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君の瞳に映ることができるなら

 自宅の玄関を開けると、笑い声が耳に入ってくる。


 声の主は、緋色と兄貴。


 またもやテンションが下がる。マイナスだ


 居間に顔を出すと、二人より添い、仲睦まじい、という言葉がぴったりの二人がいた。


 触りたくても触れなかった緋色は、今は兄貴の隣でべったりとくっついている。いつもの光景とはいえ、胸が苦しくなってくる。


「緋色、続きは?」


 おれは絞り出すように言葉を紡ぐ。


 この時始めておれの存在に気づいたように顔を向けた。

 そして、思い出したようにあっと声を上げた。

 やっぱりな。すっかり忘れていたよな。


「えっと・・・」


「いいよ。この次で」


 迷っている時点で、アウトだ。もうその気がないのがわかったから諦めた。


「なにやってたの?」


 兄貴は気になったのか、緋色の顔を覗きながらきいた。


「数学をね、教えてもらっていたの」


「ふーん。で、もういいの?」


「うん。また今度教えてもらう」


 緋色の中では、またの機会があるらしい。ま、延期になったと思えばいいか。心がちょっと浮上する。我ながら現金だな。


「・・・・・」


 兄貴は何も言わずにおれを見た。

 なんだよ。なんか文句あるのかよ。

 挑戦的な目に見えてしまうのはおれの気のせいだろうか。


 フイっと目をそらせた兄貴は緋色に視線を移した。

 その途端、温かな表情に変わる。

 もともとクールだとみられてしまうおれとは違い、兄貴の顔立ちは柔和で優しい。性格も明るくて温和で、誰からも頼りにされていてしっかりしている。

 頭もよくて、バドミントンも何回も全国優勝していて、非の打ち所がない。


 こういう兄貴を持つと弟は苦労する。緋色の手前、負けていられない。


 小さい頃から、二人はいつも一緒で、目にするのは、手を広げた兄貴の腕の中に飛び込んで抱きしめられている緋色の姿。

 緋色は兄貴しか目に入らない。兄貴しか見ていない、今も。


「随分、髪の毛乱れてるね」


「そうかな?」


 兄貴に言われて、緋色は三つ編みに手を触れる。元々、緩く編まれていたから、さっきよりも髪がほつれている。


「もう一度、結いなおしてあげるよ」


「お兄ちゃんが?」


 驚いたような声に、


「得意なんだよ。ちょっと待ってて」


 兄貴はソファから立ち上がると部屋を出ていった。

 しばらくすると手に櫛を持って帰ってきた。

 緋色をカウチに座らせ、ゴムを外した。

 三つ編みのまま残っている髪に指を差し入れ、そっと梳いていく。


 数本の髪に触るのさえ躊躇したのに、兄貴は当たり前のように髪に触る。

 三つ編みが解けたところで櫛を通した。


「髪、綺麗だね。艶々してるし、香りもいいし」


 おれが言えなかったことを、つらつらと並べていく。さりげなく言えばいいのに、それができない自分が歯がゆい。


「里花ちゃんがね、髪は女の命なんだから大切にしなさいって、シャンプーとか手入れの仕方とか教えてくれるの」


 里花か。


「里花ちゃんって・・・・・」


 ここで、兄貴は言葉を切らした。母親か! っていいたかったんだろうな。たぶん。言葉にはしなかったけど。おれも思ったし、面倒見がいいっちゃ、いいよな。緋色も唯一の友達で里花のことを信頼しているし。

 

