第七話
「一ヵ月も彷徨ってよく死にませんでしたね。感服に値しますよ」
「あはは、あなたが通りかかってくれなければ干からびているところでした。本当に感謝しています」
「ほんとのほんとにありがとうこざいます!」
ガラガラゴロゴロ、馬車は荒野を行く。馬車の主は突然現れた僕らを快く迎えてくれて、食事まで振舞ってくれた。
何か下心でもあるのか、と思えば「有り金全部と交換なら構いませんよ」と言われたので逆に安心した。
「いえいえ。私は対価としてお金をもらっているのですから、気にすることはないですよ」
馬車の主が女性だと言うのも、安心できる要因の一つなのかもしれない。不思議と女性というだけで性的な欲求はされないと確信できる。この人がもし男性だとエレナを守らなきゃ、って警戒するもの。
一体男女で何が違うんだろうね?
「あなたがた、やっぱり路銀は必要ですよね?」
「それは必要ですけど、命には換えられませんよ」
というかその路銀を根こそぎ要求したのはあなたでしょうに。もしかしてこの人、顔に似合わずサディスト、なのかな?
「あなた今、私に対して失礼なこと考えてました?」
「ぃえ?」
声がうわずってしまった。なんでエレナもこの人も僕の考えていることがわかるんだ?
「まあ、いいです。あなたがちゃんと男の人だってわかって安心しました」
「え?安心するんですか?私は怖いですよ?」
本当にね。僕は警戒するかな。この人、変わってるな~。
「また失礼なことを……。まあ、いいです。実はですね、先程頂いたあなた方のお金……返してもいいかな、って思ってます」
「ほんとですか⁉ぜひぜひお願いします!」
「まあ、待ってください。相方さんはそうは思ってないようですよ?」
さすがにするどいね。
「なんでですか?お金戻ってくるんですよ⁉」
「かわりになにを要求されるんだろうな、って警戒してるだけだよ」
「ふふふ、あなたはやっぱり男性で、旅人さんなんですね。安心しました」
だから、なんで安心するかなぁ?
「焦らさないでくださると嬉しいです。あなたは何を要求するつもりですか?」
「レレナです。そう呼んでください」
「レレナさん、なにを僕らに」
「レレナです」
……
「レレナ、僕らに何を要求するつもりですか?」
呼び捨てで敬語。不自然さと違和感しかない。
「……まあ、いいです。簡単ですよ、私の隣にいてて欲しいんで」
「ダメです!」
……エレナ。
「なぜです?」
「そ、そ、そそそれは!」
「それは?そういえば気になっていたのですが、あなた方、どういうご関係で?」
「ふ、ふえ?か、関係ですか?」
「ええ。やはり、恋人同士なんですか?」
まったく、この人も好きだな、こういう話題。
「違いますよ。僕とエレナは」
「命令する側とされる側です!」
……君さ、たしか奴隷にはなりたくない、って言ってなかった?
「あら……エレナさんは奴隷なんですか?」
「違いますよ。エレナは奴隷ではありません」
「では、そういうプレイなのですね?」
「はい!」
「はいじゃない!誤解されるようなこといわないで!」
なにがプレイだよ!
「ふふふ、冗談です。恋人同士でないと言うのなら、遠慮はいりませんね。ぜひ、私の隣に」
「な、ん、で!そうなるんですか!恋人いないからって自由に狙っていいわけではないんですよ⁉」
エレナ、さっきからやけに必死だな。
「ふふふ、勘違いしないでくださいな。私は別に恋人になって欲しいと言っているわけではないのです」
「じゃ、じゃあどうしてですか?」
なんかやっと本題に入った気がする。長かった、と思うのは僕だけだろうか。
「私、こう見えて行商などをしておりまして」
「行商人、ですか?たしか国の珍しい物を別の国で高値で売る、金払いのいい人、ですよね?」
「私、ケチですけど?」
「あれ、おかしいですね?私の国では一番お金を払ってくれるのは行商の人ですけど」
それは君の国だからだ。とは突っ込まないでいた。
「それはあなたの国が特殊なのでは?あなたの国ではなにが特産品なのですか?」
「品?うーん、私そういう言い方好きじゃないんですけど……あえて言うなら女の子、ですかね?」
「……………はい?」
どうやらレレナさんは寡聞にして歓楽国のことを知らなかったようだ。
「ですから。女の子ですよ」
「言っている意味はわかりますが、特産品、ですか?」
「はい。私の国では女の子を売ったり、立ち寄った人に女の子をあてがったりしてお金稼いでたんですよ?」
「……それなら、行商人の金払いもよくなるでしょうね。私たち、国から国への移動ばかりで出会いなんてほとんどありませんから」
