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第二章 第四項「開敵、アナモナ子島」

「――見つけた。ざっと見で八人……やっぱりあれだけじゃなかったのね」


 息を潜めて小声で呟く。大きく突き出してアーチを描く木の根に、ジゼル達は腹這いになって眼下の光景を見つめる。そこには神御達が捜し求めていた敵が居た。全員が同じ深い緑を基調とした衣服に身を包んでいる。大きなリュックサックに重さを重視した肉厚な剣を腰に下げ、足元は長めの靴で両手は厚手の皮手袋を装備している。パッと見はどこぞの探検隊かと思うような風貌であるが、その身に纏う気配は一般人のそれでない事がはっきりと分かる。


 彼らは目の前に聳える巨樹アルトロンを指差して口々に何かを話し合っていた。距離が若干遠いせいか、話しているであろうという音は拾えるのだが、流石に言葉までは分からなかった。口元を忍者のように隠しているせいもあり、ルーベル達は唇を尖らせて文句を垂れていた。口の動きが見えれば、読唇術で知ることも出来るのだとか。相変わらずの万能っぷりに、神御は呆れに似た思いを抱いて嘆息した。


 一体これに何の意味があるのだろうかと、神御も彼らに習ってアルトロンを見上げてみる。根元付近に居る為か、見上げる事は出来ても天辺がどこにあるかまでは分からない。木の幹は苔系植物でデコレーションされており、生い茂る葉の色と相まって全身が緑色に見えた。苔系植物の中には赤や黄色の花を咲かせている物もあり、それが見事なアクセントとなってアルトロンを着飾っている。


 見れば見るほどに見事な大樹であり、パワースポットとして観光の名所に使えるのでは、と思える程だ。梢の間から差し込む日の光がキラキラと光、薄暗い森の中に差し込む様は溜息が漏れる程に美しい風景であった。こんな状況でなければ森林浴でもしたいものだと、神御は内心で愚痴る。


「――どうするんです? 今なら奇襲をかければあれくらいの人数ならどうにかできますよ?」


 痺れを切らしたようにルーベルはうずうずした様子で問いかけた。許しが得られるなら今直ぐにでも両手に持った両刃の戦斧で持って飛び掛らんという気配だ。そんな好戦的な姉に困惑した様子でその横で這い蹲っているウリディがあわあわとし始めた。


「敵の規模が把握できていない以上、それは不味いわね。後からわらわらと援軍でも現れたら面倒だもの。それに、どことなく危ないって気配がするのよね……」


 ジッと下で話し合いをしている敵を見つめるジゼル。見た目こそはそこまで厄介そうに見えないが、そう見せているだけかもしれない可能性は否めず、一人一人は弱くとも連携する事で力を発揮するタイプだという仮定は払拭できないわけで、勢いのまま飛び込むことは躊躇われる。


 しかし、かと言ってこのまま長めているだけでは事態は好転しないのも事実。仮に援軍やら伏兵やらが居るにしても、それらがたどり着く前に撃破してしまえばどうにかなる話でもあり、ジゼルは考えが纏まらなかった。


「それなら半分……二人だけで突入してみて、伏兵が居たら残りの二人がフォローする、って感じでいいんじゃないか? もしくは、あいつ等の目的が分かるまで待ってみるっていうのも一つの手だと思うけど……?」


 待つ、というのも状況を見定めるには作戦の一案としてありではある。しかし、分かった時には既に手遅れ、という可能性も出てくるので良い一手とは言えないのが難点ではあるのだが。


「そうね……。――何かし始めたわっ!」


 どうすべきかと思案している間に状況が動いてしまった。ジゼルの声に意識を眼下へと向けると、リュックサックの中から何かを取り出している所だった。


 取り出されたのはカメラで撮影する時に使うような三脚だった。支える足は折り畳まれており、それを全て組み合わせると2メートル以上はあろうかという大きさの物へとなった。とても撮影する為の物とは思えず、まさにそうだと肯定するように、三脚の中心部分から地面へ向けてパーツが一つ装着させた。先端が尖った棒状の物で、それは一見して杭のように見えた。


「あれは……魔法杭(マジックアンカー)!? もしかして……アルトロンを奪うつもり?」

「なんだ、まじっくあんかーって?」


 驚嘆するジゼルを尻目に、神御はルーベルに聞いてみた。すると、ルーベルはピンっと指を立て、無いのに眼鏡を押し上げるような仕草をして自信満々に答える。


「魔法杭、マジックアンカーは大掛かりな魔法を展開する際に使用される触媒です。あの杭はマナの塊で、大規模魔法を発動させる際の補助の役目もあるんですよ。別の方法だと、目印にも使われますね。こっちから発動させた魔法を目的の場所にちゃんと届くようにする為の道標、みたいな感じですね」

