表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/48

第四十七話

  ……。

  あれ。身体が動かなくなった。のに、僕は意識がある。いや、意識の残滓、かな。まるで鳥になったみたいに、僕は沢山の死体が転がる大通りを見ていた。俯瞰風景、っていうのかな。


  「あ、アル、さん……」


  エレナは呆然と、動かなくなった僕を見つめている。泣きそうな目で、絶望に顔色を曇らせて。


  「……そんな……」


  キサラは呆然と言った。生きている人間の中にジークの姿はない。きっと、僕はあいつを斬れたんだろう。でなければ、三人が元気に生きているわけがない。


  「……そんな。嘘よ。アルが、死んじゃうなんて……嘘よッ!」


  レナは、恥も外聞もなく泣き始めた。僕のために泣いてくれているのだろうか。そうだろう。……なら、嬉しいな。伝えたいけど、伝えられない。


  「……アルさん、知ってたんですね、こうなること」


  よくわかったね。

  届くことはないとわかっていても、そう言わずにはいられなかった。もし届いたら、きっとエレナは頬を膨らませて、僕に怒るんだろう。でも、僕はそれでもいいと思っていた。また、この子と会話ができるなら、どんな話題でもいい。


  「……私、剣は握りたくないって言いませんでした?」


  言ってなかったよ?


  「……でも、あなたの遺言です、聞き届けてあげます」


  エレナはそう言うと、僕の傍に座り込んで、アークソードの柄に触れようとする。


  「……っ、だ、ダメよ!  エレナ、話を聞いていなかったの!?  あなたがそれに触っちゃったら、カースソードに乗っ取られちゃうのよ!?」

  「かまいません。アルさんの遺言です、聞かないわけにはいかないんです」

  「ど、どうして……?」

  「アルさんは私の恩人で、大切な人で、好きな人ですから」


  まるで当然のことのように、サラリとエレナは言った。……びっくりした。


  「……だ、だからって」

  「それに、私は、これから1人で旅をしなければなりません。どちらにせよ、武器は必要です」

  「……私も、一緒に……」

  「わかってます。一緒に行きましょうね」


  悲しげな表情をしたキサラと、虚ろな瞳をしたエレナ。二人ともこんな状態じゃ、旅人になってくれることを素直に喜べない。


  「……っ!  な、何よ、二人とも……。好きにしなさい!」


  レナはそう言って、涙ながらにどこかへと去ってしまった。僕の身体が動けば、追いかけるのに。


  「……じゃあ、好きにすることにします。アルさん、もし、私が呪いに負けたら、あなたに乗っ取られることになるんですよね?」


  そうだよ。


  「なら、私はそれでいいです。あなたに、私をあげます。好き使ってください」


  ダメだよ。僕はもう誰にもなりたくないんだ。


  「大丈夫です。きっと、私は呪いに打ち勝ちます。そして、あなたの剣と一緒に、旅を……」


  最後は、声にならなかった。嗚咽と、涙。


  「ねえ、アルさん。私、ずっと、ずっと、アルさん、あなたと旅をしていたかったです……っ」


  僕と、ずっと。エレナは僕が人じゃないことを知ってる。でも、それでもエレナは僕と一緒に旅をしたいと言ってくれた。……ありがとう。そう言いたいよ。


  「……エレナ、私が持つ。そうすれば、あなたはアルと旅ができる……」

  「それだけはダメです!  なんのために痛い思いをしたんですか!  奴隷でない人生を送るためでしょう!?」


  名案を思いついたような顔をしたキサラに、エレナは厳しく言った。


  「……そうだけど……でも、あなたが、アルと……」


  はっとしたように、エレナはキサラを見た。キサラはまるで自分が消えて僕が生き返ればそれでいい、と目で言っていた。そんなキサラを見たエレナは、悲しげな瞳に少しだけ優しげな色が灯った。


  「あ、あはは……。大丈夫ですよ。今のは仮定の話ですから。……そうですね、冗談、ですよ。アルさんのことは好きですけど、それでも、体をあげるほどじゃありません。貞操ならいくらでも差し上げますけど。……って、アルさん、女の子でしたね」


  事実なので怒りようもないし、身体がないので怒れない。今は、きっと歴とした男なんだろうけど。


  「さ、さて、ちゃっちゃと呪いを返り討ちにして、旅立ちましょうか!」

  「……うん……」


  キサラはエレナのために、エレナはキサラのために無理をして、明るく振舞っているのは明らかだ。……でも、いつか、その嘘が本当になればいいな。いや、なるさ。僕が消えて、二人で一緒に歩いていけば、あとは時間が傷を癒してくれる。


