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『魔導双星のリベリオン』  作者: 木徳寺
〈第一部〉第1章
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第2話丨赤髪の精霊使い

 月日は流れ、俺は11歳になった。

 父トマスとの訓練は日課となり、俺の剣術と魔力操作は、もはや村の子供のそれとは比較にならなかった。前世で培った戦闘経験と、この世界で得た潤沢な魔素。その二つが合わさり、俺は同年代の中では頭一つ抜けた実力を持っているという自負があった。この村では俺が一番だ、と。


 そんなある年、村に一人の少女がやってきた。


 燃えるような赤髪を風になびかせ、歳不相応に落ち着いた雰囲気を纏う少女。彼女の名前は、エリス・ファーン。冒険者ギルドの依頼で、この村周辺のモンスター調査に来たのだという。年は、確か十二歳。俺より一つ上か。

 彼女の腰には、冒険者ギルドの身分を示す銅のプレートが揺れていた。その瞳は、俺と同じように、どこか達観したような、それでいて強い意志の光を宿していた。


「ご心配なく。仕事はきちんとこなします。報酬分の働きは保証しますので」


 村長の心配を、エリスは涼しい顔で一蹴した。その自信に満ちた態度が、少しだけ俺の癇に障った。俺の縄張りに、土足で踏み込んできたような気分だった。


 そんなある日、村の子供が森で迷子になるという騒ぎが起きた。日が暮れかかり、捜索に出ていた大人たちの顔に焦りの色が見え始めた頃、エリスが静かに口を開いた。


「私が行きます。風の精霊に頼めば、すぐに見つかるでしょう」


 エリスが短く詠唱すると、彼女の周りに柔らかな風が渦を巻く。


「風よ、森の声を届けて」


 風は囁くようにエリスに何かを告げると、森の奥へと導くように吹いていった。


「おい、待て!」


 俺は、何も言わずにエリスの後を追った。彼女の使う精霊魔法。その力を間近で見てみたいという好奇心と、子供を一人で行かせるわけにはいかないという妙な責任感が、俺の足を動かしていた。


「……ついてこないでくれるかしら。足手まといよ」


「お前こそ、一人で大丈夫なのか?」


 棘のある言葉を交わしながらも、俺たちは森の奥へと進んでいく。やがて、エリスの風が小さな洞窟の前で止まった。中からは、怯えた子供の泣き声が聞こえる。だが、洞窟の入り口には、一匹の大きな森狼フォレストウルフが陣取っていた。


「私が狼を引きつける。その隙に子供を」


「馬鹿言え、一人でやれるか。作戦を立てるぞ」


 俺はエリスの言葉を遮り、木刀を構えて狼に正対する。


「作戦なんて必要ないわ。私がやる」


「いいから聞け!お前が風で奴の視界を奪え。俺がその隙に懐に飛び込む。それで終わりだ」


「……わかったわ。でも、失敗したら承知しないから」


 エリスは一瞬ためらったが、俺の真剣な目に何かを感じたのか、小さく頷いた。

 彼女が再び詠唱すると、突風が巻き起こり、森狼の目をくらませる。


「今だ!」


 俺は地面を蹴った。

 狼の鋭い爪が、俺の肩を浅く切り裂く。だが、構わない。その一瞬の隙を突き、俺は狼の懐に潜り込み、木刀を心臓めがけて突き立てた。


 断末魔の叫びを上げ、狼が倒れる。

 俺は荒い息をつきながら、エリスの方を振り返った。彼女は、泣きじゃくる子供を抱きしめながら、呆然と俺を見つめていた。


「……無茶苦茶ね。でも、悪くなかったわ」


 洞窟から子供を連れ帰った後、エリスはぶっきらぼうにそう言った。この一件をきっかけに、俺とエリスの間にあった壁は、少しだけ崩れた気がした。


 ♦


「あなたの戦い方、無茶苦茶よ。でも、理に適っている」

 

 あの日以来、エリスは俺の訓練に付き合うようになった。

 彼女の専門は風魔法と精霊魔法だが、魔素操作の理論にも詳しかった。

 

「魔素はね、もっと滑らかに、水が流れるように循環させるの。力任せに操ろうとすると、無駄な消費が増えるだけよ」


 エリスは、俺の体内の魔素の流れを的確に指摘し、改善点を教えてくれる。その指導は的確で、俺の実力は面白いように伸びていった。俺も、彼女の理論的すぎる戦闘スタイルに、実践での立ち回りを教えた。


