表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/48

第五話

 「君は、この国の法律上完全に奴隷になっているんだ」

  「…………………え?」


  エレナは驚いた、というよりも何を言われているのか理解できない、といった風な表情をした。……正確じゃないな。何を言われているのか理解したくない、んだろうな。


  「ど、奴隷?私が、ですか?あははおもしろい冗談言うんですね~」

  「冗談じゃないよ。本当のことだよ」

  「で、でも、想像がほとんどなんです、よね?」


  希望にすがるような目。そんな目をした所で、なにも事実は変わらないのに。


  「証拠はあるさ」

  「な……っ⁉な、なんですか?」

  「まず、さっきの受付の人。完全に奴隷を見る目だった」

  「そ、そんなの、あのひとの勘違いじゃ」


  「次に、君のお父さん」

  「!!」


  僕が出した名前に、エレナは今度こそ凍り付いた。


  「君が帰ってきたのに怒ったことも、僕が主人と名乗った時に安堵したことも、君がどうして奴隷になったかを示してる」

  「……て」

  「つまり、君のお父さんは、君を、」

  「やめてください!」


  エレナに怒鳴られて、僕は黙る。


  「あなたはなにがしたいんですか?私のこと嫌いなんですか?」

  「違うよ」

  「だったら!」


  だんだん、エレナの声が震えてくる。


  「だったら、どうして……どうして、私にそんなこと言うんですか……?」


  エレナは泣き崩れるでもなく、泣き喚くでもなく、ただ静かに一筋、涙を流した。


  「私、これからどうして生きて行けばいいんですか?だって昨日の男の人達、私を買った人達ですよね?主人殺しはこの国では重罪です、バレれば自分から死にたくなるような目に遭わされます。


  私は、いったい、どうすればいいんです?」

  

  答えを求めていない、ただ口にしただけの疑問だった。


  「私、もう、物になっちゃいました。お金でやりとりされて、主人には絶対服従です。死ね、って言われたら死ななければいけないんです。何をされても文句一つ言えないんです!あなたはいったい私に自覚させて、何がしたいんですか⁉」

  「……僕は」

  「あ、……そうか」


  取り繕おうと口を開いた僕に、エレナは言葉をかぶせてきた。


  「あなた、私の『ご主人様』なんですよね……」


  そう言うとエレナはおもむろに服を脱ぎ始めた。


  「なにをするつもり?」

  「なにって……言わせたいんですか?こんな所に泊まって、こんなこと言って。わざわざ言わないといけませんか?それは、命令ですか?」

  「いや?僕は君の主人じゃないし、もし仮にそうだったとしても僕は君にそんな要求をするつもりはないよ」

  「じゃあ、私はいったいなにをすればいいんです?誰かを殺すのですか?死ねばいいのですか?」

 

  ……予想していたとはいえ、かなり自暴自棄になっているな……なんとかしないと。


  「落ち着いて。自分をそう簡単に捨てないでよ」

  「私にはもう守っていい自分なんてないんです!私はもう誰かのためだけの消耗品なんですよ!」

  

   エレナは止まることなく、気持ちを吐き出す。


  「はやく命令してくださいよ!不安になるじゃないですか!何されるんだろう、なにをやらされるんだろうなんて怯え続けるなんて嫌です!私はもう奴隷なんです、物なんですよ!でも、まだ人になりたがる私がいるんです!だから、早く命令して、早く私を物にしてくださいよ!もう怯えるのは嫌なんです!助けてくれたあなたに怯えたくないんです!」


  ……エレナ。


  「わかったよ。君の気持ちは、本当によくわかった」

  「じゃ、じゃあ早く命令してください」

  「しないよ」

  「どうして⁉」


  またエレナの表情は絶望に染まった。


  「だから、落ち着いて、って言ってるじゃないか」

  「この状況で落ち着けるわけなんかないです!」


  さあ、ここからが僕の腕のみせどころ、かな?君は言ったよ。人になりたい、人でいたい、って。

 

  「だから、服を着て、落ち着いて。無理にでもいいから、深呼吸して」

  「命令……ですか?」

  「この際それでもいいよ。とにかく話を聞ける状態にしないとね」


 エレナは素早い動作で服を着ると、何度か すーはーと肩を広げて大きく息をすると、少しは落ち着いたみたいだった。


  「……なんだかあなたの言い方って、動物を調教する人みたいですよね。人の反応を知り尽くしているというか、なんというか……」

  「まあ、人間観察は旅人の必須科目だからね」


  僕のことにツッコミを入れれるぐらいには落ち着いたみたいだね。今なら話せるかな?