レレナさんの僕を見る目が下衆を見る目になっていた。さっきの奴隷だなんやらの会話で誤解したみたいだ。
「だから、僕はエレナを買ってないし、エレナは売り物でもありませんでしたよ」
「……そうですか」
「というか、それほど毛嫌いするならなぜ僕に隣にいろ、などと?」
レレナさんはあまり男性が好き、という人ではないようだ。必死にそれを隠しているようにも見えるけど。
「私は行商人なんですよ」
「それは知ってます」
「でも、最近好ましくない客ばかりが私の所に来ます。……ちょっと前はそんな事なかったのに」
「好ましくない客、ですか?」
「ええ。ガラの悪いさながらゴロツキのような方たちです。商品は買っていってくれるんですけど、そのかわり他のお客さんが寄り付かなくなっちゃって」
「どこの国でもそうなんですか?」
「ええ。どうしてでしょうね?」
分からないのかな?すぐにわかってしまうところを見ると、やっぱり僕も男なんだなぁ。
「レレナはいつから行商をしてるんですか?」
「八歳の頃からです」
その時からずっとおんなじ感覚で行商してきたんだ。
「今はいくつですか?」
「十五歳です」
タメ歳。意外だ。
「レレナ、あなた鏡見た事あります?」
「ありますよ?なんですか失礼な」
「いえ、それなら自分の容姿も把握してるかな、と」
「……容姿?」
「え、レレナさん自覚してなかったんですか?」
「エレナさん、私が何を自覚してないって?」
あんまりにも驚いたらしく、敬語がすこし外れている。
というか完全に無自覚だったんだ。そりゃ男だってよってくる。
なぜならレレナさんは。
「レレナさん、すっっっごく綺麗なんですよ?」
とてつもない、美人だったからだ。
「え?私が綺麗?そんなはずはないですよ」
「えー?綺麗ですよ?黒い髪の毛とか、瞳とか、珍しいですし」
「私はあなたの茶の髪がうらやましいです」
「そんな~。羨むようなものじゃありませんよ~」
「いえいえ、謙遜なさらずに。……あなたは本当に私が綺麗だから、彼等がよってくると?」
「ええ。僕はそう思います」
それにしても、びっくりするほど自意識のない人だな。自分が他人にどう思われてるか気にならないのだろうか?
「じゃあ、なおさらですね。あなたが隣にいたらみんな彼氏彼女の関係だと思うでしょう?」
「いや、せいぜいお友達か姉妹だとおもむぐっ⁉」
…………………
「ひゃ、ひゃの⁉」
…………………
「ご、ごめんなしゃい!しゅみません顎ちゅかまないでくだしゃい女の子みたいって言ってしゅみまむぐぐっ⁉」
…………
「エレナ。君は僕を怒らせた」
「はいはいすみません助けてくださいお願いします!」
「次は……ないよ?」
僕はそう全力で脅してエレナの顎から手を離す。
「いてて、酷いですよ……ちょっと女の子みた、い、言ってませんよ⁉な、何にも言ってませんよ本当です!」
「…………そう。それならいいんだ」
僕はエレナに向かって突き出した手を引っ込める。
「うう……なんだか調教されてるみたいです~」
「なんで嬉しそうに言うんだ⁉」
全く!なに考えてるんだよこの子は!
「仲いいんですね」
「よさそうに見えます?」
「ええ。飼い主と飼い犬みたいでとっても面白かったです」
「あなたまで言うんですか……」
はあ。なんでだろうな……?
「ふふふ、じゃ、隣で彼氏役お願いしますよ?そろそろ着きますからね。これ、お金です」
チャラリと、レレナさんは僕の麻袋の財布を渡してくれた。
「では、私は入国手続きをしてきますので、少しだけまっていてくださいね」
そう言って彼女は車から出て、御者台に座った。
それからしばらくして、馬車の揺れが止まった。国についたのだろう。
ここからではレレナさんがなにをしているのかは見えないが、恐らく入国審査官と手続きでもしているのだろう。
「ん~?あれ、あれれ?」
「どうしたの?」
心底不思議そうに、エレナはレレナさんを見ている。
「一つ質問です。馬車ってどうやって操るのでしょう?」
「そんなの簡単だよ。御者台に座って馬をあやつって……あれ?」
そうなれば一つおかしなことがある。
「あ、気づきました?そうなんですよね~」
本当だ。本気で不思議だ。
「レレナさん、今までどうやってきたんでしょうか?」
「今までもこうしてきたんじゃない?」
ならば、すごいことだが。
「いや~ホントに不思議ですね~?」
「……そうだね」
この馬車には僕、エレナ、レレナさんしかいない。今この車にいるのは僕とエレナだけ。ここで不思議なことが一つ、浮き上がってくる。それは。
じゃあ、さっきまではいったいだれが馬を操っていたんだ、だということ。




