、なんでジゼルは裸だったんだ? マギってのは裸にならないとできないわけ?」
「そ、そんな事はないわよっ! あ、あれはたまたまというか……用意がなかったとういか……」
どうにも歯切れの悪い態度のジゼルに神御は訝しむような視線を向ける。顔を朱に染め始めたジゼルだったが、意を決した様子で神御の方を向いた。
「マギリングジェネレーター内部には魔力緩衝水と呼ばれる特殊な液体が入っているの。これはマギの体に入って、効率良くマナを抽出できるようにする為の物なんだけど、異物が入って純度が落ちと効率も悪くなるの。マナを生成できるマギ自身、つまりマギの体は異物とはならないから、一番良いのが裸で入るという事なの。――で、でも、それだともし脱出しなくちゃ行けないとか、一時的に外に出るって時に不便でしょ? そう言うときの為にこの専用スーツがあるんだけど……」
あの時は取りに行く時間も惜しかった、とジゼルは小さく呟いた。
マギが纏うスーツは魔水を劣化させない特殊な作りで、本来はそれを使うのが基本となるが、何らかの理由で手元にない場合はやむを得ず裸で入る場合もある。
「予備とかないの? 他の人のを借りるとかさ。あの格納庫ってMAVRS用なんだろ? それなら予備は幾つか置いてあるもんじゃないの?」
神御の疑問ももっともだ。個人の事であれば予算の関係で無い場合もあるが、仮にも軍施設であるのなら、予備は幾つか用意してあるのが普通である。
「予備はあるわよ。ただ……あの時は全部使っちゃってて……だから仕方なく、というか……。予備はまだいいけど、他人のは、ね……メインの部分がちょっと難しいかなって……」
「メインの部分?」
「そ、その……こ、ここが、ね……サイズ、合わないと結構苦しかったり、痛かったりで……」
と消え去りそうな声で自分の胸元を指す。確かに、スーツの中でそこだけは違う作りになっている。まるで後から取って付けたような、別パーツになっているような作りだ。
ジゼルの言わんとしている事が分からず、神御は首を傾げる。一体何がジゼルの言葉を濁す原因となっているか、神御にはさっぱりと分からなかった。
「だ、だから……その……ま、マナは……お、おっぱいから、抽出するのよ……」
「ぁ、あぁ……そう、なんだ……うん。良く分かった……うん」
ボソっと恥ずかしそうに言った答えに、神御も同じように耳を赤くして頷いて返した。確かにそれは、特に男性に対しては言い辛いものだ。胸の部分が別パーツになっているのも、ジェネレーター内部に入った後にそこだけを取り外しやすいように、という作りだからだ。他の部分は我慢できなくもないが、胸の事となれば小さければ苦しいし、大きければ弾んで擦れたりすれば痛い。丁度良いサイズを求めるなら、やはり個々に合わせたオーダーメイドとなる。予備の場合はその部分がない作りになっており、恥ずかしい人はタオルなりを巻いて対処は可能である。
「ぇ、え~っと……な、なんでそこから? 確かマナって……」
「色々試した結果がこれなの。生成されるのは体内にある器官だけど、何故か取り出すのは胸からが一番効率が良いの。未だになんでかって事は判明していないの……」
何とも難儀な事である。しかしながら、男として、そのシチュエーションはなんともありがたいという思いがあり、神御がどこかの誰かにグッジョブと賞賛を送っていたのは内緒である。
「と、兎に角そう言うことだから! 後、次からはちゃんとスーツ着ていくし、通信中は見えないようになってるから、気にしないこと! 分かった?」
「りょ、了解……」
ズイっと身を乗り出して凄むジゼルに、神御は壊れた玩具のように何度も首を前後さる。先ほどの戦いの最中、首から上しか映らなかったのはつまりそう言うわけだからだ。パイロットが男性であろうと女性であろうと、他人に曝け出すのは恥ずかしいものなのだ。