  「で、だね。僕、何度も言ってるよね、この国の法律上は完全に奴隷だ、って」

  「……はい」


  落ち込みはするものの、わめき散らすたりはしない。まあ、僕に害がないとわかってもらえたから、かな?


  「もう一度言うよ?この国の法律では、君は奴隷なんだ」

  「私を虐めて楽しい、ですか……?」

  「虐めてるつもりはないよ?むしろ救ってるつもり」

  「奴隷って言われることに慣れろ、ってそういうつもりなんですか?」


  あれ?おかしいな~そろそろ気づきそうなものなんだけどなぁ。


  「もう一度。君は、この国の、法律上は、奴隷なんだ」

  「泣いていいですか?」


  ……。


  「察しが悪い、ってよく言われない?」

  「あ、すごい、どうしてわかったんですか?」


  君の様子を見てたらすぐわかるよ。

  

  仕方ないな。婉曲表現はなしにしようかな。


  「まあ、僕が言いたいのはこの国以外では君は人間だよ、ってことなんだけどね?」

  「え?」


  惚けたような声をエレナはあげた。


  「ほ、本当ですか⁉」

   「うん、本当だよ。刻印を押されていないからね、君が奴隷なのはこの国だけだ。だから……ううんと……」


  あれ、うまく言葉が出ないなあ?どうしてだろ。


  「じゃ、じゃあ、私この国から出たら……って、奴隷は勝手に外に出れないんでした……」

  「君の目の前に自由に国を出れて自由に買物ができる人間が一人、いるんだけど?」


  ううん、どうも直接言うのは気恥ずかしいね。聞きようによっては勘違いするかもしれないし。


  「え、と、いうことはもしかして……?」

  「うん、まあそういうこと。だから君は奴隷としてこの国を出る。それからは自由にするといい」

  「え?」

  

  なぜかエレナはすっ頓狂な声をあげた。


  「どうしたの?」

  「い、一緒に行っちゃダメ……ですか?」

  「ダメじゃないけど、僕について来てもいいことないよ?」

  「一人で旅してもなんか同じな気がします」


  まあ、そうだろうね。女の子の一人旅なんて食べてくださいと言ってるようなものだからね。


  「それに、まだ約束、果たしていませんし」

  「約束?そんなのした?」

  「はい。何度でもなんでもする、って約束しました」

  「それって奴隷と変わらないの自覚してる?」

 

  僕が言うと、エレナは首を振った。やっぱりね。

 

  「奴隷とは、違います。私はあなだから、何でもするんです。助けてくれたあなただから。だから私は奴隷と違って売れませんよ?譲渡できませんよ?あなたの要求ならなんでも応えますけどそれだけは別です」


  あれ、ちょっと首を振った意味合い違ったかな?どっちにしろ、意思が硬いねぇ~。たぶん袖にしても強硬について来そうだなぁ。


  「仕方ないね。まあ、いいんじゃないかな?」


  僕はそう濁すように言った。


  「誤魔化さないでください!ちゃんと言ってください!」


  ……はあ。仕方ないなぁ。


  「ついて来てもいいよ。でも、君にも働いてもらうよ。いい?」

  「はいです!」


  やれやれ。やっとひと段落ついた、かな?早く食料を補給して、それからゆっくり休んでから出発しようかな?


  トントン。


  ……ん?


  「お客様。ここを開けてくださいますか?」


  たしかここって恋人同士が男女の営みをするホテル、だったよね?


  そういうところって、よほどのことがないとホテルの従業員って来ないんじゃないかな?


  「エレナ、しばらくだまっててね」


  コクリと頷くのを見てから、僕はとびらを開けた。もちろんエレナをベッドの中に隠すのも忘れない。


  「なに?」

  「お客様、失礼ですが、そのベッドの中を改させてもらっても?」

  「慇懃無礼、って言葉知ってる?口調だけ丁寧にしとけばいいというものではないんだよ?」

  「ですから失礼ですが、と申しているのです」


  あ~ダメだねこれは、確実に確信してるよ。


  さて。どうするか……?


