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第四十六話

「いやあ、本当によかった! ハニーを助けることができて私は幸せだよ!」


  まるで牢獄のような狭さと何もなさに息がつまりそうになる部屋に、僕らはいた。ここがどこかはわからないが、この男がこうしてバカみたいにはしゃいでるところを見ると、ここは安全なんだろう。


  「まったく。いきなり現れて何の用?」

  「いやはや君の周りにまた女の子が増えてきたね」

  「何の用?」

  「そういえば、レナが私の剣を奪っていったのだが、帰ってきたときにはもうあれを持っていなかったのだよ。きみ、知らないかい?」

  「知らない」


  本当は、森で武器を奪われて、そのまま放っておいたんだけど。


  「そうかそうか。で、そちらのお嬢さんの名前は?」

  「……」


  キサラは急に現れたジークに警戒しているのか、エレナの後ろに隠れている。


  「……おやおや、嫌われたみたいだね。もしかして、君は奴隷かい?」

  「……っ!」


  キサラは驚愕と恐怖に身を縮こまらせた。


  「へえ。どうしてそう思うの?」


  動揺を隠して、僕は訊いた。


  「私は奴隷意外に嫌われたことがないからね」

  「僕は違うよ?」

  「ふふふ、そうだね」


  ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、ジークは言う。……。嫌なやつ。


  「……わ、私は、奴隷では、ない……」

  「そう?  登録を確認してもいい?」


  登録、だって? そんなものがあったのか?


  「……っ。かまわない……」

  「あっそ。じゃ、いいや」


  あっさりと、ジークは言った。なにがしたかったんだ?


  「……あなたは、誰……?」

  「私はジーク。そう呼んでくれたまえ」

  「……」


  キサラは疑いが晴れたというのに警戒を解こうとはしなかった。当たり前だろうけど。


  「まあ、とにかく。なんであいつらに追われてたのかは訊かないからさ、お礼を頂戴」

  「……ありがとう、ジーク」

  「口じゃなくて」

  「これ、あげる」


  僕は荒野の途中で見つけた綺麗に光る石を渡す。


  「いらないよこんなの。私が欲しいのはただひとつ。君と」

  「しゃっ!」


  アークソードをジークの脳天めがけて振り下ろす。彼はひらりと交わして、床に突き刺さったアークソードを踏みつける。あっ!  剣が動けなくなって、ジクリと、掌が痛み出す。……っ。


  「これで、君は動けない。私の好きにできる」


  や、やばい。お、男に、犯される!?


  「だ、だめです!」

  「……だめ……」


  僕が半ば覚悟を決めていると、二人が僕をかばうように間に入ってくれた。


  「……おやおや。ずいぶんモテモテだね?  嫉妬してしまうよ。本当に、うらやましい……」


  ジークの目に危ない色が灯る。

  な、なにをするつもりだっ!?

  そんな風に僕が怯えていると。


  ドンドン!


  強く扉を叩く音がした。

  敵が来た!


  「エレナ、キサラ! 逃げるよ!」

  「はいです!」

  「……」


  僕は思いっきり剣を振り上げ、ジークの足を強制的にどかす。


  「うわっ、すごい馬鹿力」

  「僕は男だといつも言っているだろう!」

  「……くす。本当にそうかな?」


  この部屋に入り口以外の出入り口はない。だから正面突破しかないな、と思っていたとき、ジークが気になることを言った。


  「……なんだって?」

  「いや、あんまりにも顔の造形がそれっぽいからね」

  「それらしく見えるだけだよ」


  普段なら怒るところだけど、ここは我慢する。違和感の正体を突き止めるまでは。


  「いやいや。君の顔は女性らしいではすまされないレベルだよ?  気付いていないだろうけど。もしかしたら、君は、女の子かもしれないよ? 本当にアレはついてる? ……くすくす、確認してみたら?」

