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『魔導双星のリベリオン』  作者: 木徳寺
〈第一部〉第1章
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第7話丨師の教え

 ゼファーとの旅が始まって数日後、ノエルは自分の考えが甘かったことを、骨の髄まで思い知らされていた。

 修行は、ノエルの想像を絶するほど過酷だったからだ。


「遅い、遅い!そんな亀のような走り方で、帝国の騎士から逃げ切れるとでも思うとるのか!」


 日の出と共に叩き起こされ、背中に重い岩を背負わされて、険しい山道を走らされる。前世で傭兵として鍛え上げた体力には自信があったが、この世界の重力や空気抵抗が微妙に違うのか、すぐに息が上がってしまう。


「足腰がなっておらん!剣は手だけで振るものではない!体幹、下半身、全身の連動こそが、本当の力を生むんじゃ!」


 午後からは、剣の素振り。ただ振るだけではない。ゼファーが指定した型を、ミリ単位の正確さで、何千回と繰り返す。少しでも型が崩れれば、背後から容赦なく木刀が飛んでくる。

 ノエルの我流の剣術は、実戦での殺傷能力に特化していた。だが、ゼファーに言わせれば、それは「ただの殺しの技術」であり、基礎が全く出来ていない、とのことだった。


 ある日の組手で、ゼファーの木刀に追い詰められたノエルが、無意識に魔力を高ぶらせた瞬間だった。彼の体から、一瞬だけ黒い靄のようなものが陽炎のように立ち上った。ノエル自身は気づいていない。だが、ゼファーの目は、その一瞬の異変を見逃さなかった。


(むっ……?今のは……)


 ゼファーは内心で眉をひそめたが、口には出さず、より一層厳しい檄を飛ばした。


「お主の戦い方は、ただの殺しの技術じゃ。そこには『守る』という意志が欠けておる。力を求めるのは良い。だが、その力の根源に何があるのか。それを理解せぬ限り、お主は本当の強さにはたどり着けぬぞ」


 夜は、焚き火を囲んでの座学。

 ゼファーは、ノエルに戦闘技術だけでなく、薬草の知識やモンスターの生態、大陸を旅するための知恵など、生き抜くために必要なあらゆることを叩き込んだ。


「なぜ、俺がこんなことまで……」


「馬鹿者!戦場では、いつ何が起こるかわからんのじゃ!毒を受ければ薬草で癒し、食料が尽きればモンスターを狩って食う。全ては、生き残るための術じゃ!」


 ノエルは、最初は反発していた。だが、ゼファーの持つ圧倒的な知識と、時折見せる達人の風格に、次第に何も言えなくなっていった。この老人は、本物だ。そのことを、肌で感じていた。


 そんな地獄のような日々の中で、一つだけ、ノエルが師匠に勝てるものがあった。


「うげっ……じいさん、これ、本当に食えるのか……?」


「むっ……失礼な奴じゃな!ワシが心を込めて作った猪の丸焼きじゃぞ!」


 ある日の野営で、ゼファーが夕食の準備をした。だが、出来上がった料理は、炭のように真っ黒焦げで、形容しがたい異臭を放っていた。


「……明日からは、俺が作る」


 一口食べて、ノエルは真顔でそう宣言した。

 前世で、世界中の戦場を渡り歩いた経験は、意外なところで役に立った。どんな環境でも、手に入る食材で、そこそこの味の料理を作る術を、彼は身につけていたのだ。


「むぅ……」


 ノエルが作ったシンプルな塩味のスープを飲みながら、ゼファーは少しだけ傷ついたような顔で黙り込んだ。

 この瞬間だけは、ノエルが師匠に勝てた、唯一の瞬間だった。


 ♦


 ゼファーとの修行の旅が始まってから、半年が過ぎた。ノエルは、アシュタロテ大陸を横断し、アーテナ大陸へ渡るための港町、ポルト・フィオーレを目指していた。

 その道中、一行は険しい山道で、一頭の強力なモンスターに遭遇した。


 鷲の上半身と、獅子の下半身を持つ、魔獣「グリフォン」。その鋭い爪は鉄をも引き裂き、空を舞う姿は、まさに天空の王者そのものだった。


「じいさん、ここは俺にやらせてくれ」


 これまでの修行の成果を試すべく、ノエルは一人でグリフォンに挑むことを志願した。


「……よかろう。だが、無理はするな。死んだら元も子もないからの」


 ゼファーは、静かに頷いた。


 ノエルは、この半年で叩き込まれた剣術の型と、精密になった魔力操作を駆使して、グリフォンに立ち向かう。

 風の魔法で牽制し、懐に飛び込んでは、剣で浅い傷を負わせる。一進一退の攻防。以前の自分なら、手も足も出なかったであろう上級モンスターと、互角に渡り合えている。その事実に、ノエルは確かな手応えを感じていた。


 だが、上級モンスターの力は、想像を絶していた。

 一瞬の隙を突かれ、グリフォンの鉤爪がノエルの体を深く切り裂く。


「ぐあああっ!」


 激痛と共に、地面に叩きつけられる。朦朧とする意識の中、グリフォンがとどめを刺そうと、大きく口を開けるのが見えた。


(クソッ……)


