第一章 第二項「白銀が煌く日」
「いい? システムが起動したら先ずは立ち上がる事だけを考えて。初心者の貴方じゃまともに戦闘する事はできないだろうから、私がアシスト制御で動かすから、貴方はそこに力を篭めるだけ。――いい?」
「ぁ、あぁ……」
「――それじゃあ時間がないから速く上に行くわよ」
どこか釈然としない思いを抱きつつも、神御は頷いた。それを見届けてジゼルは足早に階段を駆け上がり始めた。神御もその後に慌てて付いて行く。
「分かるんだけど……分かってるんだけど――なぁ……」
神御は盛大に溜息をついた。男たる物、一度は巨大ロボットを操って戦ってみたいと思うのは当然の事だ。そして神御は今それができる状況にある。なのだが、これはアトラクションでなければゲームでもない。本当の命を奪い合う、戦いなのだ。ただ力があるだけというだけでは軍事兵器を操作させてくれるわけがない。うっかりミスで損傷でもさせてしまえば、その後の結果は悲惨なものだ。やり直しが効かない一回限りともなれば、仕方がないと言える。
力だけを貸し、経験者であるジゼルが操作する。確かに理に叶っている。状況を鑑みれば当たり前の事。だがしかし、と神御は心の中で愚痴る。ちょっとくらいは動かしてみない、という思いが微かにあった。
MAVRSの操作システムを聞いた時の神御はジゼルの説明中であるにも関わらず、憚ることなく驚いてみせた。てってきり映画等でみる戦闘機のように無数の計器と操縦桿と扱うのかと思っていた。しかし、実際の操作は一言で言うならモーショントレースだ。パイロットの動きに合わせてMAVRSが動く、そう言う操作方法なのだという。
それに加え、思考も読み取るというのだから、神御は軽く戦慄も覚えた。MAVRS関連やそれを生み出した技術があるのなら、世界を征服するのは簡単なのではないかと感じたのだ。ジゼルやシェスセリアの台詞から、帝国がそれを成そうとしているのではないかと神御は思っている。
説明を聞けば聞くほどに、自分で動かしてみたいという思いが強くなる。そんな思いを覚ますかのように、夜風が吹き抜けた。強風でも吹こうものなら意図も容易く分解してしまいそうな程に頼りないタラップは意外にも動じなかった。
神御はジゼルを追う形で階段を駆け上がる。しかし、その速度にはかなりの差があった。神御よりジゼルの方が軽快な動きでどんどんと先に行ってしまうのだ。
男と女で考えれば、男の神御の方が体力はあるように思える。しかし、神御は一般人でジゼルは現役の軍人だ。普段から体力づくりをしているジゼルと目的もなくダラダラと過ごしている神御とでは当然違うというものだ。神御がジゼルに追いつけない理由としては十分であった。
理由としての八割はまさにそうだ。必死に階段を駆け上がるもまったく追いつけない状況には悔しさが思わず表情に滲み出る程に。どうにか追いつけないかと頑張ってみるのだが、少しでも追いつくと神御は途端速度を緩めてしまう。そこには残り二割の理由があった。
「……流石に気づいてないとか、気にしてないとかじゃ……ないよな?」
踊り場を一歩でターンし階段を上がると直ぐ前にジゼルの姿が見える。藍色をし、詰襟や折袖、裾等には階級を表しているであろう金線が入っている上着だけを纏い、後は全てを曝け出している。
ぷりぷりの肉が詰まったお尻や引き締まって健康的に伸びる脚線美やら、しっかりと強調される括れは強烈過ぎる魅力を醸し出している。加えてターンをする際にはたわわに実った乳房が上着から少しだけ顔を覗かせるチラリズムがなんとも扇情的な想像力を掻きたて、神御の脳内は見えない部分を脳内補正を自動的に行うほど。更にジゼル自身の顔立ちの良さも、彼女の魅力を更に何倍も倍増させていた。
そんな姿の女性が目の前を走るのだから、下から見上げる思春期真っ盛りのチェリーボーイを自称する神御には些か目の毒と言えた。勿論悪い意味での毒ではなく、誘惑という名の甘美な毒だが。
見たい、でも見ちゃだめだ。二律半立の思いのぶつかり合いに、神御の脳内では夕日が沈みかける川原で拳をぶつけ合う光景が鮮明に浮かび上がっていた。勿論、殴り合っているのは見たいという本能と見ちゃだめだという理性だ。なかなかの名勝負を繰り広げ、二人は今にも倒れそうな程に満身創痍である。
本能と理性が放った拳がクロスカウンター気味に決まろうとしていた時、神御達は漸く目的の場所にたどり着いた。
「ぜぇ、ぜぇ……た、高い……高いぞ……」
ロボットを作る技術があるならエレベーターも作れるだろ、という愚痴は呼吸の荒い口から漏れ出る事はなかった。
「これくらいで根を上げるなんて、だらしないわね。――まぁいいわ。初期起動はもうされているから、貴方はこれに入って登録を済ませて。起動が完了すれば私とも通信ができるから。……変なことするんじゃないわよ?」
一体何が変な事になるんだろうか、むしろほぼ全裸でいるジゼルの方が変ではないかとという神御の疑問を解決する間もなく、ジゼルはキャットウォークの上を危なげもなく走り進んで奥へと行ってしまった。
少し惜しい気持ちもあったが、それを払拭して勢い余る程の好奇心を掻き立てる物が目の前にあった。
「……まぁいいか。にしても、これがロボットのコクピットか……」
ジワリと胸に流れ込んでくる熱いものを感じて神御は拳を強く握った。気づけば自分が笑っているのに気づく。まったく訳の分からない状況に巻き込まれ、自分の命すら危険に晒されるというのに、今からロボットに乗って戦えるのだと思うと、体中が疼くのを神御は押さえることをしなかった。キッと目に力を入れ、神御は大きく一歩を踏んでコクピットの中へと入った。
初期起動とやらがされているせいか、コクピットの中は完全な暗闇ではなかった。外周の床、天井には青色の光りが点在しており、淡く照らしている。コクピットの中は円形となっており、人間が5、6人は入れそうな程の広さがある。
システムを起動させろとジゼルは神御に言ったが、それらしいコンソールの類がない。神御はどうしたものかと頭を掻きながらコクピットの中央まで歩む。すると、それが切欠となったらしく、コクピット内に本格的な光りが灯る。
「うぉっ!? び、びっくりした……。――ん? これが操作パネルか?」
コクピット内に明かりが灯ったのにも驚いたが、突然目の前に淡い光りを放つコンソールのような物が出現したことにはもっと驚いた。何もない空間に映像を表示する、ホログラフィックと呼ばれる技術によって実現された技術だ。
それもまた神御が目にも耳にもしたことのない技術だ。赤い月といいロボットといい、このコンソールといい、ここは地球じゃないんだろうかという思いが神御の中に芽生え始める。ホログラフィック技術だけならそれに近い物は既にあると聞き及んだ事はあったが、目の前にあるコンソールは近いではなく、まさにそれであった。
「……ま、それは生き残ってから考えるか。それよりも、なになに……なんて書いてあんだ、これ……」
コンソールを見れば、文字が何か書いてあるのだが、神御には読める言語ではなかった。英語ならば何となくで読めなくもないが、それとはまったく違う文体だ。記号という程ではなく、ちゃんとした言語であるとは言える。
どうしようかと思い悩んでいると、記憶が蘇るように胸が熱くなり始めたのに気づく。
「くっ! ま、またかよ……ぁ、っづっ!」