  「……っ。そんなのなくても僕は男だ色狂い!  二人とも、どいて! 正面突破だ!」

  「……やれやれ。嫌われたものだね。私は奴隷にしか嫌われた事がないというのに。……それに、そろそろ、頃合いかな?」

  「……え?  あ、アルさん、じ、ジークさん、今なんて……」


  戸惑うエレナを無視して、扉を思い切り蹴飛ばし、外に出る。外はもうほとんど騎士団に囲まれていた。


  「いたぞ! 奴隷二人と旅人だ!」

  「つかまえろ!」

  「捕まるかッ!」


  エレナとキサラの手を引いて、彼らの間を走り抜ける。彼らは鎧を着ているから、素早く動く僕にはついてこれないし、捕まえようとしているから無茶もできない。たくさんいすぎるから、一度逃げれたらすぐに追ってこられない。いろいろな状況が、僕に味方をしていた。


  「はあ、はあ、はあ。あ、アルさん、さっきの、話なんですが」

  「なに?」

  「その、あなたが、その、」

  「今は怒らないから、はっきりいって」

  「女の子みたいだって」

  「だからなに?  君だって、僕の性別は知ってるだろう?  僕みたいに粗野な女の子がいるはずない」

  「……そういう、女の子に幻想抱いてるところとか、本当に男の人らしいんですけど……」

  「……アルには、身体的な男らしさが、カケラもない。さっきだって、少し変なところが……」

 「何が変だっていうんだよ?」

 「その、……うう、言えません……」


  みんなして酷いな。ジークも、エレナも、キサラも、そんなに僕が男で悪い?  こんな、女の子みたいな顔してる男がいたらダメ?


  「……うるさいな。今は逃げることに集中して」


  僕は突き放すように言って、それきり二人のことは無視するようにした。僕が女の子みたいだって?  冗談じゃない!  僕は男だよ。粗野で、乱暴で……。とにかく、僕は男なんだ。だから、もう誰も僕を、否定しないでくれ。

  そんなことを考えながら、僕は走った。


  「……」


  それから、しばらく。僕たちはさっきの大通りに出ていた。

  周りはレナを中心とした、ミケーア商会の連中で囲まれている。逃げ場は、ない。


  「……レナ。君は」

  「う、裏切ったわけじゃないわ!  で、でも、ジークさんに脅されて……」

  「脅す?  ジークが?」


  レナになんてことを。でも、レナはなんて脅されたんだろう?


  「ええ。『私に従わないと殺してやる』って……」


  僕の時よりももっと酷い脅し文句だな。


  「……それで、従ったのか。でも、ミケーア商会の人間を脅すなんて、ジークも随分と勇気のあることを……」


  ミケーア商会って、騎士団を作れるぐらい財力に富んでいるんだよ?  それの一員を脅すなんて、また大胆な。


  「そ、それは……」

  「それは私が、ミケーア商会の人間だからだよ!」

  「……ジーク」


  颯爽と現れたジークに僕は戸惑っていた。なんで?  なんで、急に。少し話が急すぎるだろう。なんでジークがミケーア商会の関係者なんだ?


  「ず、ずっと思ってましたけど、あ、あなたは、何者、なんですか?」

  「ふふふ。いい質問だエレナ!  さすが、私が見込んだだけはある!」

  「……待ってください、どういう意味ですか……?」

  「ふふふ……。教えてあげようか?  実を言うと、前々から目をつけていたんだよ。……ま、きっかけは簡単さ。君の故郷に立ち寄った時、君は随分と優しくしてくれたね。君はもう忘れてしまっただろうけど、ね。……商魂抜きの優しさに触れた私は、君が欲しくなった。私の物にしたくなったのだよ」

  「……まさか……」


  エレナの声色に、恨みのような黒いものがにじみ出て来た。


  「簡単だったよ。君の父親は前時代的な考えた方だったから、金に困ればすぐ娘を売ると踏んでいた。だから、ね。まさか君、本当になんで自分が売られたか考えもしなかったのか?  それは、私が」

  「もういいですッ!」


  エレナは怒鳴ってジークの言葉を遮った。


  「もういいです。許せませんけど、過ぎたことですから。だから、本当は嫌ですけど、許します。だから、あなたが何者か、教えてください」

  「……強いね。旅をして、変わったのか?  ふふふ、いいだろう。私が何者か、だったな。私の名前はジークハルト。ジークハルト・ミケーア・オールカラー」


  ……っ。そういうこと、か。


  「今まで君は、僕たちのことをからかっていたのか」

  「いやいや、私は君を愛している。……だからこそ、時には大した事ない人間に手を出して、君の大切さを噛み締めておかないと、忘れてしまうだろう? 君の尊さをね」


  その目にはまるで冗談の色はなく、本気だと言うことがありありとわかる。だからこそ、吐き気がする。なんだよ、大した事ない人間、って。なんだよ、僕の尊さって! 僕にそんなものは、ない!