「話を戻すわよ! えっと、どこまで話したっけ? ――あぁそうそう、マナに関してね。それで、抽出したマナをジェネレーター内部でエネルギーに変換して、それを元にMAVRSを起動させる、という訳ね。さっきMAVRSは四つのパーツで構成されるって説明したけど、コクピットとジェネレーターを載せる胴体部分だけは余程の事がない限りは組み変える事はしないわね」
「パーツ単位で組み変えるって事は、場合によっちゃ別のパーツを付けたりとかすんの?」
「えぇ、するわよ。胴体部分は基本そのままだけど、例えば夜間であれば夜間用のヘッドパーツがあるし、水中用のもあるの。腕も射撃用や近接用、大型武装を扱う為に補助アームが付いたのもあるし、中には腕自体が武器っていう変り種もあるわね。MAVRSは状況や作戦内容に合わせてパーツを組み変える高い汎用性が一番の特徴の兵器なの。この世界でMAVRSが一気に広まったのはそれが理由ね」
パーツ換装と聞いて神御の心はマグマの如く熱く滾る思いで埋め尽くされる。特に大型武装や腕自体が武器というワードはどうにも抑えがたい思いがあった。
教わる側の神御が夢中になっているのに気づくと、教える側としては気分が良いもので、ジゼルは得意げに話しを先に進める。
「腕や頭がそうであるように、当然脚部も種類は沢山あるわ。私が見た中で一番の変り種は八脚ね。もっとも、動く事は殆ど考えられていなくて、反動を分散する為の多脚だから、どっちかというと固定砲台ね、あれは」
「八脚!? ほぅ……いいな、それ。俺たちの機体にも使えるんだよな?」
白銀の機体は神御が搭乗しないと反応しないので、ついでに今のところ動力はジゼルなので俺たちの、という表現は間違っていない。
「詳しく調べてみないと分からないけど、各パーツが分離できるなら可能ね。中にはそれぞれが専用に作られたパーツで、構成が固定されるっていう機体もあるから、フィン達の調査待ちね。――換装はどうなるか分からないけど、MAVRS用の武装なら問題なく使えると思うわよ?」
「パーツがあるって事は武器も色々あるって事か……。例えばどんなのが?」
「基本的な所で言うなら、ソードやシールドは基本中の基本ね。後はマシンガンであったり、キャノンであったり……確か、八脚を使っていた国はMAVRSの全高を超える程の大型砲を作ったって聞いたことがあるわ」
魔法技術がある世界ではあるが、MAVRSの武装はその殆どが実体系、実弾系だ。剣に魔法を灯すという方法もなくはないが、神御が使用した光刃のようなビーム系の兵器は存在しない。
「大型砲かぁ……いいなぁ、夢が広がるなぁ……」
しかし、と興奮する中で冷静な部分が疑問を覚える。ならばなぜロケットパンチがないのかと。打ち出した後に戻すのが無理なのだとするなら、ワイヤーか何かで繋げて手繰り寄せるでも十分ロケットパンチという武装で通るだろう。
「そんだけ色々あるなら、どっかにロケットパ」
「ないわよ」
「いやいやどっかにあるはずだろ、ロケッ」
「だからないわよ、そんな非効率的な武器は」
「ある筈だって、ロケ」
「だ、か、ら、ないわよ」
ニッコリと思わず見惚れてしまう程の笑顔で、ジゼルはきっぱりと、有無を言わさぬ迫力を秘めて、神御の目の前で言い切った。並々ならぬ迫力に神御はカックンカックンと頭を揺らすことしかできない。
「後は何かあったかしら……。ここまでの基本事項は最低限頭に入れておいてもらうとして。纏めると、MAVRSはマギリングジェネレーターを動力にした兵器で、内部稼動骨格に外部装甲を装備した頭部、胴体部、腕部、脚部の基本四パーツで構成されて、パイロット一名、マギ一名によって運用され、という事ね。――さて、それじゃあ細かい部分を説明する前に、少し休憩を入れましょうか」
