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第六話 再会編 因果

偶然の最上級は必然


必然の繰り返しは偶然


当然といえば当然ですけど


第六話 再会編 因果




「でも私は本気、本気なんだ。愛沢兄妹がその全てを見届ける価値がある最高に楽しい存在だということを私は妄信している。それはさながら怪しい新興宗教の信者のようにね。だから――信じているからこそキミに問うことにするよ。ここからの話は冗談抜きだ。先程からの沈黙は動揺や後悔の所為という至って普通の人間らしい心の発露なのか、それとも禁断の一線を越えたことによる歓喜や興奮がキミの言語機能を一時的に奪ってしまったのか、はたまた私の期待を十全以上に応える他の何かがあるのか。私の悪い癖で前フリがこれ以上長くなってしまうと困るからそれでは聞くよ――――」





 ――アタラシイセカイハドウダイ?




 その問いに僕は、




 『僕たち』は――




 ……


 ………


 …………


(――――)

「ははは、結局先に着替えても後に着替えてもここは地獄だったね」


 教室に戻るとすでに男子は着替え終わっていて誰もいなかった……が、しかしさすがはがさつな男どもと言うべきか、脱いだものは自分の机の上に丸めて捏ねてあるだけで、教室の窓も開けっ放しになっていた。せっかく『筋肉祭~全ては筋肉の赴くままに~』なる意味不明な狂乱を避けたのに、こんな『筋肉祭~乳酸地獄につき疲労困憊~』みたいな光景に出会うなんてまったく付いていないとしか言いようがない。というか、なぜトランクスまで脱いであるんだ。体育だからボクサーパンツに履き替えたのか、それとも……


「いや、その想像は誰一人幸せにできないからやめておこう」

(――――!!)


 などと言いつつ、ちょっとだけ誰とも知らない男子の短パンの下を想像してしまった。頭が痛かった。確かに僕は幼いときから天才の名をほしいままにしてきたが、逆に理論も理屈も無視した行動には滅法弱かった。


「まあ、だからこそ僕は天真爛漫な望見が、そしてあの人が苦手なんだろうな」


 冷静にそう自分のことを判断しながら荒れ果てた戦場の中にある聖域のような場所(自分の席)まで歩いていった僕は、給食袋が掛かっている方とは反対側の金具から体育着の入った紙袋を取り、それを机の上に置いた。着ていたワイシャツとその下の黒のタンクットップを脱いだ僕は、もちろんそれらをきちんとたたんで机の上に重ねて置いた。そして、ちょうど体育着を着ようと手を伸ばしたとき、開けっ放しになっていた窓から少し強めの風が吹き込み、少し垂れていた前髪がふわっと舞い上がった。僕は体育着を掴もうとしていた手を一旦引っ込め、前髪を弄んだ初夏の風がやってきた窓の外をまた何となく見ようと、体を動かし――


 ガタッ


「ひゃあ!」


 誰もいないはずの教室に奇声と物音が響き渡った。僕は窓の外からすぐさま音源の方に視線を向けた。すると教室の後ろ、掃除用具が入っているロッカーの付近の床に、一人の女の子が膝を抱えながら座り込んでいた。


「いたたたた……」

「……」

「脛打ったぁ……」

「……上郷さん?」

「え、あ……」


 突然現れたクラスメートにどうしていいかわからず、普段あまり話したことはなかったがとりあえず声をかけてみた。しかし、上郷飛鳥さん――特にクラスの女子の中でも目立つ存在ではないけれど、その長く艶やかな黒髪には定評がある――は、僕の言葉を聞いても体育着、紺色の短パンという格好でその場に座り込んだままで何も喋ってくれなかった。それどころか声をかけた所為か、体が少し震えていた。僕も急な出来事だったのでそんな彼女の姿を見て「僕のことが怖いのだろうか」などと真剣に悩んでしまったが、すぐに今自分が上半身裸であることを思い出した。僕にしてはあらゆる意味で迂闊だった。そもそも二人っきりの教室で裸の男と一緒にいたら怖いに決まっているだろう。自分の行動の軽率さと注意力不足を恥じながらも、とりあえずすぐに体育着を着込んで僕は上郷さんの下へ歩み寄った。


「見苦しい姿を見せてごめん。人がいるなんて知らなかったから」


 なるべく優しい声で、そして笑顔で僕は再び声をかけた。三年生に進級してから早三ヶ月。近くで彼女の顔を見るのは恐らくこれが初めてだろうが、それにしても彼女の顔はあまり印象に残っていなかった。ただ、印象に残っていないからといって、これからまだ半年以上一緒に生活をしていく仲間だ。これからも平穏な学校生活をしていくためには、ここは一先ず謝り倒した方がいいだろう。


 平穏。


 平和。


 それはなによりも尊いものなのだから。


「不快な思いをさせちゃったよね。本当にごめん」

「そ、そんなに謝らないで下さい。私、教室にお財布を忘れちゃって、そのままでも大丈夫かなって思ったんですけど、やっぱり不安になって、だから取りに来たんですけど、急に愛沢君が来ちゃって、びっくりしたから隠れちゃって、そのままそっと出て行こうと思ったんですけど、愛沢君の着替えてる姿が見えちゃって、綺麗だなぁって見とれていたら、ああ私、何覗きみたいな事をしているんだろうって急に思って、パニックになって飛び出てた椅子に足をぶつけちゃって、それで――」


 何故か慌てた彼女はマシンガンのように事情を説明し始めた。身振り手振りを駆使し、時折声を裏返してしまうその姿はなんだか可笑しくて、そして少し可愛かった。


(――――!!)


 場違いにも和んでしまっていた僕だったが、突如襲ってきた頭痛によって我に返った。そうだ、こんなことをしている場合じゃなかった。


「上郷さん、とりあえず落ち着いて。ほら、時間はいいの? 女子は体育館だから時間がかかるでしょ?」

「え、ああ! そうでした!!」


 今度は僕の言葉に反応した上郷さんは大声を上げて立ち上がり、そのまま走って教室を出て行った。床には可愛らしい小鳥の絵が描いてあるお財布が寂しそうに落ちていた。僕はそれを拾い上げて彼女の席まで持っていき、ちょっと迷った挙句彼女の机の中に入れておくことにした。


(――――)

「くっ……」


 再び襲う頭痛。警鐘の代わりのようなその痛みに急かされて教室の時計を見れば、授業開始まであと三分しかなかった。まずい、これはまずい。ということで急いで黒の学生ズボンを脱ぎ、体育用の紺色のサッカーパンツを履いた僕は、さらにその上から日焼け防止用のジャージを羽織った。夏の体育でジャージなど本来不要でしかないのだが、これだけはやはり譲れないところだ。

 イレギュラーなことがあったが、ようやく全ての支度を済ませた僕は、急いで教室を出ようとした。しかし、出る直前になってそういえば窓を閉め忘れたことを思い出し、慌てて教室の入り口で振り返った。振り返った。振り返ってしまった。


 己の後ろを、


 人生を、


 過去を、


 振り返ることが無意味であるということを、僕は知っていたはずなのに……






「出会いはいつも偶然で、別れはいつも必然で、再会はいつも突然だ。そうは思わないかな、我が親愛なる友人愛沢臨夢クン?」





遅筆でごめんなさい。それでも日々邁進していきますのでどうぞよろしくお願いします。

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