急な運動で限界にまで脈動する心臓が悲鳴を上げる時のような痛みが走る。しかし、それは直ぐに治まり始めた。喉に詰まっていた物が直ぐに落ちて行くように、痛みが直ぐに治まる。痛みを振り払うように頭を振って意識を前に戻す。
「……ん? あれ? ……んん? ――読める……な。……んん? どうなってんだ、これ? もしかして、こいつのお陰、なのか……?」
視線を戻せば、コンソールに表示される言葉の意味が分かる。日本語に変換されたというわけではなく、始めてみる謎の文体が、見れば意味が頭の中に浮かんでくる。見るのが始めてな筈なのに、意味が分かる、そんな不思議な感覚に神御は胸のダークマターを見た。
シェスセリアやフィンはこのダークマターが特別な物だと言った。実際に自分の胸を抉り、そこへ収まるという非常識きわまりない事をしているのだから、特別と呼ぶには相応しいだろう。
ある意味寄生されているような気がした神御であったが、それでこの戦いから生き延びる事ができ、ついでに初めて見る文字が読めるのなら、今は頭の隅に置いておこうと自分に言い聞かせる。
それが何であれ、文字が読めるようになり、戦えるようになるのなら今は頼る事にしようと小さく頷いた。
思考を戻し、コンソールを見る。どうやらパイロット認証をしろと書いてあったようだ。その為に手を乗せろとも書かれている。神御はそれに従って手を置く。その瞬間、強い静電気が走ったような痛みが手の平全体に広がった。
「いっでっ!? な、なんだよっ!」
誰に言うでもなく怒鳴る神御。見れば、手の平が少し赤くなっている。怪我をしたという事ではないのだが、突然の事に怒りは隠しきれない。そんな神御とは正反対に、コンソール画面は淡々に作業を進め、やがて認証完了の文字が浮かび上がる。それから起動開始と表示される。
コンソールに起動中と表示され、幾つ物情報が流れ始める。その下には決まって細長いバーが現れ、ゲージを満タンにすると次ぎへ映るのだ。やがて何も表示されなくなったかと思うと、左に簡易的な人型が映し出され、右側に円を描くようなゲージが映しだされ、徐々にそれが満たされ始めた。安定稼動域と小さく書かれた部分を過ぎると、周囲に変化が起きた。
先ほどまで壁や床、天井は金属むき出しであった。突然そこが一変し、僅かなノイズが走り次ぎにコンソールと同じ淡い光りが宿る。幾つかの情報が表示され、七色の光りが全体に広がると、今度は一転して鮮やかな映像に切り替わった。360度、上下も含め周囲の光景が映し出されたようだ。唯一、床と言える部分だけは変化はしなかった。
「――ぉ、あれはシェスセリアとフィンか」
見下ろせば足元より少し離れた位置にシェスセリアとフィンがこちらを見上げる姿が見えた。手でも振ってやろうかと思うと、それを遮るようにコンソールと同じ光りを持った物が横に現れた。
「あのね、貴方が誰であれ、シェスセリア様はこの国の女王なの。名前で呼んでいいとお許しになったけれど、呼び捨てにして良いとい訳じゃないのよ?」
と、そこに映し出されたのはジゼルだった。どこか水のある所に居るのか、黄金色の髪の毛が更に光沢を増し、重力に逆らって上へと向かっている。首元から上だけの姿なので視線のやり場に困らず、神御は内心でホッとする反面、残念と思う本能も居た。
「……それよりも、これで起動完了なのか? さっき言ってたみたいに、考えても指一つ動かないぞこいつ」
「それよりもって……はぁ。――完了したのはセンサー類だけよ。駆動系はもう少し……オーケー、終わったわ。これで一応貴方の思考通りに動かせるけど、さっきも言ったとおり、私が代わりに動かすから貴方はサポートだけして」
せめて格納庫から出るくらいまでは動かしたいという思いはあったが、神御は溜息混じりに適当な返事だけを返した。それに少し送れてコンソールが立ち上がり、完全起動が完了した旨が表示された。
「それじゃあ行くわよ。サポートよろしく」
言うが早いか、ジゼルは一方的に通信を切ってしまった。
「よろしくったってな……どうすりゃいいんだよ」
力を貸すと言っても、動きに合わせる感じでイメージすればいい、という漠然とし過ぎる説明しか受けてない神御はさっぱりと状況に困惑している。そんな神御の思いを知ってか知らずか、ジゼルが操作し、内部駆動骨格丸出しのMAVRSが唸り声のような駆動音を響かせて立ち上がり始める。神御はそれに合わせるように体を動かすイメージをこれでもかと必死に、眉間に皺を寄せるくらいな必死さで想像力を総動員させる。
果たしてそれが正しかったのか、骨格だけのMAVRSは天井と正面が左右に展開した半壊の格納庫の中から悠然と立ち上がった。
「うぉぉたけぇぇっ! すっげぇぇ! 俺、マジでロボットに乗ってるんだ……くひひ――」
堪えようとするがやっぱり堪えられず、漏れ出る笑い声。本来自分が見る事のない高さからの光景に神御の心臓は興奮に打ち震えている。全身の毛が総立ちする程の痺れが全身を駆ける。体の奥底から湧き上がってくるウズウズとした感覚に神御の顔はにやけっぱなしで、とても人様に見せられるようなまっとうな風体ではない。
「ちょっと静かにして。貴方の思考が乱れるとこっちからじゃ操縦し難いんだから」
「なんだよ。ちょっとくらい興奮したっていい」
「黙って。――集中しなさい。敵が来たわ――」
ジゼルの言葉に神御は体の中に氷柱を差し込まれるような感覚に襲われる。興奮の熱にうなされていた体は一瞬で緊張という寒さに包まれる。自分の命を脅かす敵が来た、そう神御の脳が認識すると、途端全身が恐怖で硬くなる。MAVRSの全高よりずっと高い山の向こうからオレンジ色の光りが数度瞬くのを見て、神御は息を呑んで奥歯を強く噛み締めた。それと連動して全身の毛穴から嫌な汗が噴出し始めた。
『――ふっ。トラロトリアがなにやら新型を開発しているという情報を耳にして期待していたのだが、どうやら俺の期待はし過ぎだったようだ』
機械を通してエコーの掛かった声が聞こえる。オレンジ色に瞬く光の奥から現れたのは真っ赤な外部装甲を纏ったMAVRSだった。左胸に赤いドラゴンに二本の剣がクロスした紋章を掲げた、真紅のMAVRSが神御達を見下ろす位置で停止した。
「鮮血のルカガルシャ……。上陸部隊を率いているのは聞いていたけど、まさかこんな最前線に……」
ジゼルの驚きと困惑を混ぜ合わせた声が聞こえる。神御にはルカガルシャという男がどんな人間なのかは分からないが、MAVRSというロボットに乗っていながらも、自分達に向けて放たれる威圧感と殺気には十分過ぎる迫力があった。無意識に逃げ出してしまいそうな衝動に駆られる体をどうにか押さえ込み、神御は見下ろす真紅のMAVRSをせめてもの抵抗と睨みつけた。
『まぁいい。――他の者は手を出すな。トラロトリア人の最後の希望とやらを絶望と共に終わらせてやろう。――往くぞっ!!』
真紅の機体のパイロット、ルカガルシャが声を張り上げると、周囲を警戒していた数体のMAVRSが山向こうへと消えて行った。それと同時に、真紅のMAVRSはメインスラスターを全開に吹かせた。
「私に合わせてっ!」
ジゼルの悲鳴に近い叫び声に漸く体の自由を取り戻し、神御は慌てて動きを合わせる。しかし、今日、それも十数分前に会ったばかりのジゼルと動きを合わせる事はできず、前面サブスラスターも全開に拭かせて接近する真紅のMAVRSと比べれば兎と亀程の差がある動きだった。