休憩、と聞いて神御は肺に溜まった酸素を一気に吐き出し、両手を上に突き上げて伸びをした。全身の筋肉に溜まった疲れが緩和される感覚がたまらなく気持ちが良い。ジゼルも同じように伸びをして凝りを解していた。が、グっと腕を突き上げた時、たわわに実った乳房が腕の筋肉に引っ張られて形を変え、ぷるんと震えたのを神御は見逃さなかった。
思わず歓喜の声を漏らしそうになるが、ジゼルに気づかれると何を言われるのか分からないのでぐっと飲み込む。
「ふぁ~……は、ふぅ……流石にちょっと疲れたわね」
凝りを解して思考が休憩モードに入った様子で、ジゼルがリラックスした口調で呟いた。
一度仮眠を挟んでいるものの、先ほどの戦いから三時間と少ししか経っていない。夜の笠はまだまだ降りており、星々の光りが僅かに大地を照らしている。周囲の森に獣の気配はなく、少し離れた所にある第七格納庫の慌しい喧騒が遠鳴りのように聞こえてくる。
「敵が何時攻めてくるとか、わかんないの?」
「一応諜報部が偵察をしてくれているけど、動きらしい動きはないらしいわ。恐らくは次の指示を受けているんだと思うのだけど……。向こうが私達の機体を警戒しているのなら、次に仕掛けてくるのは明日の夜……闇に紛れての奇襲が定石ね」
「やっぱりそうなるよなぁ……。となると、こっちも夜間装備とかに切り替えたりとか?」
状況に合わせて装備を変える。何とも心躍るものではないか、と神御は逸る思いを隠す事なく目を輝かせた。MAVRSという兵器が当たり前な世界で生きるジゼルにとって神御の反応は少々異質に映るが、異世界の住人だと考えれば納得が出来る。
「一般機なら普段から暗めな色の装甲を付けているから、後はメインカメラのある頭部ユニットを換装するだけで済むけど……あの機体にそれは必要ないでしょうね。機体色くらいは変えた方がいいけど」
「そうなの? まぁ確かに目立つ色だけど、メインカメラとかって結構優秀だったり?」
「情報収集能力とそれを高速で演算する処理能力は高そうね。モニターに色々情報が表示されてたでしょ? あれ、多分どのMAVRSにも遣われてない技術よ、きっと」
思い返してみれば、確かに全包囲モニターは視線の動きに合わせて細々とした情報をリアルタイムに、もしくは先読みして表示していた。改めて思えばとんでもないシステムだよな、と神御は今になってしみじみ思った。
「ただ、覚えていると思うけど、さっきの戦いで周りが見辛いって事はなかったでしょう? 元々夜間用なのかどうかはフィンが今調べているからいずれ分かると思うから置いておいて、あの機体は今のままでも夜間戦闘は可能のはずよ」
どうだっただろうかと神御は記憶のタンスを開けてみる。あの時は体の内から溢れる滾る思いに突き動かされていたので曖昧なものしかないが、僅かに残る記憶のイメージには、確かに見辛かったというものはない。
「機体自体は問題ないから、後は貴方と私が頑張るしかないわね。今、この国に残っているMAVRSはあれ一機のみ。私達だけでどうにかしないと、この国に明日はないわ」
被害の調査は今もなお続けられているが、良い知らせは戦えるMAVRSが一機残っている、という程度だ。後はどこの村が燃えた、何人もの人が死んだ、いずこかの拠点が破壊されたという、思わず逃げ出してしまいたくなるような報告ばかり。シェスセリアはそれらから目を逸らすことなく、寝る間も削って指揮を取っている。
「ほんと……あの機体はどうなってるのかしら。意識が戻ったらいつの間にかあれだもの、流石に驚きすぎてまた気絶しそうだったわ。あれもやっぱりダークマターの力なのかしら?」
「ん~、まぁそうじゃないかな? 俺の想像してた機体になってたし」
瞬間、部屋の中の時間が停止した。いや、正確には神御以外の時間が停止した、と言った方が妥当か。一体どうしたんだろうかと神御が首を傾げると、停止した時間を再び動かすように、ジゼルが物凄い勢いで迫ってきた。
