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第九話

  …………ん。


  ゆさゆさと、体を揺すられる。

  最初は心地いいぐらいだったけど、段々強く、激しくなっていく。


  「………ください」


  甘えたような可愛らしい声が耳朶をうつ。


  「……てくださいってば!」


  もう、と膨れる頬が想像できるような感じで声の主は怒った。


  「もう、起きて下さい!」

  「ぇ?」


  目を開ける。すると茶色の髪の毛、茶の瞳の、童顔の女の子が僕を見下ろしていた。


  「……え、エレナ?」

  「はい、エレナです。おはようございます」

  「あ、うんおはよう」


  僕は体を起こそうとして、できないことに気がついた。


  「……ねえ、エレナ」

  「なんですか?」

  「どいてくれる?」

  「やです」

  「なんでっ⁉」


  エレナはなぜか僕の布団の上に乗っていた。そしてガッチリ僕をホールドしている。つまるところ、身動きがとれない。だけでなく、

  「エレナ、お、おも」

  「重い、なんていったら……ヤッちゃいますよ?」

  「何をする気だ⁉」

  「え?何もしませんよ?私があなたに何かするなんて思います?」

  「とかいいつつ口を開いてる君はなんなんだ⁉」


  気のせいか少し彼女の八重歯が長く鋭くなっている気がする。吸血鬼かこの子は⁉吸血するのか⁉

  

  「んふふ~、全然関係ない話ですけど、食べちゃいたいくらい可愛いですね、あなたの頬っぺた。あ~ん」

  「関係大ありだ!僕は食べても美味しくない!」

  「たしかに美味しくはなさそうです。聞いた話じゃ苦いらしいですし。でも気持ちよくはなれますよ?」

  「君はいったいなんの話をしてるんだ⁉」

  「わからないはずないですよね?初心なネンネじゃあるまいし。あなたも仮にも男の子なら、そういうことには興味津々ですよね?」

  「僕は初心でネンネでいいから早くどいてくれ!」


  しかもなんかさっきから会話がかみ合っていない気がする!


  「初心?なに言ってるんですか?しっかり興奮しちゃってる癖に~」

  「ようしよくわかった君は朝っぱらから僕に襲って欲しいんだなわかったご要望通り襲ってあげよう!」


  僕はがばっと飛び起きた。起きれた、ってことはエレナがどいてくれた、ってことだ。


  「……な~んて、冗談ですよ。あんまりにも反応が可愛いんでついからかっちゃいました」

  

  つい数日前までの僕が目の前にいる……。

  歩きづめの時は暇さえあればエレナをからかっていたからなぁ。しかも道程は暇しかなかったから、つまり四六時中からかってたわけだ。


  因果応報、というやつなのだろう。


  「僕も冗談さ。こういうのは雰囲気が重要だからね。朝っぱらから冗談の勢いで、なんて無理だよ」

  「ロマンチックですね~。女の子でもここまで理想抱いてるかどうか、というレベルですね。あ、ちなみに私の国ではあなたみたいな幻想抱いてる女性なんていませんからね?」

  「なんか釈然としないな~」


  女の子よりも幻想高いなんて、いいことなのか悪いことなのか……


  「ちなみに私の理想は超絶美形の優しい人が困ってるところに助けにきてくれて私と恋に落ちる、というものです」

  「まさかの理想だよ!」

  

  僕よりも理想高いじゃないか!


  「んふふ、私はもうあの国の人間味ではありませんからね~。どれほど理想が高くても別に困らないのです」

  「ふうん。それで、今まででその理想にかなった人は現れた?」

  「はい!ちゃんといます!」

  「嘘だろ⁉」


  そんな人間いるのか⁉


  「むう~、ホントですよ。信じてませんね?」

  「まあね」


  よくそんな理想がかなったな……意外と世界って都合いいようにできているのか?


  「……あれ、そういえば、レナは?」


  昨日何かを話していたようだけど、一緒じゃないのかな?


