天使の降りた街 最終話
二人が地面に降りたのは東の空がうっすらと明るくなった時だった。
その頃には町からは十分すぎるほど離れており、ここまで追っ手がまっすぐにきたとしても馬でも一日以上はかかるだろう。
セインは地面に足がつくと何度か地面に足を叩き、そこでやっと安心したのか、肩から力も抜けてふーと息を吐いた。
そして、翼を隠して、肩と腕のストレッチをしているシアの方を見た。
その姿に先ほどの神々しさはなく、本当はさっきまでの事は夢だったんじゃないのかさえ思えた。
「レーティシア、君は本当に……天使なのか?」
「うん、そうだよ」
だからセインは訪ねた。そして、彼女はそれに簡単にうなずいて答えた。
「はぁ~、……でも君たち天使は1000年前に消えたはず……もしかして本当は魔女は全員君たちみたいに天使なのか?」
そのギャップの違いに思わずため息が漏れたセインだが、すぐに持ち直して、空を飛んでいる間に思っていた聞きたかった事を訪ねた。
「魔法は知識と才能があれば人でも使えるし、たぶんこの世界に残っている天使は私だけだと思うよ? 他の皆は神様と一緒に帰っちゃただろうし……」
「えっと……、どこに帰ったとか、何で君は残っているのとかは、聞いても大丈夫な事か?」
「皆がどこに行ったかはいえないけど、私がこの世界に残っている理由は…………えっと、あぁー……寝過ごしたの」
それにシアは恥ずかしそうに小さな声で答えた。
「は?」
思わず聞き返してしまうセイン。
「だから寝過ごしたの! 起きてみたら1000年たってるし、皆は私の事を忘れて帰っちゃうし、本当に大変だったんだから!!」
顔を真っ赤にして叫ぶシア。
それにセインは一瞬あっけにとられるが、すぐに大声で笑い出した。
「そんなに笑わないでよ!!」
シアが顔を真っ赤にして怒る。
「ごめんごめん。でも、やっぱり天使でもシアはシアなんだなと納得した」
「……セインの中では私は一体どう言う存在なの?」
はぁ、と落ち込むシア。
「食いしん坊でマイペース、考えるよりも先に身体が動く子供みたいな奴で、俺が惚れた女の子かな」
「ぬぅアッ!?」
突然の告白に顔を真っ赤に驚くシア。
「そんな事よりも聞きたい事があるんだけどいいか?」
「そ、そんな事って……で、何を聞きたいの?」
セインの告白を冗談だと思ったのか、今度は頬を膨らませながら不機嫌になるレーティシア。
「……いや、たいしたことじゃないんだけどね。神様が消えた理由とか、天使が使える魔法を神様が何で悪しきモノって言っていたのかとか、……何でシアは今もこの世界に残っているのか、とかかな」
それを見てセインは苦笑を浮かべるがそれには何も答えず、疑問に思っていた事を訪ねた。
「どこがたいした事のない事なのよ……まぁいいわ」
シアは自分がからかわれているんだと理解し、はぁとため息をついた。
「まず一つ目ね、神がこの世界から消える事は初めから決まっていた事なの。大きすぎる力って言うのは最初の方は切っ掛けにもなるからいいけど、ある程度の所に来ると害にしかならないモノなのよ」
「えっと、それが何で害になるんだ? 普通、神が消えた方が混乱とかで大変になるだろう?」
「長期的に見たら害になるモノなの。簡単に言うと……もし今も神がいたら人は今も裸で槍を持って獲物を追いかけていたかもしれない」
「えっと、それは駄目だな……」
その説明で何でそうなるのかはわからないが、そういうモノなんだろうと一応納得するセイン。
「で。次の質問だったけど……」
そこで言葉を止めて、微妙な表情でセインを見る。
「ど、どうしたんだ?」
「本当に聞きたい?」
「? どう言うこと?」
「えっと……これを聞いたらあなたの中の神様が粉々に砕けるかもしれないわよ?」
それでも聞く?
