睡眠要りませんか? ワンコインで売ります
深夜0時。とある町で、ある家で、ある部屋で一人の男の笑い声が響く。男は半袖、半ズボンのラフな姿でモニターの前でコントローラーを操作している。耳にはヘッドフォンを装着しており、画面に表示されているのは両手にライフルを持っている一人称視点のゲーム。
明日、というよりは今日も朝から学校だというのにそんなものは頭の中から排除されたかのように熱中している。激しく変わる画面。敵を倒していくキャラ。そんな世界に魅了された主人公。
真っ暗な部屋で四時間も連続で遊んでいるが全く寝る気はない。このまま朝まで続ける気だろう。
そしてその様子を見ていた影が一つ。男は朝になっても気づくことはなかった。
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「ふあ~ぁ」
登校中に大きな欠伸をする男。名を高宮力人という。力人は案の定一睡もせず朝を迎えた。ゲームに熱中していた時は眠気など微塵も感じていなかったのに今頃になって睡魔に襲われている。気を抜いたら頭を地面に叩きつけそうである。
「すげぇ、でっけぇあくび。また徹夜でゲーム?」
「あぁ。頑張ってS+ランクまであがったぜ」
「無駄な努力ご苦労さん」
「うるせー」
友人や同級生にからかわれながらも教室を目指す。教室には既に半数以上の生徒が登校しており、昨日のテレビの話や今日の小テストの話などで盛り上がっている。
力人は席に着くなり、途端に机に伏せて寝てしまう。疲労の限界であった。次に目が覚めたのは・・・・・・というより起こされたのは一限の授業が始まってすぐのことであった。
「起きろ!○○。全く・・・・・・お前は。授業が始まる前から寝るやつがあるか」
「あっ、先生。おはようございます」
寝ぼけた顔でとぼけた挨拶をする。先生の額には青筋が浮かんでいる。
「あぁおはよう。寝る余裕があるってことは今日の小テストはさぞいい点数が見れるんだろうな?」
「・・・・・・」
無言でまた机に伏せる。
「寝るなー!!」
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結局放課後まで寝て起きて怒られてを繰り返した力人。あれだけ怒られたというのにもかかわらず、放課後の教室でも自分の席で机に伏して寝ていた。
力人が起きたのは黄昏時の暗くなろうとする教室だった。辺りを見渡せば窓の外は暗闇に包まれている。
「ふあ~。どれだけ寝ていたんだろう?ってかもう夜か・・・・・・痛っててて。間違っても教室で寝るもんじゃないな。帰るか」
荷物をまとめ教室を出る。夜道に慣れている力人は一直線に家へ帰り、帰るなり「ただいま」と言って部屋へと入る。
母に何か言われているみたいだったが聞く耳をもたなかった。PCに電源を入れ、コントローラーを握る。
「よし!今日もひたすらランクマだ」
その後はゲームに白熱し、画面の前に座ること4時間。日付が変わるまで連続でプレイする。
きりのいいところで休憩を入れる。愛用のスマホを起動してある公式サイトを開く。それは力人が購入を検討している新作ゲームであった。もうすぐ発売日が近づいているので若干焦っているのもある。
「く~やりてぇな。でも金がないんだよなぁ」
力人はお金に困っていた。日々の小遣いはオンライン課金で消え、校則でアルバイトは禁止されている。学生は自由な時間こそ多いが金銭面では不自由を強いられていることが多い。そんな時、こういった場面では苦渋を飲まざるをえない。力人も今ここでどれだけ渇望しようとも現物は今のままでは手に入らない。かといって今の現状を変える力があるわけでもない。彼にとってできることは今あるゲームを堪能することだけだ。
そして夜が明けた。相も変わらずこの男はやはり一睡もすることなくゲームで夜を過ごした。眠気はピークを迎え、力人は椅子に座ったままうたた寝している。
そんな時だった。窓の外から何者かが力人を覗いている。まるで獣が獲物を狩るような眼でじっと見つめている。窓にはロックがかかっているが何者かは特殊な力で外から手を使わずにロックを解除した。窓を開けて侵入する。目指すは眠っている男。
そして男の前に立つと息を吸い込むように男の眠気を吸っていった。よほど眠たかったのだろう。大量の眠気が泡のような塊になって吸われていった。
力人が目を覚ます。眠気どころかあくび一つさえ出なくなった。力人は目の前の人物に気がついた。
その者は頭部に左右二本の角を生やし、水色の髪色に胸元を強調する黒いレオタードを着ており、背中に小さい羽が生えている。赤い口紅にブーツ型のハイヒールが妖艶さを際立たせていた。いわゆるサキュバスというやつだ。