  「……ミケーア、ですか。私を買ったのは、あなただったんです、ね。今までずっと、からかってたんですね」

  「そうさエレナ。だから、早くご主人様のところにおいで」

  「……それは」

  「させない」


  僕はエレナの前に出る。


  「ふふふ、無理に男らしく振舞わなくてもいいんだぞ?  私はわかっている。私は君を愛している。だから、その子を渡すんだ」

  「なんで君が僕を愛してたらエレナを渡さなきゃいけないのさ」


  アークソードを抜いて、僕は言う。不思議と、痛みはない。


  「私は今武器を持っていない、そして君は怒っている。なら、私は殺されるかもしれないね」

  「そうだよ。だから、エレナのことは諦めるんだ。はやくこの国から出て、旅をしなきゃ」

  「ふふふ、旅、ねえ。カースソードらしい考えだね」


  ……え? 今、なにをこいつは。


  「……今……カースソードと……」

  「おや? そっちの奴隷は何か知っているのか?」

  「……人を乗っ取りながら敵を斬る呪の剣……」


  そんなことはわかってる。


  「僕はある程度呪いに耐えてるから、大丈夫だよ、キサラ」


  僕は微笑みながらそう言った。安心させるつもりだったんだ。


  「くくく、ふふふふふっ」

  「なんだよ、ジーク」

  「いや、ごめんよ。いやぁ、まさかここまで忘れているとは……。道理で、今まで会話が噛み合わなかったわけだ」


  でも、僕の言葉がきっかけで。


  「なにがいいたい?」

  「君が呪いに耐えている?  そんなはずはないよ。なぜだって?  それは簡単さ。君は、呪そのものなんだからね」


  僕は、僕を全否定されることになる。 

僕は旅人。荒野を目的もなしに旅をしていて、人を斬るのに抵抗があって、でも剣を抜いたら体を乗っ取られて、気がついたら勝手に戦闘は終わってて、エレナを拾ってからはとても楽しい日々を過ごしている。僕はアル。僕は男。そのはずだ。カースソードなんて物ではない。


  「僕が呪いそのもの?  そんなはず、あるものか」

  「あるさ。カースソードは、人格を乗っ取る剣なんだから」

  「……じゃあ、どうして僕は君にきりかかっていないんだ?  僕は今、君を殺したくて仕方ないのに」

 「忘れた自分が見つかりかけて、私の話に興味を持っているんだろう?」


  否定はできない自分がいることに、とても戸惑う。ここで否定しなきゃ。そうしなきゃいけないのはわかってるのに。


  「まあ、きっと、剣としての部分と、人格としての部分がなんらかの原因で別れちゃったから今の君みたいなことになるんだろうね」

  「ふざけるなっ!」


  いい加減にしてくれ!  僕は僕だ!  他の誰でもない!


  「もし僕がカースソードだと言うんなら!  本当の僕はどこにいった?  僕はアルだ!  アル・アルファだ!」

  「……ああ、君、そんな名前だったんだ」

  「っ!?」


  なんだ、その言い方は。君は。僕のことを愛していたんじゃなかったのか? なんだ、その、僕はあくまでカースソードの付属品みたいな言い方はっ!


  「私にとって君はカースソードでしかない。それ以外の価値なんて、君にはない」

  「じゃあ、僕に言ってたあの恥ずかしい言葉はなんなんだ!」

  「カースソードに言っていたつもりだけど?」


  とことん僕を否定したいみたいだな!


