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『魔導双星のリベリオン』  作者: 木徳寺
〈第一部〉第1章
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第3話丨因縁の序曲

 俺とエリスの間に、新たな絆が芽生えてから数週間後。

 村の平穏は、突如として終わりを告げた。


――ゴオオオオオオッ!


 大地を揺るがすような、凄まじい咆哮。それは、村の近くの森から聞こえてきた。村中の人々が、恐怖に顔をこわばらせて空を見上げる。

 森の木々が、まるで巨大な何かに薙ぎ払われるように、なぎ倒されていく。


「な、なんだありゃ……!?」


 村の見張り台にいた男が、震える声で叫んだ。

 その視線の先には、翼を持つ巨大な竜――ワイバーンの姿があった。その体躯は村の家よりも大きく、鋭い爪と牙が陽光を浴びて鈍く輝いている。


「父さん、無茶だ!相手は上級モンスターだぞ!?」


 父のトマスが、村の男たちを集めて警備隊を組織し、ワイバーン討伐に向かうことを決意した。俺は、父の無謀な決断を必死に止めようとした。前世の知識が、この戦いがいかに無謀であるかを告げていた。


「だが、誰かがやらねばならんのだ。俺は元冒険者だ。お前たちの父親だ。家族と、この村を守るのが、俺の仕事だ」


「だけど……」


 トマスの決意は固かった。その目には、恐怖ではなく、覚悟の光が宿っていた。俺の中には葉の魂が入っている。その事に少しの後ろめたさを感じながら、見送った父の背中がやけに大きく見えた。


 トマスと警備隊がワイバーンの討伐に向かってどのくらい経ったか。ノエルは、運ばれてきたケガ人を必死に治療する母へと告げた。


「ごめん、母さん。俺、やっぱり行くよ」


「ノエル……」


「俺だって長男なんだ。父さんを助けたい」


 母ミリアは、ノエルのその言葉に対して何も言わなかった。ただノエルのことを見つめ、頷いた。


「ありがとう、母さん。いくぞ、エリス」


「うん、急ごう!」


 ノエルはその場にいたエリスを連れ、全速力で父の元へ向かった。

 その背中を見守るミリアの表情は、成長した愛する息子への少しの期待感と、子どもを危険地帯に送り出す大きな不安の、両面を覗かせていた。


 ♦


 警備隊は、ワイバーンに全く歯が立たなかった。鋭い爪と炎のブレスの前に、次々と倒れていく。


「父さん!」


 俺は、エリスと共に現場へと駆けつけた。

 そこには、絶望的な光景が広がっていた。


(……遅かった。恐らく何人かはもう……)


「ノエル……!なぜ来たんだ?!」


 トマスは息子が突然現れたことに驚愕する。上級モンスターへ勇み足な息子を止めるべきだったが、一瞬思考が止まってしまった。


「エリス、援護を頼む!」


 父の静止も聞かず、ノエルはワイバーンへ向かいだす。


 トマスの手は、ノエルの風の如き速度を捉えることができなかった。


「わかっているわ!」


 エリスに風魔法での援護をもらいながら、俺は木刀を握りしめ、ワイバーンへと突撃する。


「やめろ、ノエル!そんな武器で何ができる!」


 エリスの放つ風の刃が、ワイバーンの注意を引く。その隙に、俺はワイバーンの足元に滑り込み、アキレス腱を切り裂いた。


ギャオオオオ!


 苦痛の叫びを上げ、ワイバーンが片膝をつく。

 好機だ。だが、俺たちの攻撃はそこまでだった。体勢を立て直したワイバーンの尻尾が、俺の体を無慈悲に打ち据える。


「ぐっ……!」


 意識が遠のいていく。

 エリスと父の悲鳴が、どこか遠くで聞こえる。俺は、自分の無力さをただ噛みしめることしかできなかった。


 あっけない死、短い人生だった。


 俺は前世と違い、人を助けるためだけに動いた。けれど、守ると誓った人たちを守れずに、こんなにもあっさりと死ぬのか。

 俺は、自ら評価していた自分よりもずっと無力だった。


 (ここまで、か……)


