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第五話 再開編

罪悪感が生きる糧です

 第五話 再開編





 幼少期から天才の名をほしいままにしてきた僕だけど、そんな僕でも苦手なものがいくつかあった。


 一つは妹。ただこれは完全に惚れた弱みというか、性格というか、運命に近いものだからさして僕自身は気にしていなかった。


 一つは赤い色。ただこれは完全にあの人を、あの異端者を彷彿させるからであって、正確に言えば僕が苦手にしているのは色ではなくあの小さなお姫様だった。そして常識と摂理と世界を蹂躙してキャッキャと喜ぶあの人のことを苦手としていても、僕のプライドは何一つ傷付くことはないので、そのことも僕自身はあまり気にはしていなかった。


 そして、最後の一つ。


 しかし、これだけは先の二つとは全く異なり、純粋に、本当に他の猪口才な理由が混じる余地すらないほど純然にそれそのものが苦手だった。


 苦手というか、


 自然に拒絶してしまうのだ。


 それは僕の身体、精神には合わない。


 それは僕の主義、流儀に沿わない。


 それは僕の人生、運命に当てはまらない。


 なにより、


 あの日、


 あの時、


 あの場所で、


 僕は決意したのだから……




 ……


 ………


 …………


「カラスって奴は今でこそ不吉の象徴だが、ちょいと歴史の紐を解いてみればなんと奴らは神の使いと崇められていたことがあるということをお前は知ってたか?」


 平和過ぎて鳩が豆鉄砲の存在を忘れてしまいそうな日の昼休み。他のクラスメートはすでに校庭に出て遊んだり、教室内で友達とお喋りをしたりなど自由な時間を謳歌していたが、僕だけは自分の席から離れず、目の前のものをただ凝視していた。


「日本では古来、カラスは吉兆を示す鳥だった。外国でもカラスはその黒い焦げたような容姿から太陽と深く関係しているものと見なされ、神聖視されていたようだ。ただ、まあご存知のとおり実際のカラスはあの容姿で、ずる賢くて、しかも雑食性。死肉はもちろんのこと、一部の種じゃ共食いまでするらしい。まったく……生きるためとはいえ同属を食うなんて考えられネェよな」

「食人だって歴史を紐解けばかなりの数行われているよ。かの有名な『ロビンソンクルーソー』にも食人する人達は出てくるしね。まあ、人間の場合は純粋な食料として人間を食うことは稀で、そこには大抵緊急性や儀式性、あと一部には性的嗜好も関わっているらしいけど」

「緊急性に儀式性に性的嗜好ねぇ……確かにそう言われればいくつか聞いたことがあるな。しかし、じゃあ仮に俺たちが牛や豚を食すための家畜として扱っているように、人間を家畜のように認識している人間――お前が言う『純粋な食料として人間を食う』存在――がいるとしたら、いったいソイツは何者なんだろうな」

「何を言ってるんだキミは。そんな存在はすでに『人間』じゃない、立派な化け物だよ」

「ははは、そうだな。そりゃあちげぇねぇわ」


 にゅっ、と。


 饒舌に話していたその男――金髪で深い緑色のサングラス、そして素肌の上に直接白のワイシャツという奇抜な少年――は、僕の目の前に置いてあった皿に手を伸ばし、そこにあった今日の給食の献立だった『若鶏の香草焼き』を一掴みすると、大きく口を開けそれを頬張った。


「午後の授業は体育だ。ただでさえお前は木村教諭に目を付けられてるんだから、早めにグラウンドに出てろよ」


 空になったお皿を掴んだ男は、そのまま足早に教室を去っていった。


「ふぅ……やれやれ、ようやく地獄のような時間が終わったか」


 そう独り言を言いながら素早く自分の箸を片付ける。中学三年生にもなって昼休みに給食の居残りをさせられるとは甚だ情けないことであると、自分でもそれは大いに自覚していることではあるのだが、しかしこればかりはどうしようもなかった。


 菜食主義。


 偏食主義。


 非肉食主義。


 そう、


 僕は肉を食べられないのだ。


「助けてもらっている身で言うのも変だけど、彼も給食委員長とはいえ、献立に肉がある度に僕のところに来てくれるなんて相当仕事熱心だよな」


 箸筒と敷いていたふきんを薄い水色の給食袋に仕舞い、中途半端に消された数式が残る黒板の上に掛かった時計を見上げた。時刻は十二時三十分を少し回ったところ。


「次の体育の授業開始まではおよそ十五分、か……」


 教室内を見回すと、外に遊びに行かなかった男達も徐々に着替えを始めていた。ある者は隠れるように、ある者は隠すように、ある強者は何故かトランクス一枚で仁王立ちをしていて、さらにある者はトランクスにまで手をかけていた。熱帯地方に降るスコールのように突如無法地帯になった教室内では、女子たちの悲鳴と怒声が巻き起こり、野獣と化した男たちは脅えるそんな彼女たちを面白がってさらに追い回していた。