  「なんで私とあの人が仲いいみたいに思われてるのか甚だ遺憾ですけど、レナさんならもう外にでて見せ開いてますよ?」

  「え、嘘」

  「ホントです。ちなみに宿の前なので場所はすぐわかりますよ」

  

  うわ、一緒にお店するって約束だったのに!

 

  「いってくる!」


  僕は急いで部屋を出ようとした。


  「待ってください」


  そこを、エレナにとめられた。


  「なに?」

  「あなたは、一目惚れ、ってあると思います?」


  わりと真剣な表情で、エレナが訊いてきた。


  「あるわけないだろ?人と人が恋するのは互いのことをよく理解してから、だよ」


  僕の答えに満足したのか、エレナは微笑んだ?

  微笑んだ?いや、違う。


  ……ニヤついた?


  「んふふふふふ~。ほんとつくづくあなたって乙女ですね~。ふふふ、じゃあ、それだけです。いってらっしゃい」

  「そのいや~な笑みが気になるけど、君はいかないの?」

  「はい~。やっぱり彼氏の隣に他の女の子がいたらまずいと思いますし~、私、あんまりレナさんに嫉妬したくないんですよね。今行ったら間違いなく羨んじゃいますから」


  ニヤついたまま、エレナは言う。

  

  なんで?


  とは、訊かなかった。訊いたら絶対後悔する……そういう直感がしたから。


  「……そう。じゃ、いってくるね」

  「はい、いってらっしゃいです」


  僕は部屋を出た。



  「ごめん!またせ……た?」


  僕が外に出ると、宿の前でレナがお店を開いていた。


  地面に高級な絨毯をしいて、露天商のように呼び込みをしている。


  のだが。


  「お嬢さん、今一人?そんな店やめて、俺と一緒にこない?」


  レナの言っていたゴロツキのように柄の悪い客が、何人かで彼女を取り囲んでいた。


  「おい!俺が先に誘ったんだぞ!」

  「うっせぇ!俺が1番この人に相応しいんだよ!」

  「てめこそ黙れ!俺とこの人は結ばれるんだ!邪魔すんな!」


  

  しかし。しかし、だよ?



  言葉尻こそきたないが、その顔は間違いなく超絶美形。


  ……いや、あの言い方だったら勘違いするよね?僕はてっきり顔面崩壊した脳筋野郎が身体を狙っているのかと思ってた。


  けど、あの人たちに悪意とかみられないし、純粋に好き、らしい。


  エレナ……これのこと知ってたな⁉だから一目惚れがどうとか、そんな話題ばっかり振ってきたんだ!


  でも、なんで羨ましいんだろう?


 しばらく考えて、答えを見つけた。


  ……そういえば、エレナの理想って、美形が助けてくれること、だったな。まあ、そりゃ、あんな美形の人たちに囲まれてるのを見たら、羨ましいか。

  

  エレナのいつか仕返ししてやることを考えながら、同時にこの状況をどうするかも考えておく。


  レナは慣れているのか彼等をまるで気にせず、キョロキョロとあたりを探す。


  その視線は、僕の方角で止まった。

  

  「あ!お~い!こっちこっち!」


  レナは僕を見つけると、朗らかに手を振った。頬を染めるおまけ付きで。……すごい演技だ。


  「あ?……ねえ、あれ誰?」


  男の一人が訊いた。


  「友達にきまってんだろ!美人には美人の友達ができんだよ!」


  ブチッ!


 あ~、あいつちょっと殺っちゃおっかな?


  「姉妹にきまってんだろ!似てるし」

  「君たちそこを動かないでね?一人残らず消してあげるから」


  僕は走って、男達の懐に入る。アークソードを構えて、一気に斬り殺す!こいつ僕を女の子見たいだって言った!しかもニュアンス的に僕が妹だし!許すまじ!