「ど、どういうこと!? あれ、貴方が想像した通りってどういう事っ!? さっきはなんか良く分からない、って言っていたじゃない!? 一体どうやってダークマターの力を引き出したの!? 他に何かできるの!?」
矢継ぎ早に問いかけるジゼルに神御はその度に一歩一歩後に下がり、やがて壁際に追い詰められた。どうにか落ち着かせようと宥めるが、ジゼルの興奮は一向に収まる気配がない。とは言え、それは仕方のない事だ。
ジゼル達の共通認識として、あの白銀の機体は何らかの作用でダークマターが素体を元に勝手に作り直した、だから何がどうなっているのか誰にも分からない、というものだったからだ。それを、神御自身が自分の願いと想像であれを作ったというのだから、驚かない方がおかしい。
「お、落ち着けっ! ち、近い! い、色々当たってるから!」
ハッと我に返ってジゼルは状況を理解し、ポッと顔を赤く染め、体を抱き締めて後に下がった。それと同時に、押し付けられていた柔らかい乳房の感触がなくなり、どこか寂しい思いを神御は抱いた。
「そ、それで! 一体、どういう事なの? あの機体は貴方が作ったの?」
「ん~……どうなのかな。俺があの赤い奴を倒したい、だから力が欲しいって思ったんだよ。で、ロボットに乗ってるし、強い機体があれば~って思ったら、光りが出て、あぁなった、って感じかな」
漠然とし過ぎて、納得できるような出来ないような、ジゼルは複雑な思いで嘆息した。
あえて隠したが、実際には神御が暇な時――主に授業中に――に考えた機体が、あの白銀のMAVRSとなった。別段隠すようなことではないのだが、自分が考えたロボット、という話は子供っぽいと思われるようで、見栄を張りたい年頃の神御はどうしても口に出す事はできなかったのだ。
神御の想像した機体ではあるが、やはり想像は想像でしかなく、ノートの端に書いた穴だらけな設定による想像でしかない。足りない部分は誰かが補ったらしく、幾つか神御が考えていない性能を持っていた。全方位モニターや前後左右に急速ブーストを行える所などは元となったMAVRSの性能が使われていた。
「良く分からないけど、貴方の想像通りの機体であった、とすれば……やっぱりそのダークマターの力なのよね? ダークマターが持ち主のイメージを受け取って形にした、という事なのかしら……。それって、とんでもないことよね」
残影が残る程の速度で機動し、見たこともない不思議な光を放つ刃を持つ武器。牽制用とは言え、至近距離からのバルカンを食らっても傷一つ付かない装甲。どれを取ってみても、ジゼルが知っているMAVRSとは一線を画している。それらが全て、ダークマターの力だと考えれば、素直に納得ができた。そんな事を簡単にやってのける力に恐ろしさを覚えてしまうのは仕方のない事だろう。
「改めて考えてみると、確かにとんでもないな、これ。帝国が欲しがるのも何か分かる気がするな」
「そうね。それが正しい事実なのかはまだ分からないけど、可能性としてはなくはない。あったとして、帝国側もそれを知っているからこそ、狙ってきている……。ダークマター自体の伝承はこの国以外にもあるから、知っていてもおかしくはない、って事かしらね」
そんな力を秘めていると改めて知れば、帝国が欲するのも頷ける。圧倒的な武力を誇るとは言え、やはり決定打があるのとないのとでは気持ちのあり方が違う。帝国がどのようにしてダークマターの力を知ったのかはまだ分からないが、白銀の機体を作れてしまうような物を渡すわけにはいかない。ジゼルは胸の前で拳を握り、自分は絶対に負けられない、と深く心に刻み込んだ。
「――さて、休憩は終わりよ。次はMAVRSの細かい部分を説明するわね」
再び教師の意識を強くし、表情を引き締めてジゼルは教鞭を握る。黒板に新しい文と簡素な絵を描いた。