「魔法ってのは、ただ撃てばいいってもんじゃない。敵の動きを読んで、二手三手先を塞ぐように使うんだ。そうすれば、お前みたいな非力な奴でも、格上を倒せる」


「誰が非力ですって!?」


 互いに教え、教えられる関係。そんなある日、冒険者ギルドに中級モンスターであるオークの討伐依頼が張り出された。


「これ、受けましょう」


 エリスが依頼書を指差して言った。


「オークだぞ?お前、正気か?」


「あなたと一緒なら、大丈夫よ。それに、報酬もいいわ」


 自信満々に笑うエリスに、俺はため息をつく。だが、彼女の言う通り、俺たちの連携なら、あるいは、と思っている自分もいた。


 オークの巣の調査は、困難を極めた。だが、エリスの精霊魔法と俺の索敵能力を組み合わせることで、俺たちは着実に情報を集めていく。そして、数日後、俺たちはオークの巣への奇襲を決行した。


「ノエルは前衛、私が後衛から援護するわ!」


「了解!」


 オークの巨大な棍棒を、俺は紙一重でかわす。その隙を逃さず、エリスの放った風の刃(ウィンドカッター)がオークの腕を切り裂いた。戦闘を重ねるうちに、俺たちの連携は呼吸をするように自然なものになっていった。

 巣の奥には、一回り大きなオークのリーダーが待ち構えていた。激しい攻防の末、俺はリーダーの懐に飛び込むことに成功する。だが、その代償として、左腕に深い傷を負ってしまった。


「ノエル!」


 エリスの悲痛な声が響く。だが、俺は構わずに叫んだ。


「今だ、エリス!やれ!」


 俺の言葉に、エリスは一瞬ためらった後、覚悟を決めた表情で詠唱を始める。彼女の周りに、これまで見たこともないほどの巨大な風の渦が巻き起こった。


「風の精霊よ、我が声に応え、敵を切り裂く刃となれ!――ゲイルストライク!」


 解き放たれた風の斬撃が、オークのリーダーを両断する。

 激闘の末、俺たちは勝利を手にした。


 ギルドで報酬を受け取り、祝杯を上げる。


「やったわね、ノエル!」


「お前のおかげだ。……助かった」


 ハイタッチを交わし、笑い合う。

 傭兵だった頃には感じたことのない、温かい感情が胸に満ちていく。この少女と共にいる時間が、俺にとってかけがえのないものになりつつあった。


 ♦


 エリスが村に来てから、半年が過ぎた。

 彼女はすっかり村に溶け込み、俺の家族とも打ち解けていた。特に母のミリアは、エリスのことを本当の娘のように可愛がっている。


「エリスちゃんは、本当にしっかりしているわねえ。うちのノエルとは大違いだわ」


 薬草を調合しながら、ミリアが楽しそうに言う。隣では、エリスが真剣な顔でその手つきを見つめていた。


「そんなことないですよ、ミリアさん。ノエルは、すごい才能を持ってます。ただ、ちょっと不器用なだけです」


「ふふ、ありがとう。でも、あなたみたいに素直で可愛い娘がいたら、毎日がもっと楽しかったでしょうに」


「も、もう……からかわないでください」


 頬を赤らめるエリス。その光景を、俺は少し離れた場所から眺めていた。

 父のトマスも、俺とエリスの実力を認め、時折訓練に顔を出してはアドバイスをくれるようになった。


「二人とも、筋はいい。だが、まだまだ実戦経験が足りんな。エリスは少し考えすぎるきらいがある。ノエル、お前は考えなさすぎる。二人でちょうどいいくらいか、がっはっは!」


