11バディ
ザァァ……。
斗真の耳に、微かに聞こえるシャワーの音。
斗真がシャワーを使っているのではなく、柊が今、シャワーを使っているのだ。
斗真と柊は泥田坊との戦闘で泥だらけになったので、一旦…斗真の家に行って、シャワーを浴びることになったのだ。
男の斗真が先にシャワーを浴びるのも、忍びないので、最初は柊に譲った。
別にやましい事をする訳ではないが、女子が自分の家の風呂場にいる状況に、何だかソワソワしてしまう。
気を紛らわすために、斗真は泥田坊を倒した際に習得した新しいスキルの能力を試してみる。
「〈万能眼〉〈透視眼〉」
スキル名を唱え、新しい能力の〈透視眼〉を発動する。
それは名前のごとく、物を透視してみる能力だ。
調整によって、透視具合が変わる。
主に、箱の中に入っている小物や障害物の向こう側の景色、敵が身に着けている武器などが分かるようになる。
異世界では、壁の向こう側に潜む敵の確認や危険物のチェックに度々使用した。
斗真は〈透視眼〉を発動したまま、家の中を見渡す。
鞄の中にある教科書や文房具、冷蔵庫の中の食材、タンスの中の衣服など、いろいろ見える。
面白くて、つい家中を透視しながら、見回してしまう。
そこで、斗真はふと…風呂場の方を見てしまった。
「っ?!」
だから、見てしまった。
壁を透視して、風呂場でシャワーを浴びる…何も身に着けていない柊のうしろ姿を。
無駄な贅肉が一切ない美しい背中に、バランスの良いくびれ、小さく丸みのある臀部。
慌てて、斗真は顔を逸らす。
しかし、鼓動はうるさいくらい鳴っていた。
やがて、柊はシャワーを終える。
「ふぅ…さっぱりした。シャワー、ありがとう…………って、あれ?どうしたの?何か…顔赤いけど」
シャワーを終え、ジャージ姿の柊が風呂場から出てくる。
肌を少し上気させ、若干色っぽくなっていた。
彼女は顔を赤くする斗真は見て、首を傾げる。
「な、な、何でもないよ!!」
斗真は慌てて立ち上がり、風呂場に行く。
それを見て、増々首を傾げる柊だった。
風呂場に行き、早速シャワーを浴びた斗真は、さっき見たことを忘れようと試みるが、一度目に焼きついた光景は、中々頭から離れなかった。
斗真もシャワーを浴びて、泥による汚れを洗い落とした。
今は私服に着替え、柊とテーブルを挟んで座っている。
「貸してくれたジャージは洗って、明日返すから」
「…………うん」
シャワーを浴びている間に、斗真は何とか心を落ち着かせた。
泥だらけだった制服は、取り敢えず水道で簡単に洗った。
因みに、柊が今着ているジャージは斗真が通っている隗隗高校の体操着であり、明日は体育が無いので、貸している。
「今日も妖獣退治を手伝ってくれて、ありがとう」
柊は改めて、お礼を言う。
「どういたしまして。これで俺も退魔士として、やっていけそうかな」
「うん。今日の泥田坊との戦いでは、星原君に凄く助けられた。やっぱり、星原君を誘って正解だった。星原君って、強いんだね」
「それは、ありがとう」
柊に褒められた斗真は、こそばゆさを感じてしまう。
「星原君のことは、私が今日の内に、役所に行って伝えて置く。…………と言っても、もう星原君のことは墨岡さん経由で伝わっていると思う」
墨岡さんと言うのは、泥田坊と戦う前に、会った八咫烏のことか。
確か、普段は役所で働いているんだっけ。
「退魔士に正式になるには、何個か試験を受けないといけないけど、星原君なら問題ないかな」
柊は少し微笑んで見せる。
美少女が笑うと、とても絵になる。
「私たち、もしかしたら良いバディになるかも」
柊は気さくな感じで、バディと言う。
バディ…という単語に、斗真はハッとさせられる。
彼にとっては馴染みのある単語だったからだ。
「よろしくね、相棒」
