最終話 空飛ぶ……
まばらな街頭が照らす石畳の上をおれは重たい足取りで歩いていた。王都へ来てすぐの頃は夜でも煌々と光が溢れ、昼と変わらぬその賑やかさにはたいそう驚いたものだった。街を行きかう人々や学園の生徒達、誰もが皆、垢抜けて上品に見えた。そんな都会の一人に仲間入り出来た事でおれはある種の優越感に浸っていた。
ジュノに惹かれたのも最初はそんな理由だったのかもしれない。これぞ都会の女性という雰囲気を纏うジュノ。そんな彼女とザイロの街を歩けばみんな羨望の眼差しを向けてきた。そしてその横を並び歩くおれに対しても然り。都会を知る男になれた事がたまらなく心地よかった。だからこそ久し振りに会ったアリスがとても芋くさく見えた。今まで愛らしく見えていた彼女が、急にただの田舎娘に見えてしまった。
だが今はどうか。魔王と戦う彼女はこの上なく綺麗で美しかった。ジュノとは比べ物にならないくらい輝いていた。この王都の街だってそうだ。戦いで傷ついた街は昔ほどの活気はない。疲弊した人々の姿はまったく普通の人ではないか。むしろザイロの人達よりも脆く弱々しく見える。まるで魔法が解けたかのように、おれの目に映る光景はがらりと変わってしまった。
「ザイロに帰ろう……」
無性に故郷が恋しくなった。ザイロで暮らしていた日々が愛おしかった。みんなあの頃と変わらずにいてくれるだろうか? 長らく帰らなかったおれを向かい入れてくれるだろうか?
一人暮らしの薄暗い部屋へと入る。そしてコートを脱いで明かりを灯すと部屋の中には覆面を被った男達がいた。
「ひぃっ!! だ、誰だおまえら!」
「マーカス・バッシュ。貴様はアリス様へ度重なる不敬を働き、あのお方を苦しめた。よって我々が貴様に裁きを下す」
そう粛々と話す男の声はどこか聞き覚えがあった。そしてその男だけでなく、全員の胸元にあの『アリス敬愛倶楽部』のバッチが付けられていた。
「まさか……あんたカルメンさんか?」
「ええ、その通り。私がアリス敬愛倶楽部の創始者なんですよ」
覆面を外した彼の顔はいかにも商人らしくにこにこと笑っていた。だがその目の奥には軽蔑や敵意のようなものが見え隠れしている。そしてやがて、彼の顔から笑みが消えると部屋の雰囲気が一変した。
「どうやら法律ではあなたに罰を与えるのは難しいらしい。だから我々が正当な裁きを与える事にしたよ。自分の罪はちゃんと償いたいだろう?」
「ま、待ってくれ! おれは本当に後悔している! 今後は心を入れ替えると決めたんだ! アリスにも誠心誠意謝罪する!」
床に頭を擦りつけながらおれはひたすら懇願した。だが頭上から聞こえてくるのはカルメンの冷淡な笑い声だった。
「くっくっ。アリス様に会えないのにどうやって謝罪するのかね? そもそもあのお方はおまえからの謝罪など望んでなどいらっしゃらないよ。それにおまえがあのお方に会うなんて事は二度とないのだから」
「やれ」というカルメンの声と同時に男達が一斉に襲い掛かってきた。なんとか抵抗しようとするもおれはあっさりと捕縛された。口に猿ぐつわをはめられ、叫び声すら上げる事が出来ない。それでもおれは何度も何度も彼女の名前を叫んだ。かすかに漏れるおれの呻くような声だけが王都の闇へと消えて行った。
「ううっ! さぶっ!」
私は思わず身震いしながら身をすくめた。遠くの方には山から顔を出し始めた太陽が優しい光を振りまいていた。
「あら、大丈夫? 風邪でも引いたのかしら?」
横に座っていたシンシアさんが心配そうに私を見た。
「いえ大丈夫です。なんだか気持ち悪い声で名前を呼ばれた気がして……」
「今やアリス様は有名人だからねぇ。きっと熱狂的な信者とかだよ」
「もう! やめてくださいよ!」
魔王討伐した事によって私の名前は其処等中に知れ渡った。なんでも『アリス敬愛倶楽部』なるものまであるらしく、私に関連した商品が大いに売れているらしい。商売上手な人がいたもんだ、などと私は暢気に思っていた。
「それにしても便利ね~これ」
そう言いながらシンシアさんは大空の上でごろんと横になった。と言っても本当に空に寝っ転がった訳ではない。
「小さい頃絵本で読んでからずっと憧れだったんです。この空飛ぶ絨毯」
私もシンシアさんの真似をして絨毯の上に寝そべった。思いっきり大の字になって空を見上げると、雲に手が届きそうだった。
この絨毯はもちろん私が風魔法を付与したものだ。南の島で綺麗な絨毯を見つけ、私は「これだ!」とすぐさま購入した。最初はあまりに風が強くて二人共絨毯にしがみついていたけど、シンシアさんのひらめきで光魔法を使って風を遮断する事が出来た。それ以来、私達の空の旅は快適になり、今では枕もちゃんと常備している。なんならお茶でもしながら優雅に空を飛び回る事だって出来てしまう。
「次の目的地は北の台地でしたっけ?」
「そうそう。なんでもおっきな鍋でいろんな食材を煮て、それをみんなで囲んで食べる絶品料理があるみたいよ」
「うわ~それ絶対美味しそうです」
想像しただけでお腹が鳴ってしまった。この旅を始めてから私の体はみるみるお肉がついていった。シンシアさんが「健康的でいいわよ」と言ってくれるので気にしないようにはしているが……。
一通り世界中を周ったら一度ザイロに帰ってみよう。だとすると、みんなに笑われないようにやっぱりあまり太らないようにしなきゃ。
大好きなシンシアさんと美味しい食べ物に囲まれて、今の私は幸せもお腹もいっぱいだ。
――完――
「婚約者に会うためにアリスは空を飛ぶ」を最後まで読んで頂きありがとうございました。長いブランク明けのため、お見苦しい文章が多々あったかと思います。
今回改めて書き手の難しさと楽しさを思い出す事が出来ました。たくさんの人に読んでもらうのは大変なんだなあ、と痛感しました。今後もまたいろんなお話が書いていければと思っております。その際は、是非また目に留めて頂ければ幸いでございます。
重ねまして、最後までお付き合いありがとうございました。
☆やブクマ、リアクションを頂いた皆様、大変励みになりました。
アリス共々心よりの感謝を申し上げます。
三毛猫ジョーラ




