天使の降りた街 第一話
一気に投稿します。
それは街を取り囲む城壁と大きな門だった。
その門の前では街の衛兵が、街を訪れる者達に簡単な検査をしていた。
検査は犯罪歴の有無。持ち物の点検とどのような理由でこの街に訪れたのかという簡単なモノだ。
今も一台の馬車と一人の少女が衛兵の検査を受けていた。
馬車は荷物の点検もあるので数人の衛兵が担当しており、まだまだ時間がかかりそうだ。もう一方、少女の方は壮年の衛兵が一人で担当していた。
少女の年齢は一四歳前後。栗毛色の髪をした小柄な少女だ。
「よし、異常なしだな。しかし……」
少女の検査を担当した衛兵は、そう言うと視線を少女の腰にある小ぶりの短剣に向けた。
「嬢ちゃんのような子がそんな短剣一本でよくコレまで無事に旅してこれたな。こう言っちゃ何だが、見た感じ嬢ちゃんは山賊や魔物にとってはていのいい獲物にしか見えないぞ」
「フッフッフ。コレでも腕には自信があるの」
驚きと不安を混ぜたような表情で見つめる衛兵に、少女は無邪気な笑顔で腕を曲げて力こぶを見せるが、そんないかにも女の子といったような細い腕では、そんな事を言っても説得力はない。
「まぁ、嬢ちゃんがそういうならそれでいいが、まだ旅をするならこの街で護衛でも雇った方がいいと思うぞ」
「心配してくれてありがとうね、おじさん」
そう言いながら衛兵は書類に記入をして、少女に通行の許可を出した。
「うわぁ〜、なんか面影が全然無いなぁ……」
門をくぐりぬけて町を見渡して少女は感嘆な声を上げたが、その言葉の最後は少しだけ寂しさが混ざっていた。
今、少女がいるのはこの世界での宗教、ホルクス教の法王が納める宗教国、フォルティア教国に属する、リッセルという田舎にある街の一つだ。
しかし、その街はとても田舎には見えない。大きな城壁の内側には、立ち並ぶ建物と各種のお店、大通りは道行く人々で賑わっていた。
そんな中で少女は周りのお店にきょろきょろと視線を向けながら歩いて行く。
この街は少女にとっては見るモノ全てが珍しいモノなのか、その表情はとても生き生きと輝いていた。
「あっ、あれ美味しそうだな〜」
そんな独り言をつぶやきながら香草と肉が焼ける香ばしい匂いのする出店を見つめていた時だった。
「何だ嬢ちゃん。あれが食いたいのか?」
「え? あっ、うん。ここからでも匂うあの香り。間違いなくあれは美味しいよ!!」
突然、背中からかけられた声に少女は少し驚いた感じだったが、それだけ。特に警戒する様子も無くその声の主へと振り返りその問いに嬉しそうに答えた。
「そ、そうか。……だったらいい店を紹介しようか? 俺の行きつけなんだが、その店の料理はこの町でも一番の味だと俺が保証するぜ」
少女が振り返った先にいたのは体格のいい中年の男。男は少女が予想以上に話に食いついてきた事に少しだけ驚いた様だったが、すぐに気を取り直して少女に笑顔を浮かべ、そう語りかけた。
「えっ、本当!?」
その言葉に少女は歓喜し、瞳をキラキラ輝かせていた。
「あぁ、しかも俺の紹介だからな、無料で食い放題だ!」
「うわぁぁ〜、お兄さん気前がいいね」
「じゃあ――」
「じゃあ俺もそこで飯にしようかな」
じゃあ行こうか。そう男が言おうとした言葉を途中でかぶせて、別の若い男の声が男の背後から聞こえた。
「なっ!?」
それに驚き、ハッと後ろを振り返った男は、その若い男の姿を見て驚愕していた。
男の背後に居たのは二〇歳くらいの金髪の青年。そして、その青年の服装はこの街の衛兵の制服だった。
「いい店なんだろ? 俺にも紹介してくれよ」
彼はそう言いながら男の肩に手を乗せて気安く語りかけるが、その表情には一切の気安さは無く、ジッと男をにらむ。
それに男は冷や汗を浮かべながら、せわしなく瞳があっちへこっちへと揺らいでいた。
「あっ、いや、そのだな……えっと、そういえばこれから用事があったんだ。すまないがこの話はなかった事にしてくれ」
そして、男はそう言うとサッと青年の腕を払いのけると、人混みの中へと紛れてすぐにその姿を消した。
「そ、そんなぁー。美味しい食べ物が!!?」
ガーンと効果音がつきそうなほどに落ち込む少女。
「あんたな……」
それに青年は思わずあきれた表情を浮かべて目の前で落ち込む少女を見つめた。
「はぁ、しょうが無いか。……おい、そこのあんた」
「…………うん、なぁぁにぃ?」
瞳に涙を浮かべる少女。
「飯なら俺が連れて行ってやるよ。しかも俺のおごりで」
「行く!!」
彼の言葉で一瞬で元気になった少女。その変化に青年はあきれながらも苦笑を浮かべた。