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『魔導双星のリベリオン』  作者: 木徳寺
〈第一部〉第1章
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第6話丨新たな謎と決意

 アヴァロンに帰還した三人を待っていたのは、アークスの執務室の重苦しい静寂だった。報告を聞くアークスの顔からは、いつもの人懐っこい笑みは消え、腕を組み、珍しく険しい表情で黙り込んでいた。漆黒に閉ざされた空間が、彼の放つ圧によってさらに収縮していくように感じられた。


「――なんだと? 奴が、なぜ現世に……。計画にないイレギュラーだ」


 アークスの呟きは、新宿に現れた謎の人物の出現が、彼の壮大な計画にとっても想定外の脅威であることを示していた。


「これが、現場に残されていたものです」


 麗華が、解析用のケースに入れた黒い金属片を、テーブルの上にそっと置いた。アークスはそれを手に取ると、目を細めてまじまじと見つめる。


「……この紋様、どこかで……」


 その時、自らの端末で解析を続けていた麗華が、息を呑んで顔を上げた。その表情は、驚きと混乱に彩られている。


「……解析結果が出ました。この金属片の組成は、地球上には存在しない未知の物質です。そして……微弱ですが、魔力の残滓を検出。その波長パターンがほぼ一致する人物がいます……」


 麗華は一度言葉を切り、信じられない、とでも言うように唇を震わせた。


「……黒江 葉……兄さんのものと、酷似…しています……」


「何だと!?」


 リヒトは、思わず椅子から立ち上がった。耳を疑い、麗華の顔を凝視する。彼女の瞳は大きく見開かれ、血の気が引いたように青ざめていた。


 その瞬間、沈黙していたアークスの表情が一変した。険しい顔から一転、全てのピースが繋がったかのように、口の端を吊り上げて不敵な笑みを浮かべた。


「面白いことになってきたじゃねえか」


「どういうことです、アークス殿!」


「現世の人間もな、実は極々微弱だが、魔素を持ってる奴がいる。ヨウはソレだ。だからヨウの魔素データも、この組織は把握している」


「私が言いたいのは、そういうことではありません!」


 リヒトが詰め寄るが、アークスは楽しそうに続ける。


「ヨウの魂は、今、テラ・スフィアにある。だが、その肉体という『器』は、俺達が回収して、残されたままだった。普通ならそれは朽ちるだけだが……その抜け殻に、何者かが、別の何かを憑依させた……。それが、ヤツの正体だろうよ」


 あまりに衝撃的な事実に、リヒトと麗華は言葉を失う。

 頭を鈍器で殴られたような衝撃。麗華は、唇を噛みしめ、溢れそうな涙を必死に堪えている。兄の身に、一体何が起こっているのか。そして、兄の肉体を乗っ取っている人物は何者なのか。新たな、そしてあまりにも残酷な謎が、二人の前に立ちはだかった。


「お前たちの初任務は、思わぬ収穫をもたらしてくれた。礼を言うぜ、二人とも」


 アークスは満足げに頷くと、立ち尽くすリヒトと麗華に告げた。その声には、世界の運命を弄ぶかのような、絶対的な自信が満ちていた。


「これからも、俺たちに協力してもらう。世界の真実を解き明かすため、そして、お前たちの大切なものを取り戻すためにな」


 リヒトは、固く拳を握りしめた。

 故郷の危機、世界の謎、そして、まだ見ぬ「双星」の片割れである、黒江 葉の数奇な運命。その全てが、今、自分の双肩にかかっている。無力感に打ちひしがれている暇はない。


 (故郷も、この世界の仲間も、そしてまだ見ぬ双星の片割れも…俺が守らねばならない。それが、アルクライドの名を継ぐ者としての、俺の使命だ!)


 彼の隣で、麗華もまた、涙を拭い、固い決意の表情で頷いていた。その瞳には、悲しみよりも強い、真実を求める光が宿っている。


 (お兄ちゃんは、どこかで戦っている。そして、その体は、何者かに利用されている…。必ず、私が助け出す…!)