  「見せていただけない、というのなら」

  「言うのなら?」

  「少しばかり暴力に訴えさせてもらいます」


  パチンと彼が指を鳴らすと、彼の後ろから武装した騎士らしき人達がわらわらと。


  「奴隷一人に随分だね?」

  「あれの買い主が大枚をはたいてくれましてね。失礼ながらあれに手を出したあなたもこの世から消えていただくことになっていますので悪しからず」


  ……殺す気満々だね?


  「エレナ、逃げるんだ!」

  「ふえっ⁉」


  僕の命令にエレナはすぐに応じて、ベッドからとびでて、入り口にいるたくさんの武装集団を見た。


  「え、ええええ~⁉な、ななななんですかこの人達~⁉」

  「驚いている場合じゃない!早く逃げるよ!」


  いくら僕でもこの数は無理だ!

 

  「で、でででもどこに⁉」

  「窓から飛び降りるんだっ!」

  「無理です!」

  「無理でもやらなきゃ死ぬんだよ⁉」


  ああ、もう!躊躇いすぎだ!これじゃ一緒に逃げるしかない!


  「逃がすな!国外に出さなければどうとでもなる!」

  

  もうこの言葉で捕まったらどうなるかがカンタンに予想つくね⁉


  「エレナ!逃げるよ!」

  「え、で、でもどうやって⁉」


  こうやってだよ!


  「え、ちょっ、どこ持って、え!ちょっ、ちょっと待って待って待ってください!」

  「君に自殺願望があるなんて思わなかったよ!なんならこのままおいて行ってあげようか⁉」

  「ダメですダメですおいてかないでください!私が言ってるのはせめて説明をひゃあああああああああああああああああああああああああ⁉」


パリーン!


「くそっ!窓から逃げたぞ!追え!追え!」


  ああ、もう金で動く人間はしつこいから嫌いだよ!


  「くっ……食料が……」


  僕の手持ちの食料は後少し。ないわけではないけれどあるわけでもない!

 

  このまま国外にでたら間違いなく一ヶ月後にはエレナと仲よく荒野の干物になる!


  「エレナ!ここから近くで食料を取り扱っている店ある⁉」


  エレナを小脇に抱えて走ったまま、僕は訊いた。


  「え、お、お店ですか⁉この辺だとすぐそこに、ってなにするつもりですか⁉仲良くらんらんショッピング、って雰囲気じゃないですよ今のあなた!」

  「適当な食料を奪う!」

  「泥棒はいけません!」

  「殺人ならいいのか⁉」


  「待て!貴様ら!」


  「っ!」


  後ろから騎士の一人が追いかけてくる。もちろん死にたくないから僕は逃げる。


  「あ、お店通り過ぎました!戻りますか⁉」

  「君は時々死にたいとしか思えない発言をするね⁉」

  「死にたいわけないじゃないですか!」


  だったらそんなこと言わないで!


  「というか大丈夫ですか⁉さっきからペース落ちてますけど!」

  「何分全力疾走してると思ってるんだ!しかも君を抱えたままだよ⁉」

  「まだ三分も経ってませんよ⁉ちょっと貧弱なんじゃないですか⁉」

  「君に言われるとは思わなかったよ⁉じゃあ君なら走れるんだね⁉離すよ離すよほら離した!……………あ⁉」


  走っている最中だと言うのに僕、絶句。


  「死ねっ!」

  「うわっと!後ろからとか卑怯とは思わないの⁉」

  「思わん!勝利してこその我々だ!」

  「それは結構!やっ!」


  腰のアークソードを振って後ろの騎士一人を牽制する。


  騎士はよけて、少しだけ速度が落ちる。その隙をみはからってまた全力疾走。


  それでも遥か彼方のエレナには追いつかないんだけれど。


  そういえばエレナ、荒野のど真ん中まで走り続けてたもんなあ。


 そりゃエレナと比べられたら僕なんか貧弱だね。


  「待て~!」


  誰が待つか!

 というかこの騎士も全身甲冑だと言うのに生身の僕を追いかけられるなんて化物じゃないのか⁉


  ガチャガチャとうるさいのが延々と追いかけてくるなんて、夢にでて来たらどうするつもりだ!


