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第四十五話

  「……ねえ、アル……」

  「なに、キサラ」


  僕は旅人。ここは荒野。

  僕は何か目的があってこうしてあてもなく荒野を彷徨うように歩いて、国から国へと渡っているような気がするし、なんの目的もなく旅を続けている気もする。

  まあ、もし目的があったとして……。忘れるような目的なんてたいしたことじゃないんだろうけど。大方両親に世界を見てこいとでも言われたんだろう。もう二人の顔も思い出せないけど。


  「キサラさん、暇だって言いたいんですよね? 私も暇です。うにゅ~……」


  僕の右隣で可愛く囀ったのは、茶色の髪の女の子、エレナだ。

  彼女は両親に売られ、あわや奴隷になる、というところで僕が助けて、今ここにいる。自分の意思で僕についてきたわけではないので、旅人ではない。……けど、いつかは、きっと。


  「……うん……。でも、誰かに従わなくていいなんて、今まで考えたこともなかったから……すごく、うれしい……」


  僕の左隣で嬉しそうに顔をほころばせながら重いことを言っているのは、ピンク色の髪をもつ女の子、キサラ。彼女は元、奴隷で、この前の国でとんでもない方法でその運命から逃れたのだった。その方法の結果は、彼女の太ももに今も残っているだろう。たぶん、彼女は旅人と言っても差し支えはないだろう。


  「そうだね。僕もほっとしてる」

  「……どうして……?」

  「君に命令せずに済むからね」

  「……あなたなら……いつでもいい……」

  「やれやれ」


  まったく。どうしてエレナみたいなことを言うのかな。

  

  「……そういえば、キサラって戦える?」

  「……ううん。私、運動は苦手……ベッドの上は、別だけど……」

  「それは聞いてない」


  キサラは最近よく冗談を言う。他愛もないことだけど、そんな余裕が彼女の中で生まれた、ということは僕にとってはとても喜ばしいことだった。……ブラック&ピンクジョークがほとんどなのがちょっと……だけど。


  「私も、運動は嫌いですけど得意ですよ〜」

  「君が言うと矛盾に聞こえないのが驚きだよ」


  エレナの故郷は妙に基本運動能力がとても高く、エレナもその異常と言っても差し支えない体力の持ち主なのだ。けれどエレナは運動が好きそうには見えないし、実際嫌いなんだろう。エレナの底無しの体力は僕も欲しい。


  「……運動は苦手。でも、戦闘と夜の運動は別……」

  「まあ、その意見には大いに賛成だけど 声高に言わないでよ」

  「……私は、戦闘なら、できる……」

  「本当ですか?」

  「ホントに!?」


  やった。これで僕も夜眠れる!


  「……うん。暗殺とか、拷問とかなら、訓練されたから……」

  「また血生臭そうですね~。無駄に」

  「君にそんなのを教えたのは誰だい……?」


  なんだかふつふつとやりばのない怒りがこみ上げてきたよ?


 「……私の国では、淑女のたしなみ……」

 「……」

 「……」


  どんな国だ。

  そう突っ込んだが最後、きっととつとつとキサラのお国柄を語られるんだろうなぁ。


  「……冗談……」

  「気づきにくい冗談言わないでください!」

  

  僕は驚きすぎて声にならなかった。


  「……本当は、国が学習を義務付けている必修技術……」

  「まさかの二段構えですか!?」

  「……またまた。どうせ冗談……だよね?」


  キサラは無情にも首を振った。……どうしよう。キサラの国に俄然興味が湧いてきた。


  「え、ええっと、アルさん、ちょっと話変えますけど、お腹空きませんか?」

  「ん?そういえば、そうだね」

  「……私はまだ、大丈夫……」

  「……」  


  キサラを半ば無視する形で、僕はリュックを下ろして中身をあさり、食糧……干し肉一かたまりとパンを人数分取り出した。


  「はい、キサラの分」

  「……ありがとう……」


  この前みたいに拒否することなく、キサラは普通に干し肉とパンを受け取った。エレナにも同じ量を渡す。僕も、彼女たちに渡したのと同じだけ、取り出す。


  「いただきます」

  「……豊穣の神に感謝して……」

  