 二人は、視線を交わした。言葉はなくとも、互いの覚悟は痛いほど伝わってくる。

 それぞれの想いを胸に、この世界の、そして二つの世界を巡る、巨大な陰謀に立ち向かうことを、改めて誓った。彼らの前には、さらに深く、暗い世界の闇が広がっていた。


 アークス・レオンの執務室から出たリヒトと麗華は、無言のまま、長い廊下を歩いていた。漆黒の壁に吸い込まれそうな圧迫感のある空間から解放されたというのに、二人の心は、鉛のように重かった。

 謎の男の正体、二つの世界を巡る神々の思惑、そして、自らがその鍵を握る『双星』の一人であるという、あまりに荒唐無稽な宿命。


「……信じられますか?私たちが、神の娯楽のために作られた存在だなんて」


 先に沈黙を破ったのは、麗華だった。その声は、怒りと悲しみを押し殺したように、微かに震えていた。


「……信じたくはない。だが、アークス殿の話が真実ならば、俺たちの故郷も、そして君の兄君の身も、その神々の気まぐれに弄ばれているということになる」


 リヒトは、固く拳を握りしめた。無力感に苛まれていた自分に、今、戦うべき理由が、守るべき道が、明確に示されたのだ。それがどれほど険しく、絶望的な道であろうとも。

 廊下の突き当りで、二人は立ち止まり視線を交わした。言葉はなかったが、互いの瞳に宿る決意は痛いほどに伝わってくる。


(俺は、騎士だ。民を、国を、そして仲間を守るのが、俺の誓い。たとえ相手が神であろうとも、その理不尽に、この剣を以て抗ってみせる!)


(お兄ちゃん……。あなたは、今どこかで戦っている。そして、その身体は、何者かに利用されている。待っていて。どんな謎も、私がこの手で解き明かして、必ず、あなたを取り戻すから……!)


 異世界から来た騎士と、現世の天才ハッカー。

 それぞれの守るべきもののために、二人は世界の巨大な謎に、共に立ち向かうことを誓った。それは、まだ誰にも知られていない、二つの世界に跨る反逆の狼煙が、静かに上がった瞬間だった。

 

 ◆

 

 アヴァロンでの目まぐるしい日々が、嘘のように静かな休日だった。

 リヒトは連日のシエラとの特訓で全身が悲鳴を上げ、麗華もまた、膨大なデータの解析で頭脳を酷使していた。そんな二人を見かねたのか、あるいは気まぐれか、アークスから「たまには息抜きも必要だろ?」という一言と共に、丸一日の休暇が与えられたのだ。


 午前中、リヒトは自室で瞑想と剣の手入れに時間を費やしていた。故郷の流儀で心を整えていると、不意に、部屋の通信パネルが鳴った。画面に映し出されたのは、珍しく私服姿の麗華だった。


『リヒトさん、今、お時間ありますか?』


「ああ、麗華君か。問題ない。何かあっただろうか?」


『いえ、大したことじゃないんですけど……。いつもレーションばかりじゃ味気ないでしょうから、たまにはちゃんとした食事でも、と思って。もしよろしければ、お昼ご飯、一緒にどうですか?私が作りますので』


 その申し出は、リヒトにとって予想外のものだった。故郷では、食事は料理人が作るもの。騎士である自分が、女性に手料理を振る舞ってもらうなど、考えたこともなかった。だが、それ以上に、彼女の気遣いが嬉しかった。


「それは、ありがたい。ぜひ、ご相伴にあずかりたい」


『じゃあ、決まりですね。よかったら、買い物も一緒に行きませんか? アヴァロンの中にも、結構大きいスーパーマーケットがあるんですよ』


 こうして、二人のささやかな休日は、アヴァロンの商業区画にあるスーパーマーケットから始まった。


 ◆


「こ、これは……なんという……」


 自動ドアを抜け、店内に足を踏み入れたリヒトは、目の前に広がる光景に絶句した。

 天井まで届きそうな棚に、色とりどりの、見たこともない食材が、整然と並べられている。野菜、果物、肉、魚。その種類の豊富さは、ガルニア帝国の王宮の厨房さえも、遥かに凌駕していた。人々は、『カート』と呼ばれる鉄の籠を押しながら、楽しげに品物を選んでいる。


