第一章 歪な日常
朱音類は、私の彼氏だ。
放課後、一緒に帰ったり、休日に本屋へ行ったり。そういう「恋人らしいこと」は確かにしている。
でも――どうしてだろう。
私は彼を「好き」だと思えているのだろうか。手を繋ぎながら、胸の奥が空っぽのままなのを、どうしてもごまかせない。
学校の裏庭に行くと、あの三毛猫がいつもいる。名前なんてないはずだけど、勝手に「ミケ」と呼んでいる。
今日もミケは、ベンチに座る私の足元にすり寄ってきた。
「……あんたは、いいよね。何も求めないでいてくれる」
差し出した指先に、温かい舌が触れる。無条件で寄り添ってくれるその姿に、ほんの少しだけ息が楽になる。
けれど病院では、そんな安らぎは通じない。
診察室の机の向こうで、篠原先生はカルテを閉じて言った。
「緋色さん、君は治る気があるのか? そんな顔で来られても、こちらも困る」
私は答えられなかった。
治りたい。けど、どうしていいのか分からない。分からない私が悪いのだろうか。
ただ、頭を下げるしかなかった。
類と過ごす放課後。
ミケと交わす沈黙の会話。
病院で突きつけられる冷たい言葉。
それら全部が私の日常で、けれどどこか歪んでいる。
――私は本当に、彼を愛せているのだろうか。