「さっき説明した通り、MAVRSは四つのパーツをそれぞれ独立させ、状況や作戦内容、作戦地域に合わせて換装するという高い汎用性を持つの。この高い汎用性は戦いだけじゃなく、他にも様々な事に使われているわ。開拓とか建造とかは、今じゃMAVRSなしじゃ考えられないって言われているくらいだしね」
黒板には戦闘用以外にも、農作業、土木業、建築業、発掘業等が列記される。武器を手に持てば何時でも戦いに赴けるのだから、それをクワやオノ、ハンマーにツルハシと、持ち替えるだけでいいのだから、使わない手はないだろう。家を建てる際にはMAVRS一機あれば作業日数を半分ほども削れるのだから、MAVRSが広く浸透したのは当然と言える。
「戦闘以外に応用が効くとすれば、本業はもっと色んな事が出来るわね。MAVRSは元々密閉性が高い造りだから、いざとなれば水中にも潜れるしね。大型ブースターを付ければ空も長く飛んでいられるけど、MAVRSの主戦場は地上だから、空中装備はまったく開発はされていないけれどね」
平均5m前後の巨人ともなれば、幾らマギ一人で戦闘行動が可能なエネルギーを賄えるとは言え、巨人を空に飛ばすとなれば、消費量はバカにならない。それこそ、本体用のマギと飛行パーツ用のマギの二人を必要とするくらいなのだから、開発が中止されるのも当然だ。MAVRS一機にマギ二人使用するより、MAVRSを二機運用した方が作戦成功率は上がるというものだ。
とは言え、人は翼を持たぬが故に空に憧れる生き物。飛行パーツの開発全てが中止されている訳ではない。今の所日の目を見ていない、というだけだ。
「MAVRSは本来、魔科学戦闘用機動兵器と呼ばれていて、魔科学っていうのは魔法学と科学、相反する二つの学門を合わせた事で完成された物なの。機体内部の事になるから説明は省くけど、魔法学だけ科学だけって部分もあるのよ? 二つの学が協力し合わなくてはいけなかった一番の理由は動力ね。MAVRSの元になった物は以前にもあったけど、流石に5mもの大きさになると科学の動力では無理だったの。そこで目を付けたのがマナね」
黒板に円が書かれ中に線が一本引かれる。左に魔法学、右に科学と文字が描かれる。
「マギリングジェネレーターこそ、魔法学と科学、二つの技術の粋を結集して作られた、魔科学の産物なの。魔法学のマナ運用方法と、科学のエネルギー変換技術を組み合わせて、初めてマギリングジェネレーターは完成したわけね!」
白馬の王子に恋焦がれる乙女のようにジゼルは鼻息荒く、言葉早めに説明する。魔科学に何かしらの思い入れがあるのだろう。
「他にも、コクピットや内部稼動骨格、外部装甲も魔科学によって生み出された物なの!」
バシンと良い音を響かせてジゼルの振った教鞭が黒板に打ち付けられる。豊かな胸を張って誇らしげに語るジゼルに、幾ら大好きなロボットの事とは言え、若干引いたような思いで神御は半目の視線を向ける。
ハッと我に返ったジゼルがそれに気づくと、また耳を赤く染め、咳払いする。
「コホン! ま、まぁそういう訳で、MAVRSは凄いって事ね。――そ、それじゃあ次に行くわよ!」
自分に言い聞かせるように語気を強め、黒板を一度綺麗にすると、次の絵を描く。人型の上に薄い楕円が掻かれた。
「MAVRSの魔法学が使われているもっともな所は召喚と換装よ。何度も言っているけど、MAVRSは四つの部位を換装する汎用性の高さが売りなの。予め換装してから出撃するのが当たり前だけど、場合によっては脚部を換装して機動性を高めたり、もしくは鈍重な物にして安定性を高めたりって事が要求される時も当然あるわ。その時に使われるのが召喚換装システム。魔法学の物質転送魔法を応用して、拠点にあるパーツと、今装備しているパーツを転送魔法によって換装するのよ。瞬時に換装できるという利点があるのだけど、流石に一瞬では無理があって、換装中は無防備になるというのが難点ね。パーツの召喚が行えるように、MAVRS本体も召喚魔法で呼び出す事が可能なの。歩兵で敵の陣地まで深く入り込み、そこで召喚、なんて奇襲作戦はMAVRS黎明期には良くあったものね」
