Ⅰ‐Ⅰ新皇帝の憂鬱
なろう初長期連載(予定)です。
「ここに、ヴァルハイト帝国第86代目皇帝即位を宣言する!」
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
街中から上がる歓声
鳴りやまぬ音楽
その中で新たな皇帝は仮初の笑顔で民に手を振っていた。
即位式も無事終わり、帝城で開かれた招宴では予想通り、脂ののった貴族たちが寄ってたかって新皇帝テーヴァ・ヴァルハイトのもとに押し寄せた。
「この度はご即位、誠におめでとうございます陛下。つきましては、どうでしょう?ぜひ我が娘を妃に・・・」
「いやいやいや陛下、ぜひうちの孫を・・・」
「そういえば、陛下は今年で二十三になられるのでしたか?ちょうど私の姪も同い年でして——」
あぁ。
くだらない。
いつまで俺は愛想笑いをしていればいい?
これだから皇帝にはなりたくなかったのだ。
竜討伐をしていたあの頃が懐かしい。
もう机に向き合って事務作業なんてしたくない。
今すぐ冒険に出たい・・・・・・
***
一年後。すっかり事務作業には慣れたが顔に濃いクマができ始めたテーヴァは、もうすでに夢も希望もない一介の木っ端役人のような風貌に変わり始めていた。
以前のような若々しい気力はもうどこにもなく、ただただ書類に目を通し印鑑を押すだけの役職だった。
結局のところ、皇帝になったと言っても、彼自身は飾り物だ。すべての政治的権力は宰相であるシュエット公爵が握っている。
まったく、自分がこの国を変えていくと考えていた頃が懐かしい。
そんな熱は、もう冷めてしまったというのに。
「陛下、”蒼穹の魔術師”殿がお見えです」
「わかった。こちらへ連れてこい」
十分後、皇帝の執務室に”蒼穹の魔術師”ニックス・グラキエース———数少ない友人がやってきた。
「ご機嫌麗しゅうございます、陛下」
「うむ。先日のネイル領の青竜討伐の任、誠に大儀であった」
「ありがたきお言葉。つきましては陛下、ご報告がございます」
「申し上げよ」
「はっ。近頃、海を越えた暗黒大陸にて魔族の動きが活発になり始めているとの情報がございます。最悪の
場合・・・」
「承知した。記憶にとどめておこう・・・ところで、そろそろこの言葉遣い崩してもいいか?」
「奇遇だね。僕も思ってたところだよ」
二人は誰もいないことを確認し、砕けた口調に変わった。テーヴァは大きく伸びをするとどっかり音を立てて胡坐をかきながら椅子に座り、机の端に置かれていたクッキーを肘をつきながらぽりぽりと音を立てながら食べだした。
「・・・これが我らの天下の皇帝陛下・・・か。国民が見てたらなんて思うかねぇ」
ニックスもこれには呆れ顔になったが、彼も彼でクッキーを立ったままつまんでいた。
「別に何の問題もないだろう?どちらかというと文句を言うのは老害貴族どもだ」
「そんな姿プラーガ先生が見ると泣いちゃうかもねー。あれだけ頑張って貴族マナー教えたのに人の目が無くなるとすぐだらける」
「それはお前も一緒だろ?ほら、そうやってクッキーぽろぽろこぼしてる!これ掃除するの大変なんだからな・・・」
二人ともクマや疲労は見られるものの、どこか楽しそうだった。もともと彼らは貴族とはあまり縁のない暮らしをしてきた。そのため、彼らの思考はだいぶ庶民寄りだ。もっとも二人とも親は爵位または皇族のため、当時から社交マナーは叩きつけられていたのだが。
「それで・・・あんま状況は芳しくなさそうだな。お前の話を聞いている限り」
「暗黒大陸に兵を出しすぎると、魔王ベーゼと戦争になりかねないからね。下手な真似はできない。それはそれとして・・・」
ニックスは一度何かを考えこむようなそぶりを見せたが、テーヴァが話すよう促したため、ニックスは溜息をつきながら話し始めた。
「最近、どこに従っているのかわからない魔族が増えてきてるんだ。なんか言葉も微妙に通じたり通じなかったりするし・・・」
「独自のコミュニティを作り始めたとかか?」
「・・・いや、あれは古代の交易共通語に近い言語だった。もしかすると、ずっと昔に封印されていた魔族が蘇り始めているのかもしれない」
「まーた面倒な・・・。というかお前もよくわかるなそんなこと。帝国の学者でもわかる人少ないやつだろ?」
「伊達に建国当初から帝国に仕えている名家だからねー。・・・えぇ。ほんと、いろいろ叩き込まれましたとも・・・」
少し哀愁漂う背中を向けられ、慰めにテーヴァは軽くニックスの方を叩いた。
その時———
ドゴーンッ
どこからか、大きな物音がした。おそらく位置的に南、城内の稽古場があるあたりだろう。
「・・・ちょっと肩強く叩きすぎたかな?」
「馬鹿言ってないで確認しに行くよ。それとも、陛下は危険ですのでここで待っていただいても?」
「ふざけるなよニックス。こんな面白そうなこと、お前ひとり行くかしてたまるか」
***
結論からいうと、行かないほうがよかったのかもしれない。
面白い以上に面倒ごとの可能性が大いに高かった。
状況的には、おそらく冒険者であろう戦士らしき格好をした麗しき女性と————妖艶な姿をした魔族が戦っているのであった。