外伝 アップルパイを求めて 前編
それは本編から1000年前のお話。
まだ世界に神が存在しており、天使が空を舞い、魔物の脅威が今よりも大きかった混沌の時代のお話。
人々はその日その日を生き残るのに必死だった。
しかし、そんな世の中でも人の中には変わった人は居るものだ。
「フッフッフッフ……ついに、出来たわ」
ある村の中。その中でも比較的裕福な環境で育った彼女は他の人に比べて自分の時間が多くあった。
そして、比較的裕福だった彼女はその時間をある趣味に費やしていた。
「コレは今までに無い出来よ」
そして、比較的裕福な彼女は、その資産をその趣味のために使っていた。
その行為は見る人が見れば怒りから殺されてしまっても可笑しくないことなのだが、幸いなことに彼女が住んでいるのは村から少し離れた所にある大きな屋敷だったため、その趣味を知っている者は使用人の一人だけで、他は誰も居なかった。
「あぁ、いったい今回はどんな味になったのかしら」
うっとりとした瞳で彼女が見つめているのは、今さっき竈から取り出した出来たてのお菓子だった。
そう彼女、マーレ・リッセガルドの趣味はお菓子作り。いまだ飢えで苦しむ人がいる時代では考えられないような趣味なのだが、すでに両親も他界しており、唯一の使用人である侍女もすでに買収済み(この時代、女性にとっては甘味は最高のご褒美です)。彼女を止める者はどこにもいなかった。
「いい匂いですねお嬢様」
「えぇ、今回は少しパン生地にも工夫をして、その中に煮込んで甘くしたリンゴを入れてみたの」
いつの間にかいた侍女のイリアにマーレは驚くことも無くできあがったお菓子の事を話した。
「あぁ、だからこんなにもいい匂いがするんですね」
マーレの説明にイリアは納得とうなずく。今この部屋を包み込むのは焼けたリンゴの甘い匂い。その匂いだけで幸せに感じる。
「えぇ。たぶんこのお菓子は今までに無いほどの出来よ。さぁ、早速いただきましょう」
「はい、すぐにお茶を用意しますね」
「あっ、私も飲みたいから三つ用意してね」
「三つですねわかりました」
「じゃあ、私はこのお菓子をいつもの場所に持って行くわね」
「いつもの場所って?」
「この屋敷に外よ。天気がいい日は外で食べるって決めているの」
「うわぁ~楽しそう」
「えぇ、やっぱり甘いものはきれいな景色を見て美味し……」
はたとマーレの言葉が止まる。それにつられてお茶を用意しようとしていたイリアもそれに気がついて動きを止めた。
「私もそう思う。やっぱりきれいな景色を見ながら美味しいモノを食べるのは最高だよね」
一方、そんな二人の様子に気がつくこと無く、自分の思いを嬉しそうに語る少女。
「あなた誰なの!?」
「お、お嬢様~!?」
「ほへ?」
いつの間にか二人の会話に入ってきていた見知らぬ少女に驚きの声を上げるマーレとイリアの二人。
一方の栗毛色の髪をした小柄な少女はそんな二人の様子を不思議そうに見つめていた。
「えっと、私? 私の名前はレーティシア。一応天使をやっています」
そういう少女の背中には確かに純白の翼が生えており、その翼が偽物ではないと表すようにパサパサと小さく揺れた。
「て、てっ、っってててって、天使ィィィィ!?」
「お、お嬢様ぁぁぁぁぁぁ!?」
「うおっ!?」
その翼を見たマーレは絶叫を上げるとそのまま泡を吹いて倒れ込み、そんな彼女を助けようとイリアが叫びながらマーレに駆け寄った。そして、レーティシアは突然の大声に驚いてビクッと身体を震わせた。
「つまり甘い匂いに引かれてこ屋敷に来ただけで、魂を取りに来たわけではないのですね?」
「パクパク――うん、そうだよ。――パクパク」
あの後イリアの介抱でですぐに目を覚ましたマーレは、天使が何でこの屋敷に居るのかを尋ね、それにレーティシアが美味しそうな甘い匂いがしたから覗いてみたのとだけ答えた。
その間ずっと出来たてのお菓子をほしそうに見ていたので、仕方なく先にこのお菓子を食べましょうと誘い、その席でもう少し詳しい事を聞き出そうとしたのだが、
「いい加減しゃべるか食べるかどっちかにしてくれませんか?」
「パクパクパク」
少し怒りを込めてそう言うと、目の前の天使は話すことを止めて食べることに集中しだした。
その姿に一瞬さらに怒りが募ったが、すぐにその怒りをため息と共にはき出すマーレ。その横ではお茶を用意したイリアがそんな主人の様子を楽しそうに見つめていた。
「まさか天使がこんな奴だなんて……教会の人たちが知ったら大変ね」
人々の驚異である魔物を人類から護る守護者。そして、死にゆく者の魂を天へと導く運び手。神の使徒である天使。
そんな天使が実は食いしん坊な女の子だとか、コレを教会の信者が見たらあまりのギャップに発狂するんじゃね?
