バレンタインの香り
普段、僕はアルコールを飲まない。飲めないんじゃない。ただ、酔うという感覚があまり好ましくなくて、楽しめないのにわざわざ身体に悪いと言われる物質を摂取したくなかった。
時々、飲み会で「交流とご飯食べる目的でいいからー」と言われて行っても、そもそも周りが酔ってる中野疎外感は強く、そんな中カルアミルクを一杯惰性で飲んでいた。美味しいと思えるお酒はこれくらいだった。
「子供舌なんすね」サークルの後輩に軽いノリで言われた。余計なお世話だね。
大学三年時の二月十四日。社会人になった二つ上の先輩たちが「会社の愚痴を言い合ったり後輩のキャンパスライフのお裾分けを貰いたい」と言って、宅飲み会を開くことになった。
宅飲み会は居酒屋の飲み会とは別物だ。プライベートな空間でゲームをしたり、サークル仲間と適当に喋る時間はノンアルコールな自分でも楽しかった。
「ねえ、あそこにオリオン座が見えるね」集合場所に選ばれた家に向かう途中、飛鳥先輩が隣に来て星を指さした。
先輩が学生だった頃、サークルが夜まで続いた帰り道で時折こうやって星座を眺めた。
宴のはじまり。スターを取り合うTVパーティゲームを起動して、机にお菓子を広げる。さあゲームだという時に、飛鳥先輩は紙袋から一瓶取り出した。
「今日はバレンタインだからね。チョコレートリキュールだよ」
そう言ってグラスにお酒を注いで行く。
僕の前に来て、グラスを渡した。
「カルアミルクは飲んでたから。
これも気に入ってくれたらいいけど」
そう言って、少し控えめにリキュールが注がれる。
僕は二、三回グラスを揺らして、少し口に含んだ。
――甘い。
呼吸すると、少しアルコールのツンとした匂いが顔の前を通り過ぎた。
ふと顔を上げると、もうほかのところに移ったと思っていた先輩が、しゃがんで僕を見ていた。
「うん、気に入ってくれたみたいだね」そう言ってクスッと笑い、机の上のゲームコントローラを手に取る「今日はじゃんじゃんスター集めるぞーー!」
ほかの皆は僕よりペース早くお酒を飲んで酔いが回ってきていて、それぞれがお菓子をつまんだりおしゃべりしたり、パーティゲームに参加したりして空間を楽しんだ。
――アルコールの香り、悪くないな。
そう思っていつもよりちょっぴり多く、リキュールを口の中に満たした。
バレンタインの思い出、
チョコレートとアルコールの香り。