第十一話 事件編 犯行声明
私がやりました。
でもあなたが悪いんです。
第十一話 事件編 犯行声明
「当然だよね」
カラスの大群が今まさに迫ってくるという状況の中で、姫は特に慌てる様子もなく僕の机に座りながら冷静に解説をした。
「当然だよね。必然だよね。明らかに偶然なんかじゃないよね。『ワンダーインリアルワールド』こと愛沢望見が実は生きていて、私の大好きな『愛沢臨夢の物語』はまだまだ序盤、読み始めもいいところなんだ。それで何も起こらないことなんてあるはずがないだろ」
本屋で買った300ページの小説が、3ページでエンディングになるはずがない。
300ページの小説は必ず300ページ目で終わるのだ。
そして、その小説がまだ読み始めで、尚且つ本の帯に『本屋大賞第一位』なんて書かれているような面白いと評判の物語だったら、
「――まだまだこれから愛沢兄妹の周りでは面白いことが起きる」
ニヤリ、と。
彼女の地獄のような笑いを向けられて、ようやく僕は、僕たちは彼女に付き纏われている理由を理解した。そしてその地獄に付き纏われている理由を突きつけられて、ただ絶望するしかなかった。逃げられない。どう足掻いたとしても、どう弁解弁明したとしても、僕たち兄妹は赤石姫士から逃げられない。彼女は僕たちが死ぬまで……いや、『愛沢兄妹の物語』を読み終えるまで、きっとこれからも僕たちの目の前に現れ続けるのだろう。
物語の閲覧。
人間の読書欲の深さをもちろん僕は知っていたし、
なにより、
面白いと思った物語は、一度読み始めたら読むことを止められないのだ。
「ふふふ、まあ、私の考える物語論についてはまたの機会にじっくりと話してあげるとして、とりあえず聞くけど……あのカラス友達?」
「クッ、そんなわけないでしょ!!」
「そう……それは良かったよ!!」
彼女が安堵の言葉を口にした瞬間、体が縦に揺れた。そして、その揺れを感じたときには既に“概念殺し”である赤石姫士は行動に移っていた。
「『来れ深遠なる闇!! 滾れ深層の狂気!! 形作るは研ぎ澄まされた刃!! 為すべきは地獄の顕現!! その存在意義により世界に終焉を届けろ!!』」
バンッ
呪文のようなものを唱え姫が目の前にある僕の机を叩くと、教室の床に存在する机や椅子の影から大小様々な武器の形をした影が飛び出した。大太刀、小太刀、長巻、薙刀、刺叉、刺刀、柳葉刀、サーベル、レイピア、バスタードソード、グラディウス、クレイモア、ショテル、ファルシオン、フランベルジェ、クリス、ジャベリン、フリウリスピア、トライデント、ランス、バトルアックス、ハルベルト、バルディッシュ、パルチザン、コルセスカ、ウォーサイズ……その数は優に千を越え、しかもその一つ一つが意思をもった生物のようにある一点――カラスたちが今まさに流れ込もうとしている窓枠に狙いを付けていた。
「ハッハッハ!! そちらが数で来るならこちらも数で行くとしようか!!」
|幻影による現実への一気通貫
――斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!!!!