夜闇に赤色の軌跡を残す程の速度で真紅のMAVRSは神御達の目の前へと一瞬で現れた。
『ふんっ! 内部骨格だけとは笑わせてくれるっ!』
手甲の中から飛び出して鋭い光を放つ剣が左右同時に迫る。ジゼルは機体を後ろへと飛ばすように操作し、遅れて神御がイメージをぶつける。しかし、それでは間に合わず、激しい衝撃と共に機体が後方へと弾き飛ばされた。あと数瞬でも神御のイメージが間に合わなければ、コクピットごと斬り裂かれていたところだった。
MAVRSのコクピットは三枚の装甲を重ねて作られている。一番外は外部からのダメージを防ぐ、純粋な装甲。二番目は衝撃を緩和する緩衝材ででき、三番目は特殊な魔法で内部へ掛かる力を和らげる効果を持つ。これにより、MAVRSは時速700キロという速度で移動し、急ターンで向きを変えてもパイロットに掛かる負担を大幅に減少させている。同時に、被弾した際の衝撃を和らげる役目もある。
しかし、外部装甲を持たず、骨格むき出し状態での被弾は通常よりも倍以上の衝撃が二人を襲った。激しい揺れと強いGに神御は呼吸もできない程の苦痛を味わう。
「ぐ、うぅぅ……げ、っほげほ……くっそ……」
「っ、ぁ……はぁ、はぁ……だ、大丈夫?」
神御と同じようにダメージを負い、顔を歪ませるジゼルが問いかけてくる。やせ我慢でもして返したい気持ちだったが、思った以上の状況とダメージに神御は頷くことしかできなかった。痛む体を叱咤しながら立ち上がる。
「くそ……どうすんだよ、こんな奴相手に……っ! こっちは中身剥き出しなんだろ? 装甲とか装備できないのかよ!」
怒声混じりの声が飛ぶ。幾ら希望を渇望された機体だと言っても、身を守る鎧がないのでは意味がない。加えてどう見ても武器を持っていないのもそれに拍車をかけていた。
「あるけどっ! あるけど、向こうが早すぎてっ! きゃあぁっ!」
どうにか起き上がった神御達は振り下ろされた一撃を寸前の所で回避した。しかし、振り下ろした腕の肩を使ったタックルは避けられず、再び激しい衝撃と強烈なGに溜まらず悲鳴を上げて吹っ飛んだ。
「くっそっ! 防具も武器もないんじゃ戦えないだろ……」
コクピットに乗った時の興奮は既に遠い彼方へと飛び去っている。自分が想像していたよりもずっと過酷で、残酷な現実に神御は体の震えを止める事ができない。ダークマターという不思議な物体を身に宿し、行き成りロボットに乗れるという状況に喜んでいた少し前の自分を殴り飛ばしたい気持ちに拳を強く握り締めた。
コンソールには今の攻撃でダメージは負ったものの、稼動に問題は無いと伝えてくる。しかし、それを動かすパイロットには十分過ぎるほどのダメージを与えている。初の実戦による残酷さと自らの生命を脅かす死の恐怖というダメージが。
「どうにかなんないのかよっ! このままじゃ一方的にやられるだけだぞっ!」
「何度も怒鳴らなくても分かっているわよ! でも私が操作に手一杯じゃ転送換装も無理なの! どうにかして換装の時間を作らなくちゃ無理よ!」
本来ならば外部装甲と基本武装を装着してから戦いに挑む予定であった。しかし、それは部隊を率いる隊長自らが最前線に出てくるよいう現実によって打ち砕かれた。神御達の機体は何の準備をする事なく、戦う事を余儀なくされたのだ。
「だったら俺が操作するからジゼルはそっちをどうにかしてくれよ!」
「ぁ、貴方にMAVRSの操作を任せられるわけないでしょ!?」
あくまで操作は自分が、と言い張るジゼル。しかし、ジゼル自身も内心ではそうする意外に現状を変える手段はないと気づいている。元々、神御の方が機体を制御するコクピットで、ジゼル側はそれをサポートするコクピットなのだ。そもそもの役目が違う為、動きにぎこちなさが出てしまうのは仕方がない事だった。
『たった一撃で恐れ慄くとは、流石南東の小国。貴様らにMAVRSは過ぎた玩具だな。どうせ後はあの小さな首都を攻め落として終わりだ。その前に、その機体を鉄屑に変えてやろうっ!』
背部のメインスラスターとバーニアスラスターの両方を吹かせる。まるで光る翼を手に入れたかのような錯覚さえ起こる程の大出力を見せると、真紅のMAVRSは一瞬で神御達の目の前へと接近し、再び剣を掲げる。慌てて回避しようとする二人だったが、振り下ろされた剣の方が速かった。全身を揺さぶる衝撃と耳を劈く金属音が響き渡る。
装甲が砕け、破裂したパイプから黒い液体が噴出した。支柱がひしゃげて折れ、細かなパーツが宙を舞った。振り下ろされた剣が神御達の乗るMAVRSの両足を切断したのだ。血管から血を噴出すかのように黒い液体を漏らす機体を見下ろす真紅の機体はゆっくりと立ち上がると、再び剣を振り上げ、躊躇する事なく振り下ろした。
「ぐあぁぁっ!!」
「きゃあぁぁっ!!」
二人の悲鳴が木霊する。激しい衝撃は内部で何度も反響し、倍増して二人へと襲いかかる。ショートした回路から飛び散る火の子が雨のように降りかかる。真紅の機体が剣を振り下ろすたび、二人は襲い来る痛みと恐怖に悲痛な声を上げた。
二度、三度、四度、五度。両手足、頭部、胴体を切断され、文字通り鉄屑となった頃、漸く攻撃は止んだ。ただの鉄の塊へと成り果てた物を見下ろし、真紅の機体は地に這う虫を踏みつけるようにコクピットに足を叩き付けた。反応が返ってこないのを見て、漸く真紅の機体は剣を手甲の中へと納めた。
『ふん。やはり、呆気ないな。――さて、機体はこの程度であったが、マギは重要だ。頂いていくとするか』
真紅の手が伸びる。鉄屑を反対に向け、装甲を剥ぎ取る。特別頑丈に作られているマギリングジェネレーターが姿を現すと、それを掴んで引っ張った。少し抵抗はあったものの、MAVRSの膂力ともなればその程度は赤子の手を捻るようなもの。未練がましく纏わり付くコード類を引き千切る。心臓に繋がっていた血管が切れて血が飛び散るかのように動力用燃料が真紅の機体に降りかかった。そして、MAVRSの心臓とも言えるマギリングジェネレーターとそのコアたるマギをその手に収める。
『諸国とはいえ、マギの質は我が国に匹敵する。皇帝が逸早く攻略を望んだのも頷ける。もっとも、マギの質が高かろうと、その体たるMAVRSがこの程度ではな。まともに使えんのであれば宝の持ち腐れというものだ』
ふっと小さな笑みを真紅のMAVRSに乗る髭面の大男は浮かべた。もっと血肉沸き立つような戦いを望んでいたのだが、彼の予想に反して戦いは呆気ないものであった。落胆の思いで機体を翻し、立ち去ろうとスラスターを点火する。
母艦を視界に捕らえる。その瞬間だった。突然響いたアラートと表示されたものを見て男は驚いた。
「な、なんだこれは……こんなマナ量、どこから……」
通常のマナ量、それを遥かに上回る数値を示しているのを見て、男は驚嘆の思いでセンサーが捕らえた方を見る。そこには鉄屑と成り果てたトラロトリア最後の希望であったはずのMAVRSが残骸となっているだけ。とても膨大なマナを放出するようなものは見受けられない。そもそも、マナの発生源たるジェネレーターとマギは自らの手中に押さえているのだ。センサーの故障だろうかと首を傾げた。その時だった。
