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第九話 再会編 因子Ⅰ

愛してる。


愛捨てる。


愛とは愛以外を捨てることに他ならない。



「赤石姫士。人類最強のお姫様。どうして私が生きていること……元い、私の魂がこの場にあることがわかったのかな?」


 三年前のあの記憶から無理やり思考を引き戻した僕……ではなく、僕の身体を使った、望見はそう質問した。


「あのとき、アナタは私たちを見てダメだと言って去っていった。それからアナタとは一度も会ってはいなかったし、私たちだってこのことを他の誰かにバラすようなことはしなかった。この平穏に、この幸せに、他人の横槍を入れさせるような隙を私とお兄ちゃんが見せるはずがなかった。それなのに何故アナタが、よりにもよって『ヘルブリンガー』の赤石姫士がその事実を把握していたのかしら」


 望見は率直な疑問を、本当に忌々しそうな顔をしながら彼女にぶつけた。その顔は自分(この場合この表現が正しいのかはわからないが)でもわかるくらい眉間にシワが寄っていた。僕としてはシワが残ってしまうと困るので、いくら望見とはいえそんな顔をしてほしくはないのだけれど、だからといって今のこの状況――望見の魂が表に出ているこの状態で僕に出来ることなどあるはずもなく、ただ僕は己の身体の内で成り行きを見守ることしかできなかった。


「事実を把握? やだなあ、そんなわけあるはずがないじゃないか。いくら私が週刊誌とレディコミと三流ミステリ小説好きの情報通だからといって、何でも知っているわけじゃないんだよ」

「でも、実際アナタは私の存在を知っていた」

「それは私に対する過大評価がもたらした認識のミスだね」


 ――私は知っていたわけじゃない。


 ――この場に現れて、


 ――ただ初めて『確認』しただけだよ。


 彼女がそう呟き、気分よさそうに微笑むと床に刺さったナイフがドプッ、と音を立てて影に沈んだ。すると、その消えたはずのナイフが今度は教室の天井から彼女の元へと降り注いだ。それを彼女は履いていたスカートを大きく捲り上げると、特に意識を向けることなく太腿に巻き付けられた黒いホルスターへ絶妙な足さばきでダイレクトに収めた。


「私は“概念殺し”の『ヘルブリンガー』である以上に“概念遣い”の赤石姫士なの。概念を操り、概念を屈服させ、概念の生殺与奪を司るその私が、魂なんていう概念の塊のようなものをまさか見逃すはずがないじゃないの」


 クックック、と如何にも悪役がしそうな邪悪な笑いを浮かべながら、身振り手振りを加えて大げさに解説をするお姫様。いつだったか、彼女は自分が解説役になることにひどく気分を害していたような記憶があるのだが、しかし、どうだろう。今の彼女は彼女が愛して止まない三流ミステリ小説に登場する最初から何でも知っている名探偵のように、饒舌に、そして楽しそうに推理でもなんでもないただの事実をノリノリで語っている。まったく、彼女の気まぐれさというか自由放埒さには本当、筆舌し難いものがある。そして、その件については妹の望見も同意見なのか、さっきまでイラついていた彼女は今はうんざりともげんなりとも表現できるような顔をしながら、意気揚々と話し続けるお姫様の話を相槌も打たずに無言で聞いていた。


「――でね、この私の能力にかかれば、あのクソ兄貴『クロノジャンパー』のイヤらしい“漆黒の拳”なんて目じゃ――」

「もう、いいわ、赤石姫士。アナタに事の説明を頼んだ私が愚かだったわ」

「うん? まだ私の『クソ兄貴を葬るための十の計画』の話は途中なんだけど」

「殆ど内容は聞いていなかったけれど、何で話がそんな方にズレているのよ。というか、アナタは私と一緒でお兄ちゃんが好きという設定じゃなかったの?」

「あれは二番目のお兄ちゃんの話よ。長男の赤石翔については私はいつだって殺したくてウズウズしてるんだから」

「そう、意外とアナタたち兄妹って複雑なのね」

「いやいや――」


 ――キミ達愛沢兄妹に比べれば私たち兄妹など物語として語る価値すらない平々凡々な存在だよ。


「――!?」

(――!?)


