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第二話 終了編 エピソードⅠ

好きということは好きと示すことではない。


 第二話 終了編 エピソードⅠ




 好きだったけど、


 好きなのに、


 好きだから、


 好き故に、


 好きの末、


 好きだった上、


 好き過ぎて、


 好きが高じて、


 好き合っていたからこそ、


 僕は妹に「好き」と言ったことがなかった。


 その言葉を口にしたら、


 全てが終わってしまうことがわかっていたから……




 ――わからないってことは、ただそれだけでワクワクするよね


 妹の望見の口癖だった。そして、この台詞ほど彼女の本質を表している言葉はこの世に存在しないだろう。未知への好奇心。わからないものへの探究心。非日常への羨望。人間であれば誰しもが持っているその感覚を凝縮、洗練した形で所持していた妹は、とにかくわからないものが好きだった。未知なものが好きで、そしてそれが既知となることを心の底から望んでいた人間であった。


 ――でも、世界で一番わからないのは、お兄ちゃんだよね


 妹は血を分けた兄に、しかも双子として生まれてきたこの僕にいつもそんなことを言っていた。お兄ちゃんはわからない。双子なのにわからない。血を分け合ったのにわからない。どうしてお兄ちゃんは女の私より美人なんだろう。どうしてお兄ちゃんは女の私より家事が上手なんだろう。どうしてお兄ちゃんは女の私よりも女々しくて、いつも何か悩んだりしているのだろう。どうしてお兄ちゃんはお兄ちゃんなのに、二卵性なのに私と瓜二つの姿をしているのだろう。わからない。わからない。わからない。


 ――わからないから、もっともっとお兄ちゃんのことを知りたいよ


 望見は笑いながらそう言って、


 僕は笑わずその笑顔に背を向けた。


 そんなことをすれば最愛の妹の笑顔が曇ってしまうと、


 痛いほどわかっていたはずなのに。


「だって仕方ないじゃないか」


 血の繋がった兄妹が、しかも双子が愛し合うことなんてあってはならない。近親相姦なんていう常識も倫理も摂理も破綻した行為は所詮空想の物語の中だけの話なのだ……などと、そんなくだらない屁理屈を捏ねるつもりは毛頭ない。だって大前提として僕は妹を、愛沢望見という存在をこよなく愛している、余すことなく愛しているのだ。もちろんそこには加減もなければ限度もない。だからこそ、本来僕がこの場で二の足を踏む必要なんて、必然なんてあるはずがないのだが……


「愛する人と共にあるが故に地獄のような日々を歩むなんて、そんな屈辱的なこと僕にできるはずがない」


 わからないからワクワクする。


 望見の場合それが極端過ぎて、


 極端から突き抜けすぎていて、


 『ワンダーインリアルワールド』


 “日常の中の非日常”と呼ばれ世界に恐れられるまでになってしまったけれど、


 それは何も望見だけの特権ではないのだ。


 わからないからワクワクする。未知のものに挑戦するのは楽しい。そもそも人生というものを道に例えるなら、その道は本来迷路のようなものであるはずだ。どちらに行ったら良いかわからない。何を選択するべきなのかわからない。右か左か。成功と失敗。一寸先は闇で、何もかもが手探りの状態。しかしそれでも、いや、それだからこそ人生は楽しい。それだからこそ生きていく意味があるのだ。初めてやるロールプレイングゲームで最初から攻略本を片手にしてプレイすることのどこが楽しいというのだ。

 わからないことがある。間違えて、失敗して傷付いたり、傷付けたりすることがある。そしてそれらに恐怖心を抱くこともある。けれど、それこそが人生の本質だ。それこそが生きているということなのだ。もしもわからないことが何もなく、間違えたり傷付いたり恐怖を感じない人生があるのだとしたら、全てが坦々と淡々と進んでいき変わり映えのない予定調和のような日々が続いていく人生があるのだとしたら、それは、それは地獄以外の何物でもない。そして、少なくとも僕はそんな何の新鮮味もない全てが予測できてしまう人生は歩みたくないし、それが愛する者と一緒にあるが故だとしたら尚更のことだ。


 つまり、


 僕には見えてしまったのだ。


 よりにもよって、


 妹と結ばれた先にある、


 何の変哲もないただの一本道が。


 ゾッとした。愕然とした。唖然とした。憮然とした。気づいた瞬間に、すぐさま死にたいと思った。生まれたときから隣には最愛の人がいて、その人は幸運なことに僕のことをとても愛してくれていて、それなのに、それ故に、その彼女と歩んでいくだろう人生がこうもはっきりと克明に、鮮明にわかってしまうなんて、そんなひどい話があるか。


 僕には手に取るようにわかる。


 このまま妹の熱烈な求愛に答えてしまったら、


 好き好き好き好き、愛してる。


 そんな陳腐な台詞を毎日ダラダラと、


 それこそ死ぬまで続けていくだけなのだと。


 心躍る新たな出来事や、


 二人で苦難を乗り越えてさらに絆を深めることや、


 わからないことがわかるようになることは、


 今後絶対にありえないということを。


「だから僕は逃げたんだ」


 汚い敗走だったのかもしれない。


 醜い逃亡だったのかもしれない。


 でも僕自身は名誉の逃走だと、


 そう信じ込ませていた……

 




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