手中に収めたはずのマギリングジェネレーターが突然光りに包まれたのだ。破壊され、鉄屑となったはずの残骸も同様の光りに包まれ、男が反応するよりも早く、二つの光りは一つになった。光りはどんどんと強くなり、センサー類はどれも異常を示し、警告をけたたましく知らせる。訳が分からず真紅のMAVRSは呆然と立ち尽くした。
いよいよ光りは目を覆う程の光力を放ち始め、そして弾ける。白い光りを粒子として纏い、閃光の如き輝き放つ鎧を纏った巨人がそこに立っていた。
◇
絶え間ない衝撃と全身に降りかかる火の子の熱さに神御は苦悶の声を漏らす。薄っすらと開いた目に両足の次に両腕が破壊された旨を知らせるアラートを響かせるコンソールのノイズ混じりの画面が映る。外から聞こえてくる衝撃音と破壊音、更に内部の回線がショートし、それが原因で爆発音の激しさに神御は強い恐怖に駆られる。
四肢を潰し、次に頭部を破壊された。次に壊す場所を考えれば、コクピット以外にない。むしろ、最初にコクピットを狙わない敵の狡猾さが見てとれた。順番に破壊する事でパイロットに迫り来る死の恐怖を味あわせ、最後の希望と称された機体が徐々に破壊される姿を見せ、絶望を与えようとしているのだ。
敵を屠り、その返り血で身を赤く染める残忍な男、鮮血の異名は伊達ではない。恐怖に彩られた者の血を浴びて赤く染まることこそ、ルカガルシャという男の望む戦いなのだ。
鈍い音が響く。装甲が拉げて突き刺さり、限界を超えて砕ける音。僅かに遅れて衝撃でコクピットが揺れ、直ぐに内部の証明が消えると神御は天井に向かって落ちた。MAVRSのコクピットは機体の向きによって常に足元が下になるように稼動する。天井に落ちたという事は機体がひっくり返されたという証拠だ。
「ぐ、むぐっ……ってぇ……くっそ」
悪態を吐くものの、やり返してやろうという思いは神御にはなかった。どうにか上体を起こすも、支える両手は恐怖に震えている。体に負ったダメージは軽傷と言える程度だというのに、全身が重症を負ったように痛み、言うことを効かない。衝撃がコクピットを揺らせ火花が降りかかると、自分でも無様と思えるくらいの悲鳴が漏れ出た。
「くっそっ! くそ、くそっ!!」
何度も両膝に拳を打ちつけては叱咤するが、力は一向に戻らない。背後で蠢く死神の鎌鳴りに恐怖心を募らせる。奥歯が噛み合わずに不規則な音を響かせる。それをどうにか押さえ込み、神御が漸く膝立ちできる程に体の力を取り戻した。
その時だ。一際大きい音に驚き、神御は振り帰った。
引き千切られる装甲や駆動系の導線やエネルギーパイプがまるで人の神経のように見えた。千切れずに裂けたコクピット外装の隙間から神御は真紅のMAVRSが何かを手中に捕らえているのを見る。鉄の塊とも言えるそれが何であるか神御には分からない。どこにどんなパーツが組み込まれているのかも知らないのだ。だが、真紅のMAVRSが持つそれに、ジゼルが入っているのだと、神御は漠然ではあるが予感めいたものを抱いた。
ジゼルとは出会って間もない間柄。良く知りもしない、自分にとって本当は敵か味方かも分からない相手の事を案じる自分に驚いた。何故だかは分からない。しかし、他人の為に何かしようとしている今の自分は嫌いではなかった。むしろ、無意識にでもそう思った自分を褒めてやりたいとさえ思う。
「あぁ……くそ。神様なんて奴が居たら、マジでぶん殴ってやりてぇ……」
ぐっと拳を握り締める。気が付けば全身に力が満ちていた。痛みは消え、恐怖による振るえもない。ただゆっくりと、真っ直ぐ立ち上がれば恐れは既になかった。気づけば胸が熱い。思いではなく、実際に熱がそこにあるのだ。見るまでもなく、ダークマターが赤く脈動している。それはまるで神御の意思に同調し、手を貸してやると言っている様に思えた。一度は自分の命を脅かした相手に向ける思いではないが、蠢くように赤く脈動するそれに、神御は頼もしさを感じた。
スッと腕を持ち上げ、ジゼルの入った鉄塊を手に、立ち去ろうとしている真紅の敵に向け、拳を開き、念じて握る。コンソールパネルに表示された文字を初めから知っていたかのように読めた時と同じく、神御はそうする事がダークマターの力を扱えるのだと知っている。
ただ一言、
「――返せ」
ダークマターから眩い光りが漏れる。眩い閃光は一瞬で鉄塊を捉え、引き寄せる。光りが近づくと、胸からもう一つの光りが溢れた。それは鉄塊を引き寄せた光りよりも何倍も強い、思わず目を覆う程の強い、希望の光。暖かい光りに包まれ、神御は何でもできそうな思いを自然と受け入れる。どんな事でも望めば手に入りそうな、根拠がないのにそうだと信じられる不思議な思いが、自分を包む光から感じられた。
溢れ出した光りは鉄屑となった神御達のMAVRSを包み込む。一旦は球体に変化するが、それは直ぐに一対の四肢と一つの頭と胴体を持つ人型へと形を変える。拉げて砕けた四肢は元の形へと修復され新品同様の様を見せる。
コクピットの中に居ながら、神御は外で起きる変化が手に取るように分かった。いや、自分でそうあって欲しいと、心の中で願ったのだ。眩い光りはその願いを聞き入れ、その通りの結果をこの世界に現す。
どこからか現れた光の粒子が互いに互いを寄り添いあい、結合する。それは水の中に墨汁を混ぜたように変化は広がる。それらは大きな板となり、そして白銀の装甲となって骨格だけのMAVRSを覆った。骨格むき出しのMAVRSはついにその身と操縦者を守る鎧を手に入れたのだ。
月の光りを受けて眩い閃光を放つ白銀の鎧。それ手に入れたMAVRSは自身を覆っていた眩い光りを自らの体内へと取り込むと、ついにその姿を見守る全ての者の前へと姿を現した。
「な、なんだ……これは――っ!!」
真紅のMAVRSに乗るルカガルシャは状況に飲み込まれて驚愕に声を漏らす。
ほんの数秒前までは鉄屑となった物が転がっていただけのはず。しかし、その場所には今白銀の鎧を纏った騎士を思わせるMAVRSが静かに立ち尽くしている。夜闇をも退ける程の光りを放ったそれと対峙し、ルカガルシャは無意識に一歩後退した。それにハッとなって気づくと、驚嘆の色を顔に滲ませた。同時に怒りがこみ上げ、睨みつけた。爪が肉に食い込む程に拳を握りしめ、怒りで心を満たす。そうしなければ本能が生み出す驚怖に心を蝕まれてしまいそうだった。
「ぐっ! ――っ、か、はっ……くっ!」
奥歯をギリっと噛み締める。一瞬感じた苦しさに、ルカガルシャは漸く自分が呼吸をしていなかった事に気づいた。苦悶を混じらせた嗚咽を漏らし、全身を震わせた。
「許さん……許さんぞっ! この俺に驚怖を植え付けた貴様を絶対に許さんっ!!」
怒りの炎を燃料にし、ルカガルシャは吼えた。
「これが……私達の希望――。お母様の言ったとおりだわ」
たった今生まれ出た希望の光りにシェスセリアは手を合わせ、両目を閉じて感嘆の思いに心を震わせる。トラロトリアの未来と、希望を与えてくれた会ったばかりの少年に、シ光明差す全ての運命に、シェスセリアは感謝の祈りを捧げた。
「シェスセリア様、ここは危険です。こちらへ」
目の前の光景に歓喜の思いを放ちたい思いをぐっと堪え、自分の職務と忠誠で心をどうにか静めたサリューと二人のメイド達がシェスセリアは施設の奥へと誘導した。
先ほどまで火の子を雨のように降らし、ショートして電気を迸らせていたコクピットは、それは幻だと言わんばかりに何事もなかったかのように元通りになっていた。いや、最初よりもより機能性が上がっていた。
