第21話 グレイン家の没落
「おいっ! アリスはまだ見つからんのか!」
グレイン家の執務室では朝から怒声が響いてた。だが秘書のアルバにとってこれくらいの叱責など慣れたもの。下を向き怯えているようにちょっと体を震わせていればいいのだ。
アリスが魔王を倒したという信じられないような話は瞬く間に国中に知れ渡った。本来はグレイン家にとっては大変喜ばしい事なのだが、国の英雄となったアリスは魔王を倒したその日に忽然と姿を消した。噂ではザリンガの大魔法使い、シンシアとどこかへ飛んで行ってしまったというのだが、未だにその行方は分からない。
アリスが消えた影響が真っ先に出てしまったのが、ここグレイン家だった。まずアリスが一人で担っていた剣の魔法付与が出来なくなってしまった。大量の剣の納期が迫る中、焦ったサイラスは新たに付与魔法師を雇ったが、誰一人アリスほどの魔法を付与することは出来なかった。わざわざザリンガでも高名な魔法使いを呼んでもアリスには遠く及ばない。騎士団を始め多くの契約がどんどん打ち切られていった。ただそれだけならば、ある程度の損害で済んだかもしれない。だが人々の多くは疑問に思った。
「なぜアリスは姿を消したのか?」
その理由は驚くほどあっさりと判明した。グレイン商会のとある従業員がアリスが置かれていた環境を暴露した。商会の会長で父親でもあるサイラスは、まだアリスが幼い時分からこき使っていたというのだ。碌に食事も与えず薄暗い屋根裏部屋に閉じ込め昼夜を問わず働かせていた。弟も父と同様にアリスを顎で使い、時には父親以上に無茶な要求をアリスに強いた。母親はアリスに服すら買い与えず、彼女はいつもボロボロの服を着ていた。妹はそんな姉を嘲笑い、事ある毎にアリスを虐めていた。
勿論、これは事実とは異なる。実際はそこまでアリスは虐げられてはいなかった。しかし噂話に尾ひれが付いてしまうのはよくある事。当の本人が否定しない限り、いつしかそれが真実となる。
グレイン家の面々は英雄の家族という称賛を浴びる立場から一転、アリスを虐待していた極悪非道な家族という汚名を授かった。どこへ行っても軽蔑と憎悪に満ちた目で見られるようになってしまった。そしてその暗い過去を背負っていたという話が余計にアリスの人気に拍車をかけた。
グレイン商会は次々に店を畳む事を余儀なくされ借金は膨れ上がった。馴染みの取引先にもそっぽを向かれ今や破産寸前。将来有望と女子からしょっちゅう告白されていた弟は学園を自主退学。母と妹は街を歩けば罵られ、挙句に石まで投げつけられる始末。家族全員が家に引き籠るしかなくなった。
余談ではあるが、アリスに卑猥な嫌がらせをしていたとしてクリフトという従業員の名前が知れ渡った。彼は仕事を失い、家族からも見放され今は行方知れずだという。
「いやよっ! この服を売ったらもう着るものがなくなってしまうじゃない!」
「そうよお父様! やめてっ!」
「ええい、うるさい! 今まで散々無駄使いしよって! 少しは働いて金を作ってこい!」
グレイン家の屋敷には相変わらずの怒声が飛び交っていた。無論使用人などは一人もおらず、彼らはその日の食事すらままならない。夫婦は互いを罵倒し合い、それを見た妹は泣き崩れ、部屋の隅では生気を失った弟が座り込んでいた。
「旦那様、お客様がお見えです」
秘書が案内してきたのは強面の男達だった。先頭に立つ髭の男が借用書を広げ、サイラスの目の前に突き付けた。
「グレインさん。返済期限は今日までだ。おとなしくこの屋敷は明け渡してもらいやすぜ」
「ま、待て! 娘が、アリスさえ見つかれば金はなんとかなる! だからもう少し待ってくれ!」
「あんた娘の居所が分かったとして助けてくれるって本気で思ってるのかい? 散々虐めといてそりゃあ都合のいい話だよ」
「だからあれはデタラメだ! 私達家族は娘を愛していた!」
「はいはい。例え心優しいあんたの娘が助けるとしても、おれはあんたらを許しちゃおけねぇ」
髭の男が胸に輝く金バッチを見せつける。それはアリスの顔を模して作られた「アリス敬愛倶楽部」の会員バッチだった。後ろに控える屈強な男達の胸にもまた、同様のバッチが付いていた。
「英雄アリスを虐げた報いだよ。おい、おまえら! ちゃっちゃと取り掛かれ!」
「へい!」と言う野太い声と共に家中のありとあらゆるものが運び出された。
「やめてぇ! 放してぇ!」
泣き喚く母と妹は抱え上げられ馬車へと押し込まれた。そして父と弟は手縄で縛られ別の馬車に乗せられていった。彼らの行く末は推して知るべしだろう。
「あんたも後始末ご苦労だったな。じゃあ達者でな」
髭の男が去り、がらんとした屋敷に秘書のアルバは一人取り残された。彼もまた明日からの仕事はなくなり職探しの日々が始まる。おそらくその職歴を見ればどこも雇ってはくれないだろう。
彼の脳裏にあの頃のアリスの姿が蘇った。不遇な環境にも負けずひたむきに頑張っていた彼女。なぜ自分は少しでも彼女の手助けしなかったのか。わずかでも味方になってやらなかったのか。後悔ばかりが彼の心に浮かんだ。
屋敷を出て彼は空を見上げる。澄み切った真っ青な空を見上げながら彼はこう願った。
「アリスお嬢様。あなたはもう籠の中の鳥ではありません。どうか自由に大空を飛び回ってください」
彼は金色のバッチをポケットから取り出すと、そっと自分の胸に付けた。
せっかくなのでざまぁ達の話はしっかり書こうと思います。
次回はジュノ編です。