  「……さて、と。アルさん。最期になりますけど、勝負しましょう」

  

  ここにいないはずの僕に、エレナは語りかける。……いいよ。一度、君とは勝負したかったんだ。


  「あなたが勝てば、私の体をあげます。私が勝てば、あなたをください」

  

  いいよ。どっちにしろ、僕はもう動けないし。ただの、そこらへんに落ちている剣となんら変わりない。


  「……エレナ……」

  「大丈夫です。勝ちます。勝って、旅します。アルさんの分まで」


  躊躇いがちにもエレナは柄に手を伸ばし……。


  「……一応、言っておきます。さよならです、キサラさん、アルさん」

  「……っ。さよなら……」


  さよなら。


  別れの言葉と共に。

  意識が、どこかへと連れ去られたような感覚がした。

  ……きっと、連れ去られる先は……。


  カースソードの、中だ。


  







  「え、あれ、ここは?」

  「僕の中だよ」


  暗い昏い空間。森の時に見た夢の中と、ほぼ同じ。あの時は夢を見ていたことさえ忘れていたけど、今はあの夢の場所がここであるとはっきりとわかる。どこまでも広く果てはなく、どこまでも暗く光はない。けれど、矛盾したことに互いのすがたははっきりと見えた。


  「あなたの中、だなんて……なんだかエッチぃ響きですね」

  「あのね。僕は男だよ?」

  「身体は女の子じゃないですか」

  「……むう。切り返しがよくなったね」

  「私が目指すのは、あなたのような旅人ですから」


  目指して欲しくない気もする。


  「……驚かないの?」

  「驚いてます。なんだかずっとここに居たい、って思ってます」

  「……どうして?」


  知らないふりをするのは辛い。けど、けれど。もし、僕がエレナの気持ちを知っていて、僕はまんざらでもないと思っていると知ったら?  もしかしたら、ずっとここにいると言い出すかもしれない。


  「私、こんな暗いところが大好きなんです。きっと、気持ちよく眠れるとおもいます。……ずっと、ずっと」

  「……そうだね。きっと、最初は怖いだろうけど、一度眠ったら、ぐっすり眠れるだろうね」

  「ええ」


  ……だめだ。


  「さあ、世間話はこれくらい。勝負、いや、試験、だね。試験をしようか」

  「……はい」


  これ以上、エレナとこんな嘘だらけの話をしていたくない。これ以上話していたら、言ってしまいそうになる。寂しいよ、君も、一緒に。……それだけは、言ってはいけない。


  「……で、でも、どうやって……」

  「こうやって」


  暗闇が僕の右手を覆い隠して、それが晴れると、手には慣れ親しんだアークソードがあった。


  「君も、やってごらん。出したいと思えば出せるよ。ここで出した武器が、そのまま君の武器になる」


  前任者は弓で、僕は剣。さあ、エレナは何になるだろう?


  「……んっ」


  僕と同じようにエレナの右手を闇が包み込み、それが晴れると、そこには。


  「……君らしいよ」

  「そ、そうですか?」


  エレナの手には、小振りで、柄には可愛らしい装飾が施された片刃の剣が握られていた。


  「……それで、試験って、なにするんですか?」

  「僕と戦って、僕を負かせばいいんだよ」


  少しだけ驚いたような顔をした。


  「……私、戦えません」

  「僕の戦闘を、ずっと隣で見てきたろう?」


  時には、危険を冒してでも。


  「……でも……」

  「これ以上、迷わないで。僕はもう、死んでるんだ。これは、ただの通過儀礼だよ」


  じゃあ、アルは、それすらもできなかったということだろうか。きっと、同じような状況だったんだろう。前任者とアルは僕とエレナみたいな関係で、何かがあって、前任者が僕みたいに死んだ。アルはエレナと同じようにここに来て……。試験を、クリアできなかったんだろう。


  「……でも、アルさん」

  「アル、は僕の外殻だよ。僕はカースソード。カースって呼んで」


  あえて、エレナとの差を強調する。そうでもしないと、きっとエレナは僕に剣を向けないだろう。


  「……カースさん、あなたは、私の前で動いて、話しています。……それを死んでいるとは、思えません」

  「……そう」


  ……ダメだよ、エレナ。僕は死人。君は生きている。生きている限り、生きようとしなきゃ。


  「……じゃあ、キサラは置いて逝くんだね」

  「……っ」


  エレナは唇を噛み締めた。


  「……そうでした。私は、キサラさんを外に置いて来たんでした。……あなたの存在が強烈すぎて、忘れてしまいました。それだけ、死んだ人が目の前にいるって、すごいことなんですよ?」

