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婚約者に会う(ぶっ飛ばす)ためにアリスは颯爽と走り出す  作者: 三毛猫ジョーラ


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9/12

第9話 婚約解消の解消


 最初の夏期休暇で帰って以来、マーカスがザイロに帰省することはなかった。彼の卒業も目前に迫り、さすがの私も父に婚約の解消を申し出た。私自身、彼との結婚に希望が持てなかったし、きっとマーカスも私と一緒になろうとは思ってないだろう。たまに届く手紙の端々にあの女の影もちらついてる。


 だが父の返事はたった一言「留意しよう」だった。一筋縄ではいかないだろうとは思っていたので、私は別の手をあれこれと考えていた。そんな折、珍しく父の方から私を呼び出した。もしや父もようやく諦めたか、と淡い期待を持ちながら執務室を訪ねた。


「アリスです。入ります」


 軽くノックをしてから中に入ると、滅多に笑わない父が誰かと談笑している。客人の背中越しに父と目が合うと私に向かって手招きをした。


「アリス。バッシュ殿がお見えだ。ご挨拶なさい」


 父の言葉と同時に客人が振り返る。アーゲン・バッシュ。マーカスの父親であり現辺境騎士団団長だった。


「やぁアリスちゃん。しばらく見ない間にすっかり美人さんになったなぁ」


 アーゲンさんはマーカスとよく似た屈託のない笑顔を見せた。彼は騎士団長というだけあって普段からあちこちを飛び回り滅多に屋敷にいない。実際お会いするのも三年振りくらいになる。


「ご無沙汰しております。アーゲン様」


「いやはやこれは。そんなに畏まらないでおくれアリスちゃん。それにしても子供の成長というのは早いものですな。もう立派な淑女だ」


「いえいえアーゲン殿。まだまだ手のかかる子供ですよ」


 再び雑談を始めた二人を横目に見ながら、私は秘書が運んできた椅子に腰をおろした。今日アーゲンさんが来ているのはおそらくマーカスとの婚約解消についてだろう。ただこの和やかな雰囲気はどうにも腑に落ちない。父との話し合いで円満な解決策でも出たのだろうか? ぼんやりと考えを巡らせているとアーゲンさんが突然私に向き直った。


「時にアリス譲。この度はうちの愚息が申し訳なかった」


 いきなり頭を下げられ驚いた。思わず私も頭を下げ返す。


「いっ、いえ! 私にも至らない所がありました。どうか顔をお上げください」


「話はいろいろと聞いてるよ。まったくうちの馬鹿息子ときたら。先日王都に行く用事があったのでな、しっかりと息子を叱っておいたよ。そんなことではアリスちゃんに愛想をつかさられるぞ、ってな」


 なにやら話がよからぬ方へと進んでいそうな気配がした。この後に続く言葉に私は一抹の不安を覚えた。


「マーカスも卒業後は王都騎士団への入団が決まった。これで胸を張ってアリスちゃんを妻に迎え入れることが出来るだろう。馬鹿息子が不安にさせて申し訳なかったな」


「あ、いえアーゲン様。そういう問題ではなくてですね—―」


「アリス! アーゲン殿もこう仰っているんだ。いい加減我儘を言うのはやめんか」


「でも父上! 私は――」


 必死に食い下がろうとする私を父が一瞬ぎろりと睨んだ。体が無意識に反応し、椅子に座ったまま思わず後ずさりをする。けれど重たい椅子はピクリとも動かず、僅かにギィっと音を立てるだけだった。


「娘はまだ心の整理がつかんのでしょう。あとは私から言い聞かせておきますのでご安心ください」


 父がにこにこと笑いながら立ち上がった。これでこの場はお開きという合図だろう。一寸遅れてアーゲンさんも腰を上げた。


「ではそろそろ公務に戻ります故、私はこれで。例の件お願いしておきますぞ。サイラス殿」


「お任せくださいアーゲン殿。我がグレイン商会、総力を結集して事に当たります」


 二人は両手でがっしりと握手を交わした。私はそれを見ながらゆっくりと立ち上がる。


「ではアリスちゃん息災でな。今度会うのは……婚姻の儀かの? 花嫁衣裳を見るのが楽しみだ」


 はっはっはと快活に笑いながらアーゲンさんは執務室を後にした。扉が閉まると同時にピンと張り詰めた静寂が訪れた。






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