40閑話 楓の家族
それは斗真と楓が土蜘蛛退治に、座座街に行った日の夕方であった。
斗真と楓は座座街に行って、土蜘蛛を倒した後、謎の鬼族の男と会い、そこで鬼族の男が召喚した大入道と戦う羽目になった。
大入道は何とか倒したが、楓は重傷を負い、斗真の唇の粘膜接触による「供魔息吹」によって、軽症にまで回復した。
斗真と楓は、今回の事を琴葉に報告した後、それぞれの家に帰った。
「ただいま」
楓は家の扉を開け、帰りを告げる。
「あら、楓。おかえり」
すると、すぐに楓の母が迎えに来る。
「ただいま、母さん」
「退魔士の仕事、お疲れ様……って?!」
迎えに来た母は、楓の体を見て、驚く。
「まぁ?!どうしたの?その傷!」
「うん、ちょっと強い妖獣と戦って」
今日は土蜘蛛の対峙に追加で、大入道という強力な妖獣との戦闘になり、かなり重めの傷を負った。
でも、斗真の……まぁ………アレで体の傷は、大分回復したけど、まだ至るところに小さい傷がある。
体も、ほどほどに痛む。
「すぐに、お風呂沸かさなくちゃ!その後に応急処置ね!」
そう言って、楓の母は慌てて動き始めた。
「うん、ありがとう」
そんな母にお礼を言い、楓は肩を回して、一息つく。
楓は風呂に入り、疲れを癒した。
風呂の後に、母に応急処置をしてもらい、今は仕事から帰ってきた父と共に、母が用意した夕飯を食べている。
楓も母も父も、妖怪であるため、特段人の食べ物を取る必要性は無い。
偶に、寺や神社に漂っている妖気を取り込むだけで事足りる。
けれど、妖怪である楓たちにとっても、人の食べ物はとても美味しく、人間との生活に溶け込む上でも、食事は毎日している。
「楓、今日は大変だったんだな」
食卓で、父が楓に心配そうな三つ目を見せる。
「そうね…退魔士の仕事は重要と分かってるけど、何も楓がやる必要は無いと、私は思うんだけど」
母も楓に心配そうな三つ目を見せる。
父も母も二人とも、顔に二つの目だけで無く、人にあるはずのない、額に目がもう一つある。
そう…父と母は普段は「姿化かし」で人の姿に変えているが、どちらも「三つ目」という妖怪である。
これで分かると思うが、鬼族である楓の父と母は、実の両親では無い。
鬼族は、鬼族からしか生まれない。
両親の話曰く…楓は、まだ赤ん坊の時に、両親の家の前に捨てられていたとの事。
誰が捨てたのかは、未だに分からない。
鬼族は、かつて日本を征服しようとした妖怪であると知りながら、優しい父と母は楓を育てると決めたのだ。
父と母は楓を本当の娘のように扱っており、楓自身も父と母の事は感謝しており、二人は本当の両親だと心の底から思っている。
楓にとって、本当の親であり、育ての親は目の前の両親であり、生みの親など興味無かった。
本音を言うと、生みの親が誰なのか気にならなかったわけでは無い。
だが、気になったところでだ。
生みの親に会ったところで、何かが変わる訳もない。
きっと自分は、育児に嫌気のある親によって捨てられたのだろう。
そう思う事にしている。
「でも、前の退魔士は引退しちゃったし、誰かがやらないといけないと思うんだよね」
楓は鬼族という妖怪のために、他の妖怪よりも圧倒的に妖気を有しており、強さを必要としている退魔士に適任。
だから、数年前に前任の退魔士の推薦の元、訓練を重ね、今の退魔士になった。
両親は楓が退魔士になる事には、やや反対であったが。
「それに…今は、斗真もいるから」
頭に入ってくるのは、今まで見たことがないレベルで弓を使いこなす少年の姿。
「ああ…前に話に聞いてた斗真君ね」
母は頬に手を当て、和やかに笑う。
「楓と一緒に退魔士をしているって、言ってたけど、その男の子は妖怪じゃなくて、妖人なのよね?」
「そうだよ」
「今度、家に連れてきて、紹介してよ」
「え?」
母は軽く言ったつもりなのだが、楓は母の予想外の申し出に若干動揺する。
「だって、楓がお世話になっているでしょ?母親として、一言お礼ぐらい言いたいわよ」
「確かにな。父さんも斗真君に是非会ってみたいな」
「父さんまで……」
楓は斗真に挨拶してみたいと言う両親に、内心慌てる。
「う、う〜ん…どうかな。斗真に今度聞いてみるけど、斗真も忙しいだろうし」