「うわぁぁぁぁぁー!!!?」
男は悲鳴をあげた。早朝だったために両親ドタドタと大きな音をたてながら階段を昇ってくる。
「どうした力人!?」
「すごい声だったけど」
「あ、あれ・・・」
力人はサキュバスに指差した。両親もその指差す方へ見るが、
「なんだなにもいないじゃないか」
「寝ぼけてないで顔でも洗って来たら?」
両親はそこに何もいなかったかのような反応をした。力人は理解できなかった。明らかにそこにいるのに二人には見えていないのだろうかと。
「はあ~ご馳走様」
サキュバスが口を開けた。力人は警戒した。トロけた表情をがより一層危険を誘う。
「お、お前なんなんだよ!?い、一体どこから・・・・・・?」
黒いシルエットに翼が生えている影はまるで悪魔に映った。
力人は恐怖に怯え、手と臀部を使って後方へ下がる。だが、部屋は広くないため すぐに壁にあたる。逃げ場がなくなった力人は震えていることしかできない。
すると泣き声が聞こえてきた。
「な・・・・・・何もぉ・・・・・・そんなに怖がらなくてもいいじゃない・・・・・・グスッ」
力人は呆気に取られた。そしてよく状況が分かってないとはいえ泣かせてしまったことに罪悪感を感じた。力人はサキュバスに声をかける。
「あの・・・・・・その・・・・・・ごめんなさい。まさか泣かれるとは思わなかったもので」
力人は素直に謝った。誤解があったみたいなので話を聞くことにした。
種族はやはりサキュバスらしい。だが一般的なサキュバスと違って彼女は睡眠を貪るらしい。力人が
が徹夜をしたというのに眠気が消え失せたのはこのサキュバスが眠気を吸い取ってくれたかららしい。こちらが勝手に怖がっていただけで危害はなさそうに見えた。
サキュバスは伝承やアニメなどで知ったときと同じように豊満な肉体を有していた。胸は大きく腰はくびれ、お尻の主張も激しい。年頃の力人には少々刺激が強い。直視して意識していると思われるのも恥ずかしいので何とか視線を彼女の目に移した。
「それにしてもなんで俺の部屋に?他にも寝不足の人なんてたくさんいそうなのに・・・・・・」
純粋な疑問をぶつける。
「すごくおいしそうな匂いがしてその匂いをたどってきたらここに着いたってわけ。もしかしたら私とあなたは相性がいいもの」
そう言ってサキュバスは人差し指を唇に当てウインクをした。力人は恥ずかしくなって視線を逸らした。そんな力人の初心な反応をサキュバスは可愛らしいと微笑ましく見ていた。
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サキュバスの名はソメイユというらしい。サキュバスと呼ぶのも変だと思い名前を聞くために勇気をふり絞った。呼び捨てに出来ずさんづけしてしまうのは力人が女性慣れしてないからであろう。
そして今日は登校してクラスの生徒全員と教師を驚かせた。なんと力人が一睡もせずに一日学校の授業を通して受講したのである。
授業が始まって5分ももたずに机に伏せてしまう力人に見慣れている生徒にとってこれは珍しい光景だった。
「まじかよ」
「力人が授業受けてる・・・・・・しかもノートもしっかりとってる」
「明日は台風かな」
力人はしっかりと授業を受けながらもソメイユに朝言われたことを反芻していた。
『いい?私の姿は私が選んだあなたにしか見ることはできない』
『選んだ?』
『そうよ。私はあなたを選んだ。この事が意味すること、それはしばらくあなたを中継地点にさせてほしいってこと』
『ポインター?』
『ええ。いちいち魔界から人間界への境界を渡るの面倒なんですもの。あなたをポインターにすればここを拠点に自由に移動できるし。それにあなたの周りにはジューシーで良質な睡眠がゴロゴロしてそうだしね』
ソメイユは言い方に妖艶さを含ませた。
力人は特に断る理由もなかったが一つだけ疑問に思ったことがあるので聞いてみることにした。
『そういえば睡眠っていわば生物にとって自身の体を休める行為っていうのを昔本かなんかで読んだことあるんだが、睡眠をずっと奪われると死んでしまうとかないよな?』
『それは大丈夫。睡眠を奪ったとき、その睡眠と同等の満足感・・・・・・つまり睡眠を奪われたとしてもぐっすり良質な睡眠をとったときと同じ状態になるから睡眠不足で死ぬなんてことありえないわ』
『それなら安心か』
いまだ謎は多いが、彼女は危険な存在ではないということは理解できる。人命にも影響がないのであればそばにいてもよいだろう。