全方位モニターは捕らえた全ての情報を表示している。神御の視線に合わせ、その先にある物の情報を細かく知らせるのだ。神御の視線がシェスセリアを捕らえれば彼女の姿だけが拡大して表示され、名前が上部表記される。頭を戻し、真紅のMAVRSを見れば、その上にグロウリッツという文字が刻まれる。敵の機体の名を知り、神御は心の中で敵の名を呟いた。
「こ、ここは……私、さっき――」
ピッと音がしてジゼルの顔が表示される。意識を戻したばかりなのか、薄っすらと瞼を開いて額を押さえている。その姿を見て神御は内心でホッと胸を撫で下ろした。自分が望んだ通り、ジゼルを取り返したという思いとイメージはあったが、姿を見て先ほどの事が幻ではなかったと安心したのだ。
「な、なに……これ。なんで外部装甲が……それにこの武器は――? 一体何がどうなっているの!?」
「――さぁ? ただ、なんかこうしたら出来るんだろうなぁ、みたいな? なんかそんな気がしたからやってみたんだけど、上手くいったっぽいね」
望んだら出来た、などと夢のような事をさらっと言ってのける神御にジゼルはあっけらかんとした表情で呆けた。それをやった神御自身も良く分からないのだ。そもそも、望めばその結果が確実に得られるなど、夢物語の出来事だ。ジゼルが残念そうな目で神御を見るのも当然である。
「望んだらって……。よ、良く分からないけど、これなら戦えるわ! 気になる事は沢山あるけど、それは後で考えましょう。――どうやら敵もそのつもりみたいだし……」
言われて視線を戻せば、真紅のMAVRS――グロウリッツが両の手甲から剣を突き出して構えている。先ほどまではなかった、明確に戦うという意思がその構えから見てとれる。ルカガルシャから放たれる殺意が真紅の装甲を更に赤く見せる。神御はそれを見て、ふっと笑みを浮かべた。
「今のこの機体なら倒せないまでも、撤退させる事くらいはできるはず。私が操作するか――」
「面白れぇっ! やってやんぜっ!」
「ちょ、ちょっと――きゃあっ!」
背部メインスラスターを行き成りフルスロットにして飛び出した白銀のMAVRS。急に襲いかかってきたGにジゼルは溜まらず悲鳴を上げた。そんな事はお構いなしに神御は周囲の景色が遅れて見える程の速度でグロウリッツに体当たりした。
激しい衝突音が夜闇を照らす火花と共に飛び散る。衝撃に耐えようとグロウリッツも背部メインスラスターに加え、足低部や他のバーニアスラスターも点火させて押さえ込もうと構える。しかし、それは意図も容易く押し返された。前傾姿勢は一瞬で後ろに倒れこむ形となり、山向こうまで推し返されて盆地へと叩き落とされた。
『ぐぅぅ、むっ!! な、なんというパワーだっ! なんなのだこの機体は! これがトラロトリアの技術力だと言うのか!』
地面に叩きつけられた衝撃で苦悶の声を漏らすルカガルシャだったが、直ぐにメインとサブのスラスターを巧みに操作して上体を起こすと、そのまま一旦上昇し、後退しながら姿勢を整えた。二振りの剣を大地に突き立てて勢いを殺しつつ、センサー類を全周囲に向けて展開し、白銀のMAVRSを探した。そしてそれは直ぐに見つかる。
『ぬっ! 上かっ!』
星の明かりだけを灯す夜空をバックに白銀の機体が襲いかかる。
「おっらああぁぁぁっ!! だ、っせいっ!」
強く固めた拳を真上から敵の頭上へと叩き落す。振り下ろす瞬間、肘部分の装甲が変形し、内部からスラスターノズルが顔を出し、紅蓮の炎を迸った。急加速で打ち出された拳だったが、ルカガルシャはそれよりも早く反応してみせた。
『舐めるなっ! その程度の奇襲などぉっ!!』
前面サブスラスターを全開にして真紅の残光を残しつつグロウリッツは体を反らせるようにして後退した。影を貫いた白銀の拳は標的を捉えることなく、大地に叩きつけられる。火山が噴火したかのような轟音と共に大地が隆起し、破片が宙を舞い、クレーターの如く抉られた。
「ちょっ!? な、なんて無茶な事するのよっ!?」
あんぐりと口を開いて驚くジゼル。直ぐに我に返り、手をさっと振ってコンソールと同時に幾つかのホロウインドウを展開。今の攻撃で機体がダメージを受けていないかと心配になったのだ。機体のステータスを表示させるが、ダメージらしいものは一切なかった。
普通、MAVRS同士の戦いは近接武器か銃器を使った戦いが多い。近接武器同士での戦いでも、ぶつかるのは基本武器なので機体へのダメージは殆どない。むしろそれを考慮して作られているので問題はない。だが、MAVRSは拳を打ちつけての殴り合いは一切考慮されていないのだ。それは殴るなら武器を使えという話ではなく、単純に殴った際の衝撃が殴った側にもダメージとなるからだ。頑強さが売りの作りならばまだしも、装甲を削っての機動力を求めた機体ならば一回でフレームが歪んで使い物にならなくなるだろう。
そう言った理由から、初撃で行き成り殴りかかった神御を非難し、逸早く機体のダメージを調べたのだ。
「ダメージなし……? そんな……あれだけの打ちつけ方をしてるのに――」
まるで隕石でも落下したかのようなクレーターができているそれを見て、ジゼルは幻でも見ているのかと自分を疑った。しかし、ジゼルの視線を感知してセンサーがクレーター部分の隆起した地面が機動戦にどれだけ邪魔になるのかと数字で表示した。
『ぬぅぅっ! 何という威力! しかし、それだけで俺をやれると思うなよ!』
背部サブスラスターで急ブレーキをかけつつ、サイドブースターをフルスロットルで強烈に噴射させ、弧を描くような機動で真紅の巨人は接近する。両手の剣を体の前にクロスさせ、白銀の巨人へと迫ると、鋭い光が宙に弧を描きながら襲い掛った。狙い違う事なく二振りの剣は首を刈らんと迫る。
しかし神御の反応は笑みだった。一瞬機体前面が光瞬いたかと思うと、一瞬で剣の射程外へと体を後退させた。先ほどグロウリッツが見せた動きと同じ、前面サブスラスターを使用して後退したのだ。だが、その速度はグロウリッツのそれとは比べるべくもなく速い。何せ、剣を振り終わり、白銀の巨人の姿が霞みに消えるまで、ルカガルシャに残影だと分からせなかった程なのだ。
『ぬっ!? 何という速さっ!』
感心と驚き、二つが入り混じった声を漏らすルカガルシャ。髭面の顔が驚嘆の表情を浮かべるよりも早く、白銀の機体は次の行動に移っていた。サイドサブスラスターを使って機体を真横にスライドさせ、更にメインスラスターとバーニアスラスターを噴射させる。鋭角を描く奇妙な動きにルカガルシャは恥もなく驚きの声を上げた。
『ぬおおぉぉぉっ!?』
しかし、奇抜な動きで翻弄する神御だが、相対するのは先行部隊を任せられ、二つ名を持つほどの豪傑。例え驚きの声を上げようとも、本能は反射的に機体を操作して防御の姿勢を取って構えた。
急加速の威力が乗った拳が防御の為に構えられた両手に叩き込まれる。金属同士がぶつかり合う甲高くも勢いのある衝撃音が周囲を揺らす。強烈な一撃が炸裂し、飛び散った閃光と火花がフラッシュの如く瞬く。全力で防御したはずのグロウリッツが撃ち出された弾丸のように吹き飛ばされ、山の斜面に叩きつけられた。
『ぐうぅぅ……な、なんというパワーだ――っ』
驚愕に苦悶の声を漏らし、目を見張るルカガルシャ。
「ひぃ、ひぃ……な、なんて動き……す、するのよ……はぁ、はぁ……」
ルカガルシャとは違うがジゼルもまた驚きを混ぜた声で神御を非難する。