「黎明期にはって事は、今は無理なのか?」
「まったく無理って事はないけど、例えば首都近くには大掛かりな転送魔法を阻止する防御魔法が常に展開さているの。そう言った施設を破壊してから召喚するっていう方法も当然あるけど、今はあまり使われないわね。戦艦で突入して、そこから下ろした方が早いもの」
もっともそれは自軍の戦力が相手より勝っている場合だ。破壊工作による潜入召喚による奇襲作戦は戦争においてもっとも気にしなければならないものである。その為、防御魔法を展開する施設は首都防衛と同じくらいの堅牢さを誇る。
「とは言え、今のトラロトリアはそう言った施設は全て破壊されているから、どこでも召喚可能になってしまっているわね。こちらの戦力がダークマターを使った機体とは言え、一機なのは変わりないから、そんな手を使われる事はないでしょうけどね」
ない、と断言しつつも、どこか試すような視線をジゼルは神御に向けた。
「どうだろうな、それは。俺達を確実に倒したいってなら、囮と戦わせて、後方で召喚して襲い掛かる、とかしそうじゃない? 今のこの国って首都以外はどこでも入り放題なんだろ?」
「――へぇ。ちょっと意外だわ。あぁ、バカにしてたとかじゃなくて、そういう所に目をやれる視野の広さも持っている人はあまりいないから、ちょっと驚いただけよ。間違った知識、という訳ではないのだけれど、さっき戦ったルカガルシャ程の猛者は早々居ないと思っていいわ。こちらからすれば、何故あれほどの人材を前線の前線、最前線に置いているのか不思議なくらいだもの」
「そうなのか? んまぁ、あれが初めて戦った相手だから良くわかんないけど、何となく強そうって雰囲気はあったな……。確か、鮮血ってあだ名なんだろ? 一杯切り殺してぇ、とかじゃないの?」
鮮血の由来は当然相手を切り刻んで、鮮血を吹き上がらせる所からきている。もう一つ、敵の返り血で真っ赤に染まっていたから、というのもあるが。
「歩兵同士の戦いならそうでしょうけど、ルカガルシャはMAVRSのパイロットよ? ついでに、これを言うのは悲しくなるけど、トラロトリアのMAVRS総数はたったの20。開戦直後に半数以上を失って、残りは中破以上でドッグ入り。今日の戦いでウチからMAVRSは出してないの。だから、最前線に彼が出ていたのは不思議なのよね……」
MAVRSの機動性と攻撃力を考えれば、一気に掃討するのに向いていると言える。しかし、帝国は今回の戦いに万を越える戦奴を投入していた。残兵を屠り、首都に流れ込むならそれに任せておけば時間の問題で解決する。仮にMAVRSを投入するにしても、一般兵程度で十分だ。それを、わざわざ部隊を率いる将自ら出撃し、最前線に居たというのは確かに不思議である。
「それだけダークマターが欲しかった、とか……?」
「考えられる理由としてはそれくらいでしょうね……」
相手に脅威足りえないと思われていたとしても、それでも国を守る為に討って出た兵士達の事を思うとジゼルは胸を締め付けられる思いがこみ上げ、瞼を伏せて彼らの勇気に黙祷の念を送る。その仕草を見て悟った神御は何を言うでもなく、天に輝く月を眺めた。
数分とそうしていただろうか。ふいに音がしてジゼルが顔を上げる。どうやら通信機がコール音を鳴らしているらしい。応答に出たジゼルが二、三言葉交わすと通信機を切って神御を見る。
「フィンが大体の調査が終わったから一度来て欲しいらしいわ。続きはまた後にして、取敢えず格納庫に行きましょう」
了解、と軽く手を挙げ、神御はジゼルに続いて部屋から出た。