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レーティシアの翼  作者: 晴れたらいいな
プロローグ
10/11

外伝 アップルパイを求めて 中編

 やばい、前後編にしようとしたのに後編が長くなってしまった。

 分けます。


「えっと。今回は少し甘みが強すぎるかな。リンゴの匂いも消えちゃってるから駄目だと思う。あっ、でも生地の方はこれくらいサクッてしてる方が美味しいよ」

「クゥー! 匂いか、確かに美味しいモノは匂いが大事。何で気がつかなかったのよ私の馬鹿!!」


 アップルパイを平らげたレーティシアが感想を口にすると、それにマーレは悔しそうにして叫んだ。

 そんな二人の様子を楽しそうに見つめイリア。


 すでにこの場所でこのような光景は見慣れたモノで、毎回毎回マーレが作り、レーティシアが食べて、マーレが悔しがる、そしてまた作る。それが繰り返されていた。


「で、でも、前よりも美味しくなっていってるよ」

「当たり前です! コレで美味しくなっていなかったら私が私を許せません!!」


 悔しがるマーレを気遣うようにレーティシアが声をかけるが、それは全くの逆効果だった。

 マーレのあまりの剣幕にあうっ、と口を閉ざして萎縮するレーティシア。

 魔物と戦う天使が人の怒り程度で萎縮するとわ、コレはレーティシアが駄目なのか、それともそんな天使を萎縮させるマーレがすごいのか、そんな事をその光景を見守っていたイリアが思っているとはつゆ知らず、二人はお菓子について熱く語り合っていた。






