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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

聖夜に絶望の種子を刈り取る者

作者: 孤城守

サタンクロース? いいえ、サンタクロースです。

残酷描写が過多です。苦手な方はご注意ください。

(※pixivにも投稿中)

     


12月24日。深夜23時56分。

サンタクロースと聞いて誰もが想像するような、ごく一般的なサンタクロースの衣装。

そんな衣装を、動きやすい戦闘用の黒いスーツの上に着込んでいる男がいた。

何も入っていない、からっぽの大きな純白の袋を左手にぶら下げて、

冷え込む深夜の闇の中に、彼は立っている。

彼の目の前には、今年のクリスマスで最初の目標となる子供が眠っているはずの、

みすぼらしい一軒家が建っていた。

見るからに貧しい家。

実際に貧しいという情報を得ているからこそ、彼のターゲットになったのだが……


23時59分。

サンタクロース姿の男は、腕時計を確認した。

(クリスマスまで後1分か。今年も、刈り取るべき未来の絶望の種子は、多い)

男は小さくため息をつく。冷える夜だったため、その吐息は白くなった。

良く見ると男の右手には、真っ黒な長い棒状の物が握られており、

その先端部分には、弧を描いた黒い刃が付いている。

それはまるで、死神が持つ鎌。


0時0分0秒。

ピピッと、冷たい電子の声をあげる、男の腕時計。

その瞬間、男は跳躍し、みすぼらしい一軒家の二階のベランダに飛び乗った。

人間離れした跳躍力。音は立たなかった。

男は鎌の先端をガラス戸に軽くあてて、一瞬で器用に一回転させた。

そしてそっとガラス戸を押すと、音もなく、丸く切り抜かれたガラスが外れる。

切り抜かれたガラスが倒れそうになったところを男が手でつかんで、そっとベランダに置く。


男は、気配を消して屋内に侵入し、この家の夫婦の寝室を、

一瞬で通り抜け、子供の部屋に入った。

家の内部構造などは、予め調査した情報をしっかりと頭にたたき込んでいる。

男の行動には、躊躇や迷いが無い。


子供部屋では、今年10歳になる少年が、ぐっすりと眠っていた。

枕元に靴下は……無い。サンタなど、もう信じていないのかもしれない。

男は、その少年が眠るベッドの傍らに佇む。

そして少年に関する情報を思い浮かべた。

(貧しい家系。ドメスティック・バイオレンスの発生した家庭。心が傷ついた子供。

 酷くいじめられた子供。何も特別な才能がない子供。

 ターゲットチルドレン0001号。君の未来には、ただ絶望や苦しみがあるのみだ。

 未来観測システムのシミュレーションでは、

 98.627%で、20年以内に、自殺か、反社会的行動を行うという結果。

 我々は、罪のない子供たちが、逃れられない絶望の中に生きる事を、望まない)

男は、悲しい現実に心が痛んだ。

それでも男には、これからやらなければいけない、使命があった。


平等なんて、現実には絶対にありえない。

社会があれば、そこには様々なランク付けによるヒエラルヒーが必ず発生し、

優等なのか劣等なのかは、一面一面毎であっても、

明確に分別され、情報あるいはデータとして現れる。

家系。血の系譜は、産まれた時に付けられる『焼き印』だ。

あらかじめハンデとなる悪環境に産まれる子供たちがたくさんいる。

子供は何も悪くないというのに、どんな親や家系のもとに産まれるかで、

残念な事だが、将来性や能力の開花の程度がある程度決まってしまう。

恵まれた環境に産まれた子供が幸福になり、

恵まれない環境に産まれた子供が不幸になると、決まっているわけではない。

例外は存在する。しかし例外は例外で、希な存在だ。

恵まれている環境のほうが、幸福を得やすいのは統計上の事実。

恵まれていない者が幸福をつかみ取るには、恵まれている者よりも、

多くの努力、工夫、運などが必要になる。

同じ名誉ある結果を出すまでの努力を、道に例えるならば、

恵まれた者が普通に走っているとき、

恵まれない者は、足を負傷していたり、強い向かい風が吹いていたり、

強いGがかかった状態などで、走っていると言える。

精神的な余裕にも差が出るのは、当然の事だ。

それが、この人間の社会。


男は、そんな社会の不憫な子供たちを無くすために活動している、

「サンタクロース」という組織の者だった。

(来世があるのならば、君が幸せに生きられますように)