柊は冗談ぽく、斗真を相棒と呼んだ。
そこで、柊は何かを思いついた顔をする。
「そうだ。私たちって、これから同じ退魔士として、バディを組むでしょ?だったら、苗字の呼び合いなんて堅苦しい事はしないで、名前で呼び合おうよ。相棒同士」
名前で呼び合うか。
確かに、バディを組む相手と親しく呼び合うのは、チームワークを良くする一歩だな。
「星原君の名前は確か…………」
「斗真だよ。星原斗真。斗に、真と書いて、斗真」
斗真は改めて、自身のフルネームを言う。
「斗真………斗真ね」
柊は覚えようと、何度も斗真の名前を言う。
「私は楓。木の風で、楓」
柊が名前を言う。
「分かったよ。楓さん」
「さん…は要らない。私も、君は付けない」
「うん。よろしく、”楓”」
「うん。よろしくね、”斗真”」
柊……いや、楓は手を差し出す。
「今後も斗真には、妖獣退治に協力してもらうことになるけど、その時はよろしくね」
同じく、斗真も手を差し出す。
「ああ、よろしく。楓」
二人はしっかりと握手を交わした。
楓の温かく、すべすべした手の感触が斗真の手から伝わる。
暫く握手をしていた二人だが、何故か楓は斗真の手を放そうとしなかった。
「…………楓?」
どうしたのか尋ねる斗真に対して、楓は視線を握っている斗真の手に固定していた。
「斗真って…………やっぱり、ずっと前に会ったような気がするんだよね。高校でない何処かで」
斗真の手を見る楓は、何かを思い出すような遠い顔をしていた。
「それ…………昨日も、ここで聞いた」
斗真は思い出す。
昨日、緑鬼を倒して、斗真でいろいろと話した後。
楓が帰ろうとしたときに、突然斗真の頬を手で包み込んで前述の言葉を言ったのだ。
あの時は、突如の楓の行動にドキドキしたが、改めて考えてみても、斗真と楓は高校での初対面だ。
幼稚園や小学校、中学校は同じでないはず。
少しして、楓は手を離す。
「ごめんね。やっぱり勘違いだよね」
そうは言っても、何だか彼女の顔は名残惜しそうだ。
「それじゃあ、斗真。また明日」
「うん、また明日」
斗真と楓は別れの挨拶をして、その日は解散となった。
その日の夜、斗真は布団に入って寝る前に、ふと…異世界のことを思い出す。
「バディかぁ……」
斗真は楓とバディの関係になったことを不思議に思う。
まさか異世界と言わず、元の世界でもバディを組むことになるとは。
異世界で斗真は同じ勇者である仁、雫、優香と共に戦った。
それは事実だが、厳密には仁たちと違って、斗真と一緒に二人一組でバディを組んで戦った人がいるのだ。
それは斗真たちを、この世界から異世界へ召喚した”王女”だ。
そう……魔族と戦ったのは斗真、仁、雫、優香の四人だけではない。
王女を入れた五人チームだったのだ。
主に、仁が前衛で、雫が後衛。
優香が回復をしつつ、斗真が遠距離からのサポートをしていた。
王女は、仁と同じ前衛。
というか、斗真の護衛。
王女は魔法に卓越しているだけでなく、魔力量も勇者と引けを取らなかった。
だからこそ、膨大な魔力を使う召喚魔法を行使できたのだ。
王女は魔法に習熟しているだけでなく、武芸も熟せていた。
流石、王族の一員なのか…………いや、王女の努力だな。
彼女は槍の名手だったのだ。
楓と同じように。
彼女の槍に、何度斗真は命を救われたか。
「ティアナ……」
斗真は王女の名前を呟く。
もう会えないと分かっているからこそ、寂しさが込み上げてくる。
主観的だけど、自分と王女とは良いバディだと…斗真自身は思っている。
「ティアナ、元気かな……」
ここにいない元バディを思う。
異世界にいるので、無事かどうか確かめようがない。
きっと彼女は、今も元気でいるに違いない。
そう思うようにして、斗真は眠りに付くのだった。