「ぁ~ごめん、ごめん。なんか思い通りに機体が動くもんだからつい……っても、これくらいしないとアレは倒せなくないか? 今の攻撃受けても壊れてないっぽいし」
言われてジゼルは痛む頭を押さえつつ真紅の機体に視線を向ける。直ぐに情報が表示される事には流石に慣れたが、予想ダメージと損傷が表示された事には、また驚きを見せる。それを見れば、神御のいう通りグロウリッツはダメージこそ受けてはいるものの、戦闘行動には支障がないだろうという予測だった。
「あの機体もそうだけど……なんなの、この機体。フィンから聞いていたスペックと全然違うじゃない」
ジゼルが以前見たカタログスペックでは単純に出力の上がったMAVRS、という程度だったはず。しかし、今見せている性能は単純に出力が上がっただけでは説明できないほどの性能を見せている。機体のスペックも目を見張るほどの驚きだが、それを霞ませるほどのシステム面の異常さには驚怖を覚えた。
視線を追ってその先にある名称やデータを表示するのなら莫大ではあるが、データを打ち込んでいけばいい。しかし、この機体は予測まで表示するのだ。自機が放った攻撃の威力、相手の防御力、そこから導き出されるダメージと損傷具合。それら全てを一瞬で表示するのだ。しかも、それは対MAVRSだけではなく、初撃の地面への攻撃にも反応していた。表示されたように、被害範囲と予想被害を細かく、リアルタイムに表示するのだ。更には敵の攻撃に対しても、このシステムは予測軌道を表示するのだから、ジゼルはそんな高性能なシステムを見たことがなかった。
「だからって滅茶苦茶動かれても困るの! ここは首都の近くだし、後の格納庫にはシェスセリア様も居るのよ?」
「や、それは知ってるけど……んじゃあ、どうすりゃいいんだよ? あれ担いで移動しろってのか?」
そんな事が無理だというのはジゼルにだって分かっている。だがしかし、分かっていてもしなければならない理由が十分に、ジゼルにはある。どうにかして戦場をここから移動させなくてはならないのだ。
「ん~……まぁやれるだけの事はやってみるか」
神御はそう言うと右手を前に突き出し、脚を開いて構える。一体何をするつもりなのだろうかとジゼルは首を傾げた。突然の奇妙な構えに、ジゼルだけではなく対するルカガルシャも訝しみながらも防御の姿勢を取らせる。何が起こるか分からない状態で、どこへ逃げたらいいのかも分からないのに回避する事はできない。
そんな二人の思いなど知るはずもなく、神御は力強く笑みを浮かべて叫んだ。
「いけっ、ロケットパアァァンチッ!!」
「――――――は?」
『――――――ぬ?』
ジゼルとルカガルシャが同時に素っ頓狂な声を上げた。命の奪い合いをしていた筈の戦場に言い様もない冷たい空気が流れた。それを作った原因である神御はしばらくその構えのまま硬直し、やがて首を傾げた。
「――――――あれ?」
二人に送れて神御も首を傾げる。
「な、何がしたいの……? ろけっと……なに?」
「ロケットパンチ。腕をこう、ドッカーンって感じで飛ばして攻撃する感じ」
腕がドッカーンと飛んで行く様をジゼルは思い浮かべる。数瞬間を置いて、
「で、出来るわけじゃないでしょそんな攻撃っ! 貴方MAVRSを何だと思ってるの!」
「何って……ロボットだろ? ロボットならデフォルトで装備してるもんじゃね?」
「そんなデフォルト知らないわよ! それに、使う度に換装してたんじゃどれだけお金がかかると思ってるのよ!」
ジゼルの言葉はもっともだ。ドッカーンと腕が飛んで行ってしまってはその度に腕を換装せざるを得ず、意外性はあれど対価効果の低そうな武装を積むなど、兵器としては欠陥品だ。驚かせるためだけのお披露目だけで使われるのならまだしも、一瞬の隙で命が危ぶまれる戦場において、そんな武装を採用する馬鹿はいない。
ジゼルはそう言って鼻で笑うが、神御は首を振って否定する。
「いやいや、使い捨ててどうすんのよ? 飛んで行って、攻撃した後に戻ってくるに決まってんじゃん」
しれっとした顔でそう言う神御に、一瞬呆気に取られたジゼルだったが直ぐに頭を振って切り返す。
「例え戻ってきてもその間は腕がないんでしょ? 敵が懐に飛び込んできたらどうするのよ?」
「逃げるとか、防御するとか、片手で応戦するとか、なんかあんじゃない?」
「じゃあ飛ばした手を相手に破壊されるとか、捕まえられるとかしたらどうするの?」
睨むように言うジゼルの言葉に、神御は小さく呟いて気づいた。迎撃されるという事は考えていなかったらしい。
「そっか……絶対当たるわけじゃないのか……ふむ」
ロボットのロマンとしてロケットパンチは当たり前。打ち出したロケットパンチは当たるか避けられるかの二択しかないのはお約束。そう思っていた神御はジゼルの指摘に頷いて返す。ここは自分が知っているアニメやゲームの中でしか存在しないフィクションの世界ではないのだ。一歩間違えれば死が待っている世界。
今目の前の敵が自分の命を脅かそうとしていると思い直しても、神御に驚怖はなかった。体の奥底から沸き上がる不思議な力が、不思議と自身と安心を与えてくれるからだ。
「それに……この機体にそんな武器、装備されてないわよ?」
ほら、とジゼルが言うと神御の前に小さな画面が表示される。そこには三つの武器、『ダガー』と『ソード』、それに『ヘッドバルカン』の三つしか表記されていなかった。神御が望む、ロケットパンチの文字は何度探してもそこには書かれていない。
『――ふん。何を揉めているのかは知らんが……好機っ!!』
ズンっと大地が揺れ、真紅の機体が青白い光りを纏いながら突っ込んでくる。遅れて神御も慌ててスラスターを吹かせて機体を後退させた。
「ぬぅ……ロマンの欠片もないのかこの世は! ロボットっていやぁお約束とロマンは必須だろうにっ!」
『何をごちゃごちゃとぉっ!! 所詮は女子と新兵! 俺の敵ではないわっ!!』
機体が行き成り変化し、自機よりも更に早い動きにと意外な事態に驚き、不調を見せていたが、そこは流石歴戦の軍人。思考を切り替えて調子を戻すと、両の剣を構えて猛然と二人に襲いかかった。
「くっそっ! ロマンの分からん奴がっ、ロボットにぃ、乗ってんじゃ……ねぇっ!!」
白と赤が夜闇に鮮明な軌跡を描きつつも攻防を繰り返す。時々グロウリッツの攻撃が白銀の機体に有効打である衝突音と火花を散らすが、外部装甲には傷一つ与えられずに居た。流石はと感嘆の思いの息を吐くジゼルであったが、それ以上に出鱈目な防御力を持つ自機に、にやりと笑みを浮かべた。
眼前に迫った攻撃を防いだのを見てジゼルは頭を振る。分からない事、確かめたい事、知りたい事は幾つもあれど、それはこの戦いを生き残った後に幾らでもすればいい。そう思う事にして頭の片隅へと追いやる。今は自分の役目をこなすのだと言い聞かせた。
「本当は貴方に任せたくはないんだけれど……私じゃとても動かせそうにない。サポートは私がするから、貴方はこいつを出来るだけ遠くに離して!」
「出来るだけ、ねっ!」
腕を跳ね上げて剣をいなすと、神御はそのまま機体を敵機に向けて突進させた。武器でも型でもない、ただ推進力に任せただけの突進。しかし、速度と出力、防御力で勝っている白銀の機体の突進はただそれだけで十分な威力を発揮する。
『ぐっ、ぬうぅぅっ! おのれ、先ほどから児戯ばかりとっ!』