 突如後方から聞こえる声。


 目を離したつもりはないし、


 意識を切らすなどという愚行をした覚えもなかった。


 しかし、僕も望見も気づいたときには窓枠に彼女の姿はなく、いつの間にか彼女は教室の僕の席に座っていた。


 何故か伊達メガネをかけながら。


「……何のつもりかしら」


 意図が掴めていない僕に代わり、望見が彼女に向かって声をかけた。彼女はその問いかけにはすぐに答えず、一度右手で黒縁メガネをクイッと調節すると、胸ポケットから小さなメモ帳とジャラジャラとキーホルダーが付いたシャープペンを取り出して、まるで普通の学生がこれから授業でも受けるかのような体勢を取った。


「さあ、どうぞ」

「だから何のつもりかしらと聞いているのだけれど」

「私からの説明はもういいんでしょ? だったら今度は私がアナタ達から話を聞く番じゃないかな?」

「ああ、そういうことね。でも、残念だけど人類最強のお姫様に私たちがお話することはないと思うわよ」

「キミの自分に対する過小評価と臨夢クンの私に対する過大評価は全く困ったものだね。そんな卑下と畏怖に塗れた関係じゃとてもじゃないが健全な友好関係は結べないよ。それにさっき言ったばかりじゃないか。私だって何でも知ているわけじゃないって」


 まあ、知らないものを無理矢理捩じ伏せて断定してしまう力はあるけどね、と残像が出来るほどの高速でペン回しをしながら器用にウィンクをする彼女に対して、疲れたように望見は小さく溜息を吐いた。まあ無理もないと思う。普段表に出て話すことのない彼女が、久しぶりに会話をする相手があの人類最強のお姫様こと赤石姫士なのだ。常に気を張って、隙を見せないようにいつもとはまるで違う強い口調で喋るのは、心優しい望見にとっては相当精神的にキツイはずだった。


 本当なら今すぐにでも僕が代わって表に出てやりたかった。


 しかし、


「過小と過大の評価については少し首を傾げるところがあるし、アナタとの友好関係の件については首がプレシオサウルス並にひしゃげるところではあるけれど……まあ、いいでしょう。で、そんな奇天烈な格好をしてまでアナタは私たちに何が聞きたいのかしら」


 望見は絶対に譲らない。


 魂だけになってしまった自分がそれでも唯一手に入れることのできた僕との平穏な日常。


 その幸せをかき乱すような因子を、


 望見が絶対に見過ごすはずがないのだ。


「もちろん私が知りたいことはただ一つ――『ワンダーインリアルワールド』。そう、キミが今もここに平然と存在できる理由だよ」


 シャープペンをしっかり掴んだお姫様は、そのペン先でビシッ、と望見を指した。




 ――うーん、どうやらさすがの愛沢兄妹でも、さすがの『ワンダーインリアルワールド』でも無理みたいだね。


 そう断言したのは他ならぬ彼女であった。


 ――そもそも無茶苦茶なんだよ。二重人格ならまだしも二重魂なんてどう考えたって神経回路が焼き切れてしまうに決まっているだろ。


 現にシルヴィア=ローゼンクロイツの禁術は成功例ゼロのイカれた実験だった。


 ――今は望見ちゃんの魂がほとんど眠っている状態だから問題はないだろう。でも、それもあと一時間もすれば終わりだ。


 事実、夢心地の望見の意識が流れ込むだけで僕の肉体と精神は崩壊しかかった。


 ――彼女の魂が目を覚ました瞬間、キミ達の人生は終わるよ。


 しかし、僕たちの人生は終わるどころかあの日から新たに始まっていた。




「それはやっぱりキミのその能力の力なのかな?」


 その問いに、


 僕の妹は、

 











「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!」


 ――なんだ、そんなこと?


 彼女のお株を奪うが如く、純然に笑った。


 そして、






「そんなのお兄ちゃんの愛の力に決まっているじゃないの」






 彼女は人類最強のお姫様にも怯むことなく、誇りを持ってただそう語った。






 望見は――譲らない。


 望見は――譲れない。


 だって彼女は譲るものを持っていないから。


 すでに彼女はあまりにも失ってしまっていたから。


 それならば僕が譲ろう。


 それならば僕が与えよう。


 だって僕は望見のお兄ちゃんなのだから。


 だって望見は僕の愛する人なのだから。


 そう……愛。


 愛とは、愛する人に自分を捧げること。


「――まさか!?」 


 何度も言おう。


 望見は譲らない。


 僕が捧げた愛を絶対に譲ることはしない。


 それ故に、







「自分の魂と身体を妹に捧げるなんて正気かい、臨夢クン?」







 彼女が望まない限り、








 僕は表に出られないのだ。





さらにスピードを落として執筆中です。ただ決して止まることはないと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

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