  「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

  「ダメ!この人達はお客さんなの。殺しちゃだめ!」


  刃が野郎の一人に届くかどうか、というギリギリで、レナが横合いからとびだして来た。


  恩人を斬るわけにはいかないので、止める。

  

  「なんで止めるんだ⁉こんな連中、この世から消してやる!」

  「……い、意外と熱くなったら過激なのね……。で、でも、私の言うことが聞けないの?嫌いになっちゃうよ?」


  君に嫌われても別に構いやしない!


  と、言いそうになって、留まる。ギリギリで思い出したからだ。


  「……むう。わかったよ。君には嫌われたくないからね」


  僕がレナの恋人役だということを。


 よかったよかった。僕が約束を思い出せるぐらいには冷静で。


  「で?お嬢ちゃんはこのお嬢さんのなんなんだい?」

  「こいつ殺していい?」

  「ダメだってば」


  こいつ、この距離まで近づいても気付かないのか⁉


  「ねえ、お嬢ちゃ」

  「僕はこの人の彼氏です。なので、お邪魔虫のあなた方はどこかへ行っていただけないでしょうか?」


  僕はレナの肩を抱いて宣言する。これでみんなあきらめてくれる。


  「ん~百合っ娘のボク娘かぁ~。めちゃ好み」

  「俺も俺も。彼女ためにがんばる女の子、ってやつ?」


  こ、こいつら……っ!


  「僕は男だ節穴野郎どもっ!」


  僕は近づいてくる野郎どもに怒鳴る。


  「はいはい、かっこいいね。で、ボクは名前なんて言うのかな?」


  ぼくの名前を聞いたら絶対誤解は解ける。というかこれでもかってぐらいかっこいい名前を名乗ってやる!


  「僕の名前は」




  「見つけたよ、ハニー!」



    僕が名乗ろうとした所を、甲高い声が聞こえた。


  この聞き覚えのある異常なまでにナルシズムに満ちた声は……。


  ……あの色狂いだっ!


  少し前にもあいつのことを思い出した気がする。そうだ、エレナの国に入った時、こいつなら好きそうだな、っておもったんだった。


   「ハニー!君はついに彼女を見つけてしまったのかい?でも大丈夫、その恋はまやかしだと私が気付かせてあげるよ!」


  一人称が私で、僕が男だということから女性を思い浮かべるかもしれないが、こいつは男。しかも憎たらしいことに美形。


  「また君か。いい加減に気づけと言っているだろう?僕は男だ!」

  「何を言っているんだい、ハニー!君が男?それがどうしたのだと言うのだい?君がたとえゴキブリだったとしても、君が君というだけで、僕は君を愛せる!」

  「僕がゴキブリだったとしても君を愛することはない!可愛いゴキブリの奥さんを見つけて普通に果てる!」


  こいつはこんな感じで僕への愛を声高に叫んでくるのだ。


  女の子ならともかく男に愛を叫ばれても嬉しくない!どころか気持ち悪い!


  「ふふふ!ふははははは!つまりだ!君が私が男だからあい受け入れてくれないと言うのなら!私が女になれば私の愛を受け入れてくれると言うわけだね⁉」

  「たとえ君が女の子だったとしても僕の趣味じゃない!」


 強引な女の子は苦手なんだよ!


  「むう、乙女心と秋の空、とはよく言ったものだからね、すこし酷くあしらわれたからと言って、」

  「しゃっ!」


  僕は問答無用で斬りかかる。こいつは僕を乙女とか言った!斬る!斬ってやる!切り刻んで埋めてやる!


  「む?なかなか激しい愛情表現だね?だが嫌いではないよ」

  「殺す!」


  愛情表現⁉どこをどう見たらそん解釈できるんだ⁉    



  「その腐った眼球!抉り取ってやる!」

  「断らせてもらうよ。目がなくなったら君が見えないからね」

  「ならなおさら抉る!ついでにその無意味に綺麗な顔を改悪してやる!」

  「そんな、綺麗な顔だなんて、照れるじゃないか……」


  こ、この!