 マーレがレーティシアの名前を心に刻んだあの時、レーティシアは初め彼女の言った言葉の意味がわからずにきょとんとしていた。

「だ・か・ら、あなたが今度ここに来れるのはいつになるの!? その時にはこのお菓子をあなたを満足させるモノにしてあげるって言っているの!」

 そんな彼女に気の短い彼女は若干の怒りを込めながら言い放った。

 それにレーティシアが答えたのは一週間後だった。


 あれからすでに三ヶ月か過ぎていた。


 だいたい一週間に一度、長くても二週間に一度は来るレーティシアに、毎回毎回マーレは苦渋を味わっていた。


「はぁ、今回は自信作だったのに……甘すぎる、匂いが消えると言うことは、リンゴを処理する段階で駄目だったと言うこと、今回はこの前と違って少し……ブツブツ……」


 レーティシアの帰ったリッセガルド邸では、マーレが今回の感想とコレまでの経験をふまえて新たなレシピの思考をしていた。


「お嬢様、そうやって考えることはいいですが、あまり無理はしないでくださいね」


 マーレにお茶を持ってきたイリアが、自分の主人を少し心配そうに見つめながらそう語りかけた。


「別に私は無理はしていないわよ」


 出されたお茶を飲みながらそう言うマーレにイリアがあきれたようにため息をつく。


「それでしたら今日はもう少し早めにお休みください。知っているんですよ? お嬢様が昨日床についたのが夜明け前だったということは」

「うっ」


 まさかバレていたとは思わず、マーレは思わず言葉に詰まった。


「確かにお嬢様は人と比べましたら時間がある方ですが、それでも仕事が無いわけでは無いのです。……今の様な状態を続けていましたらいつか身体を壊しますよ?」

「わ。わかったわよ。……今日は早めに寝るわ。でも、今考えたことを忘れないようにメモする位は許してちょうだい」

「……わかりました。でも、それが終わったら本当にお休みになってくださいね」


 これぐらい言わないと自分の主人が本当に休まないとわかっているイリアは最後にそう言うと飲み終わったカップを下げて部屋から出て行った。

 そんなイリアの背中を少し恨めしそうに見つめ、彼女が部屋から出て行き一人になった部屋の中で小さくため息をついた。

 思いっきり自分の行動がイリアにばれていたマーレはさすがにあきらめて、今日はコレが終わったら寝ようと決めた。


 ――本当に自分にはもったいないはね


 イリアの事を思い、マーレは嬉しそうに微笑んだ。




「香りが強すぎて味を壊しちゃってるかな」

「次」

「えっと、今回は硬すぎるかな」

「次!」

「前よりも中身がパサパサしてるから食べにくくなったかな」

「次!!」

「うん、香りもいいしサクサクしてる。けど、少しリンゴの味が足りないかな」

「次!!!」


 すでにレーティシアがこの屋敷に来てから六ヶ月が過ぎていた。

 それでもレーティシアの口からは合格の文字は出ることが無く、ある箇所を改善すればある箇所が、そこを改善すれば他の箇所が。いたちごっこの様に改善箇所が出てきていた。

 さすがにそれにはマーレも耐えることが出来ず次第に表情にも疲れが出てきて、今も余裕のない表情でレーティシアの感想を聞いていた。


「あぁもう! どうやったらこれ以上美味しく出来るのよ!? 材料? 調理? 配量? どうすればいいのよぉぉぉぉぉ!!」

「……アレ、本当に大丈夫なの?」

「はい、大丈夫です。十分もすれば戻ってきますから」


 最近ではレーティシアの感想を聞いた後はマーレの発狂はいつもの事になっていた。

 その光景になれていないレーティシアが隣にいるイリアに尋ねるが、それに彼女は微笑みながら大丈夫と答えた。

 それでも不安は消えないレーティシアは、再度マーレに視線を向けた。

 変わらずに何か呟いている。

 よく聞いてみると、リンゴやら小麦やらの分量を呟いているようだ。


「次のレシピを考えているだけですよ」

「…………」

「……これからも思ったことを言ってください」

「――――!!?」


 イリアの言葉にレーティシアはバッと驚愕の表情を浮かべ彼女を見た。


「何となくそう思っているのではないかと思っただけですよ」

「うっ」


 完全に自分の考えを読まれている事にレーティシアは気まずそうに顔をしかめた。


「お嬢様はレーティシア様に感謝しているんですよ」

「え?」

「これまでお嬢様の趣味は一人だけのモノでした。けれどレーティシア様がお嬢様のお菓子を食べて感想を言ってくださった事でその趣味が自分だけでなく、レーティシア様に本当に美味しいと言わせたいという、自分以外の人のために行えるようになりました」

「……あなたが居たんじゃないの?」


 イリアの話を聞いたレーティシアが不思議そうにそう尋ねると、それに彼女は首を横に振って答えた。


「たとえお嬢様が私を友人と言ってくださっても、私はお嬢様の召使いであることは変わりません。……ですから、レーティシア様がお嬢様の本当の友人となってくださた事、ありがとうございます」

「………………」


 頭を下げるイリアをレーティシアは少し困ったように見つめながらも、それ以上は何も言わなかった。




「――うん、美味しいよ。コレなら大丈夫だよ!」


 あれから一ヶ月。マーレのお菓子を食べたレーティシアが、どこか欠点を言うことも無く美味しいと、それだけを笑顔で言葉にした。


「…………次」

「え?」


 マーレの予想外の言葉にレーティシアがきょとんとした。


「まだ、だめよ」

「え、でも美味しいよ。本当にこれまで食べたどんなお菓子よりも美味しいんだよ?」

「それでもまだ駄目なの」

「むぅ……、でも私これ以上はどこが悪いか何てわからないよ?」

「いいのよ、コレは私が納得していないだけだから、あなたは私のお菓子を食べて思ったことを言ってくれればそれで十分よ」

「う~ん、いいの?」

「いいの、いいの。それにもう少しで完成しそうな気がするし」

「私的には今回のでも合格だと思うんだけどな……」

「コレはただの私の意地だから、あなたは気にしないで」


 レーティシアは空になったお皿を見ながら呟き、マーレはそんなレーティシアに苦笑を漏らした。

 そんな二人にイリアがお茶のおかわりを入れた。




 夜。

 誰もが寝静まるその時間に、村はずれにある屋敷の一室では今も小さな明かりが漏れていた。

 その部屋の中ではマーレが多くの資料に埋もれながら、机に向かってペンを走らせていた。

 そこに書き込んでいるのは今日作ったお菓子の改善点と、新たなレシピの着眼点。他にも調理の仕方や、隠し味、その日の天気、気温、湿度など、ありとあらゆるデータを書き込んでいた。