「きゃあああああ!!」
振り下ろされる大太刀、切り付ける小太刀、薙ぎ払う長巻、抉り抜く薙刀、搦めとる刺叉、突き刺す刺刀、叩き切る柳葉刀、切り落とすサーベル、突き崩すレイピア、ぶった斬るバスタードソード、切り伏せるグラディウス、切り返すクレイモア、刈り取るショテル、破壊するファルシオン、切り裂くフランベルジェ、刺し込むクリス、貫くジャベリン、引き倒すフリウリスピア、ぶっ刺すトライデント、突進するランス、薙ぎ倒すバトルアックス、蹂躙するハルベルト、切り倒すバルディッシュ、射殺すパルチザン、引き摺り倒すコルセスカ、払い抜けるウォーサイズ。窓際で巻き起こる黒と漆黒の音のない大激突に望見は思わず悲鳴を上げた。両者の激突によって生み出された衝撃で教室内部は軋み、更に留まることも知らない力の奔流の余波で、空間からは細かな砂がパラパラと零れ落ちていた。
「どこのクソ野郎かは知らないが、こんな小動物を操っただけで“概念殺し”の赤石姫士を突破しようなんて甘いんだよ!! どうせけしかけるなら神話から八岐之大蛇かユニコーンかフェンリルでも引きずり出してこい!!」
影による狂気を帯びた武器乱舞。その大質量が窓枠を覆い尽くしている前で人類最強のお姫様、赤石姫士はさもこの世の絶対者であるかの如くその場に仁王立ちしていた。
殺せぬ者は存在しないとまで言われた“概念殺し”。
森羅万象に地獄を強引に届ける『ヘルブリンガー』。
(……冗談じゃない)
僕たちは三年前にこの世界の真実を知った。身をもって体験し、身に染みて間違いがあるという真実を実感した。だからこそ僕たちはその真実をしっかりと認識して、どうしたらその間違いに出会わず平和で平穏で平静な日常を送れるかを考えた。考えて、研究して、実践して、もちろん万が一に備えて、間違いそれ自体を跳ね除けられるような力を身に付けようと努力した。しかし、この人は、この赤石姫士という空前絶後の存在はその僕たちの思考、研究、実践、努力を強引に傲慢に強欲に根こそぎぶち抜いていく。
(そもそも、こんな化物をどうやって認識しろって――っ)
クワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!
(え?)
それは怒声にも似た鳴き声だった。
「な――っ!! クソッ、すぐに下がるんだ、望見ちゃん!!」
圧倒的な光景を目の前にして気を抜いていた僕たちの代わりにそう叫んだのはまたしても姫だった。両者の激突は空間が弾け、軋むほどの激しいものだった。しかし、それだけ激しい攻めぎ合いでも僕は内心その結果を予測していた。予測というか、むしろ断定だ。あの赤石姫士が負けるはずがない、と。普段、彼女の言動や存在にすら意を唱える僕だが、それだけは、その強さという概念を含めた『とんでもなさ』だけは誰よりも認めていた。だから、
(さ、三本足のカラス!?)
その事実を認識するのに時間がかかってしまった。
「姫士!! それはただのカラスじゃない――八咫烏よ!!」
異変に気づき、正体に感づいた望見が続けてそう叫んだと同時に、数千の名だたる武具を突破した数万のカラスの大槍は、姫の体の真正面から着弾した。姫は咄嗟に腕を前で組み衝撃に備えたが、机や椅子を塵のごとく吹き飛ばしたカラスたちはその勢いのまま彼女の小さな体躯を持ち上げ、廊下側の教室の壁に激しく打ち付けた。さらにカラスたちは壁に打ち付けた姫の胸を目掛けて幾重もの突撃を繰り返すと、そのまま教室の壁、廊下の壁をぶち抜いて、彼女の身体ごと校舎の中庭まで突き抜けていった。
「う、嘘でしょ……」
あの赤石姫士があっさりと倒されてしまった。望見の言葉の裏側にはもちろんその天地を揺るがすような事実に対する驚愕、驚嘆というものが多分に含まれていたが、それよりも強く彼女の心を大きく惑わせたものはやはりこの状況に他ならないだろう。
一瞬の攻防が終わり、目の前に残ったのは荒れ果てた教室とミサイルが突っ込んで出来たかのような巨大な穴。
つい一時間前までは日常の象徴のような空間だった場所が、ほんの一時で非日常に、地獄に変わってしまった。
それが、
その地獄の権限があの三年前を想起させないはずがない。
(……あの時だって事件が起こる数時間前まで、世界は平和に包まれていたんだ)
――望見、臨夢。今日は張り切ってパエリアなんぞ作ってみましたが、どうでしょう。
(母さん……)
――臨夢。昨日頼んでおいた原稿チェックどの辺まで進んだんだ。今回は結構自信作なんだよ。
(父さん……)
――お兄ちゃん。日曜日は一緒に映画に行くんだから絶対に予定開けといてよね。
(望見……)
そう、
あの時までは、
「見つけた」
その抑揚のない声を聞くまでは。
バサッ
「見つけた」
バサッ
「神は」
バサッ
「赦さない」
バサッ
「神に」
バサッ
「仇名す」
バサッ
「神を」
バサッ
「愚弄する」
バサッ
「神の」
バサッ
「真似事をする――」
「「「「「「「「「「大罪人を!!」」」」」」」」」」
なかなか進みませんね。
早く教室から出たいです(涙)
今後ともよろしくお願い致します。