  「カースソードじゃない僕は、ここにいる!」

  「いや?  君の外見とはカースソードを持つまえから知ってたけど、いっつもおどおどして、どうしようもなく弱い女奴隷だったよ。子供すぎたから夜の奉仕すらできない役立たずだ」

 「お、おんな……?」

 「気付かなかったの? 今まで?」

  「な、なんだって……? ぼ、ぼくが、の、呪い、そのもの……?」


  じゃあ、僕は、僕は……偽物なのか? アルという女の子の殻を被った、偽物?  僕が奴隷になろうとする人間が嫌いなのは、 アルが奴隷で、そのせいで辛い思いをしていたから?  だから、人間として生きていけるのに、それを自ら捨てる人間が嫌いなのか?  

 

  「カースソードは基本的に男性人格だから、自分が男だなんて思っていて、それの妨げになるようなことは全部忘れてたんだね。ふふふ、君って本当に馬鹿だね。カースソードじゃなかったら、目にも止めないよ」

  「……っ」


  なんだよ、なんだよ、それ。

  僕は僕じゃなくて私なのか?  それとも、前から僕なのか?  それすらも危うい。なんだよ、これ。僕は、カースソードで、アルとい女の子を呪い殺して、体を乗っ取った、紛い物なのか?

  じゃあ、僕は、ただの、呪いの剣なのか。  

  アークソードを握り締め、僕はジークを睨み付ける。  


  「アル。じゃあ、愛してくれ。剣の愛し方なんて、一つしかない。さあ、私と愛し合おう」

  

  ジークは近くの騎士から剣を奪い取ると、華麗に構えて、そんな身の毛もよだつようなことを言ってきた。


  「……嫌だねっ!」


  なんでここまで言われて、ここまで自分を否定されてこいつの言う通りにしなきゃいけないんだ!


  「エレナ、キサラ、レナ、行くぞ!」

  「わ、私も?」

  「ど、どこへ行くんですか?」

  「……逃げ場なんて……」

  「あっても逃がすとでも?」


  ジークが合図すると同時に、周りに待機していた騎士団が、一斉に動き、弓を構えた。鉄でできたものすごく強い弓だ。


  「三人を狙うように言いつけてある。動けばブスリ、だ」

  「……早くやめさせろ」

  「ふふふ、無理だよ。ちなみに私が何を言っても射撃をやめるなとも言ってあるから……どうすればいいのか、わかるね」

  「……下衆だね」


  こいつの手の上で踊らされているのに憤りを感じながら、アークソードを構える。覚悟を決める。殺す覚悟と、死ぬ覚悟。


  「望みどおり、殺してやる!」


  僕は呪いに身を任せた。








  血が気持ち悪い。血の赤が目につく。周りは死体だらけ。なのに。

  ……なんで。


  「なんでお前が生きている!」


  周りの騎士達は残らず死んでいるのに、どうして一番斬りたいジークが、僕の前にいるんだ!


  「弱いね。でも、だからこそ愛し合える。もっともっと愛し合おう。もっともっと殺し合おう」

  「……あまりふざけなるなよ?」


  なんであいつが生きてるのに呪いが切れた? ……まさか、全力でも、あいつは倒せない?  そんなはずはない!


  「シルバリオンがないのに、どうして?」

  「あれはただの剣だよ。君とは違ってね。っと」


  ジークが答えている最中に斬りかかる。甲高い金属音が響く。

  血にまみれた剣身が震えて、手に衝撃が走る。


  「……まだ、君じゃない。さあ、君を出せ。そんな紛い物で私を愛せると」

  「黙れ!」


  僕は僕だ。他の誰でもない!

  一心不乱に剣を振る。頭、上腕、下腕、胴体、太もも、心臓頚椎、首。あらゆる部位を狙うけど、どれも防がれる。どれだけ斬ろうとしても全部流されて、受けられる。強い。だめだ、もしかしたら勝てないかも知れない……?


  「血に濡れた君も美しいよ」

  「……っ!  黙れ!」


  どうせ、お前が褒めてるのはこの剣だろうが!


