表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/48

第四十三話

  「キサラさん!」

  「……なに……?」


  エレナが狭い路地へ向かおうとしていたキサラを引き止めた。


  「あ、あの、何を売るつもりだったんですか?」

  「……それは……」

  「お水とか、売る気だったんですか?」

 

 キサラは首を振った。 


  「……どれも、旅には必要……」

  「じゃ、じゃあ何を……ま、まさか……。なにもいきなりそんなことしなくても……」

  「……命令は、絶対……」

  「そんな、いくらなんでも理不尽すぎると思いませんか?」


  キサラは首を振った。


  「……もっと酷い命令をされたことがある……」

  「もう! いつまで今までのことをひきずってるんですか! あなたはもう誰にも従わなくていいんですよ!?」

  「……違う。私は、奴隷。烙印がある限り、常に私は、物……」

  「物が物を売りますか? いいえ、売りません! アルさんはそれをあなたに教えたかったんですよ!」

  「……え……?」

  「物は口を聞きません、物を売りません! 物を売ることのできるあなたは、人間なんですよ!」

  「……だからこその、奴隷。物を売ることのできる唯一の物……」

  「あなたは、なんでそんなに奴隷でいたがるんですか!?」

  「……私は、奴隷。それは、烙印がある限り、変えられない……。だから、望まない。望んでも、意味ないから……」

  「……だったら、その奴隷の烙印がなくなれば、どうです?」

  「……」


  キサラは黙った。


  「もし、その烙印をなんとかできたら、どうします?」

  「……そんなの、できない……」

  「上から新しい印を刻んだらどうです? たしかに印は印ですけど、それはもう『奴隷の烙印』ではありませんよ?」

  「……」

  「削ったらどうです? 烙印のあるところだけ皮ごと削り取ったら、跡は残りますけど、烙印はなくなりますよ?」

  「……」

  「あなたを奴隷にしているのは、そんな力技でなんとかなようなものなんですよ? それでもあなたは、奴隷でいたいと思うんですか?」

  「……ううん……もし、この印がなくなるのなら……私は、私は……。人で、いたい……」


  聞いた。キサラは今、奴隷でいたくないと、確かに言った。


  「それなら、アルさんに言いましょう!」

  「……え、でも……」

  「いいから、ついてきてください!」


  エレナは半分強引に、キサラの手をとって宿屋……つまり僕がいるところに向かってきた。


  ……部屋に戻ろう。


  僕はエレナに見つからないよう注意して宿に戻った。



  キサラは宿に戻ると、彼女は真っ先に僕の頭をさげた。


  「……ごめん、なさい。私、一銭も稼げませんでした……」

  「それで?」

  「……私は、ずっと、もう人間には戻れない、と思っていました……」

  「ふうん」


  饒舌なキサラに驚きながら、僕は相槌をうつ。


  「……でも、私を奴隷にしているのは、ただひとつの印だけ……。なら、それをなくせば……。だから、お願いです……」

  「なに?」


  僕は何も知らない風に訊く。


  「……私の烙印を、こそぎとってください……」


  なんでそんな痛そうなことを……。


  「な、なんでそんなわざわざ痛い方を選ぶんですか!?」


  エレナが僕の気持ちを代弁してくれた。


  「……私の体に印があるのが……嫌なの……」


  そういうとキサラはおもむろにワンピースの裾をたくし上げた。太ももに、隷属を示す烙印があった。派手な円環に、魔術めいた紋様。


  「……これを、その剣で……」

  「……本気で言ってるの?」

  「……ダメ……ですか……?」

  「そうじゃなくて。痛いよ?」

  「……覚悟しています……」


  キサラは瞳に強い意思を宿らせて即答する。いや、君は覚悟できてるんだろうけど僕はできてないよ。女の子の皮を剥ぐとかとてもじゃないけど無理。

  ……でも、これは多分、最後のチャンスじゃないだろうか。キサラが人に戻ろうとするのは、多分、これが最後。もしここで断れば。もう二度と、キサラは烙印を削ぎ落とせなんて言わないだろう。ずっと、奴隷でいることを選ぶんだろう。

  たしかに、嫌だけど。そうも言っていられないな。

  ……覚悟を決めるか。


  「わかった。エレナ、包帯を用意して、暖炉に火を点けて」

  「包帯はわかりますけど、どうして火がいるんですか?」

  「さあ? 知らないけど昔、町医者にそう教わったんだ」

  「そうなんですか~」


  人を治療の意味で斬るときは、刃を火であぶらないと傷口が腐ってしまうそうだ。根拠もしっかりあるらしいけど、そこまで僕は覚えていない。僕は医者じゃないから、詳しいことは知らなくていい。


  「……キサラ、かなり痛むと思うけど、声、上げないでね。はい、これ」

  「……?」

  

  差し出された布の塊を不思議そうに見つめるキサラに、僕は続けて言う。


  「これ、噛んで。間違って舌噛んじゃったら死んじゃうよ?」

  「……わかりました……」

  「敬語はなし。これからは仲間だろう?」

  「……わかった……」


  意外と素直にキサラは布を噛む。


  「用意できましたよ」

  「ありがとうエレナ」


  僕は暖炉の火で、アークソードをあぶる。しばらく炙ったアークソードを、キサラのふとももに持ってきて、烙印をすぐはがせるようにする。


  「エレナ、悪いけどキサラ押さえといて」

  「え?」

  「暴れるから」

  「え、大丈夫ですよね、キサラさん」

  「……うん……」

  「……そう。まあ、大丈夫だろうけど念のためだよ」


  多分暴れるだろうけど、そんなこと言っても二人は納得しそうにないのでそう言っておく。


  「そういうことならしますけど、どういうふうに押さえときましょう?」

  「え~っと、取り合えず、手を押さえといて。縛り付ける感じで」

  「……念のため、ですよね?」

  「念には念を、だよ」


  僕はキサラの足を押さえつける。キサラはなんでもない風に装っているけど、体は微かに震えていた。ごめん、キサラ。悪いことをしているわけではないのに、申し訳ない気持ちになった。


  「じゃ、始めるよ。覚悟はいい?」

  「……」


  キサラ頷く。

  僕はキサラの太ももに、できるだけ傷が浅く済むように刃を入れた。ジュウ、とかすかに皮の焼ける音と匂いがした。キサラは、反射的に痛みから逃れようと、体を縮こまらせる。けど、足を押さえつけているから刃からは逃れられない。


  「……うぅっ……ッ!」

  「うわ、き、キサラさん!?」

  「いいから、君は押さえてて!」

  「……あ、うくぅっ……ッ!」


  すっ、すっ、と、できるだけ早く刃を滑らせ、烙印のある皮を剥がしていく。血が滲み出て、筋肉が見えてくる。刃を動かすたび、押さえつける手に信じられないぐらいの力で抵抗してくる。


  「……く、くぅっ……ッ」

  「よし、おしまい!」


  烙印を剥がし終わると、キサラは力を抜いて、ぐったりとした。声をかけるよりも先に手当てをして、包帯を巻く。


  「だ、大丈夫ですか!? あ、アルさん、キサラさんが動かなくなりました!」

  「……わ、私は、大丈夫……」

  「だってさ」


  焦らせないでよ、エレナ。何事かとおもったじゃないか。


  「……君はもう奴隷じゃないよ」


  さすがに剥がした皮をみせるわけにもいかないので、安心させるように僕は言った。


  「……ありがとう……」


  キサラは今まで見たことないぐらい明るい笑顔でそう言った。

  綺麗だな。

  僕はそう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