15役所
キーコーンカーンコーン。
学校のチャイムが鳴る。
これから放課後だ。
高校に通う生徒たちにとっては、これからそれぞれの娯楽を楽しむ時間となる。
席に座っている斗真の周りでは、騒がしく多くの生徒たちが「何処に行こう」や「アクセサリを買おう」など、友達同士で話し合っていた。
因みに、斗真に放課後に遊ぶほどの友達はいない。
「今日は~~駅前ある喫茶店にある新作パフェ食べに行くニャア~」
斗真の耳に、独特な猫なで声……というか猫語が聞こえる。
それは小柄な体格に、少し猫背になったブロンド髪の女生徒が放った言葉だった。
三毛猫を、そのまま擬人化したみたいな女子である。
彼女は猫宮五月。
爪にはマニキュア、手首にはアクセサリーなどを付けており、まさに今風の女子高生。
「あはは!五月、またパフェ?好きだね~」
「五月!太っちゃうよ!」
五月の周りにいる友達たちは、彼女を困ったように笑う。
「甘い物は幾らでも食べられるニャア〜!」
甘い物は別腹と言う猫宮。
「斗真」
その時、斗真の肩に手が置かれる。
後ろを見ると、紅葉が集まっているかのような緋色の髪の持ち主である柊楓がいた。
「ああ、楓」
斗真は返事をする。
それにより若干教室内が静かになり、幾ばくかの生徒の視線が斗真に集まる。
大方、学校一の美少女とクラスの目立たない生徒が親しそうに話しているのが、不思議なのだろう。
「今日空いてる?」
「空いてるぞ」
「良かった。今日から斗真を役所に連れて行こうと思って。斗真が正式に退魔士になるために」
「ようやくか」
楓が言っている役所と言うのは、街の役場のことだ。
だが、楓が言うには、それは表向きで、実際は退魔士に指令を出す管理部みたいな場所なのだ。
数日前に、楓が斗真の事を役所に報告して、楓と同じ退魔士になるように取り計らうと言ったが、ようやく今日、その役所に行くことになった。
斗真は荷物をまとめて、楓と共に教室を出た。
「そう言えば、ここ数日で妖獣は現れなかったね」
役所に向かって道路を歩いている途中で、斗真は楓に妖獣の件を尋ねる。
斗真の言ったとおり、泥田坊を倒してから今に至るまでの数日間に、妖獣が現れなかったのだ。
楓は肩をすくめる。
「妖獣なんて、早々現れるものじゃないよ。この間は、緑鬼と泥田坊の二日連続で現れたけど、あれは本当に偶々」
「偶々なのか?てっきり毎日現れるものだと、思っていたぞ」
「あんなのが毎日現れてたら、学校に行ってる場合じゃないし、私が過労で死んじゃう」
楓が大きく息を吐く。
てっきり斗真は妖獣が異世界の魔物のように、たくさんいるものと考えていたが、違うみたいだ。
「私みたいな退魔士は妖獣の退治も任務だけど、妖怪による揉め事の解決の方が多い」
「揉め事の解決?やっぱり、妖怪も悪さをするんだ」
「当たり前だよ。人だって、良い人と悪い人がいるでしょ?妖怪にも、悪さをする奴はたくさんいるよ」
「…………魂を食べちゃったりとか」
斗真は冗談ぽく言う。
昔から妖怪が人を襲うもは、魂を食べるためと考えられてきた。
楓は目を細めて、斗真を見る。
「まぁ………中には、人の魂を食べる妖怪もいるよ」
楓はふと…物騒な事を言いだす。
冗談のつもりだったが、本当にいるみたいだ。
「マジか。魂を食べる理由って」
「魂を食べて、強くなるの。そう言った妖怪だっている。人だけでなく、同じ妖怪を食べるような強力な妖怪も」
斗真が元の世界に戻って、初めて会った妖怪が楓だったので、無意識に妖怪は優しいものであると思い込んでいた。
だが、世間一般で思われる、恐ろしいイメージの妖怪もいるらしい。
「そんな妖怪が。………楓は出会った事とかあるの?」
「いいえ。そもそも、そういう妖怪には多くの退魔士が総出で当たることになってる。今の私なんて、勝てるかどうか。私…………食べられちゃうかも」