そんな事を思いながらマーレはあきれた視線で目の前で、美味しそうに自分が作ったお菓子を食べるレーティシアを見て苦笑を浮かべた。
「ごちそうさまでした」
「味の方はどうだった?」
食べ終わったレーティシアにマーレがそう尋ねた。この会話を切っ掛けに天使の話でも聞き出そうと考えたのだ。が、
「結構美味しかったよ」
「――――今なんて言ったの?」
そんな考えはレーティシアが言った言葉で吹き飛んだ。
その様子に隣で立っていたイリアは慌てて、目の前で座るレーティシアはきょとんとしていた。
「私の作ったお菓子が“けっこう”美味しかったですって?」
マーレが許せなかったのは彼女の感想だった。コレでもお菓子作りの腕には自信があるのだ。しかも今回のお菓子は自分でも最高傑作だと思えるモノ。それが“けっこう”という評価。それがどうしてもマーレには許せなかった。
「えっと、うん。もう少し生地を薄くのばして重ねていけばもっとパリッとして美味しくなると思うよ」
そこでレーティシアも何故マーレが怒っているのかには気がついたのだが、それでも可笑し好きである自分がこのお菓子に下した評価は変わらない。駄目だった所と改善点を伝えて真っ直ぐにマーレを見つめた。
「なっ!?」
まさかそんな感想が聞けると思っていなかったマーレに電流が走る。
普段お菓子を作っても味を確認するのは自分とイリアだけ。そのイリアもお茶を共にすると言っても使用人には変わりなく、いつもお菓子を食べても幸せそうに美味しいと答えるだけで駄目だった所などは言わない。そのため、マーレにとってその言葉は初めて聞く自分の作ったお菓子の正当な評価だったのだ。
そんな主人を若干あきれた表情で見守るイリア。
一方、驚愕したまま固まるマーレと、真っ直ぐにそんなマーレを見つめるレーティシア。
「――あなた、名前は?」
最初に動いたのはマーレだった。何とか平常心を取り繕い、彼女は目の前の天使に尋ねた。
「レーティシア」
「そう……レーティシアね」
あぁ、この世界にどれだけの人間が天使の本名を知っているのだろうか? 間違いなく少ない。もしコレを信者が知ったら歓喜のあまりに血涙を流して喜ぶだろう。が、そんな事はマーレには関係なかった。
静かにこの宿敵の名前を心に刻む。
「レーティシア。次はいつここにこれるの?」
コレが後に天使の降りる街と言われ聖地にまでなることになる、今はまだどこにでもある村の伝説の始まり。
生存報告と続きを書く事の報告投稿です。
まだ続きははほとんど書いていないので新章は先になりますが、どうか気長に待っていてください。
後、章を付けることにしました。
最初に投稿した物語を一章としました。後、少し書き直したりもしましたので、良かったら確認してみてください。