 「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


   切り刻んでやる!


  「おい、てめぇ!」


  と、僕が斬りかかろうとした時、後ろから声がした。


  「なに⁉今忙しいんだけど⁉」

  「いや、お嬢ちゃんじゃなくて、そこの野郎」

  「私のことかい?」

  「そうだ、てめえだてめぇ!なに可愛いお嬢ちゃんを困らせてんだよ!」


  その野郎1人は、僕を守るように色狂いの前に立ちはだかると、帯刀していた剣を構えた。


  「勝負だ!」


  僕を女の子だと勘違いしてるバカは斬るのが僕の流儀だけど、今は許してやってもいい、かな?


  「……ふむ?勝負?私と君とが、か?」

 「ったり前だ!」


 ふむ、と色狂いは得心したようにうなずくと、腰に携えた装飾過多のレイピアを取り出す。

 銀製の刃が太陽光に当たり煌めき、この男らしい優美さを醸し出し……って、何を僕はこいつを褒めるようなことを……!


 と、とにかく。色狂いは片手でレイピア……確かシルバリオン、だったかな。それを片手で正眼に構える。


 「名乗りたまえ。私はジークハルト。ジークハルト・オールカラー」

 「アルマーシュだ。アルマーシュ・アダマント。いくぜ!」


 たたたっと、軽快にアルマーシュは走ってジークとの距離を詰め、切りかかる。


 「なかなか……」


 ジークはそう呟きながらも、軽々と彼の斬撃を受け流す。

 アルマーシュの刃は刃筋も立っていて、速く、重い。別段彼は弱いわけではない。ないのだが、ジークはそれのはるか上を行く。


 僕がうっとうしい奴を消せないのも、あいつが異常なまでに強いからであった。


 「……すごい」

 

 レナが感嘆の声を上げる。……うん、気持ちはよくわかる。


 「そうでしょ?ジークってなかなか強いんだよ」

 「……ジーク?そんなに仲良かったんだ?」

 「………っ!ち、ちが、それは、あいつが呼ばなきゃ……」

 「呼ばなきゃ、何?」

 「……何でもない」

 「?」


 『君が私を愛称で呼んでくれないと言うのなら……呼ぶまで私の愛を君の身体に刻みつけなければいけなくなってしまうよ?』

 

 なんて脅しに愚かに屈したから、なんて言えない。……あいつ、どんな罵詈雑言でも受け入れるくせに、名前だけは別なんだ。……変なの。


 「……意外と仲いい?」

 「とんでもない!あんなやつ、今にでも切り刻んでやりたいくらいだよ」

 「……ほんと、熱くなると過激なんだから」

 「う……。でさ、ジークじゃなきゃ、なんで驚いてたの?」

 「あ、それはね」



 カシーン!


 「危ない」

 「きゃ!」


 僕はレナの身体を抱き寄せる。

 数秒前まで彼女のいた空間に、アルマーシュの剣が通り過ぎて行った。


 「こらジーク!君は僕の彼女を殺すつもりか!」

 「それもいいね、と思ってしまったよ。……でも、今の確実に手違いだ。すまないことをしたね」

 「……ったく」


 それで済ませてしまう僕も僕だけど。


 「……あ、あ、あああの!」

 「ん、ごめん」

 

 ばっと、レナは僕から離れる。

 恋人同士、って設定だけど問題ないだろう。だってレナ今顔真っ赤だから。


 「で?なんで驚いてたのさ?」

 「そ、それは……」


 まあ、僕がよく知ることわざで、世間は狭い、って言うのがあってね。

 今日はそれをよくよく実感できた。


 「……アルマーシュって、ミケーア商会の幹部の人、だったように思います」



 ……むう。ミケーア、か。意外な名前が耳に入ったものだ。


 エレナ、大丈夫かな……?

           

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