天使の降りた街 閑話
先ほど起きた馬車の暴走騒ぎはすぐに街中に広まり、街の衛兵達がその対処に追われていた。
そんな中で新たに広まった騒ぎ。
この地区の警備隊長であるマーカスはその報告に苛立ちを隠せずにいた。
「魔女だと? 暴走馬車じゃないのか?」
「いえ、目撃者の話だと魔女が馬車を暴走させて、その隙に子供をさらおうとしたようです。なお、さらわれそうになった子供はその場にいた衛兵が魔女から助け出して、今は敬語室で保護しています」
「その衛兵はどうしてる?」
「そ、それが……」
言いよどむ衛兵にマーカスがいぶかしむ。
「その警備兵は魔女とともに逃走中だ」
突然の乱入者。そこには白銀の鎧を全身に着込んだ男がたっていた。
聖騎士。教会に属する騎士で、教会の敵となるモノに神の名の下に裁きを与える。そして、一部からは“狂信者”や“教会の猟犬”と恐れられる者たちである。
それに慌てて姿勢を正す衛兵と、嫌な顔を隠そうとしないマーカス。
マーカスにしては実質的に街を護っているのは自分たち衛兵なのに、事が教会の何かに触れるといきなり現れて自分たちをあごで使う聖騎士達は、目の上の瘤以外の何者でもなかった。
「なんで衛兵と魔女が一緒に逃げるんだよ?」
「魔女の仲間だからだ」
マーカスが真っ先に思ったことは脅されたか何かでその衛兵が魔女とともに行動しているのでは無いかと考え。しかし、目の前の聖騎士はその衛兵を魔女の仲間だと断言した。
「仲間だって決めつけるのは早くないか?」
「魔女と共に逃走。理由はそれだけで十分だ」
このままではその衛兵まで処罰の対象になりかねないと思ったマーカスが、男に言うが、男の考えは変わることは無かった。
「何か理由があるかもしれねぇだろうが!」
「くどい。すでにその男にも魔女と同じく粛正の許可が下っている」
それに業を煮やしたマーカスは怒りから男に怒鳴るが、帰ってきた言葉は仲間の殺害宣告。
「「なっ!?」」
それにはマーカスも、先ほどから隣で黙って事を見守っていた衛兵も声を上げて驚いた。
いかにその衛兵が魔女の仲間と疑いをかけられたとしても、衛兵は衛兵だ。悪くてむち打ちや謹慎といった重罰だろうと考えていただけに、聖騎士から出た殺害宣言はマーカス達に衝撃を与えた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何も殺すことはないだろうが!?」
「……魔女の仲間を殺さないだと?」
慌ててマーカスがそう問いかけるが、返ってきた言葉は先ほどまでとは違う、底冷えするほどの冷たい声だった。
「あっ、いや、そうじゃねぇ。もしかしたらその魔女に操られているだけかもしれないだろう?
」
その変化にマーカスは思わずたじろぐが、わずかでも仲間の命を助けるために目の前の男に問いかけた。
「たとえどの様な理由でも、一度でも魔女の手先に落ちた奴を生かす理由がない」
しかし、男の意見は変わらない。
「し、しかしよぉ……」
「貴様、そんなにも魔女の仲間を身をかばうのはどういうことだ?」
なおも食い下がろうとするマーカスに向けられる冷たい視線。
「お、俺は!」
「貴様も魔女の手先か?」
そして告げられた言葉は、マーカスへの最終通告だった。
「お、俺は…………魔女の手先じゃねぇよ」
そして、マーカスは折れた。その表情には自分の無力さと、仲間を救えなかった悔しさにゆがんでいた。
「お前たちは早く街の門を全て閉門しろ」
そんなマーカスの事を気にもとめること無く、男はここに来た目的を告げる。
「なっ!? ちょっ、ちょっと待て! 町の門を全部閉門だと!?」
時間外の突然な門の閉門が起こす街の混乱。それを思いマーカスは驚きに目を見開いた。
「魔女を町から逃がさないための処置だ。お前たちは黙って命令に従え」
驚くマーカスを気にもとめず、男はそれだけを言うと、後は黙って部屋から出て行った。
「――――クソォッ!!」
聖騎士が出て行き静かになった部屋で、マーカスは近くにあった椅子を思いっきり蹴っ飛ばした。