「へぇ……。って事はここで大魔法を発動させる気なのか」

「そうですね。――――って、それは不味いです! どれくらい不味いかって言う超不味いですって! ジゼル様、奴らアルトロンを転移させようとしてますよっ!」


 展開されるであろう魔法を予想してルーベルが慌てて声を荒げた。ここで大声を出さない辺りはS級メイドの名に恥じぬ行いだ。


 まさにそれを合図にしたかのように、杭の先端から光が落ちると、巨大な魔法陣が生まれた。


「もう展開!? と言う事は他の場所にも居るって訳ね……。転移させてどうするつもりなのかは知らないけど、このままにしておけないわ。敵がどれだけ居るか分からないから、先に私とルーベルが行くから、敵の増援が現れたらシンゴとウリディが挟むように攻撃して」

「了解でっす! むふ、腕が鳴りますねぇ……」


 ギラリと光る戦斧を構えて立ち上がる。口角がぐいっと持ち上げられて、ルーベルはとてつもなく歪な笑みを浮かべて嬉しそうな声を漏らす。


「……ウリディの姉ちゃんって武器持つと性格が変わるタイプ?」

「いぇ……多分悪ノリではないかと……。お姉ちゃん、面白ければ何でも良いって人ですから……」


 言われて見れば、ウケケケと怪しい笑い方はしているものの、ルーベルの持つ気配は邪悪に染まっている感じはしない。むしろこの状況を楽しんでいるかのような様相だ。勢いを付けて立ち上がると、手首で起用に戦斧を回転させて構えた。


「装置が動いても魔法を発動させるには時間がかかるわ。完全に発動する前に、誰かが装置を倒すなり破壊するなりすれば時間は更に稼げる。誰でもいいから隙を見つけたら――」

「――シンゴ様っ!」


 ジゼルの言葉を遮るようにウリディの叫び声が上がった。


 ガィンっと甲高い音が響く。一瞬何が起こったか分からずに呆けた表情を見せた神御だったが、背後から襲われたのだと気づいて慌てて振り返る。背後からの襲撃者は両手に直剣を握った深緑の衣服を纏っていた。直ぐに下に居る奴らの仲間なのだと分かる。その一撃をウリディは両手をクロスさせて防いだ。


「気づかれてた!? ――っ!」


 風斬り音が駆け抜ける。白色の軌跡を描いたそれは咄嗟に剣を抜き放ったジゼルが叩き落した。今まで立っていた場所に矢が一本突き刺さる。矢をいなしたジゼルは飛んできた方へと視線を向けるが、そこには既に襲撃者は居ないらしく、ジゼルは苦い表情を浮かべて周囲に注意を払った。


「下の奴等にも気づかれたみたいね……ちっ。こうなったら強引にでもあれを破壊するしかないわね! シンゴ、私達が援護するから貴方が行って!」

「うぇ!? お、俺ぇ!?」

「そうよ! 倒すだけでいいから、貴方でも出来るでしょう、っと!」


 襲ってきた敵の攻撃を防ぎながら怒鳴った。身も蓋もない言い方ではあるが、確かにそれだけでいいのなら神御でも可能な事だ。ただし、装置を守る敵をどうにかしなくてはならないが。


「行きますよ、シンゴ様! おっさき~!」


 嬉々として戦斧を回転させながらルーベルは勢い良く飛び降りて行った。足元にまで来ていた敵を頭上から一直線に掻っ捌くと、鮮血が噴出すよりも早く離脱して次の敵に襲いかかっていた。


 木の根は地上から3メートル程の高さで、見下ろせば足がすくむ思いがこみ上げてはくるが、降りれない高さではない。しかし、高いを恐怖するには十分な高さだ。踏ん切りが付かず悩んでいると頭上のから数枚の葉が舞い落ちたのに気づく。ハッとなって見上げると、カタールに似た武器を装備した敵が落下してくる所だった。


「うわぁ! ちょ、まっ!? うおぉぉっ!!」


 咄嗟に鞘ごと振り上げて攻撃を防ぐも、降りようかどうしようかと悩んでいる立ち位置だった故に足元への意識が緩んだ隙につるっと滑った。攻撃してきた敵を巻き込んで二人は同時に落下する。地面は腐葉土であるようで、思ったよりは柔らかく落下の衝撃を和らげてくれた。それでも落下の痛みは全身を駆け巡り、神御は顔を歪めてうめき声を上げる。どうにか体を横に動かして寝返りを打つが、痛みのせいで上手く立ち上がれない。どうにか戻ってきた思考が敵の存在を思い出させた。


「て、敵は――!?」

「……何してるんですか、シンゴ様? 探し物ですか?」


 足元に居た敵を片した様子で、くるくると戦斧を回転させながらルーベルは不思議そうに首を傾げた。神御は慌てて今敵に襲われたのだと伝えようとするが、それよりも早くルーベルが指を指した。