 ここでスマホの着信音。兄貴のだ。


 兄貴はテーブルの上に置いてあったスマホを手に取ると、


「・・・今家にいるよ。はあ。今から? 無理だな。大事な用事があって手が離せないし、じゃ」


 小気味のいいくらいにスッパリとした断りの返事をすると、手早く電話を切った。

 兄貴らしくない断り方に面食らう。もうちょっと人当たりの良い言い方をするのかと思ったら、口調が迷惑そうで、乱暴な言い方だった。


 緋色はじっとスマホを見ていた。何か気になるのだろうか。


 ♪♪♪~


 もう一度、着信音。


 兄貴は手に取らなかった。


「いいの? 鳴ってるよ」


 緋色が兄貴を振り返りおずおずと聞いていた。


「いいんだよ。そのうち切れるから」


 切れた。気まずいような空気が流れる。三人ともしばし無言。


「さてと、緋色後ろ向いて」


 気まずさを払拭するように兄貴が話しかける。緋色は言われたように兄貴に背を向け背筋を伸ばした。兄貴が髪を梳いていく。


「お兄ちゃんって、三つ編みできるの?」


「できるよ。おれが最初に緋色に三つ編みしてあげたんだと思うけどな」


「えっ! いつ?」


 心底驚いたような声を出した緋色に兄貴が微笑む。


「三歳とか四歳のころだから、覚えてないかもね」


「うん。覚えてない。ごめんなさい」


「謝ることはないけどね。小さい頃のことだし、それに何回か数えるくらいのことだから、そのうち緋色も幼稚園に行っちゃったからね。できなくなったんだよね」


 櫛を置いて、緋色の髪に手をかけた瞬間、


 ♪♪♪~


 また、スマホの着信音。

 今度は手に取り、出るのかと思いきや、電源を切った。

 よほどの迷惑電話だったのだろうか? 誰からだろう?


「お兄ちゃん。いいの? 出ていいのに」


 気遣うように言葉にする緋色。にしては暗い顔。


「いいんだよ。気にしなくても」


「でも、女の人・・・」


 ああ、さっきから気にしていたのはそういうことか。緋色からは名前が見えていたんだろうな。


「香織からの電話は碌なことがないから、出なくていいんだよ」


「香織・・・」


 親しげな呼び方に緋色の表情は見る見る曇っていく。

 兄貴にもそんな相手がいたんだ。

 もしかして彼女? だったらいいなと、希望的観測。


「言っとくけど、香織は彼氏いるからな。彼女とは単なる友達。クラスメートで同じ部活のね」


 誤解はすぐに解いておきたいとばかりに、何故かおれを見ながら兄貴は言った。

 心を見透かされたか? 友達と聞いて緋色は安心したみたいだ。

 さっきよりも明るくなっている・・・


「大事な用事は?」


 違う。やっぱりなんか気にしている。物事に執着しない緋色だけど、兄貴に関しては別なんだろう。電話の会話がやけに引っかかっているらしい。



 兄貴を見つめる不安げに揺れる瞳が心をくすぐる。普段は無邪気な笑顔ばかりを見ているから、憂い顔は妙に女を感じさせて、これはこれでかわいい。困らせたくなってしまう。


 どんな顔をしてもかわいいし、目が離せない。これからどんどん大人になって、色んな顔を見せてくれるのだろう。色んな顔を、表情を、見てみたい、見せてほしい。おれだけに。


「これだよ。今、緋色の髪を結っている。これが大事な用事」


 兄貴は上から緋色を覗き込む。


「そうなの?」


「そうだよ」


 緋色は兄貴に視線をあわせるように、上を仰ぎ見た。

 視線が絡まると、どちらともなく微笑んだ。

 それは絆の深さを感じさせるようで、直視出来なかった。


 緋色は兄貴のもの。ずっと小さい頃から、変わらずに。


 兄貴は大事のものを触るように、丁寧に三つ編みをしていく。

 緋色は兄貴にすべてを委ねるように気持ちよさそうにじっとして、表情は晴れやかで、それでいて少しだけ照れたように。


 じくじくとした痛みが胸を刺す。


 おれはこれ以上耐えられず居間を出た。


 今は苦しくても、泣きたくなるような恋しさを抱えていても、いつかは報われるのだろうか。


 おれだけを見てくれる日が―――

 緋色の瞳におれだけを映してくれる日が―――

 来るのだろうか。



読んでいただき有難うございます。お気に登録してくださった皆様ありがとうございます。スマホの電話の主は香織です。『特別な存在になるため・・・』に香織視点があります。

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