殴るか蹴るか、突進するかという子供の喧嘩のようなそれにルカガルシャは怒りと共に吼えた。しかし、どれだけ怒りを募らせようとも、自分の攻撃は相手に有効打とならず、相手の攻撃は知覚するのがやっとという速さ。一撃一撃は大した事はなくとも、ダメージは着実に蓄積して行く。何度もの突進を受け、転倒を回避する為に機動制御をする度に、外部装甲に損傷が刻まれ、内部稼動骨格に歪みが発生する。
見た目通りの頑丈さを持つMAVRSだが、時速700キロを超える速度でのブースト機動を行い、サブスラスターによる急速機動も加えたとあれば機体全体に掛かる負担は相当なものだ。科学によって生み出された特殊な合金を魔法によって強化したとしても、やはり限界は存在する。
戦闘行動に支障がないとは言え、グロウリッツは直ぐにでもドッグ入りしてのメンテナンスを必要とするレベルの損傷を受けはじめた。
「なかなかしぶといな……ってそう言えば、こいつはいいとして、他のはどうすんの?」
他の、と聞いてジゼルは一瞬目を瞬かせる。言葉の意味を理解するのに十数秒ほどかかり、漸く気づいてハッと目を見開いた。巡らせた視線に合わせて全方位モニターに次々と情報が表示されていく。ジゼルはその中から自分が知り得たい情報を探し、遂に見つけた。
グロウリッツを駆るルカガルシャが来た山の向こう、起伏の激しい地帯を抜けたその更に向こうに広がる平野部の上空、そこに一隻の飛空挺の姿が見てとれた。直ぐに情報がジゼルに開示される。
「もうあんな所にまで戦線を……」
悔しみとも怒りとも取れる呟きを漏らすジゼル。今から言った所で生き残っている者が果たしてどれだけいるのか。しかし、それでも命を賭して国のために戦い、今もまだ戦っている同胞を思えば、ジゼルは歯痒い思いに体を抱き締めた。
そうすると堪える事の出来ない感情が体の奥から溢れ出してくる。そんな感情を抱く事は今もなお国のために戦い、そして散っていく者達には愚弄する思い。しかし、自らが誓った思いを果たせない自分の未熟さにジゼルは思いを溢した。
「お、おい、どうしたんだよ、突然? 体の調子でも悪いのか?」
「違う……違うの……。悔しいの……悲しくて、歯痒くて……辛い……私は騎士なのに……皆を守る騎士なのに……何も守れてない」
「ジゼル……?」
身を屈めて悲鳴にも似た言葉を吐露するジゼル。天色の瞳にはまた涙が溜まっている。それは体の痛みからではなく、心の痛みから出る涙。神御にはジゼルが何故感情を抑えきれずにいるのかの理由は分からない。しかし、その原因が目の前の真紅に、そしてこの国を襲う敵にあるのだと思い至る。
「――おいコラ、そこの赤いの。テメぇなんでこの国に侵略しにきてんだよ?」
先ほど驚怖に駆られてその身を震わせていた者とは思えない強気な口調で真紅の機体を駆るルカガルシャに問うた。行き成りのコトに目じりから頬にかけて涙を伝わせるジゼルも、現状を把握して作戦を練っていたルカガルシャも驚き、思考を一瞬停止させた。
しかし、神御の意外性は何度も見せている。ルカガルシャは一瞬で頭を切り替えると、グロウリッツを直立姿勢に立たせる。
『よもやここまで戦火を広げた後に聞かれるとは思ってもみなかったぞ、白銀の。――まぁいい。なぜこの俺が南の小国と言われるトラロトリアを襲うのか、だったな。簡単な事よ。我が王がこの地に生きるマギを欲しがっているのだ。我が帝国こそがこの世界を制するのに相応しい。――であれば、我が国に優秀なマギを集めるのは当たり前の事だろう?』
堂々と、そしてそれが道理だと言わんばかりの態度で言い放つ。マギについて知っている事など殆どないと言っていい神御であっても、それが詭弁であるのは分かった。国が違えば事情も違う。そんな事は百も承知な上でなお、神御はルカガルシャの、いや帝国のしようとしている事が間違っているのだということは分かる。
「帝国がどんなところで、そこの王様ってのがどんな奴かは知らねぇけど……人を多く殺して、それを間違ってない、なんて言う様な奴が正しいとは思わないね。それに、世界ってのは一人で支配していいもんじゃないだろ」
多くの主導者が居て、争い合う、そんな事は日常茶飯事の如く起きている。しかし、たった一人の誰かが全てを支配してしまえば、それはより多くの争いを生み出してしまうように神御は思えた。
『ふん。所詮は南の小国に住む小童か。我が王の偉大さが分からんとは、悲しいな。多くの国が乱立し、多くの支配者が蔓延る世界では平和は訪れんのだ。ただ一人、我が主、ルーニス・ゼ・アガール・バーグレイス様が統治してこそ、新の平和が訪れるのだ!』
「一人が支配してちゃ、良いことも悪いことも、そいつ基準になっちまうだろうが! そいつが間違ってたらどうすんだよ?」
神御のもっともな質問に、ルカガルシャは躊躇う事なく、声高らかに応える。
『知れたこと。――我が王に間違いなど、あるはずもないっ!』
「……分かったでしょ? 帝国の奴らは皆、皇帝に心底心酔してるのよ。それが絶対正義だって信じて疑わない、そんな奴らの集まりなの。――話すだけ無駄よ」
涙を拭っても目じりを染める朱色は薄れないまま、ジゼルは吐き捨てるように言う。
「みたいだな。まぁいいや。……そのなんちゃら王が何考えてこんな事をし始めたのかは知らないけど……俺は絶対間違ってるって思うぜ?」
『浅はかだな。まぁこのような田舎に住んでいては我王の偉大さを――』
「一生かけたって分かる気にもならねぇよ」
被せるように鼻で笑って言い放つ神御。言葉を奪われたルカガルシャは一瞬詰まらせるが、嘆息して視線を白銀の機体へ向けた。
『我が王の御心を貴様らが理解しようがしまいが、関係なかったな。俺は貴様らを全員血祭りに上げに来たのだった。我が身を貴様らの汚血で赤く染め、我が王に吉報を持ち帰られんばならんのでな』
「あぁそうかい。まぁ、良く分からんことも多いけど……」
目を閉じ大きく酸素を吸い込む。胸が膨らむ程に目一杯吸い込み、カッと目を開いて睨みつけ、真紅の機体グロウリッツに乗るルカガルシャを勢い良く指刺した。
「――取敢えず、テメはぶっ飛ばすっ! 考えるのはその後だ!」
ニィっと好戦的な笑みを浮かべ、メインスラスターを全開にして神御は突撃する。流石に距離も離れ、何度も見せてきた攻撃。ルカガルシャは慌てる事なく機体を前進させる。その巨体からは想像できないほどの速度で大地の上を疾走する赤と白。ぶつかり合う瞬間、赤の機体、グロウリッツはくるりと一回転するように身を翻して回避し、次ぎに手甲部分のハードポイントから分離させた剣を逆手に持ち、目標を見失って速度を緩めた敵の背中へと突き下ろす。
『ふん。所詮は小童――っ! な、なにっ!?』
剣が機体に突き刺さろうとした瞬間、バーニアスラスターも使用した白銀の機体は残影を残して一気に加速。一旦距離を取った所でサイドサブスラスターを点火させて急ターン。呆気に取られるグロウリッツに向かって頭部バルカンをこれでもかと発射する。
豆鉄砲ともピストルガンとも比喩されるほどに、対MAVRS戦において機体に直接搭載されたバルカンは役に立たない事で有名だ。近接防御用と銘打ってあるものの、実際の使用用途はミサイルの処理や歩兵掃討、もしくは敵の威嚇程度。人に対しては軽くミンチにしてしまうほどの火力を持っていても、MAVRSが纏う外部装甲には擦り傷程度のダメージしか負わせられないのだ。
