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第七話 再会編 因縁

間違いは間違ったことに意義がある。

第七話 再会編 因縁




「For example」


 たとえば、と、突如目の前に現れた小さな少女は語り始めた。


「非科学的だとか、科学的にありえないという言葉が近代以降世界の全てを支配してきたことは言うまでもないことだけれど、では果たしてそれは正しいことなのだろうか。科学的に正しいことは全てにおいて正しいし、科学的におかしいことは総てにおいて誤っている。1+1は必ず2であり、1+1=田んぼ『田』の字になるなんてことは奇怪な謎かけ以外ではありえない。そんな単純な二元論でこの複雑怪奇天国地獄の曖昧模糊未知クンの世界を語ることなど、本当に出来ることなのだろうか。いや……これはそもそも可能不可能な話なんかじゃなくて、そんな致命的で最終的なことよりも遥か前段階にある、そう、つまり前提のお話。世界を語るとき、まず初めに二元論で語ろうとするかしないかという、ただそれだけの話」


 近所の神社の境内で身の丈4メートル以上の、一見すると猫のような……しかし、明らかに通常のそれよりもおぞましき外見をした正体不明な『何か』に襲われた双子の兄妹。何が起きたのかわからず、目の前にいるものが何者かわからず、そして何をしたらいいのかわからない僕たちに対して、その小さな女の子は


 科学的にも


 生物的にも


 物理的にも


 数学的にも


 倫理的にも


 常識的にも


 社会的にも


 存在的にも間違っている笑みを浮かべていた。


「私は、正しいと思うよ」




 ストンッ




 どこからともなく現れた小ぶりのナイフを左右の手に握り締めていた女の子は、




 数分後、






 身の丈4メートル以上の化け物――後に『妖魔』という存在だと知る――を百と八つに解体していた。






「科学的に正しいことは常に正しい。科学的におかしいことは絶対に間違っている。だけど――」




――この世界には歴然として間違いも存在しているんだよ






 紅蓮の髪の毛を持ち、


 それ以上に返り血で全身を真っ赤に染め上げた少女。


 赤石姫士。


 赤い色紙。


 赤紙配達人。


 ヘルブリンガー。


 異端の中の極端。


 血塗られた赤き家族の末子。


 それが彼女との始めての回合だった。




 ……


 ………


 …………


 開いていた教室の窓。その窓枠に凶悪で巨悪な笑顔を浮かべた人間が……いや、人間の形を模した別次元の存在がそこに座っていた。その姿はこの僕をして完璧だと思わせた三年前よりもさらに圧倒的で、反面、超絶的に何かが欠けていた。人間的な何かがおかしいくらい足りなかった。


 そもそもは世界に生まれた間違いを狩る存在であり、しかし時を経るごとに徐々に己が間違った存在と化していった彼女たち。


 裏の世界。


 間違った世界。


 異端の中の極端の世界。


 そんな人外の化け物を狩る人外たちの世界を治めている五つの母家『赤石』『石神』『埋宮』『衛士』『押切』。その中でも最高にして最高峰の『赤石』――“零流”“血塗られた赤き家族”“終わりの始祖”の末娘。




――しかし、じゃあ仮に俺たちが牛や豚を食すための家畜として扱っているように、人間を家畜のように認識している人間――お前が言う『純粋な食料として人間を食う』存在――がいるとしたら、いったいソイツは何者なんだろうな。




 給食委員長。


 キミが同じ問いを何度しようとも、僕はきっと同じ答えを出し続けるよ。


 そんな存在はすでに『人間』じゃない。


 ソイツは、


 目の前にいる赤い彼女は間違いなく化け物だ。


 そして、


 間違いなく次の授業はサボりだろう。


「容姿端麗頭脳明晰の臨夢クン。運動神経抜群で世界なんて甘っちょろくて両目を瞑ってでも難なく完璧にやり通してしまう臨夢クン。冷静で何事にも動じず私以外の誰にも妹が好きで、狂おしいほど愛していることを洩らさない臨夢クン。振り向いたところに私がいたくらいでそんなに驚いた顔をしないでほしいな。私は影。私は闇。いくら臨夢クンが平和で平穏の生活で光を全身に浴びてようとも、そこに影さえ出来れば、私はいつだって臨夢クンの近くに現れることができるんだよ。あ、そうそう、臨夢クン。相変わらず前フリが長くて危うく言うのを忘れてしまうところだったけれど……久しぶりだね」

「……」

「あれ? 『はなす』→ 『しかし、ただのしかばねだった』的な展開なのかな? なるほど~私はあのとき死んだのはてっきり望見ちゃんだと思ってたけど、綺麗な胸を切り裂かれて死んじゃったのは実は臨夢クンだったのか。ごめんごめん、顔が同じだから間違えちゃったよぉ」


(――――!!)