 エリスの顔が、脳裏をよぎる。

 その瞬間、ノエルの内側で、何かが弾けた。


「オオオオオオオオオオッ!」


 人間のものではない、獣のような咆哮が、ノエルの口から迸る。

 彼の体から、黒い雷のような魔力が溢れ出し、周囲の木々をなぎ倒していく。瞳は赤く染まり、意識は憎悪と破壊衝動に塗りつぶされていく。


 ノエルは、もはや自分の意思とは関係なく、グリフォンに向かって黒い雷を放った。その一撃は、グリフォンの翼をたやすく焼き切り、断末魔の叫びを上げさせる。

 だが、その力は制御できず、ノエル自身の体をも蝕んでいく。


「ぐっ……あ……あああああ!」


 このままでは、力に飲み込まれる。

 そう思った瞬間、首筋に強い衝撃を受け、ノエルの意識は強制的に引き戻された。


「――目を覚ませ、小僧!」


 ゼファーが、ノエルの首に手刀を打ち込み、暴走を止めたのだ。


「はっ……はあっ……じい、さん……?」


「……危ないところじゃったな」


 ノエルは、自分のしでかしたことを理解し、震える手を見つめた。

 この力は、あまりにも危険すぎる。



 「今の力……あれが、お主の内に眠る『混沌』の片鱗じゃ」


 その夜の野営で、ゼファーは静かに語り始めた。パチパチと音を立てて燃える焚き火が、二人の顔をぼんやりと照らし出している。昼間の激闘が嘘のように、森は静寂に包まれていた。だが、ノエルの心は、荒れ狂う嵐のようだった。


 彼は、自分の両手を見つめる。この手で、あの黒い雷を放った。グリフォンを倒したという達成感は微塵もなく、あるのは得体の知れない力への恐怖と、自分自身への嫌悪感だけだった。意識が飛んでいた間の記憶は曖昧だが、全身を駆け巡ったあの破壊衝動の感触だけは、生々しく残っている。


「……あれは、俺の力じゃない。何かが、俺の中に……」


 ノエルの震える声に、ゼファーは重々しく頷いた。


「……ワシも初めて見るがのぅ。生まれながらにしてそれを宿す者はお主が初めてじゃろう。世に言う、呪われし『黒の悪魔因子』。その力は、お主の怒りや憎しみ、焦りといった負の感情に呼応する。感情が高ぶれば高ぶるほど、力は増大するが、同時に、お主の魂を喰らい、理性を奪う。諸刃の剣、いや、それ以上に厄介な代物じゃ」


「黒の……悪魔因子……」


 初めて聞く言葉だった。だが、その響きは、昼間の暴走の正体を的確に言い表しているように感じられた。


「じゃあ、俺は……この力を使っちゃいけないのか……?こんな力、ない方が……」


「そうではない。力に善悪はない。あるのは、それを使う者の意志だけじゃ。お主があの力を制御したいと望むなら、方法は一つしかない」


 ゼファーは、燃え盛る焚き火に木の枝をくべながら、続けた。


「まず、己の心を知ることじゃ。何に怒り、何を恐れ、何を愛おしいと感じるのか。己の弱さと向き合い、それを受け入れる覚悟を持つこと。昼間の戦い、お主はなぜ力を暴走させた?死の恐怖か?それとも、守りたいものを守れないという、己の無力さへの怒りか?」


「……!」


 ゼファーの言葉が、ノエルの胸に突き刺さる。そうだ、あの時、俺は死ぬことよりも、エリスとの約束を果たせずに終わることが、何よりも怖かった。そして、無力な自分自身に、腹が立って仕方がなかったのだ。


「その感情こそが、お主の力の源であり、同時に、お主を滅ぼす毒にもなる。その力を御したいのであれば、まずはお主自身の心の在り様を定めねばならん。感情に飲まれるのではなく、感情を力へと昇華させる。言うは易いが、ワシにとっても至難の業じゃ」


「……」


 ノエルは、黙って焚き火の炎を見つめていた。ゆらめく炎の中に、エリスの笑顔が、そして両親の優しい顔が浮かんでくる。

 前世の俺は、ただ任務として、感情を殺して敵を排除してきた。だが、今は違う。守りたいものができた。その想いが、俺の力の源になっている。そして、その想いが強すぎるあまりに、俺は力に飲まれかけた。


「俺は……強くなりたい。エリスを助けるために。もう、誰にも負けないくらい、強く。この力に飲まれるわけにはいかないんだ」


 絞り出すような、しかし確かな決意が込められた言葉だった。


「うむ。その想いこそが、お主を繋ぎ止める楔となる。忘れるな、ノエル。力に溺れるな。常に、己が何のために戦うのかを、その胸に刻みつけておくんじゃ。それができれば、その呪われし力も、いつかはお主だけの、かけがえのない力となるじゃろう」


