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第八話

  

 「え?馬車をどうやって操っていたか?」

  「ええ、そうです。御者も連れていなかったですし、どうやっていたのかな、と疑問になって」


  国に入ってから僕らは真っ先に宿をとり、そこの食堂でご飯を食べていた。


  先ほど食べたばかりだが、正直言ってレレナさんの馬車にあった分だけでは全然足りなかった。他人のものだったから遠慮もしていたし。


  だから今僕とエレナはこの宿の食料全部食べ尽くす勢いで食べているのだった。


  まあ、僕はすぐお腹いっぱいになったからこうしてレレナさんと会話しているわけだけど。


  「そうですよ!ほんとに、超能力でも使ってるのかな~なんて思ってまして!」


  エレナもお腹が膨れてきたのか、少しだけ勢いを減らして食べている。僕も休み休みだけど食べる。


  「ああ、それですか。シルフには鞭とか、そう言ったことわざわざしなくても言えばちゃんとそこまで行ってくれますよ?」

  「あの馬の言っていることがわかるのですか?」

  「詳しくはわかりませんよ?でも、大雑把なことならああ、こう思ってるな、っていうのがだいたい」


  言葉すら要さないとは思わなかった。


  「へぇ~!幼い頃より一緒にいたからこそできる以心伝心ですか!すごいですね~!」

  「いえいえ、あなたたちも二年も一緒にいれば互いの気持ちがわかるようになりますよ」

  「……そうなった時の僕とエレナの関係を是非とも聞きたいですね?」


  なんで動物と人との絆の話の流れで僕とエレナの関係になるんだ。


  「それは……言わぬが花、です」


  知らぬが仏に聞こえるけどね。


  「まあ、それはともかく、明日から本格的に商うので、よろしくお願いしますね?」

  「そこのところはわかってますよ。ちゃんとあなたの彼氏役を演じればいいのでしょう?」


  レレナさんは首を振った。

  あれ、違ったかな?


  「だめです。彼女に敬語使う彼氏なんていませんよ。……あ、彼氏に敬語使う彼女もいませんね。と、いうことで。よろしくね?」

  「あー……はい、じゃなかった、うん」


   なんだか、さっきまで敬語の相手に急に敬語なんて、気恥ずかしいな。レレナさんは、違った、レレナはそうでもないみたいだけど。


  「………むぅ~~」


  僕とレレナがそんなやりとりをしていると、ふくれっ面のエレナがじと目で僕を見てきた。


  「なに、かな?」

  「デレデレしちゃってますね~?そ~んなにレレナさんがいいんですか?」

  「いや、いいとか悪いとかじゃなくて、レレナが」

  「あ、そうだ!」


  僕が言い訳しようとしたら、レレナが割り込んできた。


  「あなた、私のことはレナって呼んで。レレナじゃ、ちょっとわかりにくいでしょ?」

  「あー、それって、言わなきゃだめ?」

  「だ~め。それに、愛称ぐらい彼氏彼女の関係だったらつけるでしょ?」

  「うん、まあそうかもしれないけど」

  「じゃあ決まりね!これからはレナって呼んでね」

  「あー……うん」


  意外とレレナ、っと違った。レナって強引なんだな。


  「なんだか~、気が狂って鉈振り回しそうな名前ですね~?」

  「何よそれ?私そんなの知らないわよ?」

  「私だって知りませんよ。完全にフィーリングです」


  どんなフィーリングなんだ。


  「……まあ、いいわ。私は今日疲れたから寝るわ。とにかく、明日よろしくね?」

  「まあ、うん。おやすみ、レナ」

  「おやすみ!」


  タッタッタッと軽快な足取りでレナは部屋に戻った。


  ちなみに部屋は男女別。僕とレナはお金を払っているが、エレナは無一文だから僕が彼女の分も払った。もしレナがいなければ僕と同室だったろうね。なんたって僕は貧乏だから。


  「…………むう~~~!」


  だから、僕にもレナにもエレナは強く言えず、唸るしかできませんでした、とさ。



  

  部屋に戻ると、久々に一人きりの時間が訪れる。

  エレナもレレナ、じゃなくて、レナもいない、静かな時間だ。


  『……エレナさん、なんでずっと敬語なの?』

 

  と、思ったら、声が聞こえた。

  って、ええ⁉


  『変ですか?』


  バッチリハッキリくっきりと、会話が聞こえる。


  『変、というわけではないわ。でも、どうして?それなりに仲良さそうなのに、随分と他人行儀じゃない?』


  壁が薄い、のか?それにしたって限度があるだろう。ここまでハッキリ声が筒抜けな宿とか初めてだ。もし人に聞かれたらまずい会話をしていたらかなりまずいことになるんじゃないか?


  『それはですね、私とあの人は他人で、私のご主人様だからですよ』


  まずいことなった。

  こんなの誰かに聞かれたら僕があらぬ誤解を受けてしまう!


  『……あの人、意外とそんな趣味が……』


  ほら、もう誤解受けてる!


  『あ、違いますよ。私が勝手に言ってるだけです』

  『あなた、意外とそんな趣味が……』

  『んっふふふ。知ってました?人間って誰にでも大小差はありますけど、隷属趣味があるんですよ?』

  『そんなことはないでしょうよ。誰が好き好んで奴隷になりたがるの?』

  『愛の奴隷、ってよくいいますよね?それに、もし隷属が心底嫌なら国なんてできませんよ。私はちょっとだけ愛が深いだけの普通の女の子ですよ』

  『結局あなたは自分の趣味を正当化したかっただけなのね』


  『ふふふ、私のは正当化する必要ありませんよ。正当化するまでもなく正しいのです。

 

 それに、隷属趣味と同じぐらいに支配趣味がありますからね、あの人の支配本能を刺激するようなことし続ければ、いつかオチますよ。あなたもやってみればどうです?支配本能の方が若干強そうですけど、まあ、慣れれば従う気持ち良さに気づきますからね』


  あれ?エレナってこんな黒かったっけ?


  『腹黒い、って言われたことない?』

  『ありませんよ?これぐらい、私の国では普通です。……まあ、私の場合気がついたらあの人に媚びちゃってるんですよね~。ぶりっ子だとか思われてないか不安です』

  『なんでそこだけ乙女なのよ。……ってか、あなたあの人のこと好きなの?』


  あー。寝よっか。これ以上は聞いたらいけないや。


  僕はベッドに入ると、声が聞こえなくなるよう頭までふとんをかぶった。


  今まで荒野で寝てたから、体が休みたがっていたのだろう、すぐに僕は眠った。



  『正直言って、よくわからないです。この気持ちが恋なのかそれともただ恩を感じているだけなのか、わかりません。……人に助けられたのも、こうして一緒に旅するのも、初めてですから。本音を言うと、少しだけ、怖いですけど』

  『……怖い?あの人が?』

  『……はい。まだ、私覚えてるんですよ。最初に出会ったときのこと。思い出すだけで、からだが震えます……』

   『……そう』



  だからエレナの本心を、僕は知らない。


  


   

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