  「わかってるよ。でも、君は向こうに帰るんだろう?」

  「……はい。約束、ですから」

  「キサラとの?」

  「それも、あります。でも、あなたと約束しました。一方的にあなたがしたんですけど。……私は、あなたの剣を持って、旅をしなければなりませんから」


   ゆっくりとエレナは剣を構えた。辿々しく、けれど瞳には確かな意思を宿して、切っ先を僕に向けた。


  「……私は、死にませんでした。あなたが守ってくれていたからです。これからも、死にません。私が自分で自分を守るからです」

  「……良い心掛けだね。感心するよ」


  冗談抜きで、そう思う。ほんの少しの間で、エレナは急成長した。いや、なにも成長はしていないのかもしれない。ただ、覚悟が決まっただけなのかも。


  「じゃ、始めるよ」

  「はいです!」


  僕は容赦なしに、大きく振りかぶって斬りかかる。

  エレナは大きく横に跳んで避けた。へえ、意外。体力はあるから、こんな芸当ができるんだね。


  「……あなたを斬る、と覚悟したんですけど、どうもですね……」

  「まあ、気持ちはわかる」

  「本当ですか?」


  うん。君を斬る、なんて。


  「……うん。でも、容赦はしない」

  「はい!」


  僕らは斬り合う。一合二合。剣が大きいから威力のある僕と、小さいけど体の力が強いエレナとで、力の差はほとんどなかった。あとは、エレナが見よう見まねで戦おうとするだけで、僕らの差はあっという間に埋まる。……なんだ。剣としての僕も、この程度か。今初めて剣を握ったような女の子と拮抗するような実力。カースソードに戦闘を任せすぎたんだ。……でも、もしそうしていなければ、とっくに勝負はきまっていただろう。


  「はあっ!」

  

  エレナの気合い一閃。僕は辛うじて防ぐ。


  「なかなかやるじゃないか」

  「ずっと、見てましたから。ずっと、夢見てましたから。あなたの隣で背中を合わせて戦いたいって!」


  鋭い一撃が、幾度も僕を狙う。僕はそれらを受け流す。


  「……そうなんだ」

  「はい。だから、本当は戦いたくないんです。いますぐにでも斬り殺されて、あなたに体をあげたい、って思うくらいなんです」

  「……そう」


  僕はエレナ胴を狙って横に斬る。エレナは後ろに跳んで躱した。……すごいな。もしかしてエレナって、戦闘センスもあるのかな。


  「……どうして私、あなたに剣を向けてるんだろう、って思います。あなたに殺されて、あなたを生かしてあげたいはずなのに、なんでこんなに抵抗してるんだろうって思います」

  「ふうん」


  じゃあ、動かないでよ。なんで戦うのさ。


  「でも、私は負けません!  あなたのことが、好きだから、あなたの望みは、叶えさせてあげます!」


  その言葉に、僕の手が止まった。僕の、望みか。ここで、誰にもなることなく死んでいくこと。エレナには言ってなかったのに、どうしてわかったんだろう。


  「やぁあああッ!」


  あ、油断した。

  気がついたら、エレナは僕のすぐそばで、僕のお腹に小剣を突き立てていた。血は、出ない。けど、けど、僕は、もう。


  「………ぐす」


  エレナは僕に剣を刺したまま、うつむき、肩を震わせていた。


  「……あ、ある、さん、うくっ。ひっく。あ、アルさん、か、勝ちまし、ひっく、勝ちました、よ……?」

  「……うん、完璧に、君の勝ちだ」


  僕を見上げるエレナの頬には、涙が流れていた。……これで僕が消えてしまうことが、悲しいのかな。


  「うっく、ぐす、わ、私、ひぐ、自分の身を、自分でまもれます、よ」

  「そうだね」

  「……だ、だから、うく、ひっく、だから、安心して、ください……」

  「うん、安心する」


  ……お別れだ。だんだん意識が薄れていく。でも、これでいいんだ。なにも残らない。けど、エレナは生き残る。それでいいんだ。


  「……エレナ、いってらっしゃい。辛い時もあるかもしれないけど、頑張ってね」

  「……はい、です……」


  だんだん、だんだん僕が消えていく。呪の僕が、旅人のアルが消えていく。


  「……さよなら、です……っ!」

  「……さよなら」




  さよなら、キサラ、レナ、エレナ。君たちと出会えて、本当に僕は……。


  楽しかった。ありがとう。エレナも、強くなった。これで、僕はなんの心残りもなく、消えていける。終わっていける。これで、最期。


  ……エレナ、さようなら。   


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