 豪快に笑う父。その目は、俺たち二人を温かく見守っていた。


 そんなある日、村では年に一度の収穫祭が開かれた。

 広場には色とりどりの屋台が並び、陽気な音楽と村人たちの楽しそうな笑い声が響き渡る。香ばしい肉の焼ける匂いや、甘い菓子の香りが鼻をくすぐった。


「ノエル、見て!リンゴ飴よ!」


 エリスが、子供のようにはしゃぎながら俺の袖を引く。その手には、射的で取ったらしいぬいぐるみが握られていた。


「子供か、お前は」


 呆れながらも、俺はエリスにリンゴ飴を買ってやる。夕暮れの空の下、二人でそれを分け合って食べた。甘酸っぱい味が、口の中に広がる。


「ねえ、ノエル。あっちで腕相撲大会やってるわよ。あなた、出てみたら?」


「興味ないね。お前が出てみればいいだろ」


「馬鹿にしないでよ。私だって、やればできるんだから」


 くだらない軽口を叩き合いながら、祭りの喧騒の中を歩く。それは、血と硝煙の匂いしかしなかった俺の前世とは、あまりにもかけ離れた光景だった。


 この平和な時間が、ずっと続けばいい。

 柄にもなく、そんなことを考えている自分がいた。この温かい日常が、失われることなど考えたくもなかった。


 ♦


  収穫祭の熱気が冷めやらぬ数日後の夜。俺とエリスは、いつものように村はずれの丘で訓練に励んでいた。月明かりが、俺たちの姿をぼんやりと照らし出している。


「はあっ!」


 俺の木刀と、エリスが風の魔法で作り出した刃が、激しく火花を散らす。以前よりも格段に洗練された彼女の動きに、俺は舌を巻いた。


「やるじゃないか。少しはマシになったな」


「あなたこそ。その無駄な力みが、ようやく取れてきたんじゃない?」


 軽口を叩き合うが、互いの実力が向上していることは、肌で感じていた。

 訓練を終え、二人で丘の上に腰を下ろす。眼下には、家々の窓から漏れる温かい光が、星のように瞬いていた。


「……平和ね」


 ぽつりと、エリスが呟いた。その横顔は、いつもより少し大人びて見える。


「そうだな」


「私の故郷は、こんなに静かな夜はなかったわ。いつもどこかで、戦の音が聞こえていたから」


 彼女の故郷、エルミレア大陸。それは、今も紛争が絶えない場所だという。


「私の両親は、戦争で死んだの」


 エリスは、膝を抱えながら、静かに語り始めた。


「父は、嵐将級の騎士だった。とても強くて、優しい人だったわ。母は、そんな父をいつも笑顔で支えていた。二人は、私の自慢だった」


 彼女の声は、震えていた。


「でも、国を守るために戦って……父は帰ってこなかった。母も、その戦いに巻き込まれて……私、たった一人になっちゃった」


 エリスの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。強気な彼女が見せる、初めての涙だった。

 俺は何も言えず、ただ彼女の隣に座っていた。どんな言葉をかければいいのか、分からなかった。


「だから、私は強くなりたいの。もう誰も失わないために。父さんや母さんみたいに、誰かを守れるくらい、強く……。そして、いつか、精霊王様みたいに、世界中を平和にできるくらい、強くなりたい」


 精霊王。それは、エルミレア大陸に住まうエルフ族の頂点に立つ存在。嵐神級の称号を持つ、最強の精霊魔法の使い手だ。彼女の憧れであり、目標。


 そのあまりに大きな夢と、彼女が背負う悲しみの深さに、俺は胸を締め付けられるような思いだった。


「……お前なら、なれるさ」


 気づけば、俺はエリスの頭をそっと撫でていた。


「え……?」


「お前は強い。俺が保証する」


「……ノエル」


「だから、俺も強くなる。お前が、そんな途方もない夢を追いかけるっていうなら、せめて、その隣で、お前のことくらいは守れるように。……いや、お前と一緒に、戦えるように、強くなる」


 傭兵だった頃の俺なら、絶対に口にしなかっただろう言葉。誰かを守るなんて、偽善だと思っていた。だが、今、目の前で泣いているこの少女を、俺は守りたいと、心の底から思った。


 エリスは驚いたように顔を上げ、そして、はにかむように笑った。涙で濡れたその笑顔は、どんな宝石よりも綺麗だと思った。

 その笑顔を見て、俺の心臓が大きく跳ねた。


 この感情が何なのか、まだ俺には分からなかった。

 ただ、この少女の隣に居続けたい。そう強く思った。


 ♦

 

 リーフェン村はすっかりと落ち着きを取り戻し、穏やかな日常が流れていた。

 ある日の訓練中、事故は起きた。


「まだまだ!あなたの剣は、もっと速く、鋭くなるはずよ!」


 村はずれの草原に、エリスの快活な声が響く。

 ノエルの振るう木刀を、彼女が風の魔法で作り出した盾が的確に受け止める。以前よりも格段に洗練された彼女の防御に、ノエルは舌を巻いた。


「そっちこそ、魔法の制御がうまくなってるじゃないか」


「あなたのおかげで、実戦での魔力の流れが分かってきたもの」


 互いの実力を認め合い、二人の間には心地よい信頼関係が生まれていた。

 