  キサラは胸で手を組み、エレナは手を合わせて、食糧に挨拶をしてから、干し肉にかぶりついた。


  「毎回思うんだけどさ、エレナ、キサラ。それ、どんな意味なの?」

  「え? 感謝の気持ちを表す挨拶ですよ。え~っと、たしか、あなたの命を頂きます、を短くしたものだったと思います」  

  「……豊穣の神に感謝して、けしてものを粗末にすることのないように、の略だったはず……」

  「ふうん……」


  これじゃあなんか僕だけがなにも感謝していないみたいだなぁ。でも、実際に僕、当たり前みたいに食べ物食べてるから感謝の念が薄いんだよなぁー。

  でも、二人がやってるし、僕もやってみようか。


  「豊穣の神に感謝して、いただきます」


  そう言ってから、パンにかぶりつく。うん、おいしいな。


  「はむはむ……。おいしいですね〜。食べ物があるって、幸せですね」

  「……パクパク……。ご飯がもらえるなんて、幸せ……」

  「……」


  二人とも苦労してるんだな……と、今更ながらに実感。


  「あの、アルさん。次の国にはどれくらいで着きますか?」

  「え?」


  どれくらい?って聞かれても。僕は気分に任せて進んでるだけだし。


  「……次は、どんな国……? 楽しみ……」

  「ま、まあ、もうしばらくでつくよ、きっとね」


  それからしばらく歩くと、国が見えた。嘘からでた真とはこのことだろう。


  「あ、本当に見えてきました! さすがアルさん!」

  「……アル、すごい……」

  「あ、あはは、それほどでもないよ……」


  惜しみなく賞賛の声をあげる二人に微かな罪悪感を感じる。完全な偶然だよ、二人とも。そんな風に尊敬の視線を向けないで。


  「……それにしても、今回はあまり移動に時間がかかりませんでしたね」

  「三日だからね。最短記録じゃないかな?」

  「……最長記録は……?」

  

  一番長かったのかぁ……。なんだったかな。多分あのときだから、だいたい……。


 「一年かな?」

 「そんなに!? すごいですね〜!」

 「……すごい……」

 「もう。褒めてもなんにも出ないよ?」


  言いながら、僕らは国に入る。入国審査は来訪の目的とエレナとの関係を二、三訊かれただけで、すんなりと国内に入れた。国の中はある程度広く、大通りでは店が立ち並び、活気に満ち溢れていた。人も賑わっていて、道ゆく人はみな、楽しそうな表情をしていた。


  「どんな国でしょう?」

  「さあ。キサラはどう思う?」

  「……楽しみ……」


  それはよかった。


  「さて、と。取り合えず宿屋を探そうか」

  「はい! ……って、あれ?」


  エレナは立ち並ぶ露店商の一つに目をとめた。僕もそっちの方を見て……あ。


  「レナさん!」

  「……あら、久しぶりね、二人とも。……ねえ、アル。そっちの女の子は、誰?」


  森で別れた行商人、レナだった。彼女に僕は告白され、そして僕は返事も用意していたにも関わらず、向こうから消えてしまっていた。……また会うなんて、奇遇だな。

    

 「……私は、キサラ……」

 「私はレナ。よろしく」


  あだなだったはずの名前をレナは名乗った。……もしかして、ずっとそれで通しているのだろうか。


  「奇遇だね。また会うなんて」

  「運命を感じる?」

  「少しはね」


  いや、ホントに。まさかまた出会うなんて思わなかった。


  「ところで、レナさんはどうしてこの国に?」

  「どうしてって、私は行商人よ? どこにいようがすることはひとつよ」

  「商売ですか?」


  レナは頷く。たしかに彼女の言う通り、ふかふかの赤絨毯の上にはいくつも商品が並べられている。売り物は食べ物、水、などなど旅に必要な物ばかり。


  「当たり前よ。で、キサラさんはどうしてアルと?」

  「……」

  「まあ、いろいろあってね」


  僕は言葉を濁した。キサラの事情は人に言っていいものではないからね。


  「ふうん。……ねえ、アル」

  「なに?」

  「ちょっと嫌な知らせだけど、ミケーア商会ね、あなたに目をつけたらしいわよ」

  「……本当に?」


  ミケーア商会、か。久しぶりに聞いたなあ。エレナを正式に買ったのだけど、それを僕がさらったんで、連れ戻すのに躍起になってるみたいだね。


  「ええ。私のところにも通達がきたわ。茶髪の少女と旅人の2人組を見つけた者はすぐに報告するように、って」

 「ど、どうして私のことつけ狙うんでしょう……?」

 「噂じゃ、会長さんに気に入られたかららしいわよ?」

 「……そんなぁ~」

  「……いや、待ってよ。君、ミケーア商会はやめたんじゃなかった?」

 