  「君には本気を出して欲しいな」

  「出してる!」

  「いいや。君の本気はもっともっと凄まじい。ほんのわずかな時間で周りの騎士団を全滅させるほどなのだからね」

  「うるさいっ……」


  なんで、なんでお前は僕を否定して剣を肯定する?


  「もし、本気を出さないと言うのなら、そこの三人組、殺しちゃうよ?」


  ……っ!  させるか!


  「だから、弱いって」

  「ふざけ……ぐっ」


  斬ろうとしたところを思い切り突き飛ばされて、僕は倒れた。ジークは一歩一歩踏みしめて、三人のところに向かう。まるで、見せつけるように。……ダメだ!


  「カースソード!」


  僕はまた、呪いに身を任せようとした。のに。


  「……まだ、本気になれない?」

  「や、やめろ! エレナたちには、手を出すな!」


  どうして?  どうして何も起こらない?  僕は、守れないの?  誰も?  ……そんな。    


  「た、助けて……」

  

  エレナが、か細く言った。その言葉は酷く不安げで、まるで神様に祈るようだった。なんでそんな風に言うんだ?  神様なんていない。いるのは僕ら、人間だけだ。……だから!


  「エレナ、キサラ!」

  「あ、あの、アルさん、私」

  「……アル……」

  「あ、アル」


  心配する三人の声を、今は無視する。そうだ。なにを諦めかけていたんだ。僕は三人を護りたいんだ。

  ある日突然現れて、僕に楽しい日々を運んでくれたエレナ。

  短い間だったけど旅をして、そして、こんな剣とも人ともわからないような僕を好きだと言ってくれたレナ。

  ずっと辛いのを我慢して僕に付き従って、酷いことをした僕と旅をしてくれたキサラ。僕が諦めたら、三人の人生が、終わってしまう。そんなことにはなってはならない。僕がさせない!


  「君たちと出会えて、本当によかった!  安心して、僕は、君達を護り抜く!」


  これは、人に言わせれば愛やら恋だと抜かすかも、しれない。でも、僕は仲間だから、護るんだ。大切な人だから、大切な旅仲間だから!  僕は、三人を護るんだ!


  「行くぞ! ジークハルト!」

  「その名で呼ぶなと……言ったよな!?」


  ジークは足を止めて僕に睨み殺すような視線を向ける。知るもんか。


  「僕に殺されたいんだろう、ジークハルト!」

  「あいつが名付けた名前など、呼ぶな!」

  「知るかっ!  望みどおりにしてやる!」


  アークソード!  力をよこせ!  僕に、ここにいる連中から、エレナとキサラ、レナを守るだけの力を!


  「ふふ、……ふふふ、ふははははは!  いいぞ、いいだろうカースソード! 殺せるものなら殺してみろ!  私も全力で抵抗する!  カースソードよ、愛し合おう!」


  ……後任を決めなきゃ……


  頭の中で、僕の声が聞こえた。

  その意味を、僕は瞬時に判断する。


  「エレナ!」

  「な、なんですか?」


  返事の声は、震えていた。怖いのだろうか。悲しいのだろうか。それとも、助かると確信して、嬉し泣きしてくれているのだろうか。最後のだと、僕は嬉しいな。


  「もしものことがあったら、この剣は君に譲る!  君が、後任だ!」

  「な、なんのことで」


  ……わかったよ……


  その声が聞こえた途端、アークソードから、黒い煙が吹き出して、僕を鎧のように包み込んだ。全身を蝕む激痛と一緒に、力がみなぎってくる。世界の動きが遅くなって、なんでも斬れて、どこへでも飛んでいけるような感覚さえしてくる。僕を睨むジークが、ひどくちっぽけに見えた。なんだ、この程度の人間に、僕はてこずっていたのか。


  「覚悟しろ……っ!」


  僕の命を蝕んで、力を得る。この剣はこうして、人の命を吸い続けて、強くなっていくんだろう。

  でも、この剣に吸われた僕の命は、エレナを護るんだ。なら、大丈夫。意識はないかもしれないけど、僕の命は、エレナと一緒に旅をするんだ。なら、何も怖くはない!


  「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


  僕は剣を振り上げ、そしてその瞬間、意識を失った。

 

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