 俺の渾身の一撃を、エリスが風の盾で受け止めた瞬間、バキッ、と乾いた音が響いた。衝撃で弾かれたエリスの左手。その薬指にはめられていた、古びた木彫りの指輪が、真っ二つに割れて地面に落ちていた。


「あ……」


 エリスの動きが、ぴたりと止まる。

 彼女は慌てて駆け寄り、割れた指輪の破片を拾い上げた。それは、魔法の力などない、ただの木の指輪。だが、彼女がずっと大切に身につけていた、母親の形見だった。


「……ごめん」


 ノエルは、何と声をかければいいのか分からず、ただ一言、そう呟いた。


「ううん、大丈夫。ただの古い指輪だから。訓練中の事故だし、気にしないで」


 エリスは気丈に微笑んでみせたが、その瞳が悲しげに揺れているのを、ノエルは見逃さなかった。


 ♢


 その日の夕食は、どこか気まずい空気が流れていた。

 エリスが、いつもより口数が少ないことに気づいたミリアが、優しく尋ねる。


「エリスちゃん、どうかしたの?元気がないようだけど」


「……いえ、その……」


 エリスが言いよどんでいると、ノエルがぽつりと言った。


「俺が、エリスの指輪を、壊したんだ」


 その言葉に、トマスとミリアは顔を見合わせる。

 事情を聞いたトマスは、うーむ、と腕を組んだ。


「そうか……。母さんの形見だったんだな。俺の知り合いに、腕のいいドワーフの職人がいるが、頼むにしても、ここからじゃ何ヶ月もかかるだろうな……」


「ノエル、あなたは悪くないわ。事故だったのでしょう?」


 ミリアが慰めるが、ノエルの表情は晴れない。

 エリスは、そんな彼らのやり取りを見て、無理に明るい声を出した。


「本当にお気になさらないでください!いつか直ればいいんですから!」


 だが、その笑顔が、かえってノエルの胸を締め付けた。


 ♢


 その夜、エリスが寝静まった後、ノエルは一人、父の作業小屋にこもっていた。

 ランプの灯りを頼りに、彼は木片と小さなナイフを手に、一心不乱に何かを削っている。

 壊れた指輪を直そうと試みたが、彼の不器用な手では、元に戻すことなど到底できなかった。


「……くそっ」


 苛立ちに、思わずナイフを置き、頭を抱える。

 その時、背後から、静かな声がかけられた。


「……何してるの?」


 振り返ると、そこには心配そうな顔をしたエリスが立っていた。


「……別に」


「……私のために、怒ってくれてるの?」


 エリスは、ノエルの隣にそっと座った。


「指輪が壊れたのは、悲しい。でも、あなたが私のために、そんな顔をしてくれるのは……少し、嬉しい」


 その言葉に、ノエルは顔を上げることができなかった。

 彼は、黙って再び木片を手に取ると、今度は森で拾った、硬く、木目の美しい木を削り始めた。そして、訓練の報酬でもらった、一番小さな魔力石を、慎重にその中央へとはめ込んでいく。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 ノエルの手の中に、1つの不格好な指輪が完成した。いびつで、お世辞にも上手いとは言えない。だが、中央の魔力石が、ランプの光を受けて、温かい光を放っていた。


「……これ」


 ノエルは、顔を赤らめながら、その指輪をエリスに突き出した。


「……お前の、元のやつが直るまででよければ……使え」


 エリスは、驚いたように目を見開いた。そして、その不器用な指輪と、ノエルの真剣な顔を交互に見つめると、やがて、花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。


 彼女は、壊れた指輪を大切そうに布で包むと、ノエルが作った指輪を、そっと自分の薬指にはめた。


「……温かい。ありがとう、ノエル。……こっちの方が、好きかも」


 指輪の魔力石が、彼女の指先から、心までを温めるようだった。その言葉に、ノエルはエリスの顔を直視できずにいた。

 二人の間に、言葉はいらなかった。ただ、夜空の星と、指輪の放つ小さな光だけが、寄り添う二人を、優しく照らしていた。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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