力人が教室で授業を受けている珍しい光景に他の生徒は驚いているが、もう一つ彼らには認知できないであろう珍しい光景が広がっている。それは教室に明らかに浮いている存在がいるからだ。
「へぇ~なにこれ?なにこれ?人間の世界って面白い!!」
空中を浮遊する露出度の高い衣装を着た存在。頭に生える角と肩甲骨から生える翼と仙骨部から生える尻尾がその非日常を物語る。
嬉々として他の生徒のノートを覗き込んでいるが、その姿は当然力人にしか見えない。だからここで動揺すれば他の生徒にとっては不信感を与えてしまう。彼女に言いたいことを我慢しながらも授業を受けていた。
ソメイユはさすがに事態を分かっていたみたいで余計な手出しはせず、学校を見学するだけで終わった。
「人間って面白いわね。知識を得るためにわざわざこんなところまで来るんですもの」
「ソメイユのいた所には学校なかったのか?」
「えぇ。魔界の者たちはみんな生まれたときから必要な知識を与えられて生まれてくるからわざわざ学ぶ必要はないの。忘れることもないし」
「何だよそれ、うらやましい」
学校の昼休み。空いた時間などにソメイユと話をしながらいろいろ魔界というやつについて教えてもらっていた。魔界は魔界でまたいろいろと勝手が違うらしい。
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夜になった。力人はまっすぐ自宅へ帰宅し、就寝準備をしていた。
「ふあ~あ」
大きな欠伸。それをソメイユに見られる。
「寝るの?」
「ああ。何だか久々に布団を敷いた気がする」
「そう。じゃあ、いただきまーす!!」
ソメイユが力人の眠気を吸い取った。力人の睡眠欲が泡となって可視化され、ソメイユの口へと吸い込まれていった。力人の眠気が一気に消える。
「あ、お前なにするんだ。せっかく今日はしっかり寝ようと思ってたのに」
「えっ?食べちゃダメだったの。じゃ返すね」
そう言ってソメイユは投げキッスをした。先程の睡眠欲が可視化された泡が宙を漂い力人の前で弾けた。その途端、さっきまで消えていた眠気が突然出現し、強い睡魔に襲われる。
「えっ!?お前吸い取った睡眠を返せるのか」
「ええ、そうだけど?」
「もう一度俺の睡眠を吸い取ってくれないか?」
「ええー!!??じゃあなんで返したのよ!!二度手間じゃない」
文句言いながらも力人の睡眠欲を吸い取る。また先程のことが起こり眠気が消える。
「その吸い出した睡眠を俺以外のやつに移すことってできるか?」
「?変なこと聞くのね。まあできるけど」
「そうかそうかできるか!よし、なら・・・・・・」
そう言いながら力人は紙とペンを取り出し謎の事柄をまとめていく。
「??ちょっと、なんなの?何一人で納得してるのよ。意味が分からないわ」
「まあそう言うなって・・・・・・うまくいけばお互いWinWinの関係になれるかもしれねぇから」
夢中で作業を進めていく力人。頭に疑問符が浮かぶソメイユ。徹夜は力人の得意分野だ。
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翌日。力人はSNSを用いてあるビジネスモデルを形成しつつあった。
『睡眠要りませんか?ワンコインで売ります』
最初はSNSで宣伝を試みてハッシュタグを使ったりして注目を集めてみたが反応は薄かった。
一週間後、ネット掲示板にスレが建てられ、タイトルになんか怪しい広告をしているSNSアカウントがある件」などとSSとリンクを無断ではりつけたスレがそこそこ伸びて認知され始めていた。スレは小馬鹿にした議論が繰り広げられ、スレも少し伸びてはいたが大した集客にはならなかった。
そして一週間後。転機が訪れた。DMが一件届いたのである。力人はすぐさま対応した。内容は夜勤の仕事中眠たくてしょうがなく眠気を消してほしいといったものだ。いくらかやり取りして彼は総合病院に勤めていることが分かった。日時と時間を決めて待ち合わせをする。
午後7時。陽はすっかり沈み、力人は親の目を盗んで家を出て病院へ向かう。自転車を漕いで10分。駐輪場へ停め、DMのやり取りで指定された場所へ。
そこは本来なら勤めている職員しか知り得ない裏口に彼はいた。支給された白い制服が看護師であることを証明している。
「‘‘白い悪魔‘‘さんですか?」
「はい。そういうあなたは水民さんですね?」
「そうです」
順調にマッチングすることができた。必要最低限の短いやり取りを行い、前払いで代金を頂戴する。元号が変わってできた五百円玉のためまだ汚れの少ない金の硬貨だ。
「では」
力人は指示する。この”では”という言葉が合図だ。他の人が肉眼で見えないソメイユと直に話すると怪しまれる可能性があるためだ。この場へ来る前から力人はソメイユに話をしている。