妖怪を食う妖怪。
魔族並みの魔力量と魔法適正を持った楓でも、勝てるか怪しいレベルなんて。
斗真の記憶でも、異世界で魔族に匹敵する魔物はいたが、魔族よりも強い魔物など、数える程しかいなかった。
そこまで言って、楓は苦笑いをする。
「とは言っても…そんな妖怪なんて、同じ妖怪でも出会う確率は殆どないよ」
「はは……出会わないに、越したことはないな」
そんな会話そしている内に、役所の前に辿り着いた。
斗真が役所に来るのは、初めてである。
質素な一階建ての施設。
役所だと知らなければ、素通りするほど何の変哲もない建物。
その建物の扉を、斗真と楓が潜る。
役所内には、何人かの人がいた。
窓口や受付があり、やっぱり普通の役所である。
何処に行くのか…斗真が思っていると、楓は迷わず複数ある受付の内、一番左の所へ行く。
そこには、黒い眼鏡をかけたスーツの男性が座っていた。
楓は受付前の椅子を座る。
斗真も、楓の隣の椅子に座った。
「こんにちわ、墨岡さん。以前言っていた星原斗真を連れてきました」
「……ふむ」
言われたスーツの男性が黒い眼鏡を治し、斗真を見る。
目の前の線が細く、糸のような目が向けられる。
墨岡……聞いたことがある。
「やあ、斗真。会うのは二度目だけど、こうして人の姿で会うのは、初めてかな」
人の姿で会うのは、初めて……………あ!
そこで、斗真はピンとくる。
「八咫烏の!」
「正解」
スーツの男性…墨岡はニッコリ笑う。
斗真が泥田坊と戦う前に、泥田坊の位置を教えてくれた三本足の烏である八咫烏がいた。
楓は、その八咫烏を墨岡と言い、普段は役所で働いていると言った。
この人がそうか。
墨岡は掛けている黒眼鏡を指で突く。
「普段はこの「姿化かし」で人の姿になっていてね」
「姿化かし」…確か、楓が耳に着けている小さいイヤリングで、妖怪が人の姿になるための道具だったか。
どうやら「姿化かし」はイヤリングだけでなく、眼鏡など別の形状の物もあるみたいだ。
「人間の時の名前は、墨岡烏。改めて、よろしくね」
そう言って、墨岡はニッコリ笑った。
烏って…そのままだな。
墨岡は次に楓を見る。
「楓……改めて聞くけど、本当に彼を退魔士にするんだね」
「はい。斗真の実力は私が保証します。泥田坊の時も、斗真がいなかったら、退治は困難だったでしょう」
それを聞いて、一つ頷く墨岡。
「分かった。楓が言うなら、信じよう。だけど、それだと退魔士にする訳には行かない。彼には試験を受けて貰うよ」
「分かりました」
斗真は了承する。
事前に、退魔士になるための試験があるのは、楓から聞いた。
墨岡は立ち上がり、受付から離れる。
そして、職員の一人に声を掛け、何を話し合った後、その職員が墨岡が座っていた受付の前に、代わりに座る。
「それじゃあ、僕に付いてきて」
言われたとおり、斗真と楓は墨岡の後を付いていく。
三人は役所内にある個室に繋がる部屋に行く。
部屋の中は、簡素なテーブルに椅子。
時計に、カレンダー。
概ね、会議室に利用する場所だろう。
ここで、神棚が斗真の目に入る。
こんなところに神棚と思ったのも束の間、墨岡は部屋の鍵を閉め、そのまま神棚が掛けてある壁の前まで足を運ぶ。
すると、墨岡は壁に手を当て、唱える。
「我ら、魔を断つ者なり。魔を持って、妖を滅する者なり」
墨岡がそう唱えたのも束の間、神棚から魔力の発生を感じる。
神棚から発生した魔力は、そのまま下の壁に魔力が流れ、その壁に変化が生じる。
壁に人が一人通れるほどの穴が開いたのだ。
まさに隠し通路。
「こっちだ」
墨岡は壁に現れた隠し通路に入る。
楓も墨岡に続いたので、斗真も楓に続いて、隠し通路に入った。