「……まあ、先にトイレに行っておいた方が安全かな」


 脳内で危険信号が鳴り響いていたので、給食袋を机の横の金具に引っ掛けた僕は、教室を静かに出ることにした。少し離れた位置にある男子トイレに向かって廊下を歩いていると、涙目をしながら僕の横をすり抜けていく女子が何人もいて、彼女たちが通り過ぎた後、背後にある我が教室からは勝利と歓喜の雄叫びが聞こえてきた。しかし残念なことに、僕の頭脳を以ってしても彼らが一体何と戦って、何に勝利したのかはわからなかった。たぶん一生わからないのだろう。そして、わからないということはそれだけでワクワクすることだった。


「今日も暑くなりそうだなぁ」


 全開になっている廊下の窓から空を見上げると、初夏の太陽が木々を、空気を、校舎を熱く焦がしていた。決して心地良いものではない熱気を含んだ風が僕の腰まである長い黒髪を揺らすと、しかしそれでも感慨深いものがこみ上げてきた。


 また、夏が来た。


 妹が、


 望見が好きな夏。


 そして、


 望見が死んでから三度目の夏。


 あれから髪の毛を長く伸ばして、今ではあの夜の望見と同じくらいの長さにはなっている。肌もあのときの望見の美しさを再現するため、なるべく日に焼けないように気をつけて、スキンケアもしっかりしている。身体も余分な贅肉はもちろんのこと、筋肉がつきすぎないようにするため、五歳のときからずっとやってきたサッカーをやめた。そのおかげかはわからないけれど、今の僕の身体は女子のように華奢だった。


 正直言ってそれが意味のある行動とは自分でも思わない。


 長い髪は暑くて鬱陶しいし、


 その長い髪と望見と瓜二つの女顔の所為で、男気溢れる体育教師の木村には目を付けられるし、


 なによりそんな『まるでまだ愛沢望見という存在が生きている』ように見せることが、とんでもない独り善がりな自己満足であるということは自分でもわかっている。


 だけど、


 だけど、それはやはりやらなければいけないことだった。


 だって僕と望見は双子だから。


 双子は二人で一つの存在だから。


 僕だけが一人のうのうと生きていて良いはずがないのだ。


(――――!!)

「ま、過去のことをいつまでも引きずっていてもしょうがないのは僕も重々承知してるよ」


 死んでしまった兄想いの妹に弁解をした僕は、体育の時間が差し迫っていることを思い出し、止まっていた足を再度動かした。そして、男子トイレに入った僕は左手に並んでいる便器には向かわず、右手の手洗い場の前に立ち、学生ズボンの中から黄色い髪留めのゴムを取り出した。髪が引っ張られて頭が痛くなるから髪を纏めるのは好きじゃないのだが、以前一回体育教師の木村に「結ばないなら切って来い!!」と注意されたので、それ以来体育の前はこうしてしっかりと髪の毛を纏めるようにしているのだ。

 髪留めを口に咥えて、鏡を見ながらまず後ろの髪をしっかりと束ねる。これくらいなら鏡が無くてもできると思うかもしれないが、木村の奴は少しでも髪が漏れていようものならたちまち食いついてくるハイエナなので、これでもかというくらい慎重に髪の毛を集めてまず簡単にポニーテールにする。しかし、それでも後ろに長く垂れてしまっているので、そのままその髪を折り返して持ち上げ、ヘアクリップでしっかりと固定する。


「これってポニーというよりもリスの尻尾だよな」

(――――っ)


 頭の中で望見が大好きだったミスタードーナッツのハニーシッポを思い浮かべてしまい、柄にもなく僕は笑ってしまった。そして鏡の中では望見とそっくりな顔が笑っていて、さらにその背後には……


「……キミたちはさっきから何をしているんだ?」


 鏡越しに見える数人の男子生徒たち。明らかに用を足し終えている彼らであったが、しかし何故か彼らは用便器の前から微動だにせずただその場でじっと立ち尽くしていた。


 全員が全員、


 己を恥じるような顔をしながら……


「さっさとそのいきり立った逸物を鎮めて教室に戻ったらどうだい?」


 煩悩と色欲に塗れ、節操なく欲情する彼らに冷たくそう一言言い放って、僕は男子トイレを後にして教室に戻ることにした。背後からは「あのうなじはヤバイ!!」「何故俺は前屈みになった男の胸元を覗こうとしたんだ!!」「治まれ!!俺のプライドにかけて治まってくれ!!息子よ!!」などとあらゆる意味で敗北を喫した男たちの嘆きの声が上がっていた。





着地地点未だ不明。


しかしなんとか書き上げますので、感想等ございましたらよろしくお願いします。

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