「リヒトさん、どうかしました?」


「いや……。これほどの物資を、これほどの民が、自由に手にできるとは……。我が故郷では、考えられん光景だ……」


 リヒトの真剣な感嘆に、麗華はくすりと笑みをこぼした。彼にとっては、この日常の光景すらも、驚異の連続なのだろう。


「今日のメニューは、カレーにしようと思うんです。兄が、よく作ってくれたので」


 麗華は、少しだけ懐かしむような顔で言うと、手際よくカートに必要な食材を入れていく。ジャガイモ、ニンジン、タマネギ……。


「麗華殿、その白い根のようなものは、何かの薬草か? ずいぶんと大きいが」


「あ、それは大根です。今日は使いませんけど……煮物にすると美味しいんですよ」


「にもの……? して、その『ぽんず』と書かれた瓶は、回復薬か何かだろうか?」


「それは調味料です。食べ物にかける、液体の……」


 リヒトの珍妙な質問の一つ一つに、麗華は、呆れるというより、むしろ楽しそうに、丁寧に答えていく。兄の失踪以来、彼女がこれほど自然な笑顔を見せるのは、久しぶりのことだった。

 二人は、まるで本当の兄妹のように、穏やかな時間を共有していた。


 ◆


 買い物を終え、二人は麗華の自室へと戻った。アヴァロンの居住区画にある彼女の部屋は、質素だが清潔に整えられており、一角にはコンパクトなキッチンが備え付けられている。


「さて、と。腕によりをかけて作りますね」


 エプロンをつけた麗華が、買ってきた野菜を洗い始める。その姿を見て、リヒトは居ても立ってもいられなくなった。


「麗華君、俺にも何か手伝えることはないだろうか。故郷では、野営の準備も騎士の務めだった。火起こしや、食材の下準備くらいなら、心得がある」


「え? あ、でも……」


 戸惑う麗華をよそに、リヒトは意気揚々とジャケットを脱ぎ、腕まくりをした。

 だが、その意気込みは、すぐに空回りすることになる。


「む……! この『ぴーらー』という道具、なんという扱いづらさだ……!」


 リヒトは、ジャガイモを前に、ピーラーをまるで短剣のように構え、格闘していた。結果、ジャガイモは見るも無残な多角形となり、皮よりも実の方が多く削り取られてしまった。


「……リヒトさん、ジャガイモは私がやりますので、タマネギをお願いします」


「うむ、任された!」


 気を取り直し、タマネギを手に取るリヒト。彼は、愛用のナイフを取り出すと、目にも止まらぬ速さで、タマネギをみじん切りにし始めた。その剣捌きは、まさに達人の領域。

 だが。


「……目が……目が、開けられん……! これは、帝国にもなかった未知の毒物か……!?」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、悶絶するリヒト。そのあまりに騎士らしからぬ姿に、麗華は、ついにこらえきれずに吹き出してしまった。


「あははっ! リヒトさん、顔、すごいことになってますよ!」


「わ、笑いごとではない! これは、由々しき事態だ……!」


 結局、リヒトは、麗華から「応援に専念してください」と丁重に戦力外通告を受け、キッチンの隅でおとなしく座っていることになった。


 やがて、部屋中に、食欲をそそるスパイシーな香りが立ち込める。

 麗華が、少しだけ不格好になった野菜の入ったカレーライスを、テーブルに並べた。


「お待たせしました。どうぞ、召し上がれ」


 リヒトは、生まれて初めて見る、茶色い料理を前に、恐る恐るスプーンを口に運んだ。

 その瞬間、彼の瞳が、驚きに見開かれた。


「……美味い」


 ぽつりと、本心の声が漏れた。

 様々なスパイスが織りなす、複雑で、奥深い味わい。野菜の甘みと、肉の旨味が、完璧に調和している。


「……! これは、素晴らしい! 我が故郷の、どんな宮廷料理よりも、滋味に溢れている! 麗華君、君は、天才料理人でもあったのか!」


 手放しの、しかし心の底からなる称賛に、今度は麗華の方が、顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「そ、そんな、大げさですよ……。ただの、家庭料理ですから……」


 穏やかな昼食の時間。二人は、戦いのことも、世界の謎のことも忘れ、ただ、目の前の温かい食事を楽しんだ。

 それは、巨大な陰謀が渦巻く、非情な世界の中で見つけた、ささやかで、しかし、かけがえのない宝物のような時間だった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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