  たしかやめるとか言っていたはずだけど。


  「私もそのつもりなんだけど……今、商会も人手不足らしくて、退会申請通らなかったの」

  「そんなのあるんだ」

  「あたりまえよ。ちゃんとした同業組合なんだから」

  「ふうん。それで、僕たちのこと、報告するの?」

  「まさか。私が見たのは三人組よ。命令にはなかったわ」

  「……ありがとう」

  「お礼を言うのはまだ早いわよ?」

  「どうして?」

  

  まだ何かしてくれるというんだろうか。さすがに申し訳なくなってくる。


 「あのね、知らないようだから教えてあげるけど……。ここ、ミケーア商会の直轄領国よ?」


  僕は絶句した。なにそれ。


 「ミケーア商会が管理、運営している商業国。……ミケーア商会の本部でもあるのよね」

 「と、ととと、ということは、周りにいる人たちみんな、ミケーア商会の……?」

  

  不安そうな声色でエレナはレナに訊いた。


  「そうなるわね」

  「そ、そんな、そんな、そ、それじゃあ……きゅう」

  「あ、エレナ!?」


  くたりと地面にへたり込みそうになったエレナを、慌てて支える。


  「大丈夫?」

  「え、ええ……。す、すみません……」


  支えた肩はわずかに震えていた。周り全てが自分をつけ狙う敵、なんて状況だ、怖いと思うのは当然だろう。


  「あ、アルさん、ど、どうしましょう!? み、みんな、みんな私のことを……っ」

  「大丈夫、大丈夫だから、落ち着いて」

  「落ち着いていられますか! アルさん、今すぐこの国をでましょう! こんな危険な国からは、とっとと逃げるが上策です!」

  「いや、だから、少しだけ、落ち着いて」

  「さあ、はやく逃げましょう!」


  エレナは僕とキサラの手を引いて国から出ようとする。けど、僕は踏ん張る。


  「エレナ」

  「な、なにもたもたしてるんですか、早くしないと追っ手が……」

  「もう遅いよ」

  「ふえっ!?」


  エレナは僕の言葉で周りを見渡し、そして、僕たちの手を放した。諦めたのだろう。周りにはたくさんの、それこそ戦争でも始める気じゃないか、と思えるぐらいのたくさんの武装騎士団がいた。


  「な、なんで、こんなに……」

  「君が喚いてる間に集まってきたんだよ。たぶん、入国のときから気づいていたんだろうね」


  『後ろの二人とのご関係は?』

  頭の中で入国審査官の妙な質問がリフレインした。あの人、何にも知らないふりしてたけど実は僕らのことを知っていたんだ。


  「そ、そんな……。わ、私のせい、ですか?」

  「まさか。ほっといてもいずれ囲まれてたよ」


  さて、この状況、どう切り抜けようか。ミケーア商会の連中を怒らせたくないから殺すわけにはいかないし……。


  「はーっはっはっはっは!」


  そんな風に悩んでいたとき、妙に甲高い笑い声が響いた。と、同時に。


  「うわっ!?」

  「きやっ!」

  「……っ」

 「あ、ジークさん!」

  

  煙が僕たちとミケーア商会の連中とを包んで、なにも見えなくなる。なんだ!? 何が起こったんだ!?


  「こっちだ、ハニー!」

  「お前は……っ」


  どこからともなく現れて、僕の手を引こうとしたのは、色狂い、ジークだった。なんでこいつがここに?


  「え、エレナ、キサラをっ!」

  「は、はい!」


  僕はエレナの手を取り、彼女はキサラの手をとった。僕らはジークに導かれるまま、どこかへと連れていかれた。どうしてこいつがこんなところに? 何が目的だ?

 そんな疑問を抱きながら。




  

  

  

  


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