  「こっちです!」

  「エレナ!」

 

  僕はエレナの所までなんとか辿り着く。


  「死ね!手間取らせやがって!」

  「ああ、もう!」


  鬱陶しい!


  「ぐぎゃっ⁉」

  「うわ……」


  なんで君まで驚いてるんだよ……


  「だ、だって、この人、王国騎士団ですよ⁉殺しちゃっていいんですか?」

  「殺してない!気絶させただけた!というかなんでそれをさっき言わなかったの⁉」


  王国騎士団、と言う名前から誰がバックについてるかなんてわかりやすすぎて困る。

 

  「だ、だってさっきまで必死でしたし、それに鎧についてる紋章を見て初めてわかったんですよ!そんなに怒らないでくださいよ~!」

  「わかった、わかったから早く逃げるよ!今のうちに食料を補給して、それから」

  「いたぞ!」

  「逃がすな!」

  「あいつ、リードをやりやがった!」

  「許すな!殺せ!」


  僕とエレナは一目散に逃げる。


  「殺してないってのに随分と大袈裟だね⁉」

  「喋ってる暇あるんですか⁉」

  「ないよ⁉でも少しぐらいは現実逃避ぐらいさせてくれても」

  「あれが門です!」


  エレナが指さした方を見ると、大きな門があった。


  まあ、当然の如く固く閉ざされているわけだけども。


  「ど、どどどどうします⁉」

  「いいから走る!僕にまかせて!」

  「はい!」


  門まで後少し。

  間合いに入るまでもう少し!


  「え、ええええ⁉け、剣なんてかまえてなにするつもりなんですか⁉その門足抜け防止にすっごく硬く作られてるって授業で習って……」


  「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」


  キン!


  「えええええええええええええ⁉あ、あり得ません!な、なんで私達がすっぽり通り抜けられるぶんだけ斬れるんですか⁉」

  「いいから!今がチャンス!」


  エレナと同じように王国騎士団の方々も驚いて呆然としている。


  門を斬られたのがそんなにショックだったのかな?まあ、これで国外にでれる。


 一歩、国外から出る。もう僕が踏みしめている地面はエレナのいた国じゃない。無法地帯、なんでもありの荒野と平原。


  「まて!」

  「なんです?僕はもう国外にいるんですよ?それがどういう意味か、わからないわけないですよね?」


  国の一歩外に出ればもう法律は通用しない。刻印のないエレナは奴隷じゃない。


  「……っ。どうぞ、ごゆりと旅を楽しみくださいませ。……先行きは不安でしょうけどね」

  「楽しませてもらうよ。じゃあね」


  僕はそう言って国を後にした。


  「ちくしょう!貴様ら王国騎士団が聞いて呆れる!なぜ矮小な旅人一人捕らえられんのだ⁉」


  それからもギャーギャーと騒ぐ声が後ろから聞こえて来たけど、僕らを追ってくるようすはなかった。追ってきたところで斬るだけだけど。


  「ま、一段落、かな?」

  「む~?なんか大事なこと忘れてる気がしますよ?」

  「なに?」

 「む~」


 しばらくエレナは考えるようなしぐさをする。数秒僕は後ろのうるさいのをどうしようかとか考えをそらせながら、エレナが思い出すのを待つ。

 

 「……すみません、思い出せません……」

 「いいよ別に。大事なことなら思い出すだろう」


 ……大事じゃないことなら、忘れたままでいるだろうけど。

 

  「はい!……そうだ、これからどこ行くんですか?」

  「決めてない。けど、早く次の国に行かないと、日干しになっちゃうよ。森が近くにあればそれでもいいや」


  食料どうしようかなぁ……?

  僕はこれから二人分の食料を確保しないといけないのか。はぁ。それを思うと憂鬱だな。


  「ま、旅人は風のむくまま気の向くまま。流れ流れてさすらうのが基本だよ?」

  「はいです!」


  元気よくエレナは返事をした。うん、元気がいいのはいいことだ。何日もつのか楽しみだけど。


  「じゃ、行こっか」

  「はいです!」


  僕は旅の道連れを見つけた。

  きっと旅路を彩ってくれると期待しながらも、僕は進む。


  次の国はどんな所だろうな?


  そう胸を膨らませて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