 諦めかけた、その時だった。


「――退屈しのぎにはなるかと思ったが、期待外れだな」


 まるで遊びに飽きた子供のような、無機質な声が響いた。

 いつの間にか、ワイバーンの眼前に、一人の人影が立っていた。フードを目深に被り、その素顔は窺えない。だが、その体躯から放たれる威圧感は、尋常ではなかった。


 ワイバーンが威嚇の咆哮を上げるが、その人影は意にも介さない。


「五月蝿い」


 ただ一言。

 その言葉と同時に、天が裂けたかのような轟音が響き渡った。

 紫色の雷が、天から無数に降り注ぎ、ワイバーンを串刺しにする。それはもはや、魔法というより天災そのものだった。


 断末魔の叫びすら上げることなく、ワイバーンは一瞬で塵と化した。


 人影は、俺たちを一瞥することもなく、興味を失ったように踵を返す。


「なっ……待ってくれ!」


 俺は必死に声を張り上げるが、人影は闇に溶けるように消えてしまった。

 後に残されたのは、圧倒的な力の残滓と、呆然と立ち尽くす俺たちだけだった。その人知を超えた圧倒的な力は、俺の心に、届かぬ高みへの強烈な憧れと、さらなる強さへの渇望を植え付けた。


 ♦


 謎の人物がワイバーンを倒した後、村は静まり返っていた。

 焦げ付いた地面、なぎ倒された木々、そしてワイバーンがいた場所には、雷撃によって抉られた巨大なクレーターだけが残されている。その光景は、先ほどまで繰り広げられていた死闘の激しさと、それを一瞬で終わらせた圧倒的な力の存在を、雄弁に物語っていた。


 助かったという安堵よりも、人知を超えた力への畏怖が、村人たちを支配していた。負傷した父や生き残った警備隊の男たちも、言葉を失い、ただ呆然と空を見上げている。


「一体、何者だったんだ……」


「あれほどの雷魔法……まさか、伝説の『雷神』……?我々は、神に救われたのか……?」


 村人たちの囁きを聞きながら、俺とエリスは、自身の力のなさに唇を噛み締めていた。

 あの力の前では、俺たちの努力など、児戯に等しい。必死に食らいつき、命を懸けて戦った相手を、あの人物はまるで虫けらのように、一瞬で消し去った。悔しさ、無力感、そして、ほんの少しの憧憬。様々な感情が、胸の中で渦巻いていた。


 その夜、俺は父と話をした。母が父の傷の手当てをする傍らで、俺は意を決して口を開いた。


「父さん、俺、もっと強くなりたい」


 俺の言葉に、トマスは包帯を巻くミリアの手を止めさせ、ゆっくりと体を起こした。そして、俺の目をじっと見つめた。その目は、昼間の戦いで見せた勇ましさとは違う、静かで、深い色をしていた。


「……そうか。あの力を見せつけられちまったからな。そう思うのも、無理はねえ」


 トマスは、自身の無力さを噛みしめるように言った。


「俺はな、ノエル。昔、上級冒険者として、それなりに名の知れた存在だった。だが、王級の壁は越えられなかった。自分の限界を知って、この村で、お前やミリアと静かに暮らすことを選んだんだ。だが、今日、思い知らされたよ。この村の平和なんて、薄氷の上にあるような、脆いもんだってな」


 父は、俺の肩に手を置いた。その手は、傷の痛みか、それとも悔しさからか、わずかに震えていた。


「お前には、俺にはない才能がある。それは、父親だからわかる。この村にいて、俺から剣を学ぶだけじゃ、お前はいずれ、俺と同じ壁にぶつかるだろう。だから……」


 トマスは一度言葉を切り、そして、力強く言った。


「お前はもう、この村に収まる器じゃねえ。外の世界へ行け、ノエル。そして、お前の信じる道を突き進め。本当の強さを、その手で掴んでこい」


 それは、父が俺の成長を認め、そして、自分の果たせなかった夢を託すような、そんな言葉だった。

 母のミリアも、涙を浮かべながら俺の背中を押してくれた。


「体にだけは、気をつけるのよ。どんなに強くなっても、あなたは私たちの大切な息子なんだから。いつでも、ここに帰ってきていいのよ」


 両親の温かい言葉が、胸に沁みた。

 俺は、この村を出て、冒険者になることを決意した。

 エリスと共に、あの「雷神」のような、本当の強さを手に入れるために。


 ♦

 