男の両腕と鎌が消える。目視できないほどの素早さで、鎌を振ったのである。

そして、右腕と鎌が再び止まった時には、

ベッドの上の少年の首から上は無くなっていた。

男の左手にある袋に、少年の頭部と同じようなふくらみができている。

残された少年の胴体から血が流れるよりも先に、男は部屋から姿を消した。

少年は、痛みを感じることなく、クリスマスの聖夜に、この世界を退場したのだ。

静かに。一瞬で。


そんな調子で、男は次々と、

不幸な未来が約束された子供たちを、静かに世界から退場させていった。

ターゲットチルドレン0002。0003。0004。……0012……0027……0041……

そして、0050号。

ここまで、滞りなく、男は使命を果たす事ができた。

この男、サンタクロースNo.01の担当は、この子供が最後。


4時27分。

やはり小さく古ぼけているマンション。

何の障害もなく、男はマンションに侵入する。

そして、しっかりと頭にたたき込んである家の内部構造に従って、

音を立てずに子供部屋へ。

すると、どうしたことか。

その部屋で眠っているはずの子供は、こんな深夜だというのに起きていた。

今年11歳になるその少女、0050号は、窓から外を見ているようだった。

しかしサンタクロースNo.01が部屋に入った気配を感じたのか、

振り返り、感情を示さない瞳でサンタクロースを見つめる。

「……サンタさん? 本物?」


男はこの少女に関する情報を頭に浮かべていった。

(産まれてすぐに両親が死亡。親戚の家を転々とする。

 疎外感を感じ、邪魔者扱いされて傷つき、何度か性的暴行まで受けている。

 学校では情緒不安定。すぐにキれて他人を傷つけてしまい、友達はいない。

 現在の保護者も、そんな彼女と上手くコミュニケーションがとれていない。

 未来観測システムのシミュレーションでは、

 97.971%で、20年以内に、自殺か、反社会的行動を行うという結果。

 我々は、罪のない子供たちが、逃れられない絶望の中に生きる事を、望まない)

男は頷いた。

「ああ、本物のサンタクロースだよ」

少女は笑顔を作りたかったのだろうが、笑顔に慣れていないのか、奇妙な表情を浮かべた。

「じゃあ、プレゼントくれるの? なんでもくれるの?」

男はまた頷いた。この少女が欲するプレゼントが何か、解るような気がしていた。

「ああ、なんでも欲しいものプレゼントするよ。1つだけだけれどね。何が欲しい?」

少女は、無言で男の右手に握られている鎌を指差す。

彼女にも、男が何をしに来たのか想像がついていたのだろう。

そして、それを望んでいたのだ。

男も、無言で頷く。

(来世があるのならば、君が幸せに生きられますように)

少女の不器用な笑顔は、立った胴体から消え、男の純白の袋の中に消えた。

袋は、大きくふくらんでいた。

少女の胴体から血が流れるよりも先に、胴体が倒れるよりも先に、

男は部屋から姿を消した。

静かに。一瞬で。


12月25日。5時。

サンタクロースNo.01は、自分の不幸な人生の情報を思い浮かべることはせずに、

自分の首を切り落として、この世界から退場した。

予定通りだった。

別の場所では、サンタクロースNo.02も。No.03も。No.04も──

絶望の種子から芽をだして、絶望の花まで咲かせてしまった「サンタクロース」たちが、

使命を終えて、みんな退場した。

多くの絶望が消えた後、クリスマスの朝日が世界を照らした。


「メリークリスマス! メリークリスマス!」


絶望の深淵を何も知らない、恵まれた者たちに、新しい朝がやってきた。


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