ソメイユは彼に近づき眠気を吸い込んだ。彼の体からシャボン玉のような泡が吸い込まれていく。その途端、彼の体から眠気と疲れが全て消え去り、男は驚きの声をあげた。
「うおおおお!!すげぇ・・・・・・本当に眠気が消えた。何だか体も軽くなった気がする」
「喜んでいただけたようでなによりです」
「ありがとう。これで仕事頑張れそうだよ」
そう言って男は建物の中へと消えていった。この一夜の出来事が力人に大きな成功体験を与えた。そして消えない快楽となる。
力人のSNSにはあれから少しずつではあるがDmの件数が増えていった。実際にお世話になった人が拡散してくれたのだろう。丁重なやり取りを行い依頼を確実なものとする。
受験で勉強に集中したい学生。一夜がかりで運搬するトラック運転手。新生児を寝かしつけたい若い夫婦。不眠症で悩む青年など様々だ。
そして変化の兆しが訪れた。DMのやり取りに導かれるまま待ち合わせ場所に行くとそこには驚きの人物がいた。本来ならば会うことは絶対ない人物。TVなどで活躍し、よく名前も聞く俳優だった。
「まじ?」
開いた口が塞がらないというのはこのことだろう。力人はファンではないがそれでも名前を知っているほどの有名人だ。驚かないはずがない。話を聞くと演技やタレント活動に多忙の日々を極め、眠っても疲れが取れないのだそう。そのため一日誰にも邪魔されずに眠りたいのだという。
彼の自宅へ行き、就寝準備を整えてもらった。力を使ってその場で寝られは困るからだ。
「では」
ソメイユに合図して眠気の泡を飛ばしてもらう。泡を吸った彼は薬でも飲んだかのように長い眠りについた。
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あれから力人の評判はネット中を駆け抜けた。眠気を消したり、逆に眠らせたり、まるで魔術師のようだと人々は噂した。先日の俳優がSNSでいい評判を流してくれたおかげで多くの人に流布したようだ。
力人の貯金箱にはジャラジャラと大量の五百円玉が入っている。
「えへへ・・・・・・だいぶ貯まったな♪」
この調子でいけば欲しかったゲームソフトも、もっと言えばワンランク上のものまで買えそうな勢いだ。時間をかければ億万長者も夢ではないだろう。力人の睨んだ通りソメイユの力は素晴らしいものだ。
「ねぇ、私お腹空いた」
「ん?」
「毎日毎日朝から晩まで働き続けてもうくたくたよ。美味しいものをいっぱい食べてゆっくり休みたい気分」
ソメイユに言われてはっとした。確かに需要が高まりありがたいことではあるが、舞い上がって彼女の気持ちを考えなしに動いていた。このビジネスは彼女の力あってこそ。
スケジュールを詰め込み、彼女に無理をさせて倒れてはいけない。ここは休養を取り、謝罪と日頃の感謝をするべきであろう。好きなものでも奢り、機嫌を取らなければ。
ここでの出費などこれからの利益に比べれば安いものだろう。
ちなみに彼女が他人から吸い上げてる睡眠欲では腹は膨れないらしい。あれは人間で言うコーヒーや煙草に当たる嗜好品に近いものらしい。
ちなみに味はかなりうまいらしい。本人曰く
よく分からないがそういうことなのだろうと力人は思った。
本人の希望により回転寿司を訪れた。力人も最近食べたことなかったのでありだと思ってすぐに入店した。
「・・・・・・。」
それから一時間後。力人は絶句した。彼女のその食事量に驚愕した。
食事を始めてから既に五十皿はたいらげている。常人の胃袋なら重たくて一歩も動けなくなりそうな気がするがサキュバスという種族なら話は変わってくるだろうか?それにしても食べすぎであろう。
「ま、待ってくれ」
「なに?」
まだ食べ続けようとするソメイユを制止する。
「まだ食べる気?」
「そうねぇ・・・・・・まだ食べようと思ったら食べれるけど・・・・・・まあいいわ。これぐらいにしましょうか」
これまでも常軌を逸しているというのにさらに食べることもできると聞いて一つの恐怖すら覚える。
「お会計一万二千六百三十八円です」
「今まで稼いだ金が・・・・・・」
すべて消えるどころか少しの赤字すら計上してしまい手元には損という重い重い代償が残る。
「ありがとうね力人、おいしかったわ。食べたらまた元気が出てきた。これからも頑張りましょうね」
そう言ってウィンクをした。それが拍車をかけたのか肩を震わせていた力人が対に怒りの声をあげた。
「ふざけんなー!!稼ぎ全部持っていきやがってなにがwinwinだー!!お前とのコンビなんてもう解消だー!!」
何処にも行き場のない怒号が響いた。
~FIN~