 旅立ちの準備を進めていた、ある日のことだった。

 村に、見慣れない一団がやってきた。アーテナ大陸の大国、ガルニア帝国の軍服を身にまとった兵士たちだ。


「私はガルニア帝国の聖騎士長アストル。この村に、強力な魔法の使い手がいると聞いた。我々と共に来てもらおう」


 隊長らしき男が、エリスを指差して言った。彼らは、戦争で疲弊した戦力を補充するため、力のある者を強制的に徴兵しているのだという。

 大陸を跨いでまで、珍しい精霊魔法を扱うエリスのことを嗅ぎつけてきたらしい。


「嫌よ!私は行かない!」


「抵抗は許さん!」


 兵士たちが、エリスに掴みかかろうとする。俺は、迷わず兵士たちの前に立ちはだかった。


「この子には、指一本触れさせない」


 俺は次々と兵士たちを打ち倒していく。だが、隊長として部隊を率いていた聖騎士アストルは、格が違った。


「小僧が、身の程を知れ」


 聖騎士の振るう剣が、俺の体を吹き飛ばした。魔力を剣に纏わせる、魔剣化。聖騎士クラスの騎士だけが使える高等技術だ。


「ノエル!」


 エリスの悲鳴が響く。薄れゆく意識の中、俺は聖騎士に連れ去られていくエリスの後ろ姿を見ていた。


(くそっ……こんなところで……)


 ノエルは地面に伏せ、そのまま意識を失った。


「――やれやれ、若者は血の気が多くていかん」


 ノエルは意識が途切れる寸前、そんな声を聞いた気がした。


 ♦


「……目が覚めたかの」


 穏やかな、しかし芯の通った声が、頭上から降ってきた。

 ノエルが目を開けると、見慣れた自室の天井と、心配そうに顔を覗き込む老人の姿があった。腰に差した一振りの剣。ワイバーンを倒し、そして、帝国騎士に敗れ意識を失う直前に現れた、あの老人だ。


「ここは……?」


「お主の家じゃ。お主の両親は先程、村の復旧作業の手伝いに出ていったぞい」


 その言葉で、ノエルの意識は完全に覚醒した。帝国。聖騎士アストル。そして、連れ去られたエリスの姿。


「くそっ!」


 ノエルは、怒りと無力さに身を任せ、ベッドのシーツを強く握りしめた。勢いよく体を起こし、老人に詰め寄る。


「あんた、何者なんだ!?奴らはどこへ行った!?エリスは……エリスはどうなったんだ!」


「落ち着け、小僧。今のままのお主が行ったところで、犬死にするだけじゃ。あの聖騎士一人に、手も足も出なかったお主が、どうやって帝国と戦うというんじゃ?」


「それは……っ」


 的確な指摘に、ノエルは言葉を詰まらせる。悔しいが、老人の言う通りだった。

 悔しさに俯くノエルに、老人は静かに語りかけた。


「お主、面白いものを持っておるな。その身に宿す魔素……それはただの魔素ではない。もっと禍々しく、混沌とした何かじゃ」


「……!」


 ノエルは息を呑んだ。この老人は、一目見ただけで、自分の内に秘めた力の異質さを見抜いたというのか。


「その力、今のままではお主自身を滅ぼすぞ。だが、もしそれを正しく制御し、己が力とすることができたなら……あるいは」


 老人は、そこで一度言葉を切り、ノエルの目を真っ直ぐに見つめた。


「ワシの名はゼファー。ワシがお主を鍛えよう。その代わり、お主の全てをワシに預けてもらう。どうじゃ?」


 それは、抗いがたい提案だった。この老人ならば、自分を強くしてくれる。その確信が、ノエルの胸に宿った。エリスを救いたい。その一心で、彼は迷いなく頭を下げた。


「……頼む。俺を、強くしてくれ」


 こうして、ノエルとゼファーの、奇妙な師弟関係が成立した。


 その日から、村での数週間の基礎修行が始まった。それは、これまでの自己流の訓練とは全く異なる、体系化されたものだった。

 日が昇ると同時に叩き起こされ、村の周りを走り込み、丸太を担いで山を登り降りする。午後からは、剣の素振り千本と、魔素を体内で循環させる訓練。夜は、ゼファーによる座学。魔法理論から始まり、大陸の地理、モンスターの生態に至るまで、その知識は多岐にわたった。


 数週間後、旅立ちの日が来た。


「父さん、母さん、行ってくる。必ず、エリスを連れて帰るから」


「ああ、ノエル。気をつけてな。ゼファー殿、息子をよろしくお願いいたします」


「うむ。この子はワシが責任を持って預かる。必ず、一人前の男にして返そう」


 父トマスと母ミリアは、息子の成長と、これから始まる危険な旅路を案じながらも、その背中を涙で見送った。

 ノエルは、二度と両親に心配をかけまいと、そして、必ずエリスを救い出すと、固く心に誓い、師と共にリーフェン村を後にした。彼の穏やかだった子供時代は、ここに終わりを告げたのだった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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