もっと火力のある重火器やグロウリッツが扱うMAVRS用の剣の方が余程信頼性があるというものだ。とは言え、装甲の薄い間接部やメインカメラを破壊するという事には使えなくはなく、いくら問題ないとは言っても銃弾を浴びせられて無視できるような人間は少ないと言える。まったくもって役に立たない訳ではなく、そう言う意味でバルカンは今も尚、一応の意味を篭めて基本装備の一つとなっている。
まさにその通り、神御が発射したバルカンの弾はグロウリッツにダメージらしいダメージは与えられておらず、僅かな躊躇を与えるしかできなかった。が、神御にはそれで十分だった。距離を離したと言っても、せいぜいMAVRS一機分半。グロウリッツの剣がギリギリ届かないという程度の距離。
神御にとってその距離はまさに願った通り。避け逃げるには近すぎ、攻撃を当てるには些かに遠い、そんな絶妙な距離で赤と白は対峙する。
直ぐに反応を見せたのは白銀の機体だった。クイっと手の平を広げると、前腕部の内側が開き、中から筒状の物体を出現させた。神御はそれを自機に握らせた。見たこともない武器にルカガルシャは警戒の念を抱いた。
「うおおぉぉぉっ!!」
咆哮と共に白銀の機体が背中から青白い炎を噴射しながら突進する。筒を持ったまま左手が振り被られる。振り下ろされる瞬間、筒の先が一瞬光ったかと思うと、背中から噴出す青白い光りと同じ光が噴出した。それは不思議な力に導かれるように指向性を持ち、片刃の刀身を形成する。大気を焼くような独特な響を上げて光刃が振り下ろされた。
『ぬうぅぅんんっ!!』
不可思議な光りを放つ刃を受け止めるべく、ルカガルシャは二本の剣で迎え撃つ。大地を抉る程に深く斬り込み、打ち上げる。二つの軌跡は衝突の道を辿る。二つの力が衝突し衝撃波で大地が震えた。一瞬の均衡を見せた両者だったが、青白い光刃はそれを見事破る。
ガキンッと甲高い金属音が鳴り、真紅の機体は大きく後ろへと弾き飛ばされる。打ち返された両手に握られる剣は、刀身を三割ほどしか残していなかった。
「お、らぁぁっ!」
光刃に砕かれ宙を舞う残り七割の刀身。白銀の機体はそれを引っ掴むと、逆手に持ち替え、体を支える為にふんばりを入れているグロウリッツの両太腿へと叩き付けた。外部装甲を砕き貫き、内部稼動骨格を粉砕し、駆動系パーツが燃料と共に貫通した刀身を伝って大地に流れ出す。配線がショートして火花を散らし、火の子が駆動系燃料に引火して爆発を起こし、黒煙を上げながら炎上した。
収納ソケットから伸びたサブアームに保持させた白い筒を再び手に取り、光刃を形成させる。星々が煌く夜空を背景に、白銀の機体は両手に光刃を大上段で構え、一気に振り下ろした。
青白い軌跡が二つの弧を描き、残影さえ残す程の速度で真紅の機体を捕らえた。両足を破壊されたグロウリッツではまともな回避行動は取れないと、ルカガルシャは冷静に悟った。スラスターを使えばこの一撃は回避できるかもしれない。しかし、それは苦し紛れの行動でしかないのをルカガルシャは経験から導き出した。両足が使えなく、メインウェポンも破壊されたのでは打つ手は残されていない。
『ぬぅ……これが、希望という名の力だというのか……』
諦めの言葉がルカガルシャの重厚な髭の奥に隠れた厳つい口から漏れ出る。見つめる視線の先には眩いばかりの白銀の装甲を身に纏った巨人が、その手に握った光刃を作り出す不思議な武器で斬りかからんとしている光景があった。
だがしかし、とルカガルシャは一瞬で表情を切り替える。相手の猛攻に飲み込まれ、止めの一撃と言う場面。ここで諦めを悟るのは誰であっても仕方のない事。だが、ルカガルシャという男はそこで諦め、ただやられるだけの凡夫ではない。鮮血の異名を取る程に幾百の戦場を戦い抜き、幾千の敵を切り伏せ、今の地位を手に入れた歴戦の兵士なのだ。負けると分かっていても、ただで負けることを是とは絶対にしない。
『舐めるなよ、小僧がぁぁっ!! 帝国に栄光あれええぇぇっ!!』
ガチっと音がして胸部のパーツが押し開く。それに連動して鎖骨付近のカバーも展開し、中から機関砲が露出した。頭部バルカンも含めた六門による一斉射撃で反撃に出る。しかし、そのどれもが白銀の機体には有効打とはなりえなかった。放たれた弾は全て白銀の装甲に阻まれ、弾道を変えて反射するように飛び散った。それでも、例えダメージを与えられないのだとしても、ルカガルシャは攻撃を止める事はしなかった。
ルカガルシャの抵抗虚しく、青白い軌跡を描く光刃は容赦なくグロウリッツの装甲を斬り裂き、内部骨格ごと断ち切った。肩口から股までにかけてクロスする剣線は熱で切断面は赤く染め上げた。僅かの間を置いて稲妻が断面より噴出し爆発を起こす。誘爆が起こり下半身や両腕が砕け飛び、残った胴体も爆発で外部装甲に斑のような穴が幾つも開く。連鎖する爆発の熱で変形したその様は鉄屑であった。
内部稼動骨格にも炎は移り、大小の爆発が起きている。変形して歪んだ装甲や骨格に押し潰されて破片が無数に飛び散った。コクピットがある部分からも炎の手が見え、今からパイロットを助けるのは手遅れだった。火の手は直ぐに燃料を伝って動力部へと向かう。悲鳴を上げる間もなく、グロウリッツのマギはジェネレーターの爆発に巻き込まれた。
夜の笠が降りる森の中で、破壊された真紅の機体から上がる炎が辺りを照らす。炎は周りの木々に引火して火災を引き起こし始めた。その炎の中、蠢く物があった。月光を反射して淡く輝く白銀の装甲を纏いし巨人が悠然と立ち上がる。
両手に持つ筒からは光刃が消え去っている。誰の目で見ても、真紅の機体のパイロットが助からないのは明白で、止めを刺す必要はないと感じたからだ。
コクピットの中でゆっくりと立ち上がった神御は辺りを見回す。視線を追って全方位モニターには様々な情報や予測が表示されていく。その中で目的の物を見つけ、眺めるようにじっと見つめた。
「旋回したって事は……撤退するって事だよな?」
「そう……みたいね。先行部隊の隊長が死んだのだから、一度状況把握のために引くのは当たり前ね。――お構いなしに攻めてくる、って奴もいるけど」
敵が撤退してくれた事に神御は安堵する。いくら体の底から自身が沸きあがって、圧倒的とも言える性能の機体を持ってしても、初めての実戦は相応の疲労を神御に与えている。今は疲れを忘れているが、ないわけではないのだ。それが顕著に現れる前に、敵が撤退してくれたのは安堵の念を抱くには十分だった。それを知っているからこそ、神御は敵を追う事はしない。
「取敢えず、勝ち……でいいのかな?」
「……そう、ね」
消え去りそうな声でジゼルは呟く。確かに、真紅の機体を操るルカガルシャとの戦いは勝った。だが、大局で見れば負けである事は変わりない。敵一人倒した所で、トラロトリアが被った被害が帳消しにされるわけではないのだ。国土の半分以上を戦火に飲まれ、多くの兵を失ったトラロトリアと、隊を率いる将であってもたった一人の損害だけである帝国と被害を比べれば、どちらが負けかはあえて口に出すまでもない事実がそこにあった。
「……一般兵も引いてるみたいだし、私達も戻りましょう」
最大望遠で平原を駆けていた戦奴達も引き上げて行くのを見たジゼルは静かにそう告げる。頷いて返した神御は白銀の機体を元の場所へと向けて移動させた。