「それにしてもやりますね、シンゴ様。一突きで心臓を狙うなんて、流石です」


 嬉しそうな声を出すルーベルが指差すを見てみる。それを見て神御は自分の目を疑った。先ほどまで手に持っていた剣はそこになく、あった場所は人と地面を繋ぎとめる楔となっていた。


 きりもみしながら落下した際に、偶然にも神御の剣は相手の心臓付近に垂直で立てられたようで、落下の衝撃と共にそれを貫いて地面に突き刺さったようだ。腐葉土にしては妙に柔らかいと思ったのも、どうやら敵を下敷きにしたかららしい。


「ほら、シンゴ様。呆けてないで武器取ってください。敵はまだ居ますよ!」


 言われて神御は辺りを伺う。最初は八人だけだったのが、今は二十人近い人影がある。既にルーベルが三人、神御が一人倒してもまだそれだけの数が居るのだから、まだ増えるのではないかという思いが神御の中に芽生えた。


 剣を手にとって引き抜こうと力を入れる。肉から引き抜く感触は思わず背筋を振るわせるものがあった。切っ先を抜くと間欠泉が吹き上げるように赤い液体が飛び出す。驚いてたたらを踏むと、その瞬間を狙って敵が襲いかかってくる。


「アタシが相手するんで、シンゴ様はさくっとアレをどうにかしちゃってください、なっと!!」


 大振りに振り抜かれた戦斧。しかし、その動作は力任せではなく、洗練された一撃だった。胴を薙いだ剣線は鋭く敵を斬り裂き、鮮血を噴出させる。ルーベルは敵の返り血を浴びる事はS級メイドではありえないと自戒し、片足を軸にして踊るようにターンを決めて回避する。その遠心力を利用し、下から上へと救い上げるような一撃が飛び掛ってきた敵を股下から頭の天辺へと駆け抜けた。


「……この感じがきっと、味方で良かったと心底思う、っていう気持ちなんだろうなぁ……」


 苦笑いが漏れ出る。小柄で自分よりも年下の女の子が大の大人を相手取って一方的な虐殺を演じている様は本当にそう思えた。自分が逆の立場であったのなら開敵必殺と屠られてその辺に転がっている姿がありありと想像できた。


「……っとそんな事してる場合じゃなかった。――うおおぉぉ!」


 敵を威嚇すると言うより、自分を奮い立たせる鼓舞の意味での雄叫びを上げてシンゴは敵へと斬りかかる。


 上段からの一撃は素人のそれらしさは抜けており、確かな一撃を敵にお見舞いする。しかし、相手とて死にたくない一心であるのは変わりなく、神御の一撃を受け止めた。力比べになり、鍔迫り合いで敵と対峙する。ギリギリと互いの刃が擦れあって火花が散る。


「この樹をどうするつもりだ!」

「ふっ。貴様等に話す訳がないだろうがっ!」


 その返答は予想の範疇であり、敵の反撃を予想していた神御は自ら後ろへ飛ぶ事で力をいなした。着地の瞬間を狙って別の敵が迫ってくるが、先ほど聞いた風斬り音をより荒々しくした音と共に飛来した戦斧が頭部の側面へと突き刺さって吹き飛ばした。


「シンゴ様、お背中はお任せ下さいな!」


 武器を一つ失ってどうするんだと振り返ると、それは無用である事を思い知らされた。


 スカートを勢い良く翻したかと思うと、ルーベルはレースの入ったタイツと健康的な肌色をした太腿に同様にレースをあしらった下着が姿を現した。見た目に反して大胆な下着だが、それよりも視線が行ったのはスカートの中に収納されている戦斧の数だ。ざっと見だけでもまだ七本以上は隠し持っている。惜しげもなく投擲したのにはそういう理由があったようだ。


 ヒュン、ヒュンと風を切って投擲される戦斧が敵へと襲い掛かる。勢いが削がれた瞬間を突いて神御は一直線に駆け抜け、三脚を力任せに蹴り飛ばした。杭の先端から地面へと伸びていた光が軌道を変えて背を向けていた敵を下から上へと薙いだ。数秒の間を置いたのにち、彼は体を左右に裂かれて崩れ落ちた。


「れ、レーザーかよ、あっぶねぇ……。っても、これで魔法はどうにか阻止できたんだよな?」


 見れば、足元に展開されていた魔法陣の光は弱くなっている。阻止できないまでも、邪魔は出来ている様子だ。残りの装置もどうにかしようと神御は意気込んだ。


「……何、アレ? ――人?」


 ルーベルの呟きが聞こえた。何事かと思うと、ルーベルを頭上を見上げていた。つられて神御も上を見ると、梢の間から覗く空の彼方。そこに黒色の人型があった。

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