楓は咄嗟に、そう言った。
「そーお…残念ね」
母は少し困ったような顔をしたが、斗真に関しての会話は、そこで終わった。
楓は両親に気づかれないように、安堵のため息を吐く。
まぁ…斗真が忙しいというのは、嘘である。
斗真は、アルバイトも部活動もやっていないので、基本的に放課後になれば、暇である。
斗真に、家に来て欲しいと言ったら、斗真は特段気にすることなく、家に来そうな予感がする。
嘘を言った理由は、何なく斗真を両親に会わせるために、自分の家に上げるのは、気恥ずかしいからである。
だって、見知った男の子を自分の両親に紹介するなんて……………結婚後の挨拶みたいで。
そう言えば、結婚と言ったら……キス。
「っ?!」
キスと言う単語を思い浮かべた瞬間、また自身の体が硬直する。
自然と、指が自身の唇に触れる。
思い出すのは、斗真とのキス。
いや…アレは厳密にキスでは無いらしい。
聞いたところだと、「供魔息吹」という自身の妖気を他人に粘膜接触で注ぎ込み、他者の自然治癒を上げ、回復させる技術だそうだ。
私を助けるつもりでやった事は重々承知している。
だけど、やっぱり…異性にキスをされたら、中々忘れられない。
忘れようと思う程、思い出し、鼓動が速くなる。
楓は必死に顔が赤くならないように努めた。
「楓が高校に入学して、もう一ヶ月以上も経つのか」
「そうね。楓も学校に、もう慣れたかしら」
そのせいで、いつの間にか両親の会話が、自身の高校の話になっている事に気が付かなかった。
「え?あ…うん!慣れたかな。今は五月って猫又の子とよく遊んでる」
「あら、そうなの!良い友達が出来て良かったわ」
自身が影で「孤高の美少女」と言われているのは勿論、両親に言っていない。
五月曰く、自分は文武両道であるのにも関わらず、休み時間も参考書ばかり読んで、誰とも仲良くしようとしなかったので、そう呼ばれているとの事。
「楓が念願にしていた隗隗高校に通って、楽しくやってるなら、嬉しい限りだわ」
「ん?念願にしていた?」
楓は首を傾げる。
母の言葉に気になることがあったからだ。
確かに、隗隗高校は表向きは田舎の高校であるが、実際は全国中から妖怪が集まり、人と一緒に学ぶ学校である。
鬼族の楓が通う事自体は、不思議なことでは無い。
だけど、念願にしていたと言うのは?
まるで、私が前々から隗隗高校に通う事を願っていたみたいだ。
首を傾げる楓に対して、母の首を傾け、キョトンとした反応を見せる。
「覚えてないのかしら。あの高校自体は、楓がまだ…五歳か六歳ぐらいだったかしら?小さかった楓が、いきなり隗隗高校に通いたいと言ってきたのよ」
「そうなの?!」
それは楓にとって、全くの初耳だった。
「父さんも覚えてるな。楓は、ずっと幼い頃、とても頭が良くてな。ああ…今の楓も頭は良いぞ。………だけど、幼い楓は何故か、他人行儀みたいに言葉遣いが丁寧で、教えてもいない事を知っていたな」
「私って、そんな時があったの?」
全く身に覚えがなかった。
父が言った幼い頃の自分は、あたかも麒麟児の様だ。
と言うか、幼い頃の記憶……なんか思い出そうと思っても、思い出せない。
あれ?
何で思い出せないの?
「それで、幼かった楓が隗隗高校に行きたいと言ってきたんだ」
「どうして、隗隗高校を……」
疑念に駆られる楓に、父は…ある事を言う。
「何でも…数年後に、その学校に大切な人が入学するはずだからとか、何とか。だから、私もその高校に入学したいと、楓が言ったんだよ」
「大切…な………人」
大切な人…という言葉を聞いた途端、どうしてか楓は胸にざわつきを覚える。
その後に、頭に電撃が走る。
変な感じがする。
霧の掛かった思考を振り払おうとするような。
例えるなら、心の奥底にある鎖で鍵が掛かった金庫を無理矢理こじ開けようとするみたいな。
開けたくても、開けられない。
私は何か、とても大切な事を忘れている。
絶対に忘れてはいけない事を忘れている。
そんな気がする。
何を忘れているのだろうか。
そして…どうしてか。
どうしてなのか。
大切な人と聞いた時、楓の脳裏に浮かんだのは、自身と同じ十五歳であり、焦げ茶色の平凡そうな見た目の少年。
星原斗真であった。