 激しい頭痛。わかっているくせに、彼女はあのときの大惨事を誰よりも理解しているくせに、それでも尚、自慢の真っ赤に染め上がっている髪を弄りながら、そんな良心の欠片もないことを言い放った。


 激しい頭痛が訴える。


 僕の、


 『僕たち』の平和な日々を返してくれ、と。


「ひどいなぁ。それじゃあまるで私があの事件を引き起こしたみたいな言い方じゃない」

「……そうじゃないです。でも、あなたと出会わなければきっと僕たちはあんな世界を見ずに済んだと思うんです」

「ははは、確かにそれはそうだね。私たちみたいな世界の住人に出会うことがなければ、きっと『妖魔』なんていうお化けよりも珍しい存在に出くわすことはなかったのかもしれない。だって現に普通の人間はまず出会わないからね。だけどそれ故に少しでもそんな『世界』の裏側、はみ出しもの、異端、極端に関わってしまうと、それ以降それらに引き寄せられ易くなってしまう。うん。正解だ。それはきっと中学生までの数学の問題だったら花丸を貰える解答だよ」

「……」

「でも、世界は中学生程度が導き出せる数式、証明で説明できるほど甘くはないよね。そして、もちろん生まれたときから天才の名をほしいままにしてきた臨夢クンだってわかっているはずだろう」

「何をですか」

「ワンダーインリアルワールド。“日常の中の非日常”とまで言われたキミの妹」


 それはいつの頃からか名付けられた、望見の二つ名だった。


「居ながらにして世界中の不思議を引き寄せる、特異性変質者誘引体質」


 近所の茂みで新種のカエルを発見したことがあった。学校の登校中に連続婦女暴行犯に誘拐されたことがあった。神社の境内の下で大量に死んでいる猫を発見して、その数日後、猫の妖魔に襲われたことがあった。そしてそのとき、偶然通りかかった少女はとんでもない化け物だった。


「私と出会わなければ? 妖魔と出会わなければ? それは全くのお門違い」


 わからないものはワクワクする。


 未知への好奇心。


 わからないものへの探究心。


 非日常への羨望。


 人間であれば誰しもが持っているその感覚を凝縮、洗練した形で所持していた妹。


 不思議なものを集め、


 間違ったもの引き寄せ、


 存在するかも怪しいものを強引に表舞台に引っ張り上げる空前絶後の能力。


「そういうのはね、臨夢クン」




 ――自業自得って言うんだよ



 

(…………)


 怒りで血管が大小含めて十本単位でブチ切れた感覚がした。その所為か何度目かになる激しい頭痛に襲われ、加えて酸欠の所為で目の前がクラクラしていた。


「……三年」

「うん?」

「約三年。学校にも僕の前にも姿を見せなかったですけど、いったい今まで何をしていたんですか、姫?」


 絶対的な死を目の前にしても尚、彼女の元へ飛びかかりそうになった僕は、何とか話題を変えることによって心を落ち着かせようとした。しかし、その質問の返答もとてもじゃないが僕の頭痛を治めてくれるような内容ではなかった。


「もちろん」


 ――世界と戦争を


 聞いた僕が愚かだった。


「いやぁ実は私の大好きな二番目のお兄ちゃんがちょっと世界に喧嘩を売っちゃったの。まあ大半は向こうの逆切れなんだけどね。それで、そのままお兄ちゃんに殺らせておくと地球上から私達家族以外の生物が全部消えちゃうから、しょうがなく代わりに、私とお姉ちゃんと……あとあのクソ兄貴で喧嘩してやったわけよ。それで大体三年かかっちゃったわ」


 『ここ数年で世界経済が大分傾いてしまったのは私たちの所為なんだよ』と笑って言う彼女は、ミディアムショートの髪の毛を軽く振り払った。三年前も火の粉が飛んできそうなほど彼女の髪の毛は赤く燃え上がっていたが、それでもまだまばらに黒髪が残っていた。しかし、今は目に見える範囲全てが紅蓮で、さらに瞳の色も以前より赤みがかった茶色に大きく変化していた。


「まあこの三年間に起こったことはまた別の章か外伝で語るとして、さて、その戦争というか一方的な虐殺が終わったおかげでようやく私も日常に戻れることができました。いいねぇ~楽しい楽しい平穏で平和な日常だよぉ」


 テンションがさらに上がったのか、彼女は大きく足をバタつかせた。その所為で履いていた極端に短いスカート(学校指定)も捲れ上がり、少し斜めの位置にいた僕からもその中身が見えてしまった。


(――!!)

「と、前フリが長いのはいつものことだけど」


 男なら目を逸らすのがエチケットなのだろうが、僕はあえて目を逸らさなかった。


 真っ白な足に巻かれた黒いホルスター


 僕はその内側に収められているものをこの目で何度も見たことがあったから。


「さて、臨夢クン――」


 『平穏』『平和』と口にして、学校の制服にまで身を包んでいる彼女の手の中には、すでに小振りのナイフが握られていた。僕はその存在を確認すると同時にすぐさま自分の位置を確認するが、すでに何もかもが手遅れだった。


 初夏の日差しが降り注ぐ教室。


 もちろん教室の床には、


 僕の影がはっきりと映っていた。


「――いや、望見ちゃんは」





 誰を殺してほしいんだったかな?



 



 タンッ




 床に刺さる、


 影に刺さるナイフ。


 (――――)


 影は自分の一部。


 切っても切れない自分の半身。


 (わ―――)


 それはだけど影だけの話だけではなく、


 (わたしの――――)


 双子という存在もまた


 自分の一部であり、


 そして切っても切れない自分の半身である。





「私の願いはいつだってただ一つだけ!! それはお兄ちゃんといつも共にあることだけよ!! それ以外は何もいらないし、それを邪魔するものがあるならどんなものだって愛の名の下に殺してあげるわ……たとえ、それがアナタだとしてもね!!」






試行錯誤が続きますが、よろしくお願いします。

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