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第四十二話

  その国は、水不足だった。

  深刻なほどに、水が足りなかった。道行くひと達は渇き、道端には干からびた老人や子供の死体がいくつも転がっている。彼らの服装は暑いこの地域に適していて、全体的に薄着だ。この国の中で渇いていないのは僕たちだけなのでは、そんな錯覚さえする。


  「うわぁ……ひどいですね、アルさん」

  「うん、そうだね……」


  キサラには、もっとひどいことをしてもらうけど。


  「……アル……」

  「呼び捨て?」

  「……御主人様……」

  「なぁに?」


  酷いようだけど、これも奴隷は嫌だ、と思ってもらうためだ。


  「……私は、何をすれば……?」

  「今は何もすることはないから、黙ってて」

  「……」


  少しだけ、キサラは寂しそうだった。


  「酷くないですか? ついさっきまではアルさん、あんなに優しかったのに……」

  「仕方ないじゃないか。……これも、この先ためだよ」

  

  この先もずっとキサラに奴隷気分でいてもらいたくないんだよ。


  「そうですか……」

  「うん、そうだよ。とりあえず宿を見つけてから、それから観光だね」

  「はい……」


  エレナもキサラも、元気がなかった。……たぶん、この国をでたら、この二人には嫌われるか憎まれるだろう。僕はそれでもいい。とにかく、キサラに、自分は人間になりたいと思わせなきゃ。

  そんな決意をして、僕は近くにあった宿屋の扉をあけた。


  「こんにちは」

  「……いらっしゃい。見ない顔だね。旅人かい?」

  「はい。ここで宿を取りたいのですが……」

  「金はいらんよ。いくらあっても役立ちゃしない。代わりと言ってはなんだが、あんたら、水を持ってないかい?」


  僕は腰に下げた皮袋を宿屋の主人に見せる。中身はもちろん、湖で汲んだ水だ。


  「この中には水が入っています。これでよろしいですか?」

  「ああ、もちろんだとも! さあさあ、好き部屋に泊まっていってくれ! ああ、二日ぶりの水だ!」


  皮袋をまるで宝物のように見つめているところをみると……この国は本当に水不足なんだろうな。僕は平静をお言葉に甘えて、この宿で一番上等な部屋に泊まらせてもらうことにした。


  「うわ、広いですね~」

  「そうだね」


  広い部屋に、大きなベッドが二つ。シャワールームもあるけど、この国の事情を考えたら、まず使えないだろう。


  「部屋を二つとらなくてもいいんですか?」

  「これだけ大きかったら別にかまわないでしょ?」

  「そうですけど、あの、アルさん、私、さすがに男性と同じ部屋に泊まるのは……」

  「でも、お金も払ってないのに部屋二つなんて図々しくてできないよ」

  「うう……そうですよね……」


  エレナは納得してくれたみたい。


  「君は?」

  「……私は、あなたと一緒に……」


  キサラは微かに声を震わせてそう言った。


  「ふうん。君はエレナと一緒に寝ろ。それと、お金稼いできて」

  「……え……」


  キサラは戸惑ったような声をあげた。


  「え、じゃない。水もあるし、品物もある。いざとなれば……ね」

  「アルさん!」


  エレナはすっとんきょうな声をあげて僕の名前を呼ぶ。


  「なに?」

  「な、なにって、あなたこそなにいってるんですか!? そ、それって……」

  「奴隷なんだろう? なら、僕の好きにしていいじゃないか。いたぶろうが嬲ろうが犯そうが殺そうが僕の好きにしていいんだろう?」

  「で、でも」

  「お金稼ぎぐらい、それに比べたらなんでもない……そうでしょ?」


  キサラに視線を向けると、躊躇いがちにも彼女は頷いた。……なんで頷くのさ。首を振ったら、それでもう辛い思いをしなくていいのに。


  「……どれくらい、稼げば……」

  「稼げるだけ稼いできて」

  「……了解……」


  まってよ。いかないで。嘘だよ。君には人でいてほしいだけなんだ。どうしてひとこと嫌だって、それが言えないなら嫌がるそぶりぐらい見せてくれてもいいじゃないか。おねがい、気づいて、キサラ。


  「わ、私も一緒に行ってきます! と、止めても無駄ですからね!?」


 キサラが行ってしまったあと、エリアが僕に怒鳴りつけるように言った。


  「僕からも頼むよ。身体を売るなんてことになったら、止めてあげて……」


  僕がキサラを気遣うような言葉が意外なのか、エレナは一瞬動きを止めて、僕の顔をまじまじと見た。


  「……そういうことです、か? それでも……言い過ぎだと思います」

  「わかってるよ。でも、それでも、ね」

  「……わかりました。それとなく、私も誘導してみます」

  「ありがとう」


  彼女は使命感に燃えた表情で部屋を出ていった。しばらくしたら、僕も行こうか。二人を尾けて、様子を見よう。


  「……」


  願くば、キサラが楽しく笑える未来が訪れることを。

   

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