「……お嬢様」

「…………大丈夫よ。無理はしないから」

「………………」


 マーレにお茶を持ってきたイリアは鬼気迫るといった様子の自分の主人を見つめ、それ以上は何も言わずにお茶を入れると部屋を後にした。


「……もう少しで、もう少しで完成しそうなの」


 深夜も過ぎ、外は静かだった。

 時折吹く風が草を揺らす音だけ。

 小動物の動く気配も、虫の声も聞こえない。

 空には雲が覆い、月も星の光も届かない。

 その日は異様なほどに静かすぎる夜だった。


 そして、風がやんだ。


 暗闇の中、生物の息吹が感じられないただの闇。

 そこに小さな明かりが二つ現れた。

 赤い光だ。

 その光は暗闇の中で真っ直ぐに村がある方向を見つめていた。

 そして、赤い光が動き、その後ろにまた赤い光が二つ。

 また二つ。

 二つ

 二つ

 二つ

 二つ――


 いつの間にか現れた無数の赤い光。

 その光の群れは真っ直ぐに村へと向かう。




 ――!? グルルルルルルルゥゥ……


 最初にその異変に気がついたのは、見張りの男ではなく、そのペットの犬だった。


「――ん、リューイどうしたんだ?」


 その犬の主人である男は突然うなり声を上げた自分の犬を不思議に思いながら、声をかけるが、リューイはそれに応えること無く、ただ真っ直ぐに山の麓をにらみつけて今もうなり声を上げていた。


「いったい何があるんだ……」


 男はその普通ではない様子に不安を覚え、その視線の先を見て、息を止めた。


「なっ……あ、アレは、まさか!?」


 闇の中、無数に見える赤い光。

 その光が何であるかなどこの世界に住むモノなら誰もが知るものだった。


「――――くそったれ!!」


 男はすぐに我に返ると、目の前の現実に歯を食いしばり耐え、緊急用に設置されている金槌を手に取った。


――カンカンカンカンカンカンカンカン!!!――


 誰もが寝静まる静寂の夜の村を、けたたましい鐘の音が響き渡った。




――カンカンカンカン!!――


「何が起きたの?」


 一区切りもついたため、これから寝ようかと考えていたマーレの耳に飛び込んできたのは、村から響く鐘の音だった。

 もちろん、その音が緊急を知らせるためのモノだと言うことはマーレも知っていた。しかし、それが突然響いたからといって何が起きているのかがわからないのでは意味が無い。

 マーレは急いで窓へと駆け寄ると村の様子をうかがうために、大きく窓を開けて身体を外に出した。


 そこに見えたのはポツポツと灯り始める篝火と、村のから少し離れた所にうごめく、無数の赤い光。


「――――!? イリア!!」

「お嬢様!!」


 すぐに状況を理解したマーレがイリアを呼ぶのと同時に、部屋の中にイリアが血相を変えて飛び込んできた。


「イリア、魔物が現れたわ。今から村に逃げ込んでももう襲い。あなたは屋敷一階にある窓のあるドアを全部閉じて。私はこの部屋に籠城する準備をするわ」

「はい、わかりました」

「大丈夫よ、時間さえ稼げば何とかなるから」


 そう言うとマーレは微笑み、空を見上げた。


「……お願い。私たちを助けて」


 彼女なら。

 そう思い、マーレは部屋にあるクローゼットを動かすために動き出した。




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