 ゼファーの言葉は、重く、そして温かかった。

 この出来事を通じて、ノエルは自らの内に眠る危険な力と、そして、それを制御するための本当の意味での「強さ」と、初めて真剣に向き合う覚悟を決めたのだった。


 ♦


 ノエルとゼファーの修行の旅が始まってから、一年が過ぎた頃。二人は、アシュタロテ大陸の中央に位置する、冒険者と職人たちの街「フォージスト」を訪れていた。この街は、大陸中から腕利きの鍛冶師が集まることで知られ、その工房から打ち出される武具を求め、多くの冒険者で賑わっている。


「じいさん、なぜこんな街に? アーテナ大陸へ向かうなら、もっと東へ進むべきだろ」


 活気あふれる街の様子を珍しそうに見回しながら、ノエルが尋ねる。


「うむ。少し、寄り道じゃ。お主も、そろそろ『それ』では限界じゃろうて」


 ゼファーが指差したのは、ノエルが腰に提げた、一本の木剣だった。リーフェン村の樫の木から削り出し、二年近くもノエルの修行に付き合ってきた相棒。だが、先日のロックゴーレムとの戦闘で、大きな亀裂が入ってしまっていた。


「……別に、まだ使える」


「馬鹿者。武器は、戦士にとって己の半身も同然。いつ壊れるやも知れぬようなものを、相棒とは呼べんわ。それに、お主の力は、もはやただの木剣に収まるものではなくなっておる。今日の目的は、お主の、本当の相棒を見つけることじゃ」


 ゼファーに連れられて、ノエルは、カン、カン、とリズミカルな槌の音が響き渡る、鍛冶師たちの工房が立ち並ぶ地区へと足を踏み入れた。熱気を帯びた空気、石炭の燃える匂い、そして、職人たちの誇りと魂が込められた、鋼の匂い。その全てが、ノエルにとって新鮮だった。


 数ある工房の中から、ゼファーが選んだのは、一際古く、しかし、風格のある佇まいの一軒だった。看板には『グリムガル工房』とだけ、無骨な文字で刻まれている。


「ごめんください」


 ゼファーが声をかけると、店の奥から、顔中が見事な白髭で覆われた、小柄だが、岩のように屈強なドワーフの老人が顔を出した。


「……なんじゃ、人間か。ひやかしなら、他所へ行け。ワシは、見る目のない客に売る剣は、持ち合わせとらん」


 店主グリムガルは、ノエルを一瞥すると、興味なさそうに言った。


「これは、これは、グリムガル殿。お久しゅうございますな。相変わらず、お元気そうで何よりじゃ」


 ゼファーが、にこやかに挨拶をする。どうやら、二人は旧知の仲らしい。


「む……? お主、その声は……まさか、閃光のゼファーか! 生きておったのか、このスケベじじいめ!」


「はっはっは。人聞きの悪いことを言うでない。今日は、この孫同然の弟子に、一本、見繕っていただきたくてな」


 グリムガルは、改めてノエルを頭のてっぺんからつま先まで、値踏みするように見つめた。そして、ふん、と鼻を鳴らすと、店の奥から、数振りの剣を無造作に持ってきた。


「好きなのを選べ、小僧。だが、剣に選ばれんかったら、金輪際ワシの工房の敷居は跨がせん」


 並べられたのは、どれも実戦を想定した、質実剛健な剣ばかりだった。華美な装飾はないが、その刀身からは、職人の確かな腕と魂が感じられた。

 ノエルは、その中の一本、わずかに反りの入った、黒い鞘の長剣に、なぜか惹きつけられた。


「……これだ」


 ノエルがその剣を手に取ると、ずしりとした重みが、心地よく腕に伝わってきた。重心のバランスが完璧で、まるで、自分のために作られたかのように、しっくりと手に馴染む。


「ほう……。そいつを選ぶか、小僧。なかなか、見る目がある。それは、ワシが若い頃、隕鉄を混ぜて鍛えた、自慢の一振りじゃ。頑丈なだけが取り柄だが、どんな魔力にも耐えうるはずじゃ」


 グリムガルが、少しだけ嬉しそうに言った。

 ノエルは、剣を抜き放つ。磨き上げられた刀身が、工房の薄暗い光を反射して、鈍い輝きを放った。彼は、その剣に、自らの魔力を、ほんの少しだけ流し込んでみる。すると、剣が、ぶぅん、と、共鳴するように、低く、微かに唸った。


「……決めた。こいつがいい」


「決まりじゃな。代金は、ツケで頼むぞ、グリムガル殿」


「馬鹿言え、このじじい! ちゃんと貰うもんは貰うわ!」


 軽口を叩き合いながらも、グリムガルの顔には、満足げな笑みが浮かんでいた。

 その日の夜、野営地で、ノエルは、手に入れたばかりの剣を、何度も、何度も振っていた。シュッ、と空気を切り裂く音が、木剣のそれとは全く違う。それは、紛れもなく、命を奪うための、本物の鋼の音だった。


(……相棒、か)


 ノエルは、剣の柄を固く握りしめた。

 それは、彼の、エリスを救うという決意の、新たな象徴となった。少年が、戦士へと、また一歩、近づいた夜だった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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