そう真剣な表情で訪ねるレーティシアに、セインも真剣な表情でそれにうなずいた。
それを見て、あきらめたシアは本当に申し訳なさそうな表情をしながら口を開いた。
「――――マッチョだったのよ」
………………。
「………………え? 何が?」
聞き間違えたのかと、聞き返すセイン。
「神が」
それにはっきりと答えるシア。
「………………」
思わず黙り込むセイン。
「あの神は、自分の肉体こそが最強の武器だとかほざく筋肉馬鹿だったの!!」
一方のシアは神のことを話して嫌なことでも思い出したのか、だんだんと感情が荒くなっていた。
「…………………………」
「いっつもいっつも、そう! あの馬鹿は、なぜ肉体を使わない、肉弾戦こそロマンだろうが、そればっかりを私たちに言ってきて、私たちが魔法を使ったら、そんなモノを使わずに法術を使えって、私たちがどうやって戦おうと私たちの勝手でしょうが!! それにあいつ常に上半身は裸で、しかもヌメッて光ってるのよ!? あり得ない!! そんなモノで私たちに近づくな!!」
それでトラウマと怒りが再発したのか、シアが神の愚痴をこぼす。
「あ、あぁ、…………そうだよな。……それは気持ち悪いよな」
少しの同情とともに曖昧にうなずくセイン。
「でしょう!?」
「えっと……、次の質問に移ってもいいか?」
「はぁぁぁぁ……、……いいわよ。えっと。何だったけ?」
疲れた表情を浮かべるレーティシア。
「あぁ、最後はシアが何でまだこの世界に居るのかだよ。もう役目は終えてるんだろ?」
そして、セインが最後の質問をシアに尋ねた。
「うん、私の役目は1000年前に終わっているよ。でもそれは天使としての役目。今はレーティシアとして、やる事があるから」
そう言うと、シアは首にかけてあるペンダントに手を伸ばし、何かを懐かしむようにそっと瞳を閉じて微笑んだ。
セインはその姿を見つめながら、そのペンダントが彼女の“やる事”と関係があるのだろうと理解して、それ以上は何も言わなかった。
「じゃ、私はそろそろ行くね」
そう言うと、シアはセインに背中を向けて歩き出した。
「レーティシア!」
それがシアとの別れだと理解したセインが、とっさに彼女を呼び止める。
「俺も……俺も、その旅について行ったらいけないか?」
少しでも一緒に居たい。
そう思ったセインが選んだ選択。
「え? ……あっ、そうか。そうだった。私、言ってなかったんだ」
しかし、それにシアは一瞬不思議そうな表情を浮かべて、何かを思い出した。
その言葉にセインは一瞬期待した。しかし、それは別の形で裏切られた。
「あのね、セインのお母さんは生きているよ」
その言葉の意味がセインにはわからなかった。
「………………え?」
「セインのお母さんは生きてるの。そして、今もセインの事を大切に思っているよ」
「な、何でそんな事が……」
驚きで最後まで言葉が続けられないセイン。
「私たち天使のもう一つの呼び名は?」
「魂の……運び手」
「正解。だから私たち天使には魂の波動って言えばいいのかな? 人の強い思いとかが何となくわかるの」
だいたいあっちの方角に300キロの位置かな、そう指さす先をセインは見つめる。
「セインのお母さんは今もあなたの事を思っている。……ほら、あなたには私なんかよりも先に行かなければいけない場所があるでしょ?」
その言葉に、セインは何を言ったらいいのかわからなかった。
目の前の彼女と離れたくない言う思いは本物だ。
しかし、居ないとあきらめていた自分の母親が、本当は生きていて今も自分の事を思ってくれている。それが事実なら会いたい。そう思ったのも事実だ。
「………………あぁ、そうだな、そうだよな」
セインが考えに考えた末にだした決断はこれだった。
そんなセインを見てシアは微笑んだ。
「だからここでお別れ、大丈夫だってきっとまた会えるから」
その言葉には微塵の疑いも無く、
「あぁ、また会えるよな」
セインもその言葉に素直にうなずいた。
「うん、じゃあまたねセイナード」
「あぁ、またなレーティシア」
そして、今度こそレーティシアは歩き出し、セインはそんな彼女の後ろ姿を見つめた。
「…………あ~あ。振られちゃったな」
最後にそう呟くとく苦笑を浮かべ、シアが指さした方向に向けて歩き出した。
感想とお気に入り登録ありがとうございます。
こんなのされたら続き書かないわけにいきません。
少し時間がかかると思いますが、これからも書いていきます。
どうか気長に見守ってください。